裏から目線

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     「東京で積雪〇僉廚離縫紂璽垢覗ぎになっているときに、雪国の人間が偉そうな態度を取るのを「上から目線」をもじって「北から目線」というらしい。本稿もどうせそういう内容になろうから、タイトルの時点で先取りしようとしたが、我が故郷は緯度でいうとさして「北」でもない。正確性を期して「裏」を選んだ。揶揄でも自虐でもなく、アイデンティティの誇示である。雪を偉そうに語るのも同じメンタリティだろう。辺境の民の悲しみの発露である。それが都市部の人間に煩わしく思われるのも、すれ違いは世の理というもんなのであろうよ。残念ながら。


     「56豪雪」というローカルな歴史用語が全国ニュースで流れるものだから、受け止めるこちらの心象も大騒ぎになる。アメリカには「76ers(セブンティシクサーズ)」というバスケチームがあるが、我らはさしづめ56ersだ。小学生だったので「二階から出入りできるスゲー」くらいのお祭り感覚しかなかったが、大人になれば受け止め方は当然異なる。こりゃエラいこっちゃと早速帰省の算段を立てたが、電車が全く動いていないのでどうしようもない。


     一気に降ったせいで、ちょっと車が止まっている間に埋もれてしまうから立ち往生になる。その代わり、一気に積もったせいで密度は大したことはないから、屋根雪を今すぐ降ろさないとマズイ、というような緊急性はないらしい。実家に電話すると、父親は割と呑気な調子でそんな説明をした。だが、たまたま見つけた全然知らない地元の人のTwitterを見ていると、結構深刻な実況中継である。


     悶々としながら某大学に仕事に行き、学食で昼食をとろうとしたら休業。仕方ないので学内の売店に行ったら、すでに商品棚はガラーンとしていてまるでニュースで見た福井のコンビニ状態だった。残っているのは菓子パンだけ。しょうがないのでアンパンと牛乳の張り込み刑事になった。正確にはアップルパイとコーヒーだが、そんなことはどうでもよい。


     ようやく運行再開と仕事の都合が噛み合い、日曜に帰省した。ホームセンターで買った黒長靴を履いて意気揚々と出立。最近は雨の日に洒落たデザインの長靴を履いている女性をよく見かけるが、晴れた日にデザイン性ゼロの長靴を履いて歩いているのはラーメン屋の店員くらいよね。あっちは白長靴だし。酔狂な格好にしか見えないが、それだけにこの安っぽいブラックの光沢が俄然格好よく見えてくる。


     特急で国境の長いトンネルを抜けるまでは、まあ普通の大雪程度。そこから先はというと、窓から見える屋根雪の量は、やはり密度がスカスカだったせいだろう、「大雪」レベルにまで高さが下がっている。さて街中の状況はどうだろう。
     到着。バスは止まっていると聞いたので、タクシーに乗るつもりでいたが、1台が出て行ったあとは、乗り場はガラーンとしたものだった。バス停には「暫定ダイヤで運行再開」と書いているが、いつ来るかよくわからない。「詳しくはホームページで」と書いてあるのでタブレットで閲覧してみたが、張り紙と同じことしか書いていなくて全然詳しくない。はてどうしたものか。と案じているうちバスが来た。


     タイヤチェーンを装備しているが、幹線道路は除雪と融雪装置のおかげでアスファルトがむき出している。お陰で走行音が賑やかで、座席もずーっとバイブレーションしている。俺が乗ったバスは、路線が環状になっていて、通常なら右回りと左回りの双方向だが、本日は右回りのみ。虚構新聞に以前こういう記事が出ていたが、まさにこんな具合だ。途中、対向車線のバス停で待つ乗客を見つけると、バスが停まってわざわざ同乗している乗員が「今日はこっち回りしかありませんよ」と呼びに行く。このバス会社って、こんな親切だったっけ?と困惑しつつ、それだけ困ったときはお互い様の困った状況ということでもある。

     

     この日の運行はしかし右回り左回りだけでなく、雪の激しい場所はショートカットするというおまけつきだった。その省略された部分に本来俺の降りるべき停留所もある。一番近いところを乗員に確認してそこで降りた。距離でいえば、徒歩10分強といったところか。駅から家まで徒歩10分というのは、都市部では標準もしくは近いくらい。バスが通らないのは、通常なら大した問題ではない。だけどバスが通らないのもむべなるかな。路面はなかなかの悪条件だ。

     写真ではちっとも伝わらないが、路面はかなりデコボコで、段差に足をとられてすぐ転びそうになる。車もボヨンボヨン車体が上下しながらしょっちゅう滑って左右にドリフトもしている。そんな中、電話しながら運転している強者もいる。こええよ。心なしか長靴の中も湿ってきた。雪は遠目で見た印象よりも遥かに厄介なものなのだ。

     

     足腰にそこそこの疲労を感じつつ家に着いた。いつの間にか照り返しに目がやられていたようで、家に入ると何も見えない。カバンに入るだけ入れてきた食料類を父親に渡して、そのくせ冷蔵庫の中身で昼飯をいただいた。
     食べ終わり、早速雪かきに出た。すでにご近所さんたちが作業をしている。その中に混じって、家の前の生活道路の除雪だ。車が通れる幅を確保しないと、自家用車が使えない。「若い人が来て助かるわあ」と近所のおばちゃんたちが歓迎してくれるが、体力があったとしても手際が悪い。農作業なんかと同じで、不慣れな若人より手練れの爺さん婆さんの方が遥かに作業が速いもんだ。その上俺も別に若くないし。

     割と氷状になってしまっているせいで、硬いし重たいし、息が上がるし腰がつる。何度も手を止めた。周囲を見ると、近所の人たち総出で雪と格闘している様子に雲間から日差しが注いで素晴らしい絵面になっている。親父にいたっては、「笠地蔵」の笠みたいなのかぶっているしで完璧じゃないか。撮影したいが、写真を撮れる道具は全部家に置きっぱなしだ。撮ってる場合じゃない雰囲気だし。残念。さあさあ働け働け。

     

     で、どうにか車幅分は確保した。近所のおじさんが「試してみましょう」と自分の乗用車を動かしたが、幹線道路に出るところでカチンコチンになっている轍を乗り越えられずで、せっかくの作業もあんまり解決になっていないようだった。踏切じゃないところで線路を車で横切るような感じね。通常なら除雪車が入るからこうはならないが、一気に降ったせいで本来の雪対策システムが追いついていない。だもんで、見かけの量に比べて厄介が多い。

     もうちょっと何か役立てないものかと思ったが、父親以下、総じて「いらんいらんもう十分」と退却が早く、「今日も出かけるのは諦めるわ」「酒飲んで寝てよさ」と口々にいいながらめいめい自宅に引き返していった。一応それで済ませられる程度、ともいえようし、自然との共存は諦めが肝要ともいえようか。年寄りは冷蔵庫を満タンにする傾向があるが、それもこういう経験の積み重ねからくる生活の知恵だろう。

     

     まあ徒歩圏内にスーパーはあることはある。父親が偵察してきてくれというので見に行くと、くだんの大学の売店よりはモノに溢れていた。逆に今度はパンがひとつもない。あんぱんもアップルパイもない。野菜はあるけどパンがないというのは、これはどういう流通の都合なのだろう。

     

    大体同じ場所から昨年の正月に撮った写真。

     

     疲れ切ったしすることもないしで、5時前から夕餉となった。熱燗で暖を取りながら煮物なんかを突っつく。テレビはずーっと「L字」状態で、雪関連の通知が流れている。五輪を見ながら、まあまあ酔いが回ったころ、明日の特急が全部運行取りやめになるとL字に流れているのに気付いた。ありゃりゃ、明日帰れないとあさっての仕事に差し障る。

     今日の特急はまだ動いている。なのでバタバタと帰り支度を始めた。実のところ帰省前に父親から「明日からまた大雪になるから電車が止まるといかんしやめとけ」と釘を刺されていたのだが、延期するのが気持ち悪かったのでエイヤで帰ってきたのだった。そしたらこのざま。会社員だったら「すんません戻れませんわ」と頬かむりを決め込むが、個人事業主につきそうもいかん。

     

     「だから言ったやろ」とぶつぶつこぼしながら父親がタクシーを呼ぼうとしたが、ちっともつながらない。「叔父さんに頼む?」と冗談めかして言うと、「それもそうか」と電話をかけた。何でも叔父さんからは「困ったことがあったら遠慮なく電話くれ」と二度ほど念押しがあったという。叔父さんにすれば、思っていたのとは随分違う「困ったこと」だ。わざわざ困りごとを作りに来てどうする。


     道路状態が悪いので、来れるところまで来てもらうということで快諾いただき落着。「(叔父さんには)悪いけど、飲み直すか」と父親がワッハッハと言って、酒を飲んでいたら、通常の倍くらいの時間で呼び鈴が鳴った。家の前までこれたことに驚きながら、慌ただしく実家を辞した。


     さて乗せてもらったはよいが、既に述べたような道路事情なので、内戦状態のどこかの国の道路みたいに揺れること揺れること。その上立ち往生している車がいて、ニュース映像が脳裏をよぎってぞっとする。慣れたもんで、叔父さんは後ろの車に頼んで後退してもらい、Uターンして別の経路を取る。
     すると今度は、昼間の近所の人の車みたいに、路地から幹線に出ようとして轍が越えられずスタックしている車がいる。叔父さんが車を止めて、「一応四駆なのに」とバツの悪そうなドライバーのおばちゃんに、ああせえこうせえと指示を出した上で、俺と二人でエイヤと押し出した。なんだかロードムービーみたいにイベントが重なる。こうしてようやく除雪車が入ってまともに走行できる道に出た。要は昼間にバスが走っていたところ。通常徒歩10分ちょっとの距離が、エラい手間だ。

     

     「立ち往生している軽の四駆は、鈴木と大発が相場やな」と、真偽のほどはよくわからない説を開陳する叔父さんが操るこの車はパジェロミニで、軽の中では雪道で一番信頼できる仕様なのだと車屋が太鼓判を押すので買ったんだとか。確かにいつでもタイヤが空転しそうなさっきの悪路を堅実に走行していた。おかげで助かったわけだが、これが雪国の営みかと思うと、そりゃあ北から目線にもなるわいね。
     どうにか駅について、満員の特急に乗った。雪の降りは激しくなっているが、遅延は数分程度。雪国仕様の特急は、走るとなれば優秀なんだよね。途中の駅で床下の着雪チェックをするというので何度か停まったけど、新幹線に比べて作業時間が短い。

     

     今日の俺の成果は結局、家の前の道路のうちの数メートルを少し幅広くしただけ。いてもいなくても変わらん貢献度の上、親戚まで巻き込んで慌ただしく帰ったから収支はマイナスだ。だからといって特に気にしない、というのが本日学んだことか。


    サンクな男

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       朝、出勤中の電車内でふと旧友に似た男を見かけた。なんせ15年ぶりくらいだ。当人かどうか判断がつかない。
       人の顔を判別するのは得意な方で、例えば梅田の人込みで知り合いに気づいた、なんてことは結構ある。その人全体の雰囲気が群衆の中から浮き上がって見える、といえばいいのか。だけどこういうケースもある。


       知人男性B氏は、頻繁に会っていた当時で30手前くらいだったと思うが、若いのにすっかり禿げあがって、その代わりといっては何だが、立派なヒゲを蓄えていて、要するにインパクト大な外見だった。去年だったか一昨年だったか、十数年ぶりに某駅でそれらしき外貌の男性を見かけて、あれはまさかB氏ではと思ったのだけど、当時あれほどインパクトのあった外見も、40も過ぎると割とフツーになってしまうようで、ついでになぜこんな駅にいるのかの合理的説明も思い浮かばず、まったく確証が持てなかった。後で共通の知人に聞いたら、その辺の出身だからいても不思議ではないとのこと。何年も前の風聞で海外にいるようなことも聞いていたしで、勝手に東京か海外にいるものと思っていたのだった。

       

       これは知識が邪魔をしたケースだと思うが、さて目の前の旧友である。
       確証が持てないという以上に、なかなか気づかなかった。ぼけーっと椅子に座っていて、向かいに座る乗客はさっきから視界に入っているのに何も思わず、ずいぶんとしてから、あれ?となった次第だ。最後に会ったときの記憶と、今の目の前にいる人間との間に差異があるからか。

       以前よりちょっと贅肉がついている印象がある。そのせいかどうか、他人の空似という感触の方が強い。ずっと会っていないから、覚えているようで、その人が持っている雰囲気のような部分を色々と忘れてしまっているから確証が持てないのだろうか、などと推測する間、彼はずっと寝ている。もしかすると先に俺に気づいて、寝たふりをして面倒を避けているのかもしれない。別に金の貸し借りがあるわけではないが。

       

       すると彼の頬に見覚えのある線があるのに気付いた。傷跡なのか何なのか知らないが、彼は頬に線が入っていて目の前の男にもそれがくっきりと見える。記憶と重なったというよりは、見た瞬間思い出したような感じ。顔をまじまじ見ても、あいつこんな顔だったっけ?と記憶がグラグラしていたのが、何気ない身体的特徴でピンとくるというのもおかしな話だ。遺体の身元確認じゃあるまいし。などと考えていたら、寝ている彼が喉を「ん゛」と鳴らす。昔から呼吸器系がよくないのか、これもまた覚えのある彼の癖で、2つ揃えば完全に確定である。


       それで声をかけそびれているうちに彼は途中で下車した。同じ電車を利用しているのなら、もしや何度目かの邂逅で本日ようやく気付いたのかも。我ながら薄情だ。しかし頬の線に「ん゛」で確証を得るってのもおかしな話だ。その人をその人たらしめる要素って、もっと大事なことであってほしいものだ。俺の場合何だろう。喉仏に生えてる毛かな。


      【やっつけ映画評】スリー・ビルボード

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         娘をレイプのうえ殺された母親が、道路脇の立て看板3枚に「捜査はどうなってる」と警察を挑発するような意見広告を載せるところから始まる物語だ。住民全員が顔見知りのようなアメリカのド田舎で、クセの強い登場人物たちが入れ替わり立ち替わりして展開していく。印象的な導入だが犯人捜しのミステリではない。意外な展開が目立つが、トリック仕立てがメインディッシュの物語というわけでもない。ネジのはずれたようなキャラが目立つが、ドタバタのサイコホラーでもない。むしろ文学的な作品だった。終わったときは正直「?」となったが、後からじわじわ感じ入るところが出てきた。とはいえやはりわからないことも多い。

         

         劇中、相手からバレバレのヒントを出されているのに「すんません全然わかりません」と大ボケをかますギャグのようなシーンがあるが、俺はこの人物を嗤えない。おそらく何かの意味があるのだろう、思わせぶりな舞台装置は色々あったように思うが、そのほとんどは意味がわからず、気づけてもいない部分も少なくないだろう。その点で「裏切りのサーカス」を思い出した。

         

         あの映画は、「諜報部員の中に裏切り者がいる」という謀略モノの王道のような設定ながら、容疑者が最初から限られているので誰が「モグラ」であってもあまり驚きがなく、ミステリ要素にそれほど魅力があるわけではない。どちらかといえば、ハードボイルド的といえばいいのか、諜報員たちの生きざま死にざまが見せる重量感を楽しむ作品だと思うが、ただし、伏線は見事に貼っている、らしい。二回見たけど、よくわかんなかった。

         

         とはいえ本作の舞台は、英国諜報員のエリートたちの高そうなスーツや高そうな学歴や高度な政治的駆け引きとは全く無縁だ。何も楽しくなさそうな田舎町で、登場人物も総じてロクでもない。田舎の閉じた殺伐とした雰囲気が「ウインターズ・ボーン」と似ている。あの窒息しそうな雰囲気に比べれば、本作はまだカラっとしているが、かの物凄い迫力の刀自とカブる登場人物が本作には2人も出てくる(個人的にはネジのはずれたような十九の女子が最も不気味に感じたが)。

         

         看板を立てたことが物議を醸し、時間が止まったような田舎町に波風が立つ。それどころか物凄いスピードで各登場人物を取り巻く状況も変化していく。この予測のつかない展開が現しているのは、人は変わるということだと思う。変わったわけではなく、元からあった内面が表に出ただけかもしれないが(広告屋のにいちゃんは明らかにそう)、主人公格の娘を殺された母親と、差別的な警官はかなり大きな変化――それもよい方に――を見せている。一定の年齢に達した人間はそうそう変化するものではない上、まるで時間が止まったような田舎町でのことだから、余計にこの変化は感動的で、本作の一番の見どころはこの辺りだと思うのだが、変化をもたらしたものは、はて何だろう。

         

         直接的には途中で届く3通の手紙だ。そしてこの手紙をもたらした原因をさかのぼると3枚の立て看板にたどり着く。つまり看板が差出人に変化をもたらして手紙を生み、この手紙が登場人物たちを変えていくわけだ。共通点は何かといえば、直接相手に語り掛けている点だ。

         

         手紙はそもそも誰か個人が別の誰か個人に語り掛けるものだ。一方で看板は不特定多数に訴える装置だが、この物語の場合は個人名をあげて訴えている。お陰で中傷だと思われてトラブルになるのだが、少なくとも名指しされた当人にとっては手紙のようなものだろう。これに対して本作に登場するテレビ報道は実に扱いが軽い。報道はマスメディアの名の通り、不特定多数に発信するものでありかつ、しばしば「差出人」の主体が曖昧な伝達装置でもある(「今後の行方が注目されます」のような受身形の定型句がその代表的な現れ)。なので手紙のような好ましい変化はもたらさず、騒動に油を注ぐ程度である。

         

         ということを踏まえながらさてラストである。
         


        【やっつけ映画評】デトロイト

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           この監督の作品を見るのはこれで3作目。「ハート・ロッカー」で一躍有名になってからしか存じ上げないが、いずれも重いテーマな上、神も仏もないありさま(と拷問)をドキュメンタリー風味で描くから、見るのは腰が引ける。寒さのせいか、気分がすぐれず何もはかどらないので見に行った。殺伐としすぎていて、逆説的に「元気がもらえる」かもしれんと考えたのだが、さてどうだったろう。自分でもよくわからん。どうもこの監督は、俺にとって興味深いテーマを、俺にとっては好きじゃない具合に仕上げる。

           

           警察官による黒人射殺がテーマだ。今でもよくニュースになっていて後を絶たない。最近はスマホ普及のおかげで、警察側の正当防衛主張が大嘘とわかる映像が明るみに出ることもあるが(にしても警官は無罪になるボーンインザUSA)、ということは昔からそうだったんだろうなと思わされる。本作は「昔からそうだった」の実話だ。

           

           1967年にデトロイトで起きた暴動の最中、モーテルの窓から黒人青年がふざけて陸上のスタート用ピストルを撃ったことで、発砲と誤解した市警察がモーテルになだれ込んでくる。宿泊客は全員壁に立たされ、「銃はどこだ」「知らねえ」ボコッ、「撃ったのは誰だ」「俺じゃねえ」ボコッ、の特別公務員暴行陵虐罪が延々と続く。暴動取締の応援に来ていたと思しき州警察の警官が「人権侵害がひどすぎる」とドン引きするほどだ(そしてその良心派警官が厄介事に巻き込まれたくないと目を逸らす地獄絵図)。

           

           市警の警察官が過度に暴力的に振舞うのは、彼ら猴撞深圻瓩黒人だからだ。嘘つきの犯罪者に違いないという思い込みと、隙を見せると殺されるという恐怖心に因るのだろう。いずれも大元にあるのは差別だが、警官たちは、汚い侮蔑の言葉を吐く等の直截的な差別的言動を誰もとらない点(嘲笑するシーンは少しあるが)が説得力を生んでいる。彼らは(内心は黒人を蔑んでいたとしても)職務に忠実なだけのつもりなのだと思う。なので話が複雑になる。まあ差別の話は毎度そうだ。結果、半世紀前の話ながら、五十年一日状態で今に直結している格好になる。監督がこの古い話を持ち出してきた理由もその辺りにあるのだろう。今やる意気込みは、先日NHKがやっていた赤報隊の番組と同じで、その心意気は素晴らしい。

           

           示唆に富む場面はいくつかある。主犯格の警察官は、序盤で暴行に乗じた窃盗犯を射殺しているが、合理的理由が全くない状況での発砲なので、さすがに上司も咎めてくる。だが面倒くさいのか、適当に理由をでっち上げて黙殺する。結局彼を不問に付したことが、より大きな事件につながっていくわけだ。たがが緩む、というのはこういうことなんだな。特に警察は権限と銃を与えられているから、暴動という特殊な状況下でも、原理原則四角四面は重要なのだ。

           

           現場近くで勤務する警備員のディスミュークスは、警察官に職質を受ける黒人のなだめ役のような立ち回りを普段からしているように描かれている。このため「お前は白人の犬かよ」と罵られるが、反発するより生き抜くことを選べと諭す。この頼れる男っぽい大人なキャラクターのディスミュークスも、この事件の現場では出る幕がない。黒人たちを救おうと隙間を見つける努力はいくつかするが、立場上警察側に立たざるを得ないし、状況も不用意な行動を許さない。要するに傍観者になってしまう。結果、彼には皮肉な運命が待ち受ける。不正を傍観すると、やがては自分に返ってくるということだ。じゃあどうすればいいのかといわれると、さっぱり何もわからないから難しい。正義を貫こうとした人物は射殺されたしで。

           

           このように、問題提起の多い作品だが、救いのない実話を扱っているだけに、内容は救いがない。変にどこかでスカっとさせる演出を入れると途端に説得力がなくなるだろうから、制作側の狙いからいってもこういう物語になるだろう。

           それでも、見た人に差別について考えてもらうというメッセージ性からすると、はて効果的なのだろうかとは考えた。

           


          テレビの感想

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             録画していたNHKの「未解決事件」を見て、草剛はいい役者だなあと思った。右翼役の村田雄浩に「銃弾は私たち一人一人に向けられたものだ」とぶつけるクライマックスを筆頭に、教条主義的に響いてしまいそうな台詞を、特段格好よくもなく、それでいて熱っぽく、表層的にならずに演じていて、やるなあと思って見ていた。あと、茶色のジャケットに青シャツを合わせる着こなしは、「大統領の陰謀」のロバート・レッドフォード風だった。


             このシリーズは、グリコ森永のを見て以来なので相当に久々だ。あのときは、再現ドラマとドキュメンタリーが交互に出てくる構成だったせいで批判もあった。犧遒衒瓩取材した事実の合間を埋める格好になっているせいで、インチキっぽく見えるからだろう。

             今回は前後編で、ドラマとドキュメンタリーが分かれていた。確かにこの方が制作者の狙いは明確になるのではないかとは思った。別にどんな狙いがあるのか知らないけど、ドラマの場合は再現性ないしは臨場感という点で優れている。もちろん危うさはある手法だが、事実に即することと、ドラマとしてきちんと仕上げることの、しばしば両立しなくなりそうな2つを追求する緊張感はあったんじゃないかな。心意気やよし、だ。

             こちらの勝手な事情で、先日瑣末な理由で、くだんの阪神支局の横をたまたま通ったから、余計に臨場感を感じながら見た。ドキュメンタリーの方も、さすがの面目躍如といったところ。

             

             NHKは、ニュースが死に体になってまあまあの年月が経過したが、ニュース以外は健闘している。今このテーマを扱う意義をしっかり見据えた制作陣の気合が入っていたと思う。「ニュースはやっていないテレビ局」だと見なすのが、もはや賢明なのではなかろうか、とすら思う。実際、ニュースが死に体というのは伝え方云々より(それも結構目につくが)、ニュースをたくさんネグっているからだし。

             

             ネグると当然時間が余るから、代わりに何か入れないといけいないわけだが、そこに相撲とかパンダとかがあると、埋め草いただきとばかりに結構しつこく報じることになる。会社員時代、俺は出来損ないだったから、取材が長期化しそうな案件は面倒くさいからなるたけ逃げようと、「すんません俺書道家のインタビューがあるんすけど」「そんなもん日程変えてもらえ」「ですよね」といった駄目な交渉をしていたものだった。で、例えばその書道家が会社主催の書道展に絡んでいる人なんかだと紙面に載せないといけないので「しょうがないから行ってこい」となる。体よく逃げられる。あのころの駄目さ加減を思い出させられるので、パンダがどうとか長々やってるのを見るのは嫌なもんだ。俺と違って本社に集めてるのは優秀な人間ばかりだろうに。

             

             くだらない昔話だが、これ以外にも、当時の自分の思考回路とかメンタリティとかが今の報道で見られる毛色と重なって見えるときがしばしばあって、でも結構前の話だし、俺ちょびっとしかやってないし、と否定はしてみるのだが、やっぱりつながる部分は確実にあるんだろう。この赤報隊の話を見てても思った。いつの間にこうなったのだろうと元をたどっていくと結構昔にあったことが積もり積もってくっついたりはなれたり発酵したりして今がある、ということは暴力とかに限らず、色んな分野であるもんだ。

             

             最初に触れたドラマのクライマックスでは、草薙演じる記者は、右翼の男に話を聞くというよりは啖呵を切りにきたように見える。ドラマの演出という点はとりあえず置いておいて、いやいや記者なんだからあんたの主張はいいから、こいつの言い分聞けよ、と思わないでもない。

             だけど、こういう態度も重要なんじゃないかとも思った。つまり、ドキュメンタリー篇で取材者は大人しく相手の言うことを引き出していたけど、突っ込んでもよかったんじゃないと思ったということだ。ま、こんなことも前から言われてることで、現場の人々も不満くすぶらせて色々考えているだろうし、で、積もり積もって今があると。だからやっぱり「やり方の変化」は避けられない課題だ。当然、こっちからぶつける場合、取材者の質がより問われることになるけどね。優秀なんだからいっぱい勉強したらいいだけのことだよ。



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