公用の合間に私用で紅葉

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     仕事で京都に赴き、時間があったので近場の寺に紅葉を見物に行った。紅葉の季節は10月くらいのイメージがあるのだが、関西だと概ね11月中頃くらいの場所が多い。日光とか有名な観光地の影響か、それともカレンダー辺りの10月の挿絵に紅葉が描いてあるのを何度も見たということかしら。まあ、それほど興味がないというのが最大の理由だろう。仕事場が右京方面なので嵐電で有名どころに行った。平日なので観光客は少ないが、それでも短い車両につき、まあまあ満員になっている。


     近くで座っていたのは中国人と思しき家族連れであるが、このお父さんが、年寄りが乗ってくるのを見るや、脚気の検査のように反射的に立ち上がる。「構わん構わん」と断る爺様もいれば、こりゃどうもと座る人もいる。客の乗降が結構活発で、すぐ空席が出来るから空いたところにお父さんは座るが、また年寄りを見るや立ち上がる。吉野弘の有名な誌を思い出した。優しい女の子が席を譲るのを繰り返すが、しまいにとうとううつむいて唇を噛んで譲るのをやめる内容である。善人が損をかぶることに最後は抵抗した女子は、しかし善人だからそれも辛そうというやり切れない内容だが、このお父さんは全くそんな繊細なことを考える素振りもなくからっと晴天に親切を繰り返し、これが大陸かと大袈裟なことを考えてしまった。向こうは積極的に譲る文化だと複数の文章で読んだことがあるし、俺も現地で実際見たので、そういうことなんだろう。

     さて詳しい人だと、これだけでどこの寺かわかるのだろうか。俺自身は20年ぶりくらいだ。若かりしころに、古文の教科書に登場する(正確にはここの法師が石清水を訪れ間抜けなことをする話だが)というだけの理由で訪れた。でっかいだけでつまんねー寺だな、と阿呆な感想しかなかったが、いったい何を期待していたのだろう。寺ってこんなもんだろ。


     今回の目的は紅葉の撮影で、ごっついカメラをぶら下げたおっさんも、うようよハンターの眼でうろついている。花鳥風月を撮らせると、彼ら高級機材を持つおっさんたちはものすごく綺麗な写真を撮る。それでニコンサロン的なところに出品するわけだが、往々にしてマッチ箱のパッケージのような、ただただ綺麗な写真なので、個人的にはあんまり魅力を感じない。じゃあ、ってんで一応頑張って工夫を考えてみるが、何も対案は見つからないのが毎度のこと。おそらく、「紅葉を撮りに名刹に来る」という選択の時点で、未知の土俵なんてないんじゃないか。といいつつ、くだんの石清水に参拝した法師のように、大事な箇所を思い切り見逃していたりして。

     しかし、宗教施設が花鳥風月憩いの場というのも考えてみると不思議な文化だ。手くらい合わせておかねばばちが当たるだろうと、南無阿弥陀仏と唱えてみたが、ここ真言宗だった。ここしばらく旅行ブログのようになっている。さて仕事に戻るとしよう。

    上着もカバンも赤い人だけの方が面白い写真になった気がする。


    【やっつけ映画評】女神の見えざる手

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       アメリカで、銃所持に規制をかける法律を成立させるために奮闘する女性の話、と聞いて想像するのとはかなり異なる内容だ。この「印象と違う」ということ自体が、日本においては何かを投げかけているようにも思う。


       以前、知人が死刑制度について話すから聞きに来いと言ってきたので、小規模の講演会かパネルディスカッションのようなものを想像して会場に行くと、弁護士の勉強会のような場で往生したことがある。完全に場違いなところに来てしまったと思い、さあて地方から来た弁護士を装うか、それとも法学部の講師ですねんくらいのふりをするか、自分の設定をどう偽るかそればかり考えてしまった。終わってからよくよく聞くと、半数以上が俺同様その知人に招かれた氏素性不明のチンピラばかりで、場違いなのはむしろ弁護士の方だったというくらいの参加者構成比だった。それはそれでどうかと思わないでもないが、以上はただの与太噺。

       ここでの本題は、その知人が話の中で、アメリカの死刑反対運動を紹介していたことだ。日本とはだいぶ様子が違うという趣旨だった。同調する資産家や法人からがっつり援助を受け、恰好つけたオフィスを構えて人を雇って活動する。その活動内容もマキャベズム丸出しの打算的。対する日本の社会運動は、ボランティアと善意や使命感が基本形だから、そりゃ何から何まで違ってくる。

       

       本作の舞台もこれと似ている。主人公のスローンは敏腕ロビイストで、勤務先のロビイスト事務所はいわば広告代理店のようなものだ。宣伝、マスコミ露出、果ては贈賄すれすれの議員への工作活動等々を通じて、依頼に応じて法案を通過させたり廃案にさせたりの道筋を作る。ここでの正論、綺麗事は、すべて勝つための道具でしかない。その点、日本で社会運動をしている人々とは最も縁遠そうなタイプともいえる。

       

       このようなロビー活動を描いた作品だと「サンキュー・スモーキング」(2006)がある。主人公がたばこ業界を擁護するためにあの手この手の話術を展開する話だが、この主人公が霞んで見えてしまうほど、本作のスローンは強烈だ。シャーロック・ホームズ型のアンチヒーローになるのか、とにかく頭脳明晰かつ冷徹で、他人の気持ちを一顧だにしない、というよりは人の気持ちなるものがよく理解できないサイコパス的人物だ。頼れる凄腕だが、決して近づきたくないタイプだと思う。結構見ていてゾッとした。

       

       ゾッとする理由の一つは、「サンキュー〜」の主人公が、今風のアホな言い方だと印象操作が基本的な戦い方に対し、スローンはかなり謀略を駆使するからだ。その裏のかき方が本作の推進力になっていて、最後は「なるほどやられたー」と終わる。その筋立て自体はお見事なのだが、実際職場にこんな人がいたらとつい余計な想像をして背筋が寒くなるのは、現実味をしっかり出せているからだ。現実味というか、ギスギス殺伐が容赦ないというか。救いのある登場人物が、ハニトラ男だけという殺伐にもほどがある現場だが、どんな職業にも意地とプライドがあるという点一貫していてよい。

       閑話休題、スローンのような烈なキャラクターは、往々にして作り話臭さが出てしまい、何ならわざとそうして作品のバランスを取るところ、本作の場合は実際にいそうな印象を受けるから、その辺も演出や演技が見事に出来ているのだろう。

       

       このように味方さえも欺くスローンの知謀によって、銃所持規制に賛同する議員を増やし、一方で反対派もロビイストを使って巻き返しを図っていく。その戦いを見ていると、日本でもこういう手法を導入して政策アピールをすればいいのに、と思わないでもないが、既にやっている。都構想の住民投票のときの大阪がそうだったが、より大々的にやっていたのは維新側、つまり推進派だった。宣伝ホームページのQ&Aで「失敗したらどうなりますか」「失敗しないから大丈夫です」と書いている時点で底が知れた印象だったが、グラフのメモリにバイアスをかけたり、控えめにいって誇張が多く稚拙だった。それでも拮抗したから、アジテートなやり方が功を奏したということだろう(むしろよく否決されたもんだと思う)。スローンのやり方に比べてずっと矮小だからほっとするようで、それが通じているから大阪の現実の方が余計にゾッとするともいえる。

       

       ただ、両者の意見があまり噛み合っていないのは太平洋の東西問わず似たようなものだ、というのも本作を見ての印象だった。奇しくも前に書いた話と同じで、両者の主張は論点がしばしば逸れ合っている。お互い自説の正しさを世間にアピールしたいのであって、議論したいわけではないから自ずとそうなるのだろう。

       学問と違い、こちらは政治だからそんなもんだと言いたいところだが、この犲衙´瓩稜蚕夢垳気能侏茲討い誅男,大阪、東京、日本政府、米政府で観測される悲しい現実があるので、やはりよろしいことではない。それでも向こうさんがまだマシに見えるのは、議員一人一人に意見があるところだ。逆にいうと、一人一人賛同させたり翻意させたりするロビイストのやり方は、「党の意見が私の意見」化が強烈に進む日本では通用しないのではないかと思う。

       

       ごちゃごちゃと書いたが、本作のおもしろいところは、スローンと日本の社会運動の相違点が、実はマキャベリ的姿勢ではないと気づかされる点だ。その点日本の政治家とも大きく異なると思う。

       

       


      映画の感想:ブレードランナー2049

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         くしくも同じ監督の作品を立て続けに見た。

         「っぽい」という枠組みを残せるのは、何かを作る側にとってはしてやったりだ。というか芸術というのはそういうものといえるか。大学に入ったとき、「ブレードランナーっぽい」ものを喜ぶ人間が多くて驚いた覚えがある。正確にいうと、「ブレードランナーっぽい」という表現が、共通理解を前提としてやり取りされている状況に驚いたのだった。

         そんなに有名な映画だっけかと思ったのは都市部と田舎の文化格差のせいだと片付けたが、そんなすごい映画だっけかとビデオ屋で借りてきて見てもあまりピンとこなかった。その後何年もたって改めて見て、これはたしかにおもしろい映画だと感じ、ようやく当時の友人たちに追いつけたのだった。個人的にはかくのごとき情けない事情で思い出深い作品だ。ただし、何がおもしろかったのかと問われても、ろくに言語化することが出来ず、「雰囲気」とか「世界観」とかの駄目な演劇演出家みたいな言葉しか出てこない困った作品でもある。

         

         続編たる今作も、感想を書くのが難しい映画だった。聖書をモチーフにしているようで、「誕生」というか「創生」というか、とにかく普遍的でデカいテーマを戴き、大して話らしい話もなく、その場その場の場面の印象とか、感情への共感とかで引っ張るよくできた演劇みたいな映画だった。尺が長いのも演劇的だったが、壮大なテーマを掲げて話らしい話もなく2時間超える演劇は割と出来損ないのケースが多いというのは個人の感想余計な話。舞台作品との違いは、圧倒的に金のかかったセットという言うまでもない話だが、「映画を見た」という気分は十二分に味わえる。

         

         その他、あれがよかったとか、これがわからなかったとか、単発の指差し確認しか書けることがないのだが、備忘録としていくつか書いておく。

         前作同様、電飾ギラギラのビルが林立して地面はカオスという大袈裟な香港みたいな街に雨が降っているのだが、不思議と古臭く感じず、これは意外だった。スターウォーズ3のように、何年も前の前作とののりしろ部分が、時代の経過で齟齬をきたしてしまっているような事態が必然的にあると思ったのだがそうでもなかった。

         そのスターウォーズ同様、ハリソン・フォードの子供がトラブルを起こす話だったわけだが、彼が演じるデッカードが登場してから若干失速したように感じた。主人公Kの孤独が、猯人瓩箸里笋蠎茲蠅鯢頭に、妙にしみじみ伝わってくるのに対し、デッカードの孤独は宝くじで10億当たって破滅した人みたいな種類のものに映ったからだろうか。

         ラブが妙に強いのは、アクションという点から生まれた演出だと推測するが、邪魔に感じた。それがなぜかを考えてまとめてみようと思ったが無理だった。
         さて実際の2049年に、カリフォルニアで日本語の電飾看板はギラギラしていられるのだろうか。

         

        「BLADE RUNNER 2049」2017年アメリカ
        監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
        出演:ハリソン・フォード、ライアン・ゴズリング、アナ・デ・アルマス

         


        映画の感想:メッセージ

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           宇宙人の設定が面白いSF作品と聞いていて、ようやく見た。

           世界の各地に同時に巨大な宇宙船?で現れた生命体と接触を試みるファーストコンタクトものの王道を借りつつ、叙述トリックのような物語だった。宇宙人の書く文字のデザインというかアイデアというかが印象的な点を筆頭に、景色の綺麗さとか、最後にタイトルが繰り返されてああなるほどね思わされる辺りまで、絵的な部分がよくできている。

           加えて、突飛な設定のSF作品ながら、自分の日常に重なることがあるような気分にもなる。おそらく書いた人間の日常の出来事に元々の着想があるだろうから、順序が逆というか、そういう感想になるのは必然といえるが、日常ふと感じたことをしっかりフィクションに投影して、そのふと感じたことを浮き彫りに出来るのは、なかなか難しいことであり、個人的には理想的な作品の制作過程ないしは手法だと思う。


           一つは、相手の言語を学ぶと分かり合えるだけでなく、相手に染まるという点だ。この宇宙人が使う特異な文字を解読するうち、主人公は彼らと同じ猯廊瓩鮹里蕕夢屬某箸砲弔韻胴圓。

           以前に読んだ本で、バイリンガルの人間、例えば日本語と英語を話せる人間が、日本語を話している場合と英語の場合で性格が変わるとあった。俺自身は、流暢に話せる外国語はないし、海外留学や海外赴任の経験もないが、いかにもありそうなことだとは思う。英語は主語を省略しないし、否定する場合はnoやnotが前に来るしで、何かとハッキリした物言いになりそうな印象はある。あるいはヒトラーが仮にフランス人だったとすると、ドイツ語に比べて音感がふわっとしているといおうか丸っこいといおうかとにかかうずいぶん違うので、あのような演説は無理だったのではないかとも思う。

           半可通ぶりを恥ずかし気もなく書くと、イタリア語は過去形の種類が色々ありすぎて、どんだけ過去にこだわる民族だと思った覚えがあるし、スペイン語は英語のbe動詞、日本語だと「〜だ」に相当する部分が2種類あるから物事の状態に対してより敏感だともいえる。逆に日本語には敬語があるから上下関係に敏感だといえるし、一人称もいくつかあるから、自己認識に揺らぎがあるともいえそうだ。


           なので、これらの言語を学ぶと、母語では生まれない感覚が自分に生まれるということは十分に考えられそうだ。
           ただし、自分が故郷を出て地元の方言を封じるようになったことを考えると、当てはまるような当てはまらないような、とにかく疑問も出てくる。

           俺自身は十九二十歳で進学の関係で関西で暮らすことになったが、その際になるべく関西弁を身につけようとした。田舎の人間が方言を封じるのと理由はおおむね同じだが、便利に感じたこと理由としてある。元々話していた方言に比べ、冗談を言ったときにそう通じやすいとか、動詞に「はる」をつけるだけで敬語になるとか、何かと楽な言葉だと思ったからだ。同時に思考回路もずいぶん変わったから、本作で示している現象をなぞったともいえそうだが、どちらかというと友人の影響とか年を取って分別が少しはついてきたこととかの方が大きいようにも思う。ついでに少なくとも関西の人間に出会ったときに誰も俺を関西人と思わないから、ちっともトレースできていないことになる。外国語と同じく方言も身についていないから、やはり自分自身はまだ経験したことがない現象なのかもしれない。

           

           もう一つは、ネタバレになる。
           


          要するに麺をすすったというだけの瀬戸内

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             隣の家に囲いが出来たんだってね。へえー。あっちの大学に認可が下りたんだってね。はーん(判)。

             その学園から見下ろす夕焼けが秋を感じさせる。先般の台風のせいか、土砂崩れがあり、エスカレーターが停まっていたので徒歩で登山する羽目になった。これがホントのとほほ。関西だと関大や大阪教育大なんかがそうだが、高台にキャンパスがある場合、屋外にエスカレーターが設置してある。

             それで当該今治市在住の知人が近くまで来るということもあり、海を越えて、地元民の反応を聞きつつ、彼の特異な仕事の話を聞きつつ、うつぼのたたきなんぞ食べつつ、南海道にしかないカクテル「マダムロゼ(マダムロシャス)」を飲みつつ、当時俺が「絶賛していたあのラーメン屋に行こう」と言われ、初めて訪れる店で麺をすすった。俺は俺で、あんさんはあっちの店のラーメンが好きでしたなというと、食べたことがないと言われ、お互い記憶がバグっている。

             翌朝、めちゃくちゃ久々に有名店の麺をすすることにした。日曜やっている店は少数派だが、一応いくつかはある。

             嗚呼久々のありがたや。うまい、うますぎる。という十万石饅頭のような感想しか出ない。

             もう一軒。火野正平も眺めた富士を称する山の麓。今年ブームの井伊谷ならぬ飯野山。うまい、うますぎる。観光客には相変わらず釜玉が人気のようだが、やはりうどんはかけですよ。ええそりゃ認可も下りますわいな。

             

             さて、きちんと批判をするには、論点を明確にしないといけない。批判に反論する際には、この論点に基づかないと本来噛み合わず、きちんとした議論が成立しないのだが、裏を返すと論点をブレさせるといかようにでも反論できてしまう。無論その場合は、雑だったりズレていたりするのだが、形の上では何となく反論しているようになる。そして世を見渡すと、噛み合っていない方が圧倒的に多く、中にはわざとそうしている御仁もいるが、おそらく大半は当人も気づかずやっている。得意がって披露している猗刃性瓩まったくピントがずれているのは、そのこと自体も見ていてつらいが、それが世間的になんとなく受け入れられたり、何なら鋭い意見くらいにまかり通っていたりするので倍つらい。学生が書く文章も、多くはその辺りが無茶苦茶。帰りの電車でため息つきながら採点するが、学生の場合、大抵「我ながらわけのわからんことを書いている」という自覚があるのでまだマシだが、なので今のうちにほんのちょっとでもわからってもらうのが当方の務め、ということになる。とうほうにくれる。

             



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