愛と平和で何がおかしい

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     台風により延期していたスタジオ入り。前回の中止はちゃっかりキャンセル料を取られた。あれ? こんな日にスタジオ入りするのは、こんな日に宅配ピザを頼むなと同様の想像力を欠いた行為かと思って遠慮したのが少々馬鹿馬鹿しくなるぞ。なるほど、電車が止まっても出勤しろというアホな会社の意図はそういうところにあるのか、と納得した。みんな休もうぜという呼びかけは、お互いの財布の問題としても重要でなのだな。


     ピアノマンは日中ずっと練習していたらしく少々疲れ気味のご様子。俺はというと、仕事終わりで楽器屋に寄ったから5分ほど遅刻した。前回アコースティックギターにピックアップをつけてエレアコ仕様で弾こうとしたのにうまく行かなったため、本日はエレキギターを持参することにしたのだが、問題はケースがないことだった。ヤフオクで買ったとき、純正のケースとともに送られてきたのだけど、そのうちカビて汚くなってしまったので廃棄していた。持ち歩くことがなかったので何の問題もなくこの日まで来てしまったというわけだ。

     

     なので仕事終わりで、あわてて楽器屋に飛び込んで「ギターケースくれ!」と店員を捕まえ、「安いのだとこのタイプですよ〜」と呑気に持ってくる長髪のあんちゃんに「これで!」と即決して店を出た。普通そんなに慌てて買うもんじゃねえだろ。急な訃報に慌てて数珠を買いに来る弔問客のようだ。

     帰宅して着替える暇がなかったので、ネクタイ姿のままギターケースを背負ってすぐ電車に乗ったが、正確には弔問客ではなく、結婚式の2次会で余興をたのまれたおっさんの図だった。5時過ぎに電車に乗ってるから、時間帯的にもまさしくそんな具合(若干遅刻気味)だし、たまたまこの日、明るい色のネクタイしてたしで余計に。

     

     ま、しかしこの日は母親の命日につき俺にとっては慶事ではなく弔事の日になる。慌ててギターケース買って、って、あんた何してんのという感じだろうな親にすりゃ。

     

     本日のコピー曲はエルビス・コステロ「(What's so funny'bout) peace love and understanding」。そういえば母親はエルビス・プレスリーが好きだったから、半分ほどはちょうどいいな。プレスリーからコステロになった途端、外見のスター性は全く消え失せ、阪大の基礎工学部の人みたいになってしまうのであるが。


     単純なポップソングかと思って演奏してみると、これが無茶苦茶楽しい。少ない人数でやるときは、ドラムが凝ってる方が楽しいということがよくわかった。
     しかし、そうなると次なるコピー曲を何にしたらよいものか悩む。ピアノマンは「いっそビートルズでいいんじゃないっすか」という。まあ、いつこの世から「ない」ことになるかわからんからな。「マズいことになる」前に、1曲くらい覚えておいてもよいかもしれん。


    【やっつけ映画評】イエスタデイ

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       このチラシで本作を知ったとき、安直な着想だと感じたのと、ビートルズにあまり思い入れがないのとで、見に行く気はあまり起きなかった。のだけど、当ブログで書きたい関連話と出くわしたので、見に行くことにした。倒錯している。

       

       先に感想。手練れ監督によるハズさない佳作といったところか。いくつかの部分でなるほどなあと思った。
       まったくぱっとしないギター弾きのジャックが、周りの誰もがビートルズを知らない異世界(?)に行ってしまい、そこで彼らの曲を演奏することでにわかに注目を浴びるという内容だ。

       芸術は互いに影響し合う上、なにせビートルズだから、彼らが消えれば他も消えるんじゃねえのという疑問はすぐ浮かぶ。この世界では、ローリング・ストーンズもデヴィッド・ボウイも存在しているが、オアシスは存在しない、というギャグでこの難問を切り抜けている。というように、必然つきまとう疑問の処理が本作はソツがなく安心して見ていられる。これ以外でいうと、21世紀の今、そもそもビートルズはウケるのかという疑問に対しては、本家にならってジャックが提案したアルバムタイトルやジャケットデザインをことごとく却下されるというギャグっぽいシーンで処理している。

       

       そうだよなあと共感したのは、どうやら周囲はマジでビートルズを知らんらしいと悟ったジャックの反応だ。ビートルズの傑作群を自分だけ知っていて、ある程度は弾ける。だとすればプロになる夢を実現する大いなるチャンスといえるわけだが、ジャックは算盤勘定よりもまず真っ先に、「マズいことになった!」と恐れおののく。

       

       そりゃそうだ。荷が重すぎる。まずジャックは歌詞やコードがうろ覚え。コピーバンドでもやってない限り、ファンでも正確に覚えているのは2、3曲くらいなもんだよね。そしてちゃんと演奏できるのかという問題もある。なので天才の力を借りても自分が売れる保証はなく、しくじれば彼らを冒涜することになる。足もすくむというものだ。実際、当初は誰も聞いてくれない。

       

       それでもチャンスが転がり込んでくるのは、ビートルズだから、というのは大きい。もしなりすましたのがローリング・ストーンズだったら無理な相談だろう。ビートルズはメロディがしっかりしているので、素人がやっても「よい曲」になる可能性はある。ストーンズは、譜面通りやってるつもりでも全くあんな風にならなくて、実に退屈になる。クイーンだとそもそも歌えない。

       

       そして、素晴らしいものを提示できたとしても大抵の人は素通りというのが実際のところである。この序盤の展開は面白い。また、ジャックをなりすましと見抜いているっぽい謎の爺さん婆さんの狙いや、彼らから知らされる最重要人物の登場シーンなどは上手い脚本だと思った。

       

       一方、全体を支えているジャックとエルとのラブストーリーは、女優の魅力と演技の上手さでどうにかなっているものの、ビートルズのモチーフがなければ、ただの使い古されたすれ違いの構造をなぞっているだけの凡庸さだったと思う。せめて曲の歌詞を踏まえた展開にするとか欲しいところ。この辺は「シング・ストリート」を見習ってほしいものだ。レコード会社を欺くラストが、同じ監督の「はじまりの歌」とまるかぶりなんだからさ。

       

       さて、先日とある大学での仕事で出くわした小噺である。

       

       文章の読解について教えながら、文中の「まるでカフカが描く不条理のように我々はなぜか非合理な行動をとってしまい」うんぬんかんぬんという部分に、ふと「もしや」と嫌な予感がした。


       「ところで、みなさん、カフカは知ってますか?」
       沈黙。
       「知ってる?」と、適当な学生に尋ねると「…、絵の人っすか?」と少々語彙力に欠ける返答。「『描く』から画家を想像したその発想は悪くない」などと褒めながら(←こういう芸当、一応できる)、「他に『描く』が仕事っぽい職業って?」「本の人っすか?」と、一応正解にはたどり着けたがしかし、である。


       作者名は知らなくても、作品は知っているのだろうか。「変身」が有名だけど、と水を向けるが教室にいる30人ほどが全員一様に「???」の表情。
       「えーっとね、グレゴール・ザムザという男がある朝目覚めると、自分が虫になっているということに気づいてね…」
       と物語の冒頭を紹介すると、女子学生を中心に「グロ。え?何?ホラー」といった具合にかすかにざわつく。
       「マズいことになった!」
       まさしくこれだよホント。意味が違ってしまうけど。

       

       このとき、本作「イエスタデイ」の概要はすでにチラシで知っていたし、本作と何かと重ねて語られるマンガ「僕はビートルズ」も、そういうマンガがある、という程度の認識はあったわけだが、別にパラレルワールドに行かなくてもタイムスリップしなくても、著名なはずの人物や作品を誰も知らないという状況はいくらでもある、と現実を知ったのである。


       無論、「〇〇、と言っても若い君らは知らんか」という年寄りの言は、過去にいくらでも聞いてきたし、おっさんになって逆の立場にもなったから、いくらでもあることといえばそう。だけどカフカだよ。ロバート・ジェームズ・ウォラーでもスペンサー・ジョンソンでも謝国権でもないんだよ。というのは文学部出バイアスなのだろうか。

       

       なんだっていいや。ジャックがビートルズの伝道師を買って出たように、我も知らぬという彼ら彼女らに伝えなければならない。映画の登場人物がビートルズを知らないのは彼らが不勉強だからではないのと同様、目の前の学生がカフカを知らないのも機会不平等みたいなものである。是正に努めるのがおっさんの責務。


       しかし、「マズいことになった」。ろくに内容を覚えていない。「要するに簡単にいうとですね」と誤魔化しながら、作品の特色と意義を知ったように説明し、若干名が「へ〜、読んでみようかしら」といった表情で頷いていた。こういう芸当、一応できる。だがやっていることは、「ヘーイ、ジュー、ボンベンビンバーン」と歌っているのと大差ない、ただの雰囲気説明である。

       こう考えると、刺客のように登場するあの初老の男女が見せる意外な態度は、何も意外でないことがわかる。ピラミッドはエジプト人のみのものではなく人類の宝であり、だから守り伝えなければならんし、それは凡人にはかなり難しい相談なのである。

       

      「ALL YOU NEED IS LOVE」2019年イギリス
      監督:ダニー・ボイル
      出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、エド・シーラン


      決着トントン対決2019;トランプとターナーに見るワールド情勢

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         無事(?)第7戦までもつれ込んだヒューストンとワシントンのトントン対決ワールドシリーズは、双方とも本拠地で敗北し敵地で勝利する展開で、いわゆるホームフィールドアドバンテージ(レギュラーシーズンの勝率が高い方がホームゲームの開催が1つ多い)のあったヒューストン・アストロズがホームディスアドバンテージになってしまって敗北。ワシントン・ナショナルズが見事初優勝を成し遂げた。

         互いがホームぜ全敗するのは史上初とのことで、完全なる外弁慶シリーズであったが、しかし外弁慶って、要するに「弁慶」ってことよね。弁慶も帰宅すれば泣き言の1つくらい言うだろう。だとするとホームで弱い=内平維盛ってことだろうか。ナショナルズのソトはアストロズ自慢の先発陣を軒並み攻略したので弁慶ばりの活躍を見せた。

         

         実のところ、ホームゲームだからといってそれほど勝ちやすいというわけではない。2009-2018の10年間でいうと、32勝27敗。ホームがやはり上回るとはいえ、6割もいかないし、ホーム全勝のカードもない。そしてホームゲームで負けるのは、ミック・ジャガーかバスケの選手が見に来たときと相場が決まっている。今年のドレクスラー&オラジュワン(ヒューストン)、2016年のレブロン(クリーブランド)。そして共同オーナーの1人として毎度マジック・ジョンソンが観戦に来て敗北するドジャース。ワシントン暮らしを始めた八村塁も、さっそくワールドシリーズを見に行ったら負けてしまい、驚異の新人もこの例に漏れず。

         

         ついでに同じくワシントンの住人ドナルド・トランプも第5戦に観戦に来ていた。常日頃の言動に趣味を感じさせるものがちっともない御仁だけに、あからさまに選挙対策の香りしか漂わない。まあ相撲よりは楽しめたのかもしれないが、観客からはブーイングとともに「投獄しろ!」の大合唱で、珍しい方向に盛り上がっていた。首相の応援団が国技館でトランプと嬉々として握手する様子を「一般の方と握手」などと伝えたわが国と異なり、宗主国の国民は自由だな。

         

         MLBは中南米の選手の活躍が目立つので、そもそもトランプとは相性が悪い。ナショナルズだとソト、ゴームズ、ロブレス、サンチェス、パーラなど。アストロズはもっと目立って、アルトゥーベを筆頭に、コレア、グリエル、チリーノス、アルバレス、オスーナなど。試合も負けたしナショナルズには疫病神でしかなかったな。

         

         第1戦では、地区シリーズでナショナルズに敗れ引退を表明したブレーブスのマッキャンが、早速アストロズのユニホームを着て始球式に登場。元アストロズとはいえあまりの変わり身の早さ。まるでジャニーズをやめた翌日に新譜の発売とツアー日程を発表した錦戸亮みたい。その始球式を見た上原浩治の「不思議な感じがします」のコメントが秀逸だった。

         

         さて、昨年と違い、7戦目までもつれたのはありがたいのだが、接戦になったのは第1戦のみで、あとは負けた方が1、2点しか取れず、勝った方は6、7点という試合が目立った。2戦目なんかナショナルズが12点も取っているのだが、負けた試合は1点くらいしか取れていないので、結局合計点はほぼトントン。アストロズが1点だけ上回ったのにナショナルズが勝ったのはまるで大統領選挙であり、その点やはりワシントンのチームといえよう。こういうわけなので「手に汗握る」とまではいかず。贅沢な話だが、観客としてはやはり、リーグ優勝決定戦のアストロズ×ヤンキース第7戦のような試合を見たいものです。

         

         まあナショナルズは、ここ何年も地区シリーズ敗退が続いていたから、ようやくの頂点に輝き、ドジャースに代わって「物事には順番がある」の義務を果たしてくれたといえよう。ただしここで誰しもが思い浮かべるのが今季から他チームに移ってしまったカルロス1世・ブライス・ハーパーだろう。間が悪い。フィリーズへの移籍会見で「ワシントンを優勝させる!」と思い切り間違えたのが、「予言になった!」と話題になっているとかで、寂しい貢献の仕方である。しかし落ち込むことはない。もっと間の悪い選手がいる。ミスター「俺が去ったチームは優勝する」青木宣親だ。彼に比べればどうってことない。


         MVPは、1、2戦でワンバウンドのくそボールを1つも後逸しなかった「カート・スズキだ」と上原は断言し、当人も「体中痛いが頑張るよ!」と意気込んでいたが、やはり相当痛かったのか、3戦以降は股関節のケガでマスクをゴームズに譲った。残念ではあるが、ハーパー、青木と異なり、移籍したら栄冠が待っていたのだからまだラッキーだな。

         

         スズキは股関節のケガとのことだが、ターナーは、股間の急所に自打球を当てて、結構な時間硬直するシーンがあった。グラウンド上でもスタンドでも、彼を見つめる男性の顔つきが一様にやさしーくなっているのが印象的だった。ただのデッドボールだと、痛そうというのは想像つくが、実際当たったことのある人間は極々限られているのでああはならない。「相手の痛みがわかる」というのはなるほどこの顔なんだなと思った。世界平和にどうやったら役立てることができるのだろう。

         

         最終戦は、アストロズの継投失敗が響いた。好投しつつも降板したグレインキーは何より全米一の目つきが鋭すぎる投手なので、打たれたハリスの心中を察してしまう。ブルペンに右投手しかいない(&左打者も少ない)極端に右寄りの極右チームの弱点が出てしまった。とりあえず菊池雄星をマリナーズから強奪してきたらどうか。

         

         それにしても、4タテくらった原監督が敗因をDH制の有無にしていたらしいが、あんま関係ないということが証明されたのは何より。何度もいうように、今季最弱チームとホークスが交代したらよろしい。来季は、デトロイト・ホークスと、福岡ソフトバンク・タイガースになります。神虎と福虎で区別。どっちもめでたい文字面でええやないすか。


        【やっつけ映画評】ジョーカー

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           それでようやく見た。
           娯楽作の悪役が、悪役になるまでを描いたという点、「スターウォーズ」のエピソード3と同じだが、あれと違って「そうなる」必然性になかなか説得力があって引き込まれた(でもこの物語はジョーカー白人だから成立するのであって、黒人だったら捨て置かれたままだ、という指摘をネット上で目にし、なるほどなあと思ったから感想が続けにくい。さしあたり脇に置く)。

           

           どん底の不幸から稀代の愉快犯が生まれる、という大枠は伝え聞いていたので、重い内容を想像して気後れするところも正直あった。スケジュール的にはぎりぎり鑑賞可能だった日もあったのだが、その気後れのせいで「そこまで無理せんでもええか」と帰宅したくらいだった。実際、ジョーカーことアーサーが、病気のせいでおかしくもないのに爆笑してしまうシーンは息苦しさを覚えたものだったが、全体的にはあまり重苦しさは感じずに見た。なぜなんだろう。

           

           ひとつには、「主人公が黒人だったらこの物語は成立しない」の指摘と同じく、アーサーに特に共感できる部分がない分「ただの他人事でしかない不幸」としてしか見えていなかったからだろうか。とも思ったがこれはうがち過ぎかもしれない。

           

           やはり「そのうちこいつはジョーカーになる」と思って見ているからだろう。どういう風にジョーカーに変貌していくのかの興味が先に立つというのもあるし、それはイコール、彼を取り巻く不幸に復讐することを意味する。復讐が待っているなら、その前段は苦しいほど弾みがつくというものだ。我慢して我慢して最後に爆発、という昭和の任侠映画と同じカタルシスの構造といえようか。あんま見たことないけど。

           

           だとすると、観客自身もジョーカーの思うつぼになっているといえる。
           俺の場合(多くの人の場合そうだと思うが)ジョーカーといえば「ダークナイト」のイメージで、本作の制作陣とていやでもあれを意識せずにはいられないだろう。あの映画で語られる当人の来歴と重なる部分(父からの虐待、妻を「笑わせる」話など)は、本作のジョーカー(アーサー)にはほとんどないが、人々を混乱させる存在であるという根本の部分では一致している。「ダークナイト」では、2隻の船を使った巨大トロッコ問題を仕掛けたり、「光の騎士」たるデントを憎悪にかられる悪人に貶めたりするし、本作では自分自身が社会をカオスに陥れていることにやがて自覚的になっていく様子が描かれている。

           

           アーサーが起こした事件に触発され、道化のメイクや面をかぶった人々は、何かしら社会に対する恨みつらみがあり、その恨みを晴らしてくれた痛快な存在として事件の犯人を位置づける。であるからして、不幸の連続に見舞われるアーサーに、やがてジョーカーとしての復讐を期待する観客も同じ穴のむじなになる勘定になる。で、俺もまんまとそのむじな一匹というわけだ。

           

           


          【やっつけ映画評】アタリ ゲームオーバー

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             仕事終わりに「ジョーカー」を見たいのだが、なかなか時間が合わない。うまいこと見れんなあとぼやきながら、ついレンタル屋に入ってしまった。いやもちろん、ジョーカーすら見れない身なのに何も借りません。ほー、あの作品がレンタルされてるぞ、なんて眺めるだけ。「ネトフリ入らないんですか」などと人様から言われてしまう昨今だが、本屋と図書館とレンタル屋の棚をぼけーっと眺めるのが、スーパーの見切り品をあさるのと同じくらい好きなもんで。

             そしたらまんまと、本作を知ってしまった。
             1980年代初頭、社会現象を巻き起こしたTVゲーム機ATARI2600。その専用ソフトとして開発され、1982年のクリスマスシーズンの最重要ソフトとして開発されたゲーム『E.T.』。大ヒットしたスティーヴン・スピルバーグの映画とタイアップし、ゲームの歴史を変える作品となるはずだったが、現在では、ゲーマーたちから史上最悪のクソゲーとして語られ、ATARI社を倒産に導いたソフトという不名誉な烙印を押されている。そして、その『E.T.』の不良在庫が大量に、ニューメキシコのとある砂漠に埋められているという。
             とぼけたタイトルに加え、こんな内容紹介読んだら借りてしまうではないか!ヒット映画とタイアップして鳴り物入りで発売された商品が超駄作、それで会社が倒産、大量の在庫が砂漠に埋められてるらしい。かなり完璧なストーリーだ。そして作品の尺もコンパクト。借りるしかない。

             アタリ社はなぜか名前だけ知っている。なぜ知ってるのかはよくわからない。スティーブ・ジョブスの伝記映画の序盤で登場したとき、そういえばアタリって会社あったなと思った程度の認識でしかないが。
             あの映画では、尊大な若きジョブス(おっさんになってもそうだが)に対し、上司は辟易しながらも寛大な態度で接していて、ズルいやつだと思ったものだ。本作を見ると実際に結構いい会社だったとわかる(ジョブスはラストでチラっと写真が出る程度)。

             本作は、アタリの社史と「E.T.」発売の経緯をたどりながら、「売れずに余った大量の在庫を埋めた場所」の掘削を試みていく。果たして本当に「E.T.」は埋まっているのか、それともただの都市伝説に過ぎないのか。まるで探偵ナイトスクープもしくは森友学園のような話である。

             掘削場所の特定は、長年この問題を研究してきた産廃業者のおっさんがある程度進めているし、掘削作業は依頼した専門業者が行うので、監督は割と外野にいる。ナイトスクープほどには積極的な役割を演じない。その点展開としては若干地味だ。
             もう少しどうにかならんかったのかと思ったのは、「E.T.」の内容がよくわからなかった点だ。軽くしか紹介していない。黎明期のテレビゲームがどのようなものだったのか、リアルタイムで触れてきた世代なので、どういう風に面白くないのか、何となくの想像はできるのであるが、それでも雰囲気程度にしか伝わらないのはいただけなかった。

             印象的だったのは、掘削作業を見物に来た面々だ。この調査自体がニュースとして取り上げられたことで、ゲームファンたちが世紀の発見の目撃者になろうと続々と現場にやってくる。その中には、「E.T.」の開発者もいる。当時アタリ社のエース級だったために鳴り物入りのプロジェクトを任され、そのせいで「史上最悪のクソゲーを作った男」の烙印を押されてしまう可哀想な人だ。掘削現場を目の当たりにして言葉を詰まらせる様子が、彼の背負ってきた十字架の重さを表していて切ない。

             その一方で、当時の経営者たちはインタビューには答えても都市伝説の真偽にはそれほど興味がないようで、最初から「あんな話ガセだよ」とにべもなく、掘削現場にも来ない。現場と上層部の温度差を実に端的に表しているような。
             無論、スピルバーグも来るはずはない。出来上がったゲームにゴーサインを出している分、彼も当事者の1人ではある。おそらく、当時スピルバーグはテレビゲームのことをよく知らなかったというのと、別分野の作り手を尊重したというのがゴーサインの理由ではないかと推察するが、自身の作品の派生商品がここまでの存在になってしまったことについてどう思うのか、感想くらいは聞きたいところだ。まあ巨大なヒット作だけに派生商品がありすぎて感想の持ちようなどないのかもしれないが。
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