四十肩にフォークギター

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     プライベートな事情で塞ぎ込んでいた我らがバンドのドラマーが、冬眠明けの挨拶をくれたのが春先のこと。またスタジオ入りましょうやと約束して春が過ぎ、暦上夏が過ぎ、はや9月長月。「さてぼちぼち」などと連絡を取ったのは、無精を差し引けば暑さが過ぎるとされる彼岸が近づいたからである。

     

     夏はフェスだ的価値観に沿えば、夏こそ演奏すべしとなりそうだが、ロックンローラーが過度に無茶をするのはステージ上とツアー先のホテルとフィジーのヤシの木の上だけと相場が決まっておる。スタジオ入りは常識的に粛々と、だ。


     「仕事が終わったら連絡します」
     とドラマーからレスがあり、そして間もなく「我慢できなくて」と連絡が来た。戸惑うくらいの前のめり。はて。
     数日前にさかのぼる。ドラマーがようやくのこと話題になった「ボヘミアン・ラプソディ」を見たのだった。才能豊かな4人の誰かが曲のアイデアを思いつき、残り3人が、「?」の後、ああと納得し、だったらこうじゃね?とアイデアを上乗せしたりでやがて曲が完成していく。その過程自体は才能も技術もない我らとて大まかには同じなんだな。あーそうだ、これがバンドだ、バンドはこれだ、とドラマーが強く噛み締めたところで、俺かの「ぼちぼちスタジオどうでっか」の連絡きたる!というわけで前のめり。まあ、金儲け以外で誰かと手間のかかる何かをするためには、天の配剤的シンクロニシティはたまに要るもんだ。


     こうして、呼ばれたら無言無表情で現れるピアノマンとの3人で1000日ぶりのスタジオインとなった。ジャスト1000かどうか数えてないが2年と8か月くらいだからそういうことにしておこう。
     ピアノ、ドラム、ベースのジャズ編成だと自前の曲を練習してもあんまりおもしろくない、というのはすでに経験済み。このためコピーをすることにした。すっかりアコギづいている俺のエゴで、練習した曲のバックに他の楽器があったら余計に楽しいという贅沢な遊びである。

     

     ちょうど「ロケットマン」を見たせいで、エルトン・ジョン「I Want Love」を演奏したくもなったが、ああいうメロディの綺麗な曲は、ボーカルがちゃんと歌わないと演奏していてもあまり面白くないもので、楽器メインで楽しむ場合はもう少し明確にメリハリのついている曲の方がよろしい。そういうわけでデヴィッド・ボウイ「ジギースターダスト」をまず選択。和音だけでそれっぽくなるリフレインと、アクセントの効いたドラムがうまく合わさると心地いいはず。でもドラムが「思ったより難しい」との由。いやあエゴに付き合わせてすんませんな。歌詞の中にも、エゴとともにメインキンラブなどと書いてある。


     その他ピアノメインの曲など2曲。大いに楽しんで酒も飲んで機嫌よく駅で電車を待っていると、ギターケースをかついだ同世代くらいの男性となんとなく居合わせることに。酔いも手伝って「練習すか」と聞いたら「ああ、ライブの帰りです」と。
     「出来はどうでした」
     「イマイチかなあと思ったけど、お客さんの反応はよかったですね。よくあるパターンのやつ」
     わかるよね、くらいの目つきで笑いかけてくるので、わかるよっていう顔をしてあははと笑い返した。この場合の「わかる」はバンド演奏ではなく、芝居での話だけど、まあ一応「わかる」から嘘ではない。聞けば全国津々浦々でライブしている口ぶりなので、おそらく結構な手練れ。それを納得させる風貌も相まって、こちらが本日「ジギースターダスト」をコピーして遊んでいただけなのは内緒である。

     

    ※本稿のタイトルは、暴威時代の布袋寅泰が完成前の曲につけていた仮タイトルのひとつからの借用。アヤフヤな記憶のみに基づいているので合っているかどうか不明。


    楽しき玩具

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       ギターの練習をしているうちに、こんなメカに手を出してしまった。ギターアンプとエフェクターがセットになったアプリで、右に写っている銀色のアイコスみたいなメカを通してエレキギターと端末を接続する。

       アイコスどころか、かるーい、しぼーい外観・手触りにつき、実際手に取って「14000円です」って言われたらまず買わん気がする。店頭に売ってなかったのでネット経由で購入したから、そういうためらいとは無縁だった。

       ネット通販は実物が見れないからというデメリットが、メリットとして働くことがあるとは。ついでに正札よりかはだいぶ安く買えた。

       

       口コミにボロクソ書いている人もいたが、思ったよりかは全然楽しめる。最もポピュラーなエフェクターであるディストーションが別売なのはセコ過ぎだろとは思ったが、オーバードライブとコーラスは標準装備だからまあよい。ある程度、それっぽい音が出る。


       エレキギターとアコギでは、弾いていて楽しい曲が別なんだなと知った。8ビートのオーソドックスなロックはアコギで弾いてもあんまりおもしろくないが、エレキだと楽しいものだ。個人的には、エレキのミュートで刻む音が好きで、ああいうのはエレキならでは。あとエフェクターのせいで、意図せず格好いい具合に残響してて巧くなったような錯覚も味わえる。ギターの練習はアコギからやれというのは非常に正しいと思う次第。

       

       ただし相変わらず和音を弾いているだけである。アコギの場合はそれでもあまり不満がないけど、エレキでコピーしてると「コードなぞってるだけやん」とにわかに惨めになってくる。音源の音と似通ってくる分、差異が目に付きやすくなるせいだ。


       このアプリ、ベースアンプもついている。試しに使ってみたら、あれ?結構楽しい。ベースは自分のバンドの曲しかほとんど弾いたことがなかったから、人様の曲をなぞるのが妙に新鮮なのだ。


       こうして遊びの幅が3倍に広がってしまい、キリギリス化がますます進むことになる。受験生だったらセンター試験で完全にしくじってるな。おや、よく見たら机の上に在宅仕事の山が出来ているぞ・・・。


      手習いの講釈

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         アコースティックギターの練習が三日坊主に終わらず続いている。毎日最低1曲は練習している。自分でも驚きだ。この調子で筋トレも頑張りたいが、こちらは一日坊主だ。

         

         物事は、詳しくないときの方が堂々と語れる傾向がある。詳しくなると、その物事の複雑性や多面性を知ってしまうので、むしろ口籠りやすくなる。差別を口にする人ほど大抵その対象者と接したことがほとんどないという構図もこれに当てはまりそう。趣味の話を語っている程度のことなら、金が絡まない限り当人が恥をかくくらいで済むから罪もないだろう(金が絡むと幻冬舎のような罪深い事態になる)。なので少し上達した程度で、うれし気にギターのことを書こうと思う。まあ、このブログ全体が半可通の饒舌に満ちているのだが。

         

         人様の曲のコード進行をなぞっているだけなので、「単音の印象的な旋律」等はまったく練習していない。それでも思った以上に楽しいものだ。ただし曲による。速いテンポで激しくコードチェンジする曲は、楽しくないというよりは物理的に全くついていけない。

         じゃあテンポがゆっくり目ならいいかというとそういうわけでもない。よくわからんコードが頻発するとこれもまた物理的についていけない。「Fの壁」なんていうが、F以外にも抑えにくいのはいくらでもあって、むしろFはまだマシな方だと知った。
         一番の問題は、いい曲だなあと思うものでも、弾くと大して楽しくないのもある点だ。コード進行がやたらと単調だったり、編曲その他の事情でちっとも曲の雰囲気を味わえなかったりだと、なぞっていても消化不良だ。例えば、ローリングストーンズの名曲「Tumbling Dice」はまごうことなき3コードだけで出来ている曲だが(シンプルなロックの曲を表す慣用句だが、実際に3つのコードだけで出来ている曲はそんなにない)、あのかっちょいい雰囲気はコードをなぞっていてもちっとも実感できない。まあこの辺は、バンドをやり始めた初期、コピーして楽しい曲、そうでない曲というのと出くわした経験上、なんとなく見当はつく。ストーンズはその代表格。


         といいつつストーンズの曲。コード進行が単純な上、A、D、Eと押さえやすいコードがメインなので初心者にはもってこいだ。そしてリフレインの部分が、このちょっと変則的なリズムでコードを刻むだけでよいので、曲の雰囲気を実感しやすい。

         

         これもADが基本のメロディアスなバラード。アコギの単純なストロークで弾いているので曲の雰囲気も得やすいが、終盤で半音上がるので、一転B、Gm、F#と、ADよりは抑えにくいコードがメインになる。ここがテンパらずに弾けるようになってくると、レベルアップした実感が。

         

         再びストーンズ。これも単純なストロークで弾いているので曲の感じを得やすい。ADよりは押さえにくいCFGがメイン。やはりCとGをさらっと押さえられるようになると第1段階クリアの感がしてくる。終盤の印象的なスライドギターはとりあえず聞かなかったことに。

         


         バンド名はダサいがいい曲を何曲か残しているシンデレラ。代表曲の1つで、ブルージーな雰囲気が漂うわりには、メジャーコードだらけで単純。CDGの、我らがバンドでもさんざん使ってるパターンじゃん。ストロークの刻み方が変わるので飽きない曲だ。

         

         8ビートばっかりだと単調なので、ほかのリズムパターンにも手を出してみるとしよう。

         

         弾き語りっぽい雰囲気のロックとしては定番なのがオアシスか。代表曲のこちらは16ビートなのでストロークが上にあげたのよりは(一部16もあったけど)手数が多くなる。サビの後のジャ、ジャ、ジャ、ジャーンをうまくなぞれるとレベルアップ感を得られる。

         

         こちらはエアロさんの得意ないかにも16っぽいバラード。サビの部分で急にD#とかの知らない&押さえにくいコードが連続して出てきてうわー混乱するが、ちょっとずつ知らないコードが登場してくれるのは、あきらめずに練習しようという気になる。エアロさんと大雑把同類のガンズアンドローゼズなんかはフラットのコードが連続するので覚えられるか!とすぐ投げたくなる(ギターの調律を半音下げに設定すれば解決するのだが)。

         

         同じくエアロさんのこちらは3/4拍子。はねたリズムのイントロからして、なぞるのが楽しい。
         

         こちらは6/8拍子。リズムをつかむのが難しいのがこれまた楽しい曲であります。己のリズム感のなさにウンザリしてきたら、またらくちんな8ビートに戻すとしよう。ま、こんなところで。


        四十の自主手習い

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           ライブどころかスタジオ練習すら遠ざかっているので、久しくベースギターを触っていない。ただの趣味の話につき、触ろうと触るまいと好き好きなのだが、楽器のような「継続は力なり」を地で行く類の趣味は「やらない」がイコール「サボる」に思える程度の罪悪感は漂う。そもそも「趣味」のくせに「やってない」とはどういうことだと矛盾すら感じる。ま、釣り好きが全員浜崎伝助になれるわけではない。その点、浜崎伝助はとても偉大だといえそうなのだが、現実の浜崎級釣り好きは、あんな快活ではなく、むしろ闇か病みくらい感じさせられるヤバめのケースが多い。趣味とは元来そのような悪魔的なものかもしれない。


           ところが先日来、どうしたことかアコースティックギターの練習に余念がない。もう2週間ほど毎日触っている。基本のコードも少しずつ頭に入ってきたし、これまた少しずつスムーズにコードチェンジの運指ができるようになってきている。

           

           そもそもベースを弾き出したのは、弦が少ないから「これならいけるかも」と思ったからで、つまり6本も弦があるギターに最初は挑戦してさっさとわけがわからなくなった経緯による。加えてエレキギターを買った二十歳のころ、5〜6音のコードは「フォークじゃあるまいし」と、ハナから見向きもせず、5度コードばかり練習していた。2音だけのコード(弦2本だけ弾く)でロックではよく使う。初心者がまずぶつかる「Fが押さえられない」も2弦しか使わないので無縁。

           

           あれから二十余年、ようやく基本に立ち返った。5〜6音のコードは、左手はあちこちフレットを押さえないといけないのでややこしいが、右手は「どの2弦を弾くんだっけ?」と考える必要なく、全部をまとめてはじけばいいので楽だ。今更も今更、そんなことを発見している。キース・リチャーズ曰く「ギターはアコギから練習しろ」なのだが、アンプにつながなくても音が鳴るので楽しい、とこれもまた今更中の今更なことを実感している。ちなみに所有のアコギは、昔行きつけの居酒屋で常連客のUDさんから「今日の飲み代払ってくれたらあげる」と言われて5000円足らずで譲り受けた品である。俺と同じく、彼にも今ごろアコギ熱が到来していたりして。

           

           練習が飽きずに続いている理由の1つは、今時は便利なサイトがあるからだ。曲に連動してTAB譜が横にスクロールして、どのタイミングで何を弾くのか教えてくれる仕様が大いに貢献している。曲を流しながら紙の譜面を見るのと大差ないようにも思えるが、視覚的に明示されるのは想像よりは役割が大きいようだ。英文を目で追うより、文節レベルで1個ずつ表示していく方がすんなり理解できると以前、学者か誰かが紹介しているのを読んだことがあって、実際その通りなのだが、あれを思い出した。ただし、サイトの側が全部明示してくるので、曲構成がちっとも頭に入らない。頭の中に全体図ができにくいんだろうな。

           

           まあでも、今はゼロからのスタートなので上達がはっきり実感できる分楽しいんだけど、できるようになるにつれて上昇幅も狭くなるだろうから、そうなってから続くかどうか。振り返ってみると、ベースもそうだった。バンドの曲は、自分でフレーズを考えているだけに弾けることは弾けるのだが、音の悪さはまったく改善していないし、どうすればああいうベースっぽいいい音がなるのが、いまだ全く五里霧中。なのでとりあえず綺麗っぽい音がなるアコギが余計に楽しい。


          春はあけぼのロックンロール

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             今年はロックとともに年明けだ。

             昨年、新宿でやったのが無性に楽しかったので、せっかく覚え直した曲を忘れる前にもう一回、今度は関西でやろうという二匹目のドジョウである。間の空いたツアーと言い換えてもよろしい。

             しかし、京都でやると、大阪人は来てくれないというのは10年前に京都で舞台をやったときと同じだな。逆に東京在住の人間が観光を兼ねて嬉々としてやってきたりする。
             正月を挟んで緊張を維持するのは難しい。受験のときはどうしていたんだろう。年末にも一度スタジオ入りしたが、そこから一週間後に本番、という現実をリアルに感じることがどうしてもできなかった。加えて風邪をひいたので余計だ。(おかげで当ブログの告知も不親切なまま更新できなかった)

             直前の練習では、まあいけるやろうという気分になったが、練習が不足しているのは自分がよくわかっている。新宿のときと違ってやたら緊張した。実際、いくつも音ハズしたし。ま、今回は遅めの曲を頭に持ってきたので、テンポは通常通りにできた。でも汗の量は同じかそれ以上だった。風邪ぶり返すよ。

             最後の曲はいつも同じで、15分で作ったハイスピードな1分ちょっとの曲をダーっとやって終わる。駆け足でささっと終わる感じが、ドラムのココロックのお気に入りであるからだが、今回は終わった後で、初めて、客席が「え?終わり?」みたいに戸惑っているのが伝わった。「最後の曲です」とか何とか、説明がゼロだったのと、トップの人らのおかげで客席が温まっていたせいかと。そう、毎度トップバッターだったのが、今回初めて(正確には2回目だが、1回目はトップバッターとあんまり変わらん状況だった)二番手だった。落ち着かんかった。こうしてまた成長した。
             


            告知

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              よいお年を。


              「楽しかった、以上」と中野先生は総括した

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                 ブンブンサテライツの人が亡くなって、ボブ・ディランがノーベル賞を取ってと、音楽界の大きなニュースの谷間で、俺たちのバンドは新宿でライブをした。「俺ロック史年表」にはボブ・ディランよりもデカい太文字で記載される出来事となった。おそらく他のメンバーにとっても。
                 ただのお上りさん気分で、関西ではなく東京でやることになったわけだが、メンバーの在住がバラバラな分、逆にどちらでやっても大変さは似たようなもの、という感覚が後押しした。その後、大停電のニュースがあったから、少々ぞっとしたが。ロックは電気がないとお手上げの音楽である。ま、ボーカルの大遅刻で会場の使用時間内にライブが終わらず、強制的に主電源を落とされ、アンプラグドで無理やり続行したという大物ロックスターの武勇伝を聞いたことがあるが。
                 そうそう集まって練習できるわけでもないので、個人練習を重ねたのだが、俺の場合は過去の録音を聞いてそれに合わせて弾く。一番きれいに録れている音源は、過去に千日前でやったときのライブ録音だが、テンポが妙に速く、曲によってはちっともついていけない。もう5年も前の話になるから、こんな速さでよく弾けたなあと年齢を感じてしまう。夏休みなどに都合を合わせてスタジオ入りすると、他のメンバーも同じようなことを言う。
                 なので、速い曲は可能な速さで、遅めの曲はしっかりスローに落としてやりましょうと確認したわけだが、今回の録音を聞くと、過去最高に速かった。緊張感からつい走ってしまったのだと理屈付けは簡単だが、試しに合わせて弾いてみると、まったくついていけない。どうやって演奏したんだろう。
                 呆れながら考えるに、仮説が浮かんだ。つまり「時間の流れがゆっくりだった」だ。人間、集中しているとき時間の流れを遅く感じるものだが、ライブ中は本当に時間の流れが遅く、その中でいつものテンポで演奏したから、日常時間に戻ると相対的に速くなるということだ。これだと弾けた理由も今弾けない理由も説明がつく。
                 しかしそうなると、スタジオ練習の3倍くらい汗をかいたことの説明がつかないのだが。ま、体育の日だったということで。

                年末恒例

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                   年末恒例バンド全員集合。去年は風邪等々で欠席者が多かったので、久々の集合だった。
                  「Believe It」「Rock'n'Roll Show」、いずれも悟さんが作詞作曲した2曲がようやく完成。同じく悟さんが作った「ハイボール」は、編曲が迷走中。

                   ボーカルが1曲作りかけだったくせに、それをほっぽり出して、もう1曲作ってきた。8ビートのままだとつまんねえなと思ったので、4ビートにせんかと提案したら、ボーカル以外は「いいね!」で、ボーカルは「どーぞお好きに」だったので、そういう編曲でいくことにした。

                   中野先生が、娘から風邪をもらわず、久々元気だったせいか、この日はエゴイスティックにギターを主張していて、作った当人が「歌いにくい!」というのもスルーし、ギターが主張を続け、やっぱこういうぶつかり合いがないとバンドは面白くないね。

                   終わって大学時代の友人の忘年会に合流。今年はこちらも集まりがよかったので、乗り遅れたのが残念。
                   

                  ボーカルがシャムワオのように吸収してきた

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                     ボーカルが仕事で大阪にいるというのでスタジオに入った。物凄く久しぶりなので、ボーカルから連絡があって数日、毎日自宅で練習をしていたのだが、どの曲もすっかり弾けなくなっていた。体はわかりやすく退行する。

                     こんな風に練習で培ったものがすっかり衰えるたび、俺は「チョッちゃん」を思い出す。30年くらい前のNHKの朝ドラだ。主人公チョッっちゃんの息子がバイオリンを習うんだけど、「1日の遅れは3日の遅れだ!」が口癖で、必死に練習する。まさにその通り。何ヵ月もベース触ってなかったので、1年以上の遅れどころか、ちっとも弾けない。これは性根を入れてやるしかない。ちなみにチョッちゃんの息子は、病気になったのに「3日の遅れだ!」とバイオリンを手放さずについには死んでしまう。「死ぬほど練習する」とはよく使う慣用句だが、本当に死んでしまっては仕方がない。

                     ドラムのココロックも、1曲演奏するたび、「いや〜シンドイっすね〜」とかそんなレベルではなく、顔面が真っ白になっていた。さすがに心配になった。ついでにものの見事に記憶喪失だった。前回の録音を聞きながら、「あれ?いつの間にこの曲、最後までできてるんですか」って、あんたがタイコ叩いてんだよ。かの有名な「サティスファクション」は、ギタリストが朝目覚めたら、いつの間にかカセットテープに録音されていて、「一体誰がこんな格好いい曲を作ったんだ?」って、あんたが酔っ払って記憶なくしてる間に生まれたんだよ、という武勇伝的誕生秘話らしいが、こちらはそんな格好いい話ではない。

                     そこへいくと、ボーカルは、「最近ボイトレ通ってるんすよ」と、これまでサビで全く声が出ていなかったため、キーを下げていた曲を、元のキーでのびやかに歌いあげていた。素晴らしい。しかし、ボイトレ通ったら声が出た、って、彼のインプットに対するアウトプットの効率の良さ。今から東進ハイスクールに通ったら普通に東大に受かるんちゃうか。なんて呆れながら感心した。

                     ロックにもスピード違反はないが、スピードを出すのは体が追いつかない。

                    日曜、中津のデイタイム

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                       本日のスタジオ入りは、私とココロックと、阿形ゆうべことかっしゃんの3ピースバンド状態。上地は最近、俺の十八番を奪うかのように熱発が多い気が。

                       先日、唐突に呼び出しがあって、かっしゃんと安居酒屋で飲酒をしたんであるが、そのときに、久々にエレキを弾きたいとかっしゃんが言うので、ならばとスタジオ入りをしたわけであるが、酒の席の約束事は本気にしてはならぬという有史以来の鉄則通り、いやあそんなこといってまたねえ、とかっしゃんはいたってリラックスしておる。
                       それでも、一曲提供するという約束通り、曲作りに入った。「案」というのが正確な、ぼんやりとした断片が生まれた。もじゃ頭に眼鏡に髭という彼の風体に実に似つかわしい曲、になりそうな気はする。

                       それで、残りの時間は、作りかけの曲の編曲作業を進めた。かっしゃんは一転、真剣な様子で、ここの部分が余計だから要らないとか、ここは盛り込み過ぎて逆にダサいとか、厳しい意見をバシバシ申し述べて調整していく。こういうときの彼は、なぜそれがいらないのかを理路整然と説明するのであるが、その感性は中野先生と似ているようにみえる。
                       これがギタリストの思考回路なのだろうか。ただし中野先生の場合は、「いらんなあ」と顎を撫でながら一言で済ませるか、首を振るか、だったりする。節電で動いているからこその先生なのである。

                      写真は中津駅ではありません。
                       


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