イタリア〜メキシコ〜新京〜長久手

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     どこの国だったか、確かヨーロッパだったと思うのだが、とにかくテレビの国際ニュースでインタビューに答えていた男が誰かに似ている。これは誰だろうと思い出せないまま、またもや新大阪駅の喫煙所を訪れ、液晶画面を見て「こいつだった」と答えを見つけた。新幹線に乗るたびこいつを見ている。この富裕層なりすまし野郎が欠かせない体質になっている気がしてきた。


     そうして名古屋に着いた。仕事は昼からだが、せっかくなので早めに行って何かしよう。そう考えたが大したことが思いつかず結局「美術館」という想像力を欠いた選択をしている。名古屋市美の「カラヴァッジョ展」。どうせ大阪にも来るんだが、と自嘲しつつ、一方でとても贅沢だとも思う。田舎だとメジャーどころの美術展は本当に縁がないので母親なんかよく憎々しげに新聞の広告を見てたものだ。それが今日の俺ときたら「どうせ大阪でも開かれるけど名古屋に来たから見ておくか」だから、お前は何トワネットだよって話だ。


     うっかり「メジャーどこ」と書いたが、カラヴァッジョが何者かよくわかっていない。名前は知っているが、ジャコメッティとごっちゃになって収納されていたから「知っている」にはあたらない(菅かよ)。認識度合は「バウハウス」以下だな。

     

     バロック時代の画家だ。思い切り陰影をつけた画風がいかにもバロックであるが、この画家がそれを確立させたという位置づけになる。彼が築いたスタンダードにすっかり慣れた現代人が見るからか、どれもすごく「普通の西洋絵画」に見えて仕方がない。「リュート弾き」のような他とちょっとタッチの違う作品や、盾の凸面に描いたせいで立体的に見える「メデューサ」は楽しめたが、それ以外はどうにも退屈に思えてしまって損をした気分だ。おかげですぐ見終わってしまい、入念にもう一度見直したが昼食時までまだまだ時間がある。

     

     そういえば特別展のチケットで常設展も見れるな。しばしば特別展だけで疲れてしまったスルーされる常設展だが、時間も体力も余っているので階下に。冷やかし半分の気分だったが、ここの常設展はなかなかすごいな。「カラヴァッジョ展」より断然面白かった。

    ディエゴ・リベラ「プロレタリアの団結」


     県出身画家の活動の関係で、エコール・ド・パリの画家の作品を所蔵しており、モジリアーニ、シャガール、ローランサン、ユトリロ、そしてフジタとそろい踏み。もうひとつはメキシコ・ルネサンスで、こちらは全く知らなかったので勉強になった。メキシコ革命による民族意識や社会主義の盛り上がりと、ヨーロッパで興隆していたキュビズムやフォービスムが混ざってなかなかに力強い作品が生まれていったとか。写真はミュージアムショップで売っていた絵葉書。コミュニスト!というモチーフながら、社会主義国のあの冗談のような綺麗なタッチとは異なる泥くさい挑発的な作風。いい絵じゃん。

     これらに影響された県出身の画家の作品もなかなか面白かった。戦前の西洋絵画は生活史的な面白さもある。

     

     それで気分よく昼飯時を迎え、駅までの道すがらにあったベトコンラーメンを食した。名古屋の「新京」と、岐阜系の「香楽」と、同じ「ベトコンラーメン」でも隣県でそれぞれ別の店がある。岐阜出身の友人Nは熱烈に「香楽」を支持しているが、名古屋なので必然「新京」に入店した。
     それにしても「ベトコン」に「新京」とは、まず中国とベトナムが混ぜこぜになっている時点で、オリエンタリズムのような認識が漂う上、不穏な歴史用語でもある。「ビキニ」みたいに元の意味が風化して響きだけが残ったみたいなものか。そう思ったが、店内に掲示してあったあいさつ文には「ベストコンディション」の略とある。wikiを見ると、途中でそのように定義したとの由。「新京」は、ある世代までにとっては素朴なノスタルジアなんだろうな。
     味はというと、余計なことをしていないある意味工夫のないスープに、胸やけのしない細い麺で、ラーメンがすっかり苦手になった俺でもおいしくいただけた。

     

     そうして電車に乗り、仕事場に行くまでにまだ多少の時間があったため、途中下車して長久手古戦場に。池田恒興戦死の石碑と資料館がある以外は本当にただの公園で、特に戦国好きでもない身からすると何ということもないのだが、紅葉が終わりかけだったのがちょっと残念。さて仕事。


    ウィーンのモダン

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      どういう事情かこの絵だけ撮影可。

       

       もらったタダ券を使い切るために美術館通いが続いている。本末転倒臭がやや漂う辺り、自分が桐谷サンに思えてもくる。
       「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」。クリムトが呼び物なのは確かだが、何の展覧会かよくわからない。まあルーブル美術館展よりは楽しめるだろうと予想はするが、さて。


       会場の国立国際美術館は、兵庫県美と違って物理的にアクセスはよろしくない(京阪沿線の人は悪くないが)。俺の場合は大抵福島から歩いている。何だか久々だ。のもやんが住んでいたころはこの辺りの飲食店はかなり行ったもので、せいぜい顔と綽名くらいしか知らない文字通りの顔見知りたちと夜中まで酒飲んだり、全く無駄な時間を過ごしていた。こういうエリアの常で、当時行った店の多くはもうとっくにないだろう。同じく彼ら彼女らの多くも、俺みたいに、久々来たなあと勝手に懐かしむ立場になっているに違いない。


       駅からまっすぐ下ると朝日放送のデカい社屋と出くわす。こういうところに行きたいという学生を相手にしなくなって久しいからか、会社がロクな番組を制作していないからか、番組宣伝のでっかい掲示がどれも寒々しく見えてしまう。

       

       さてようやく着いた。今年の台風で川崎の美術館だの東京の大学図書館だのが水没したことを鑑みれば、川べりに立つ全地下の構造は狂気の沙汰に思えてくる。そのうち海外の美術館はどこも貸してくれなくなるんじゃないか。

       

       などと独り言ちながら地下三階の展示会場に入ると、さっそくマリア・テレジアの肖像画が出迎えた。オーストリアの実質的な皇帝を一時務めた女性にして、マリー・アントワネットの母親として「ベルサイユのばら」でもおなじみ。教科書で見る肖像画はそれだけで「おー」となるもので、シューベルトの肖像画に隣の同世代夫婦がきゃっきゃとなっている。ウィーン会議の絵とともに、メッテルニヒの鞄なるものも展示されていたのだが、傍らの若い衆が「メッテルニヒって会議で踊ってた人やったっけ?」と、当たらずとも遠からずな記憶をたどっており、この辺の歴史はまあまあ有名なんだな。

       個人的にはフランツ・ヨーゼフ1世の絵が気になった。オーストリア皇帝在位が70年近いムガベ大統領みたいな元気な爺さんで、イタリア統一戦争から第一次世界大戦まで近代帝国主義全部盛りの人生だった人である。のだが、山川の教科書に出てこないのでそんなに有名ではない。登場と同時にサラエボで死んでいる甥のフランツ・フェルディナンドは頻出度Aで、名前を拝借したロックバンドもそれなり人気なのだが。

       

       展示趣旨としては、マリア・テレジア以降、つまり神聖ローマ帝国が事実上消え去り、オーストリア帝国へと歩み出す時期から20世紀初頭にかけてのウィーンのあれやこれやを知る企画となっている。このため絵画のみならず、建築、衣服、食器、椅子など、展示の幅も広い。その1つとして、ウィーン画壇の新たな潮流としてクリムトやシーレが位置付けられているという格好。


       このため、先日のバウハウス展と似た雑多さがあるのだが、バウハウスと違ってこちらは帝室が中心なのでどれもこれも装飾が多く煌びやかである。なるほどこういう豪華さへのカウンターとしてあのシンプルさがあるわけだな。クリムトらが結成した分離派という不穏な名前からもうかがえるアウトロー的な団体のポスターも、バウハウスのポスターに通じる雰囲気を感じる。ただ、現代人はモダン側の美的感覚が標準になってしまっている分、帝国の豪華さの方が気になってしまった。

       B2に上がると館内所蔵品の展示。現代美術だらけで、19世紀の絢爛豪華さと、そこからの分離という運動を見た後では、実に自由に映ると同時に、迷走も感じてしまう。

       

       そのまま肥後橋から地下鉄で四ツ橋に行き、映画館に寄った後また戻ってジュンク堂大阪店を覗くと、反日種族なんちゃらいう本がどんだけ並べんねんというくらい、あちこちの棚に大量に置いてあった。ジュンク堂じゃなくてジャンク堂じゃん。ウィーンとの落差が酷い。荒涼としてんなあ。


      記録を捨てないとアイデアが生まれる

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        無敵鋼人ダイターン3。幼少のころかなり好きだった記憶があるのだが、「好きだった」ということ以外、何も覚えていない。

         

         そのまま阪神電車に乗って兵庫県立美術館の「富野由悠季の世界」へ。いや、タダ券をもらったからせっかくだしね、と誰に何を言われたわけでもないのに言い訳をしている。

         昨年だったか、仕事関係の人々との酒席で、どういう経緯だったか一部男性陣がガンダムの話で盛り上がり出し、女性陣が半笑いで白けていたことがあった。俺はというと「わからない話で盛り上がるのやめてほしいっすよねー」とさっさと日和見決め込んで女性陣に媚を売り、そのくせ話している内容と、女性陣が白けるほど法難の思想的に男性側は勢いづく姿勢は概ねわかるのだった。

         

         というわけで、その程度の前のめらない具合で訪れた。この美術館は駅からの距離は大したことはないはずなのだが、周辺が殺風景なせいか、アクセスが悪い印象を毎度持ってしまう。

         

         数多くのロボットアニメを世に送り出した脚本・監督の足跡をたどる趣旨の展覧会だ。宮崎駿なんかと違って自分で絵を描いていたわけではない上、富野氏の巻頭言には「演出を展覧するのは無理だろうと最初断った」などとあるので、原画やセル画の類を並べるだけにはいかず、企画者もどう見せるかで苦労しただろう。絵コンテと、完成したアニメ動画の双方を展示して解説を添える等、なかなかに工夫の見られる内容だった。しかし、子供のころに描いた絵を額縁に入れて飾っているのは苦笑した。「張学良の使用した電話」を展示していた中国の博物館を思い出した。

         

         この人は、父親が軍需産業で働いていた影響でSFの世界に興味を抱きだしたと展覧会の序盤で紹介されていた。wikiの記述では、軍令に背いて残した資料に富野が興味を持った旨の記載がある。資料は燃やすなってことだわな。資料は破棄するな。

         

         年齢でいうと俺の父親より1つ上なんだが、そこで語られる子供時代が、俺の父親とは全く重なるところがない、というのが個人的には感慨深いものがある。父親の場合、まず子供時代の思い出に全く「マンガ」が登場しない。母親(1つしか違わない)は「リボンの騎士が読みたかったが買ってもらえなかった」と話していたものだった。個人の嗜好・性格もさることながら、太平洋側の都市の産、日本海側の都市の産、ナチュラルボーン・農村の違いなんだろうな。

         

         さて、ガンダムの後の、イデオン、ダンバイン、エルガイムといった作品の位置づけが「へ〜」と興味深かったのだが、ついていけたのは「逆襲のシャア」まで。だがそこから先の展示もまだまだ続く。かなり大規模な展覧会だ。ついていけない&すっかり疲れた&腹減った、ということで、斜め見で済ませて会場を後にした。

         

         所詮この程度なので、「わからない話で盛り上がるのやめてほしいっすよねー」というのもあながち嘘ではないのであった。三宮の洋食屋に寄るも閉店しており、あえなく帰宅。


        きたれ、バウハウス

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           仕事で近くまで来たので、かなり久しぶりに西宮市大谷記念美術館を訪れた。夙川沿いは桜並木になっていて、すっかり紅葉している。快晴と相まって心地よいが、この小綺麗な環境は内心ではあまり落ち着かない田舎者である。その落ち着かない住宅地に、地主の金持ちの邸宅、くらいの面構えをした美術館がある。


           「開校100年 きたれ、バウハウス ー造形教育の基礎ー」。バウハウスという固有名詞は個人的には、文化格差を痛感した懐かしい響きを覚える。大学に入ったころ、バウハウスがどうのこうのと周囲の人々が話すのをちょくちょく耳にして、文脈上、美術かデザイン関連の言葉だとは察しがついたが、何のことかはよくわからなかった。以前に書いた「ブレードランナー」と似たような話だが、あれは少なくともそういうタイトルの映画があるということは知っていたのに対し、こちらは何者かすらもわかっていなかった。そのうち洋服ブランドの「アバハウス」という名前も知るところとなり、ごっちゃになった。ダンシングクイーンのアバのイメージが付きまとうので、思ったより地味なデザインの服屋だなと言いがかりのような感想を抱いた覚えがある。アバハウスに話が逸れている。

           

           学生のころに「耳にはするがよく知らない」だった物事は、大方その後の人生で何らかの形で知るところとなったものだが、バウハウスについてはちっとも知らないままとっくに四十も過ぎた。いい機会だ。お勉強するとしよう。


           戦間期のドイツ(ヴァイマル共和国)で生まれた建築とか工芸とかを学ぶ造形学校である。こんな基本のキも知らんかった。この程度のことは嫌でもどこかで目や耳にしそうなものだが、そうならなかった。なんでだろ。「胡散臭い」の「胡散」て何なん?と知らないまま「胡散臭い」と使っているようなもので、言葉だけが独り歩きしたせいかとうがってみるが、よほど興味がなかっただけのことだろうな多分。

           

           実際、この学校にかかわった芸術家として名を連ねている、クレー、カンディンスキー、モンドリアンといった面々は、作品に何の興味も持てなかった記憶がある。何を描いているのかがわからない、というよりは、その「よくわからない絵」を好きというのが格好いい、という態度に反発していたから。一種の反知性主義だな。「ああわからんさ。だけどわからんと正直に言う俺の方が正しい」という(今はわかるのかというと、わかるとかわからないんじゃないんだよとわかった風な口を利けるようにはなっている)。なので、「バウハウス」なる単語が出てきたとき、目の前に浮かんだのは「俺には縁のない何やら洒落たもの」で、それを忌避していたのだろう。青臭さにむせかえるな。

           

           かなり欲張りで貪欲な学校だったようで、「バウハウス」は「建築の家」くらいの意味だというが、写真だのレタリングだのテキスタイルだの陶器だの、美がつきまといそうなものには軒並み手を出して続々講座を開いている。

           で、ベースには工業製品を意識した合理性のようなものがあるので、仕上がったものは大抵幾何学的なシンプルなつくりになっている。これが現代のライフスタイルにどれだけ影響を与えているのかは、椅子の展示コーナーがホームセンターの家具売り場にしか見えないことで十分に窺い知れる。

           

           この、工業との密接なつながりは、産学連携的な国策との親和性を想像させそうなものだが、なんでもかんでも講座を開講するところとか、教授陣にカンディンスキーのようなわけわからん絵を描く人がいるとか、センタクとシューチューとは正反対を行っているところが日本にとっては今こそバウハウスという感じがする。

           ついでにこの学校はナチスの台頭で閉校になるから、統制的な政府とも相性が悪いのもまた示唆的。なぜナチスに目をつけられたかといえば、ナチスは「わけわからん絵」が頽廃芸術だからってんで嫌っていたせい。これもまた、統治者が芸術の良し悪しに口を出すとどうなるかを教えてくれるという点でもすばらしい学校であり、知らんままだったことを反省した次第。
           外に出たら、隣の学校の校舎が、まんまバウハウスの建物やんけ、と思った。


          特別展三国志 Three Kingdoms Unveling Story

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            ミュージアムは撮影可の時代に突入している。まあ本展覧会の場合、本来展示品を所蔵している中国の博物館は総じて撮影可なので必然そうなるんだろう。

             

             さて親戚の用事に向かう前に、上野へ。終了間際の「三国志」展の招待券が俺の手元にはあるのだった。
             休日かつ終了間際となると混雑必至ゆえ、開館前から並ぶことにしたのだが、到着するとすでに「J」の字くらいの列が門の前に出来ている。最後尾に並び読書しているうちに「Z」がいくつも重なる状態になっていた。


             後があるので早めに切り上げようと考えていたが、なかなかに面白くて無理だった。
             展示は大まか3種類に分けられる。1つは日本における三国志だ。「三国志」といっても、史書としての三国志と、フィクションとしての三国志演義があるのはよく知られた話。日本で広く流布(中国でも同じだが)したのは後者で、特に戦後は吉川英治の小説とそれをベースにした横山光輝のマンガ、NHKの人形劇、コーエーのコンピューターゲームあたりが定着に貢献した作品たちであろう。

             このうち、横山三国志の原画と、NHKの人形の展示があった。国立博物館での開催だし、キャッチコピーが「いざ、リアル三国志へ参らん」だから、これらの展示はあくまで脇役で、合間合間のブリッジのような役割として扱われていた。まあそれでも人気は一番ある。実際原画の力強さといったら。特に連載初頭は作者も若いし張り切ってるしで、線の活き活きした様子にかなり感動した。

             人形もしかりで、衣装の刺繍の精緻さはかなりのもの。ある程度定型をなぞりつつ、横山三国志等との違いを出そうという意気込みが、孫権の金髪あたりに出ていてよい。

             

             メインは中国の博物館が所蔵している歴史的文物だが、これが大きく2種類ある。1つは中国における「演義」。三国志の物語は唐〜宋〜元と長い歴史の中で徐々に形作られていったのだけど、「演義」の作者が明の羅漢中ということになっている通り、明代に確立され、清代で中国における決定版(毛宗崗本)が生まれ人口に膾炙した。なのでそれらの時代、フィクションをベースにした絵画が作られているわけだ。


             そこに描かれているのは日本人でもひと目で関羽だ孔明だとわかる姿なのだけど、それ以外のキャラクターも結構わかるもんで、なるほど日本での描かれ方も中国で流布したパブリックイメージを結構なぞっているんだなと思った。例えば呂布のバッタみたいな兜など。まあ当たり前といえば当たり前なのだが。


             残りは、ズバリ当時の文物だ。陵墓等からの出土品で、具体的には食器類や装身具、像、印鑑などである。まさにこれこそ「リアル三国志」の展示なのだが、最も人気がなさそうでもある。実際、後日に「友達と見に行ったら、全然面白くなかったといっていた」と知人の談を聞いた。あれらを興味深く見ていた人の多くは、どちらかというと博物館好きだったり考古学ファンだったりするような人たちではなかろうか。

             

             多くの人にとって三国志は、赤馬髭男の武勇や忠義、羽扇子白装束男の知謀といった、ヒーローたちの活躍が魅力である。中学生のころの俺も、もれなく同じ入口から入っているのだけど、加齢とともに軍人や政治家に感情移入することもできなくなった。自分がこの物語にあまた登場する知謀の士の誰ほどのインテリジェンスも持ち合わせていない現実を思い知るというのもあるし、周囲の上司も「登場した時点で敗北が決定している名前も覚えていない雑魚の太守たち」とそう変わらんことを目の当たりにし割と世間全体がそうだと知ったというものある。

             そうなってくると袁術とかの、全然人気ない勢力に興味がいったり、社会やら経済やら、英雄譚とは別の切り口を知りたいと思ったりする。

             

             なので、漢王朝時代の技術水準とか、弱小勢力のようでいて案外生産力・技術力は高かったらしい蜀漢の水準を窺わせる出土品なんかは見ていて楽しい。

             ただ一番面白かったのは、投石に使用されたという丸い石で、マンガの中でのさんざん出てくるやつの実物というのは、ただの石ながら「ホンマに投げとったんや」と感動する。土佐文旦くらいかとにかく思ったより結構大きい。あと、あまたいる登場人物のうち、唯一当人のハンコが残っているのが曹休ただ一人というのもおもしろかった。まあ曹休といわれても、そういやそんなやついたっけかくらいの記憶度合なのだけど。

             

            改めて写真で見るとシュールな展示

             

             もう一つの見どころは最近見つかった曹操の陵墓の再現コーナー。玄室の感じを柱だけで表現していて、洒落た演劇のセットのようになっている。そこには出土品の白い器が、従来の定説を覆すほど古い時代の「白磁」として紹介されているが、知人の壺先生は「あれは白磁ではない」とご立腹。単に白く塗っているだけで素材も製法がまるで違うとのことなのだけど、まあこのころの「白い器があればなあ」という欲求が、その後の技術革新につながりまるで異なる白い器が生まれるということなんだろう。そういう点では鳥獣戯画にマンガの嚆矢を見るよりはマシなんじゃないかしら。一緒かな。


             覚悟はしていたが、ミュージアムショップは散財の罠だらけだった。何だかんだ理屈をこねても、横山光輝のあのどこか牧歌的な絵は魅力的だもんで、絵葉書だのクリアファイルだのにされるとつい手が伸びてしまう。

             ただ、名場面や笑えるコマとされているのは、SNS上でかなり定型化されている部分があり、本展覧会の商品も、そのネット上のお約束をトレースしている格好。代表格が「待て/あわてるな/これは孔明の/罠だ」と「温州蜜柑で/ございます」。

             それを考えると少々白ける気分もあるので多少のブレーキにはなる。なのである程度冷静に自重してレジへ。げーっ、6700円!(←定番のコマのお約束


            陶器と投球

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               というわけで、中之島香雪美術館「中国のやきもの」展に。
               タイトル通り、中国ど真ん中の展示。こう並べられると、やはり白地に青の絵付けの皿が普通のものに見えてしまうからいい加減なものである第二章。


               陶磁器は、自分が普段使いしているところを想像して欲しくなるものを好んで見ているだけなので、自身の生活とは縁遠いカメや壺の類はあまり興味がわかない。なので、この器欲しいな…、と眺めているだけに終わるわけだが、今回は1点だけ、水差しみたいな茶道具の色がやけに綺麗でじーっと眺めていた。あまりに見入っていたからか、「綺麗よねえ」と隣で見ていたおばちゃんが話しかけてきた。


               これらこの美術館の収蔵品は朝日新聞の創業者・村山龍平のコレクションをベースにしている。展示の中には「川崎重工の創業者が持っていたけど金融恐慌で村山家に所蔵が移った壺」なるものもあって、近現代史のまつわり感が濃い。この時代の財界の人間は総じて中国陶磁器好きなので、この手の展覧会は必然戦前史に並行する。そしてこれもまた「日中関係史」が記すごとく、中国美術には詳しいけど中国についてはよく知らないという事実の現れだと思う。

               

               この村山は先日の「いだてん」に一瞬だけ登場していた。第2部の主人公・田畑を「顔がいい」と採用を決める鶴の一声を言うだけのチョイ役であったが、「第1回の甲子園大会で始球式を務める袴&麦わら帽のジジイの写真」のあの当人としてよく知られていると思う。


               この「いだてん」は半分惰性で見ていたのだけど、萩原健一が出てきたところで「見ててよかった」と思った。遺作になったからこっちが勝手に価値をかさ上げしているところはあるにせよ、何だこの恐ろしい迫力。テレビで俳優を見てかっけーと思ったのはいつ以来だろう。電話で名前を名乗って座っただけの演技なのに、どうやったらこんな存在感を出せるのだろうと考えると、必然、やっぱ無軌道ぶりが要るんじゃねえかとつい思っちゃうよね。でも違うんだな。それが正しかったら、他にもっと格好よくなる勘定になるアウト人生な人間はいくらでもいる。じゃあ何だと言われると、わかるかよ。

               

               半分惰性と書いたが、実のところ最近は割と面白く見ていた。序盤がキツく感じてしまったのは、展開が複雑だとか戦国じゃないとか、模範解答いっちょ上がりな芸能記事の陳腐な分析とは全く別の理由で、単に主人公の金栗四三が好きになれなかったからだ。気が回らないかなり幼稚な人のくせに周りからそれで許されているところが、自分のダメな部分(もしくは会社員時代の同期のK)を思い出してイライラさせられたのだった。

               

               それが女学校に赴任することになってからは面白く見た。スポーツを通じて女子学生を変えていくところは、「コッホ先生と僕らの革命」を彷彿とさせる。そういえばあの映画でも、当時のドイツには「スポーツ」はなく、精神修養的な体操だけがあったとしていて、「いだてん」の肋木教官と同じ情景が描かれている。貴族の息子がサッカーというお下品な競技に興じていくさまや、その父親が激怒して主人公である教師を妨害してくるのも同じ展開だった。


               スポーツはルールさえ理解すれば、どこの国の人間だろうと同じ舞台で戦えるという点で元来グローバルな存在である。勝つためにはローカルを捨てないといけないこともしばしばで、日本式泳法にこだわっていた連中が五輪で惨敗してあっさりクロールに宗旨替えする場面はその一例だ。そして単に競技についてだけでなく、社会の価値観を揺るがすこともある。

               異形の化物扱いされて自己を否定されてきた人見絹江がその才能を開花させていくくだりは、日本人がメダルを取ることとは別次元の意義があり、この辺りのドラマは胸が熱くなる。演じている役者も狼のような鋭い雰囲気を出していてかなり格好いい。ショーケン以外にもいたな。格好いいのが。


               というような、もしかすると啓蒙思想よりも「平等」の理解に役立ちそうな側面があるはずのものが、「体育会系」=上下関係という構図に飲み込まれていったところを見ると、ローカルの価値観侮りがたしである。「美」は普遍的なもののようでいて、明朝の焼物がオスマン帝国に渡ると宝石があしらわれるみたいなものか。

               美術の場合は別に好き好きの話だし、面白がればいいだけのことだろうが、こちらスポーツの場合は、結果生み出されていることが暴行だったりパワハラだったりするからなあ。

               このドラマは日本のスポーツの発展に尽力した人々の物語ではあるものの、だからといって日本の日本のとそこばかり着目するのはスポーツの本義みたいなところからズレてくるのだろう。その点、オリンピック憲章は大事なこと書いてるよね。


              器から宝石を取るこ(トルコ)とはできない

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                 「トルコの至宝」という電車の中吊りを見ていた。ヴィルヘルム2世のドイツ帝国と滅亡が同期に当たるオスマン帝国の秘宝的なものの展覧会である。中吊り広告には、大量の宝石をあしらった金細工の写真がどーんと配置してある。

                 この手の宝飾品はちっとも興味が湧かない。以前インドの国立博物館に行ったとき、これと似たような宝石まみれの金細工が大量に展示してあるのを見た。そこの部屋だけ武装した警備員がいて、そりゃまあルパンが来るとすればここだよなという金勘定の話としてはわかるのだが、あまり面白いとは思わなかった。宝石自体に関心が薄いからだろう。


                 しかし、聞くところによるとスレイマン1世の刀が展示してあるらしい。ただの記号に反応するのはまったくもって幼稚であるが、仕事の都合で京都に行く機会も手伝い、まんまと来てしまった。

                 書店の中公新書の棚で、割と長らく表紙をこっち向きに並べてプッシュしている「オスマン帝国」は、買ったはいいがまだ読んでいない。そういうわけで知識もそこそこだが、鑑賞上はあまり関係がなかった。

                 

                 スレイマン1世の剣は、柳葉包丁くらいのサイズに、大量の金細工をあしらっている。ほほう、これかと眺めたが、よくよく考えると、俺は刀剣類もそれほど好きではなかった。歴史博物館の類にある刀の展示を面白いと思ったことがあまりない。


                 女性が多いのは宝石類の人気からだろうか。ポスターに使われている巨大エメラルドをあしらった装飾品は、実物を見ると割と惹きつけられた。そういえば、子供のころ、エメラルドだけは好きだったなと思い出した。百科事典的にとにかく名称を記憶するのが好きな子供というのは珍しくないと思うが、俺もその例にもれず、わけもなく動物の名前や星の名前を覚えたものだ。その一環で、誕生石っちゅうのを覚えたわけだが、なぜかエメラルドだけ気に入った覚えがある。

                 なんでだろうと思い返すと、名前がクイーン・エメラルダスみたいで格好いいのと、緑が好きだったからだろう。緑の服を好んだ記憶は全くないが、これまた百科事典的に覚えた世界の国旗の中でイタリア国旗が好きだった覚えはある(緑が格好いい)。

                 

                 イスラム圏といえば、テキスタイル系も有名であるが、こちらも熱心に見つめている女性が多い。宝飾品と違ってこちらは割と好きな方だが、台湾原住民の刺繍を見たときほどは盛り上がらなかった。流れるような繊細なデザインが多いからか。あとはセデック・バレのせいだな。トルコの歴史にもう少し詳しくなると反応も変わるのかもしれない。

                 

                 これらの宝物の中で、結局反応してしまうのが陶磁器というのは、完全に友人の学芸員Kの影響である。
                 明から仕入れた磁器だ。キラキラの宝物の中で、白地に青の絵付けをした相当に見慣れているはずの皿を見ると、ずいぶんな秘宝に見えるからいい加減なものである。ただし、オスマン帝国の人々はこれだけでは満足できなかったのか、器に宝石をちりばめるカスタマイズを施していて、ついていけない発展を遂げている。

                 ここは是非、要らんやろそれ、という純血主義は捨てて、越境する文化のダイナミズムを感じるべきところであるが、うーん、要らんやろそれ、とついつい。


                展覧会続き

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                   何度か見たことがあるのでまあいいかと思っていたのが、諸事情でネットの関連記事を見ているうち興味が湧いたのでエッシャー展を訪れた。

                   金のにおい(広告屋のにおい)がキツめの展覧会ばかりやる会場につき、偏見がつきまとってしまうというのも、あまり食指が動かなかった理由。展示スペースからグッズ売り場の間の通路に、エッシャー好きを自認する各界著名人からのメッセージが掲示してあって、まさに広告屋のノリといった具合だ。

                   写実的な画風かつトリッキーなモチーフが多くて見ていて楽しいため、割と万人受けする人ではないかと思う。なのでこんな脚色いるのかねと思う&「エッシャーが好き」と語る著名人たちに、かつての「ピーター・アーツのファンを公言する内田有紀」が重なってしまいました。

                   

                   「だまし絵」などとよく言われるが、そう見える作品も中にはあるというだけで、別にだまし絵の作家ではない。展示の大半は風景画が占めている。過去に見たときは、相似形の鳥や魚やトカゲがタイル状に配置されている作品に目を奪われたものだが、改めて風景画の力強さを再確認した。中にはカラーで描いたスケッチと、それを基にした版画の両方が並べられているのもあったけど、明らかに版画の方が草木のの活き活きした雰囲気がふんだんで、木版だから余計、工程を想像できるからぞっとする。

                   隣の小学生男子がずっと驚愕の表情で見入っていたのも、小学生だから余計に木版の経験が生々しいのだろう。この前自分が作ったのと全然違うやん、という。これが水彩画だと筆のタッチが違い過ぎるからあんまりピンとこないのではと想像する。

                   思いのほか楽しんでしまった。

                   

                   後日は、縁あってタダ券をもらえたこともあり、京都で藤田嗣治展を鑑賞。まとまった形で見るのは初めてだ。年配の客でエッシャーより遥かにごった返していたのは、京都という土地柄か、それともシニア層には油絵の方が人気があるのか。

                   

                   乳白色の裸婦が有名な人だが、そのタッチを確立してから後にも色々画風を変えているのは知らなかった。むしろフランスで裸婦をしこたま描いていた後の方が魅力的に映った。この人、女より男の方がうまく描くんでない?メキシコのおっさんとか、帰国してからの魚河岸や力士の絵なんかかなり見入った。習俗を丁寧にトレースしている感じが、アカデミックというかジャーナリスティックというか、とにかくおもしろかった。

                   

                   アッツ島やサイパンを描いて戦後に戦争協力者と非難されたことは聞きかじっていたけど、こちらも実物を見るのは初めて。どちらも戦局が悪化してからの玉砕を描いた絵で、写実主義のような暗いタッチによる地獄絵図である。これを喜んで陸軍が受け取ったというのも考えてみればおかしな話だ。

                   

                   帰りに、近くの京都写真美術館でやっていた展示を覗いた。中西建太郎さんいう方が知床で昆布漁師を撮った一連の作品だった。全く知らない世界なので、ドキュメンタリーを見て「へえ〜」となるのと同じ感覚で見た。やっぱ北海道のことって、何にも知らねえんだなと痛感した。藤田が描いたパリの方がまだ近い世界のように錯覚してしまうほどだった。

                   

                   要するにパリはテレビや映画で見たことがある一方で、知床の漁師(それも昆布)の営みは少しも触れたことがないからに他ならない。解説によれば、担い手がいなくて操業の歴史を閉じたというから、さもありなん。なんだか神妙な気分になった。


                  撮影可だった

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                     東洋陶磁で開催の高麗青磁の展覧会に行った。最終日にどうにか滑り込んだ格好。友人の壺先生が「行くべきだ」と、「阿部房次郎」のとき以上に目を見開いて力説していたからだった。


                     北浜駅の周辺は、かつては配達の仕事でさんざん行き来していただけに、かつての赴任地を久々に訪れたときの感慨を希釈したような気分になる。またもタワマンが出来たんすか。しょうもない街にどんどんなっていきまんなあ。

                     

                     戦前、日本が半島を統治していた時代に、高麗青磁のコピーを作っていたという史実を辿る展示だった。確かに面白かった。植民地関連は個人的に萌え〜みたいなところがあるんである。このテーマおもろいやないか・・・、と飯のタネを見つけたような気分になるのは、いい展示の証である。よくできた映画とかマンガとか見て、俺もこんな話作ろうとにわかにやる気になる感覚とちょっと似ている。

                     

                      本展示は、写真撮影可だった。一眼を持ってくるべきだったと多少後悔した。隣の韓国人2人連れが、何事か熱心に話しながらごっついカメラで撮影している。阿部房次郎のときには中華系の客がいて、ちょっと感想を聞いてみたい気にもなったが、こちらはコピーであるから余計にちょっと感想を聞いてみたい気もする。

                     

                     美術館、博物館における展示品の撮影は、日本ではほとんどの場合禁止であるが、アジアの隣国ではOKの場合が多い。壺先生は保守的なので撮影には反対なのだが、東洋陶磁はそんな彼を置いていってしまったということか。

                     

                     ところで、写真を撮る場合、作品だけじゃなくて、説明書きも併せて撮っておいた方がいいですよ。有名絵画だったら見る前から名前を知ってる場合が多いけど、工芸品の場合、名前を知らない上、とても覚えられないような学名みたいな名前が添えられているしで。


                    阿部房次郎

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                       「手の込んだ虫干し」こと「ルーブル美術館展」が大阪市立美術館で開催されている。膨大な収蔵品からポスターに使えそうな有名どころを若干と、あとはそれほどでもないものを借りてくれば一定の来館が見込めるありがたい企画だ。それだけにあちこちの美術館に場所を移しつつ定期的に催されている。

                       

                       「同じ場所で開かれてる『阿部房次郎と中国書画』の方がよっぽど貴重な作品が展示されている!」と知人が唾を飛ばしながら言うので、そちらに惹かれ、仕事で天王寺方面に行く機会があったので鑑賞することにした。

                      中央上部、白壁に黒三角屋根の建物が美術館。その手前の建物群がタリーズその他

                       

                       市立美術館に行くには、天王寺公園を横切る格好になるのだが、ここはひところに比べてすっかり様変わりしている。公園正面の一角は、タリーズだのスパゲッティ屋だのが軒を連ね、商業施設のフードコートのようになっている。都市公園法が変わってこういうことが可能になったとかで、公共財の切り売りが好きな維新政策の象徴のような場となっているのだ。これが「成功例」とされていて、大阪城公園でも、同じような事業が行われている。在阪民放と吉本が関わっているというからより大規模なものといえよう。「維新」の名の通り、官界と財界に区別がない明治の世を彷彿とさせる。

                       

                       これを支えているのは、税金で公共財を維持することが「無駄」ととらえる考え方だ。公園は維持費がかかる一方で、遊園地のようにそれ自体が利益を生み出すものではないので、そういう風に見なすこともできる。実際には「みんなのもの」なので税金で維持しましょうという話なのだろうし、この「みんなのもの」というのが「公(パブリック)」ということだと思うのだが、「赤字垂れ流し」に見える人が一定程度いるのは、この理屈が世間にさして根付いていないということなのだろう。

                       

                       思うに、日本の社会で「みんな」というときの「みんな」とは誰か、という問題が大きく作用しているのではないかと思う。「その駐車、あなたはよくてもみんなは困る」とか外国人ジョーク集の「日本人:みんな飛び込んでますよ」とかに代表されるように、実体のない不特定多数として存在し、何かを牽制したり強いたりするときに登場することがしばしばだ。なので個人が何かをやろうとする場合、「みんな」の前では「勝手な行為」となり、結果公園でやれることは静かに談笑するくらいしかなくなる。だったら美味いものを出す店があった方がいいよねとなって、公園が公園であることに価値を感じなくなっても不思議ではない。


                       実際の「みんな」というのは「あれをしたい」「これをしたい」という個々人(あるいは団体)の集まりで、「みんなのもの」というのはそれら個人や団体全員のものということになる。公園よりは公民館の方が想像しやすい。各部屋を、趣味のサークルだの何かの勉強会だのが利用していて、それらひっくるめて「みんな」ということだ。無論、個々の欲求はぶつかり合うときもあるから、適当に折り合いをつけたり、場合によってはルールを設ける必要性も生じる。「他のみんな」に一定配慮が必要なのはいうまでもないことだ。

                       

                       しかしながら公民館の場合、誰が利用しているかといえば、多くは年寄りか演劇のチンピラで、我々演劇のチンピラは各地の公民館の所在地や利用規定には妙に詳しかったりするのであるが、社会の中核を成す層の利用は少数派である。つまり、多くの人は「みんなのもの」を利用することがなく、勤め人なんかがパブリックな施設に思いきりかかわるのは子供が出来たときくらいではないか。だとすると無駄の塊に見える確率はいかにも上がりそうで、これは結局のところ、色々な意味においての社会の豊かさの話になってくる。俺のような田舎者からすると、都市部の都会らしさとは文化資本が整っていることなので、公園に飲食店が並んでいるのは実に貧相に映るのである。馬鹿っぽい言い方をすると、めちゃダサいんだよなあ。(書いているうちに「みんなのアムステルダム国立美術館へ」を思い出したのでリンクを置いておきます)

                       

                       俺が学生のころの天王寺公園は、ケッタイなカラオケ屋台が並んでいるという風変りな猝唄岾萢儉瓩行われていたものだった。いいとか悪いとかいう前に、何だこのカオスはと、ただ面食らったことを覚えている。あれらが合法的に小奇麗になっただけじゃないのか、と個人的にはつい思ってしまう。

                       

                       さて、ルーブルのチケットで阿部房次郎も見れるので、せっかく来たしと、まずはルーブルから見た。王や覇者の肖像をテーマにした展示である。本家からどのような手続きで持ち出す収蔵品が決まるのかわからないのだが、借りれるものでもって何かしらのテーマを考えるのは、これはこれで有意義な企画だと思う。ただ、見に来る側は支配者について知りたくて来ているわけではない。これが例えば「ゴッホ展」のような個人の範疇であれば当該芸術家にそもそも興味があって来ているので、仮に有名どころがなくても楽しめる。


                       少し前の話だが、出張で福山に行った際に当地の美術館で「岸田劉生展」をやっていて、時間があったので見に行った。有名な「麗子像」はなくても(むしろ麗子像以外を初めて色々見て知れたので)楽しめた。岸田という個人に関心があったからだ。


                       だが「ルーブル」だと、「ゴッホ」や「岸田」に比べて括り方が大きい上にとても漠然ともしているので、結果、有名どこを見て「おお」といいたいだけになってしまう。教科書に載っているルイ14世の全身肖像画なんかは、教科書で見たことがある分「おお」となったが、この手の作品は、工業製品のようなものなので何枚も制作されていて、展示はそのうちの1つということらしい。複数あるとにわかにありがたみが下がった気がしてしまうのは勝手な話である。多少興奮したのはアリストテレスの雁首石膏と、ヴォルテールの素焼き像だった。王者より文人に目がいくのは加齢に伴う趣味の変遷だ。

                       

                       早々に済ませ、2階への階段を上った。

                       

                       阿部房次郎は関西財界の大物の一人で、彼が収集した中国の書画の展示である。清朝末期からの混乱した時代、中華の名品の多くが国外に流出したのだが、日本の金持ちもしばしばそれらを買い集めた。特に関西の実業家に多かったらしい。加えてエスタブリッシュメントの面目躍如、結構な目利きも多かったようで逸品も少なくない。強欲一点張りというわけでもなく、民国が落ち着けば返還してよいという保存目的の人もいたようだ。全部「ふたつの故宮博物院」からの丸写しである。あれを読んだ個人的なタイムリーさも手伝って足を運んだというのもある。


                       こちらは作家の名前もそれほど知っているわけではないので、教科書や本で見た「あれだ!」というような興奮は特にないのだが、知人が言う通り、圧倒される画力の作品も目立った。筆遣いの技術が相当なものだというのが素人目にもありありわかって楽しい。客が少ないのは明らかなのだが、熱心に見ている人が多く、芸術系の大学の学生なのだろうか、メモやスケッチを取りながらの鑑賞が目立った。これを進めた知人と同類の教授が唾を飛ばしながらレポートの課題にでもしたのかもしれない。

                       

                       そして毎度思うのが、どうしてこのような高度な文明を誇った狎菴聞餃瓩、近代にはものの見事に凋落してしまったのだろうということだった。
                       



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