【La 美麗島粗誌】(7)高雄その5_ローカル色と代議制

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     要はタピオカ入りの紅茶だった。俺は雰囲気で選んだ「ちょっと甘い」をいただき「少し甘い」より甘くなさそうな味だと想像した。女子は「またあした〜」と片言日本語でご機嫌に帰っていった。また明日?はて?

     よくわからないまま散会となり、ホテルまで送ってもらった。明日は朝食を御馳走してくれるらしい。

     中途半端に夕方の時間が残った。観光施設に行くには時間が足りない。俺はわけもなく新堀江に向かった。大阪の堀江と似たようなエリアだが、最新の流行をチェックしても仕方なく、ただの街ブラである。


     日も暮れた。ネット情報によるとホテルのすぐそばの雛肉飯屋が美味しいらしいのだが、とっくに閉店している。夜市に行くくらいしか思いつかないので、瑞豊夜市に行った。MRTの巨蛋から西を少し歩くとある。こちらはくだんの知人からも「六合夜市よりおいしいっすよ」と伝え聞いていて、ガイドブックにも、観光客向けの六合と違ってローカル色が強いとある。


     閑散とした渋い様子を想像していたら、めちゃくちゃ人が多いではないか。道路を歩行者天国化して店が並ぶ六合と異なり、こちらは一定区画に店が面的に集合している構造なので、通路がとても狭い。その狭いところに地元民じゃねえだろこれ、という人々が詰めかけ、満員電車のような混みようである。店構えも「ローカル色」というイメージと違ってギラギラしているところが多い。高雄のローカル色というのはこういうのを言うのだろうか、という問いはどうだっていいくらい、暑い。

     俺は唐揚げの甘辛ソースみたいなやつと、イカのフライ(超有名店、らしいのだが、イカフライはイカフライだという感想)を買って帰った。こう人が多くては、クーラーの効いたホテルで缶ビールとともにいただく方がよい。セブンイレブンに行くと、食い損ねた雛肉飯味のおにぎりが売っていたのでそれも買った。おにぎりはよくわからない味だった。


     ところでこの美容整形医院の広告のような看板は、市議の宣伝ポスターだ。こちらの議員はこの女性に限らず、誰も彼もがデカいポスターを掲示している。軍政〜民主化をへた歴史の現れなのだろうか。まあ特に市議は地域住民の利益を代表する存在なのだから、本来とても重責だ。これくらい顔が見えてもいいのかもしれない。中には「藍でも緑でもない」というようなキャッチコピーを掲げているのもいた。藍は国民党で、緑は民進党を指す。ゆ党を名乗る維新のようなものか。悪口を書きそうになるのでこの辺で。

    高雄

    嘉儀


    【La 美麗島粗誌】(6)高雄その4_東アジア義兄弟主義、少しとちょっと

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      中国語では小丸子というようだが、当地ではタコ焼きも小丸子というようで

       

       問題は電話だった。携帯がつながらないとなれば公衆電話しかないが、今時どこにあるんだ。あ、あった。MRTの駅にしっかり据え付けられている。しかし公衆から携帯にかけるとどれくらい料金がかかるのか。俺は小銭が十分あるのを確かめて、おそるおそる番号をプッシュした。実のところ、相手に日本語が通じるのかも知らない。そもそも会ったこともない人だった。


       「台湾に行くなら是非うちの親に会ってください」と、知った台湾人から出発前にメールが届いていた。「俺日本語しかでけへんけど」と返信しても反応はない。愚問、ということなのか。しかし、当人不在で親と会うという感覚は日本人の場合は希薄ではなかろうか。仙台出身の知り合いに「今度仙台旅行に行くわ」と行って「じゃあ親に会ってきてよ」とはあまりならないだろう。もし言われても気を遣うだけだから断ると思う。しかしここは海外だ。現地を知る人と会えるのは、それ自体貴重である。

       

      《RRRRR・・・、你好》
      「あ、う、・・・もしもし」
      《はい?》
       たった二文字で相手のモードが「日本語」に変わったのがよくわかった。俺は安堵しながら名乗ると向こうもすぐに了解したようだった。

      《お昼ご飯はもう食べましたか》
      「まだです」
      《では一緒にお昼を食べましょう。いいですか》
      「是非」
       すんなり話が進んでいる。しかしホテルに迎えに行くのでと場所を聞かれたが、なぜかこれがちっとも伝わらない。電話の液晶画面には残りの料金がカウントダウンで表示されるので、そのたび10元硬貨を入れるのだが、ホテルの名前だけで30〜40元ほどかかった気がする。ところでおつりの返ってくる親切な電話機だった。
       小一時間後に会うことになった。俺は最大のミッションをクリアした気分を覚えつつ、自室で身づくろいをし直したのだが、ホテルの場所は正確に伝わっているのかどうも不安になってきた。それでフロントの係員から、このホテルの住所を電話してもらおうとしたが、当番の人が英語もできない人だった。筆談と身振りを駆使してどうにか意図を伝えて電話してもらうと、その電話で会話しながら当人が自動ドアをぬっとくぐって現れたのだった。

       

       「あきらめないで」の人に似たスタイリッシュなマダムであった。表に停めた車に乗せてもらい、どこかわからないところにビューンと連れて行かれた。台湾の運転は、大陸や韓国と違ってかなり常識的だ。ただし日本人には少々強引に見える瞬間もあるにはある。着いたのは高級そうなレストランで、「ここで小籠包を食べます」と言われた。

       さて彼女は電話でのまあまあスムーズなやり取りとは裏腹に、「日本語そんなにうまくない」と、対面の会話は途切れがちであった。こちらもなるべく簡単な日本語で話そうと努めるのだが、「台湾は初めてです」とか「大阪の方が暑いです」とかの大和言葉に比べ、漢語が通じない印象。漢字音読みの単語・熟語は書かないとなかなか伝わらない。これはカタコト日本語を使う商店主なんかも同じだった。なまじ文字が同じくせに発音が大きく違うからだろうか。言うまでもなく俺も「大飯店」の読み方を知らないし、知ったところで通じないのは「左營」の時点で証明済み。「昨日は何を食べたのですか」「意麺」←これも口頭ではまったく伝わらなかった。

       

       さて普段の生活において知り合いの知り合いは要するに他人だと思っているのだが、台湾の常識では知り合いの知り合いは朋友か上客になるのだろう。韓国でも似たようなことがあった。「知り合いの知り合いから紹介してもらった人」という余計に他人な人が取材のアテンドをしてくれたのだが、十年来の友人のような厚遇だった。大陸でも知り合いの口添えがいかに仕事で重要かという話を聞かされたことがあるが、これが東アジアの義兄弟主義なのだろう。日本でこれが通じるのは名古屋くらいか?

       

       すっかり満腹になり、そして俺は脚マッサージの店に来ていた。「いい先生がいるよ」とのことなのだが、マッサージの間は会話にならないから不慣れな言葉であまり話さなくて済むからだろうかとも想像した。だとすると気を煩わさせてしまい申し訳ないのだが、義兄弟主義の前ではまあ考えないことにしよう。

       「いい先生」は60代くらいの顔の濃い男性だった。年齢と濃い顔つきと、日本語を割とスラスラ話す点から、にわかにモーナ・ルーダオに見えてくる。柔和なモーナがぐりぐりやってきて「いてて」と言っているうち、共通の知り合いらしき女性が現れ、中国語で何やら会話している。その若い女子は、スマホで何やら打ち込んで、画面を見せてきた。どうやら翻訳アプリのようだ。「パールミルクティー」「飲むか」。

       何かわからないうちに頷いていると、女子はふっと店からいなくなり、しばらくしてデカイ紙カップを2つ抱えて戻ってきた。どうも二種類買ってきたがどっちがいいかと聞いているようで、モーナが気を利かせて通訳してくる。
       「少し甘い、と、ちょっと甘い、どっちがいいですか」
       え?どっちが甘いの?甘くないの?


      【La 美麗島粗誌】(5)高雄その3_博物館

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         台湾では、ホテルの朝食はパスして外に食べに行くのが正しい旅行作法のようだが、とにかく涼しいところで食事がしたくて開店と同時にホテルの食堂に行った。日本の大手安ホテルチェーンのような朝食で、何か特色があるわけでもなく、うまくもなかった。まあ一泊3000円程度の台湾相場でも安いホテルだからこんなものだろう。
         出かける準備をしていると、出かける気が失せるくらい雨が降ってきた。出かける気が失せたのでやや二度寝した。目覚めると小雨になっていて、俺は外に出た。部屋の鍵はオートロックではなく、まさかの内側からプッシュ式の錠を押して閉める形態だ。


         まず向かったのはかつての製糖工場。日本が台湾から得た巨大なうま味(というよりは甘味)のひとつが砂糖だった。「西郷どん」でも、奄美大島での薩摩藩による砂糖の厳しい取り立てが描かれていたが、台湾の砂糖は国策レベルで産業化が進められた。その砂糖工場の様子を撮影した戦前(1927年制作)の記録映画を見たことがある。新長田の神戸映画資料館でやっていた戦前のレアなフィルムを鑑賞するイベントで見たのだが、工場の各過程をろくに説明もなく(音声部分が欠落しているだけかもしれないが)ただひたすら撮影している、いってしまえばとても退屈な映像だった。退屈ではあるがとても貴重な映像記録で、同じ製糖工場の遺構があるとなれば興味も湧いてくる。

         MRTで北上し、左營を超えると車両は地上に出る。楠梓加工區という駅があるように、周辺は工場街だ。やがて郊外の宅地の景色になったところで橋頭糖廠という駅についた。ここからすぐのところに糖業博物館がある。
         どうやらここも文創地区のようで、工場跡を利用したレジャースポットがある。このため行楽客を狙ったレンタル自転車屋が駅内にいるのだが、平日の朝だからか誰も人はいない。俺は工場を目指して歩いた。

         駅前に中山堂と書いた建物があったが、石段の構造や灯籠が残っている点からみて、おそらく元神社だろう。中山とは孫文のことで、台湾各地、「中山」のつく地名だらけであるが、大陸でも同じなのが面白いところだ。Wikipediaにも「両岸で尊敬される数少ない人物」との記載がある。両岸とは中台双方を指す定型句。国共双方にとって偉大なる建国の父ということであり、結局似た者同士の喧嘩が一番タチが悪いということか。

         日本統治時代の建築物がたくさん残る台湾だが、神社は壊されていて、しばしばこのようなお堂になっていると、出発前に本で読んだ。皇民化の重要なシンボルとして建設された神社が、日本の敗戦後に上陸してきた国民党によって民国アイデンティティを涵養する場にとってかわられた格好で、為政者のやることは同じアナ雪という話である。ただし今でも一部は残っている。本殿まで残るのは桃園に一つあるだけだが、哈瑪星から少し山を登ったところには、鳥居が残っている(アクセスが悪いので行ってないが)。この徹底されてなさが台湾の特徴といえる。仕事がいい加減という意味ではない。日本がいなくなれば元の韓国なり朝鮮なりに戻るだけだった半島のようには、民族アイデンティティはシンプルではないのである。


         糖業博物館は、見学路が一応整備されているものの、まあまあ廃工場ほったらかし状態になっていて生々しさが感じられてよい。俺しかいないから、ちょっと不気味でもあった。そしてたまにこいつにびっくりさせられる。


         民国時代になってからの比較的新しい工場跡のようであるが、記録映像で見た景色と概ね同じだ。説明書きは、日本時代から始まっていて、長影博物館の満映時代の説明のように、極力なかったことにしているようなことはない。むしろ、こうして台湾の産業革命が始まったというような好意的な取り上げ方になっている。世界を「親日/反日」の花占いでしかとらえられない愚か者にとってはうっとりするような記述だが、その手の人がもし台湾人だった場合、よそをこうして称揚できるのかな。


         MRTで南下し美麗島でオレンジの線に乗り換え、鹽埕埔で下車した。でた「鹽」。ここから少し歩くと、市立歴史博物館がある。昔の市役所庁舎を再利用しているのだが、またも工事中に出くわした(正面と両サイドの窓が絵になっている部分)。俺の遭遇率がなぜか高いのか、世界は常に工事中なのか。

        内部は大連で見たロシア式金ぴか装飾とよく似ている。
         こちらは1939に完成したかつての市役所庁舎で、やっぱり帝冠様式だ。二二八事件を中心に展示があるが、今回は特別展はなかった。市役所の向かいには二二八和平公園がある。台北のデカい公園が有名だと思うが高雄にもある。二二八事件が台湾全土を巻き込む出来事だったことがよくわかる。

        両サイドの石碑には受難者の名前が刻まれている。

        日本ではブラックバスがごとく忌み嫌われているタイワンリスがいた。
         すぐ近くを愛河が流れている。安威川近くの住民が愛河を訪れている。橋の向こうに見えるのは、台湾銀行高雄分行。先ほどの元市役所以上にこれぞ帝冠様式という建物だ。


        【La 美麗島粗誌】(4)高雄その2_夜市の意麺

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           ホテルが面した大通りから裏通りを少し行くと六合夜市があった。聞くところではこちらは観光客向けで、地元民が愛するより本格的な夜市はまた別にあるとのことだが、今日のところはここでよいだろう。要するに祭りの屋台のようなものが大量に並んでいるエリアだ。綿菓子屋のように買うだけの店もあれば、おでん屋のごとく、横手のテーブル席で食べれる店もある。おもちゃや服など食べ物以外もあり、雑多な活気と臭豆腐の臭気に溢れている。


           俺が探したのは意麺だった。台湾は観光客や在住者が多いため、ネットで検索するとどこかの誰かが「ここが美味い」という情報を上げていて便利だ。高雄の意麺の店もいくつか見つかったが、どれもあまりアクセスがよくないところ、この六合夜市にもあるとどこかの誰かが書いていたのだった。あった、あれだ。
           メニューの札には三種類書いてあるが、どれが何かさっぱりわからない。おばちゃんが目の前に並べている具材を三種指差して、どれだと聞いてくる。イカとエビとあとよくわからないものの3つだったのでイカ(花枝)を選んだ。選んだあとでなぜあのよくわからないやつを選ばなかったのだろうと己の保守性にうんざりした。後で調べてタウナギだとわかった。まあ、インドでの前科があるので慣れない食材は避けておくのが賢明だ、と自己管理の話で片付けておこう。
           意麺は、チキンラーメンの原型ともいわれている。「タイワニーズ」で読んで知った。安藤百福自体が述懐しているわけではなく、彼の出身地に似たような麺があるからヒントにしたのではといわれているだけのことだが、どっちにしても気になるじゃないか。


           ネットで検索して出てくる意麺は、炸醤麺のような外見をしているものが多いが、現れたのは思っていたのとは違うものだった。皿うどんのようだが、問題は麺自体だからまあよろしい。早速すするとたしかにこれはインスタントラーメン的な食感だ。チキンラーメンより太くてもっちりしているが、まあ概ねあんな感じだ。明星の「ぶぶか油そば」に似ている。
           まだ空腹なので胡椒餅を食べた。豚まんとピロシキが合体したような饅頭だ。これもなかなか美味いが、外で食っているとむちゃくちゃ暑い。摂食のせいで体温が上昇して汗だくになってくる。仕方がないのでコンビニでビール(台湾クラシック)を買ってホテルに戻った。


           ところでこの回廊のような構造は、台湾全土に見られるビル設計で、騎楼とか亭仔脚などというらしい。軒を連ねるビルの1階部分が、等しく凹んでいてアーケードのような構造になっている。雨や日差しを避けるためだが、私有地が歩道のようになっているのに驚く。幅は大体同じなのだが、高さはビルごとに結構まちまちで、何のきなしに歩いていると、ちょっとした段差でつまづきそうになる。日本が当初こういう格好で建築したのが由来で、「KANO」で出てくる戦前の街並みにもこの亭仔脚が確認できる。
           このコリドー的な構造と、大量の看板が台湾の特色のようだ。道路に対して直角に突き出た看板は、それ自体珍しいものではないが、とにかく数が多いのは確かで、示し合わせたようにどこの町も同じ街並みをしている。


          【La 美麗島粗誌】(3)旅の目的と書籍

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             一昨年、昨年と2年連続で夏のこの時期、海外を旅行した。その惰性で今年もどこかにと考えたとき「安い」「気軽」の条件を加えると必然、台湾になる。加えて、韓国、中国東北を既に訪れているのだから、かつての帝国版図だった台湾訪問は欠かせない。
             「週末台湾行ってきた」という知人は、過去に何人もいた。韓国よりも断然多いのだが、統計を確認すると日本人の渡航先は韓国の方が倍以上多い。都合の悪い統計には目をつむるとして、とにかく俺の主観の範囲内では最も気軽な海外旅行先が台湾という位置づけだ。なので俺自身はようやく訪れたという印象すらある。


             ひとえにこれまではあまり関心を持たなかったからだが、にわかに興味が湧いたのは、昨年だったか安田峰俊「境界の民」を読んだせいだ。「多くの日本人は台湾について、日本の敗戦・撤退後、国民党の軍政が続いてその後民主化された程度のことしか知らない」というような著者の指摘を見て、ギクリとしたからであった。俺もまさにそうだ。この本では馬英九政権末期の「ひまわり学生運動」関係者を取材しているのだが、そこから垣間見える現在の台湾の活気のようなものがやけに印象に残ったのだった。

             

             そういえば台湾には故宮博物院という世界的な博物館がある。国民党が大陸撤退時に持ち出した中華の秘宝を大量に保存している。東洋美術の学芸員をしている友人と巡ったらこれはなかなか楽しそう。共通の友人含め、「近いうちみんなで行こうや」などと話していた。


             それで今年になり、初めて台湾の人と知り合う機会があった。こうなるともはや行くしかなかろうと、勝手に天啓を感じて義務感めいたモチベーションが活性化する。飛行機のチケットを手配したら、次は頭でっかちの本領発揮で読書と映画だ。

             

             映画については既に書いた。韓国映画に比べると、日本市場での取り扱いはずいぶんと頼りない。レンタル屋になかなかないことはすでに書いたが、レンタル屋の配置も、「アジア」の棚に韓国映画に混じって置いていたり、洋画コーナーに置いていたり、まちまちである。「KANO」なんか日本の役者が多数出演しているせいか邦画の棚に置いているケースもあった。さすがに無知蒙昧ではないか。
             それに対して書籍だが、台湾に関係する本は身近な観光地だけあってかなり多い。ただし観光関連がかなりを占め、次に多いのは歴史関連。今の台湾について書いた本は案外見当たらない。安田氏の指摘通りに思えてくるが、まさしく求めていたそのままのタイトルの新書があった。


             これは馬英九〜蔡英文の政権交代を中心に、その背景等々を掘り下げて説明している。なかなか面白いのだが、政治の話ばかり読んでも仕方がない。もう少し別のテーマはないだろうかと新刊コーナーを眺めたら、これまた格好の本があった。


             へえ〜面白そう、とすぐに購入し、読み始めてようやく気付いたのは、著者が「台湾とは何か」と同じ野嶋剛であった。人材不足! まあつまりはこの野嶋氏が今の台湾関連では精力的に書いているといえる。
             この本は、日本で活躍する台湾ルーツの人々を取材している。蓮舫や、テルがまた老醜を晒した温又柔ら人選も興味深いのだが、「故郷喪失者の物語」という副題が台湾の特殊性をよく表していると思う。もちろん在日韓国・朝鮮人の場合も、国籍が向こうにあるだけで半島は異国にしか映らないという人もいようが、そもそも立ち返る場所はどこにありやという揺らぎの点で、もしかすると戦前に半島や満洲国で生まれた日本人の方が似ているかもしれない。その辺りの複雑さは「悲情城市」のところでも軽く述べた。付け加えると、冒頭に流れる玉音放送は「歓喜すべき敵の降伏」ではなくて、当時日本国民だった彼らにとっても敗北を意味し、同時に当時の日本人と違って何国民でもなくなった瞬間でもある。

             

             本書の登場人物の多くは、世代からいって祖父母や父母が激動の時代を生きているから、個人史を切り口とした日台の近現代史にもなっている。大変に面白く読んだ。合間に「私が台湾赴任時代によく行った美味い店」なんかも出てくるから少々マニアックな観光情報も得られる。
             いずれの本も、共通したテーマは台湾の複雑さだ。今風にいえば多様性か。説明にいちいち手間がかかると野嶋氏も自分で書いているが、たしかにややこしい。そのややこしさを生んだ原因として、日本の存在は物凄く大きいのであるが、多くの人はそれを知らない。俺もそう。裏を返すと、こんな風変りでおもしろい存在がお隣さんなのはラッキーなことでもあるんじゃないか。

             こちらは有名作家のルポ。氏はほかにも歴史関連のムック本も出している。「台湾」で検索しても引っかからないタイトルのせいで知るのが遅れた。「悲情城市」の視聴時、順番待ちの時間に棚を眺めていて知った。台湾各地を訪れ、素人目線で思ったことを綴ったような内容で、いってしまえばこのブログとやっていることは定義上は大差ないのだが、現地の人のサポートがある分、アクセスのよくない変わった場所に行っているのと、文章や考察に一定の格調高さがあるのはさすがキャリアのある作家といったところ。


             著者の片倉氏は、日本統治時代の建築物関連の本を多数出しているが、鉄でもあるらしい。うっすら鉄の俺としても興味深い本だ。わかりやすい鉄道利用ガイド本にもなっている。台湾鉄道旅の10大魅力として、「モーター音を楽しむ」が「友人をつくる」より上位に来ているところに著者のプロ鉄意識を感じた。

             駅舎や官公庁のような巨大建築ではなく、元は官舎や商店だったような小ぶりの建築物を中心に紹介している。多くが現在、喫茶店や書店などに再利用されているので、カフェ巡りのガイドとしても使えよう。何かのついでに立ち寄ることがあれば、くらいの感覚でこの本は持参した。


             「台湾とは何か」でも軽く紹介されている小林よしのりの「台湾論」は、日本で大いに売れた台湾本の一つだと思う。実は俺も当時買った。ただし熱心に読んでいた初期のころと違って惰性で買っていた時期なので、まったく読んでいなかった。実家に帰ったついでに埃を払って目を通してみたが、あのシリーズの例の調子がすっかりしんどく感じてしまってすぐやめた。惰性で買うのをやめたのも本書のころだったと思うが、あのころも、もうしんどいと思ってやめたものだった。ただまあこの人、似顔絵は巧い。似ているというだけでなく、実在の人物をちゃんとマンガのキャラクターとして描いているところはさすがだと思う。

             

             本の話はこの辺にして、旅の話に戻ろう。ちなみにくだんの学芸員はともに行く予定だったが、直前に「ごめーん、実は仕事が・・・」と断られた。



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