撮影可だった

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     東洋陶磁で開催の高麗青磁の展覧会に行った。最終日にどうにか滑り込んだ格好。友人の壺先生が「行くべきだ」と、「阿部房次郎」のとき以上に目を見開いて力説していたからだった。


     北浜駅の周辺は、かつては配達の仕事でさんざん行き来していただけに、かつての赴任地を久々に訪れたときの感慨を希釈したような気分になる。またもタワマンが出来たんすか。しょうもない街にどんどんなっていきまんなあ。

     

     戦前、日本が半島を統治していた時代に、高麗青磁のコピーを作っていたという史実を辿る展示だった。確かに面白かった。植民地関連は個人的に萌え〜みたいなところがあるんである。このテーマおもろいやないか・・・、と飯のタネを見つけたような気分になるのは、いい展示の証である。よくできた映画とかマンガとか見て、俺もこんな話作ろうとにわかにやる気になる感覚とちょっと似ている。

     

      本展示は、写真撮影可だった。一眼を持ってくるべきだったと多少後悔した。隣の韓国人2人連れが、何事か熱心に話しながらごっついカメラで撮影している。阿部房次郎のときには中華系の客がいて、ちょっと感想を聞いてみたい気にもなったが、こちらはコピーであるから余計にちょっと感想を聞いてみたい気もする。

     

     美術館、博物館における展示品の撮影は、日本ではほとんどの場合禁止であるが、アジアの隣国ではOKの場合が多い。壺先生は保守的なので撮影には反対なのだが、東洋陶磁はそんな彼を置いていってしまったということか。

     

     ところで、写真を撮る場合、作品だけじゃなくて、説明書きも併せて撮っておいた方がいいですよ。有名絵画だったら見る前から名前を知ってる場合が多いけど、工芸品の場合、名前を知らない上、とても覚えられないような学名みたいな名前が添えられているしで。


    阿部房次郎

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       「手の込んだ虫干し」こと「ルーブル美術館展」が大阪市立美術館で開催されている。膨大な収蔵品からポスターに使えそうな有名どころを若干と、あとはそれほどでもないものを借りてくれば一定の来館が見込めるありがたい企画だ。それだけにあちこちの美術館に場所を移しつつ定期的に催されている。

       

       「同じ場所で開かれてる『阿部房次郎と中国書画』の方がよっぽど貴重な作品が展示されている!」と知人が唾を飛ばしながら言うので、そちらに惹かれ、仕事で天王寺方面に行く機会があったので鑑賞することにした。

      中央上部、白壁に黒三角屋根の建物が美術館。その手前の建物群がタリーズその他

       

       市立美術館に行くには、天王寺公園を横切る格好になるのだが、ここはひところに比べてすっかり様変わりしている。公園正面の一角は、タリーズだのスパゲッティ屋だのが軒を連ね、商業施設のフードコートのようになっている。都市公園法が変わってこういうことが可能になったとかで、公共財の切り売りが好きな維新政策の象徴のような場となっているのだ。これが「成功例」とされていて、大阪城公園でも、同じような事業が行われている。在阪民放と吉本が関わっているというからより大規模なものといえよう。「維新」の名の通り、官界と財界に区別がない明治の世を彷彿とさせる。

       

       これを支えているのは、税金で公共財を維持することが「無駄」ととらえる考え方だ。公園は維持費がかかる一方で、遊園地のようにそれ自体が利益を生み出すものではないので、そういう風に見なすこともできる。実際には「みんなのもの」なので税金で維持しましょうという話なのだろうし、この「みんなのもの」というのが「公(パブリック)」ということだと思うのだが、「赤字垂れ流し」に見える人が一定程度いるのは、この理屈が世間にさして根付いていないということなのだろう。

       

       思うに、日本の社会で「みんな」というときの「みんな」とは誰か、という問題が大きく作用しているのではないかと思う。「その駐車、あなたはよくてもみんなは困る」とか外国人ジョーク集の「日本人:みんな飛び込んでますよ」とかに代表されるように、実体のない不特定多数として存在し、何かを牽制したり強いたりするときに登場することがしばしばだ。なので個人が何かをやろうとする場合、「みんな」の前では「勝手な行為」となり、結果公園でやれることは静かに談笑するくらいしかなくなる。だったら美味いものを出す店があった方がいいよねとなって、公園が公園であることに価値を感じなくなっても不思議ではない。


       実際の「みんな」というのは「あれをしたい」「これをしたい」という個々人(あるいは団体)の集まりで、「みんなのもの」というのはそれら個人や団体全員のものということになる。公園よりは公民館の方が想像しやすい。各部屋を、趣味のサークルだの何かの勉強会だのが利用していて、それらひっくるめて「みんな」ということだ。無論、個々の欲求はぶつかり合うときもあるから、適当に折り合いをつけたり、場合によってはルールを設ける必要性も生じる。「他のみんな」に一定配慮が必要なのはいうまでもないことだ。

       

       しかしながら公民館の場合、誰が利用しているかといえば、多くは年寄りか演劇のチンピラで、我々演劇のチンピラは各地の公民館の所在地や利用規定には妙に詳しかったりするのであるが、社会の中核を成す層の利用は少数派である。つまり、多くの人は「みんなのもの」を利用することがなく、勤め人なんかがパブリックな施設に思いきりかかわるのは子供が出来たときくらいではないか。だとすると無駄の塊に見える確率はいかにも上がりそうで、これは結局のところ、色々な意味においての社会の豊かさの話になってくる。俺のような田舎者からすると、都市部の都会らしさとは文化資本が整っていることなので、公園に飲食店が並んでいるのは実に貧相に映るのである。馬鹿っぽい言い方をすると、めちゃダサいんだよなあ。(書いているうちに「みんなのアムステルダム国立美術館へ」を思い出したのでリンクを置いておきます)

       

       俺が学生のころの天王寺公園は、ケッタイなカラオケ屋台が並んでいるという風変りな猝唄岾萢儉瓩行われていたものだった。いいとか悪いとかいう前に、何だこのカオスはと、ただ面食らったことを覚えている。あれらが合法的に小奇麗になっただけじゃないのか、と個人的にはつい思ってしまう。

       

       さて、ルーブルのチケットで阿部房次郎も見れるので、せっかく来たしと、まずはルーブルから見た。王や覇者の肖像をテーマにした展示である。本家からどのような手続きで持ち出す収蔵品が決まるのかわからないのだが、借りれるものでもって何かしらのテーマを考えるのは、これはこれで有意義な企画だと思う。ただ、見に来る側は支配者について知りたくて来ているわけではない。これが例えば「ゴッホ展」のような個人の範疇であれば当該芸術家にそもそも興味があって来ているので、仮に有名どころがなくても楽しめる。


       少し前の話だが、出張で福山に行った際に当地の美術館で「岸田劉生展」をやっていて、時間があったので見に行った。有名な「麗子像」はなくても(むしろ麗子像以外を初めて色々見て知れたので)楽しめた。岸田という個人に関心があったからだ。


       だが「ルーブル」だと、「ゴッホ」や「岸田」に比べて括り方が大きい上にとても漠然ともしているので、結果、有名どこを見て「おお」といいたいだけになってしまう。教科書に載っているルイ14世の全身肖像画なんかは、教科書で見たことがある分「おお」となったが、この手の作品は、工業製品のようなものなので何枚も制作されていて、展示はそのうちの1つということらしい。複数あるとにわかにありがたみが下がった気がしてしまうのは勝手な話である。多少興奮したのはアリストテレスの雁首石膏と、ヴォルテールの素焼き像だった。王者より文人に目がいくのは加齢に伴う趣味の変遷だ。

       

       早々に済ませ、2階への階段を上った。

       

       阿部房次郎は関西財界の大物の一人で、彼が収集した中国の書画の展示である。清朝末期からの混乱した時代、中華の名品の多くが国外に流出したのだが、日本の金持ちもしばしばそれらを買い集めた。特に関西の実業家に多かったらしい。加えてエスタブリッシュメントの面目躍如、結構な目利きも多かったようで逸品も少なくない。強欲一点張りというわけでもなく、民国が落ち着けば返還してよいという保存目的の人もいたようだ。全部「ふたつの故宮博物院」からの丸写しである。あれを読んだ個人的なタイムリーさも手伝って足を運んだというのもある。


       こちらは作家の名前もそれほど知っているわけではないので、教科書や本で見た「あれだ!」というような興奮は特にないのだが、知人が言う通り、圧倒される画力の作品も目立った。筆遣いの技術が相当なものだというのが素人目にもありありわかって楽しい。客が少ないのは明らかなのだが、熱心に見ている人が多く、芸術系の大学の学生なのだろうか、メモやスケッチを取りながらの鑑賞が目立った。これを進めた知人と同類の教授が唾を飛ばしながらレポートの課題にでもしたのかもしれない。

       

       そして毎度思うのが、どうしてこのような高度な文明を誇った狎菴聞餃瓩、近代にはものの見事に凋落してしまったのだろうということだった。
       


      それぞれの行列の処し方

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         国宝展。紅葉の時期に京都で開催とくれば、津々浦々から老老男女がおそろしいエネルギーで集うというもので、想像通りだが想像以上に混んでいた。母親も生きていれば目の色変えて現れていたかもしれない。列に並び、読書をしてやり過ごすのだが、ページに目を落としていると前が進んだのに気付かずひんしゅくを買うこと必至だ。読みつつも、視界の外で列の動きを察して前進するのだが、前の爺様が悟りを開いたかのように、ぼけーーっと博物館前庭の木々を見ているので、幾度もぶつかりそうになった。

         

         中に入ると行列ではなくなるのでカオスになる。とにかく見たいものだけをじっくり見る。元々そういう鑑賞を好んでいるが、こういうときは余計に有効だと思う。ごった返す中で、今のところちっとも興味を覚えない刀剣を見ても体力をすり減らすだけだ。それで見たいものの前でじっくり目を凝らすが、隣にいるやつがだんだんこっちに寄ってくるのが難儀だ。多くの人は展示物の前を等速でゆっくり通過する。そう命じられているわけでもないがそうなっている。仕方がないので適当にやり過ごすわけだが、周りに特に人がおらず一人で見ている人も等速で横移動するのはさすがにどうかね。

         

         じっくり見たのは、伝源頼朝像だった。頼朝かどうか疑義が呈されているので伝がつくのだが、もの凄く精緻な絵で感動した。これは頼朝のような超有名人じゃないと釣り合いが取れないと思わされる出来のよさだ。ま、その精緻さゆえに疑義が持たれているようだが。

         

         こうしてざっと眺めてみると、イキったことをいうが、結構既に見ているものが多いという印象だった。若いころ、それなりに勉強熱心だったようだ。どこで見たのか全く覚えていないし、「見た」自体も記憶の捏造かもしれないが。なにせ教科書に載っているものが多いから。でも教科書や図録で見たのと、どこかで実際見たのは、さすがに記憶の中では違う種類の手触りで保存されているのだが、ラーメンの一件以来、自信を失っている。


        世界をまるごと作ったり切り取ったり

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           久しぶりに絵でも見ようかと中之島に「ブリューゲルの『バベルの塔』展」に行った。ブリューゲルという画家の名前よりも「バベルの塔」という作品名を前に出したポスターで「BABEL」の文字が大々的に躍っている。そこにどことなく業者さんの薫りを感じてしまい、あまり食指が動かないまま、それでも諸々の都合も重なって見物したのであるが、意外やだいぶ感動してしまった。


           聖書の有名なエピソードを題材にした巨大建築物の絵で、建築に携わる人の営みも含めて、偏執的に細かい細かいところまで作り込んでいる。後で見た「日曜美術館」の再放送で、大友克洋は「奥行」と言っていた。大友という人は、自身のマンガ作品で、例えば市街地の全景を書くときなど、やたらと細かいところまで書き込むこれまた偏執的な作家であるが、ブリューゲルの方がさらに上をいく印象があった。何せ細かい。人物が1400人くらい描いてあるらしいが、どれも米粒アートのように小さな小さな造形となっている。

           

           この世界を丸ごと一から全部自分で作り上げたようなこの印象は、「マッド マックス: フューリー ロード」を見たときの感想と似ている。相当の大作なのだが、そのくせ画面のサイズは小さいというのがまた腕の良さというのか何というのか。とにかくフィクション屋二軍の端くれとしては、かなりの憧れを持って眺めた次第。


           豆知識的に面白かったのは、バベルの塔を描いた画家は他にもいるが、彼らは「天にも届きそうな塔」をうまく想像できなくて、3階建てくらいで描いてしまっているということ。人間、見たことないものを想像するのは難しいものなんだな。俺も若かりしころ、札束1つは100万円だと思っていた悲しい過去を思い出した。ちなみに本作の場合、縮尺からの計算上、510メートルくらいだそう。世界を丸ごと創造できるというのは、例えばこういう点に現れている。
           その他、版画類は別の展覧会でもちらりと見た記憶があるのだが、改めて見ると、線の雰囲気が手塚治虫のように丸っこくてかわいらしく、これが物語調の作風と相まって、おかしみや不気味さやエロスや皮肉をうまく紡ぐんですな。こちらもこちらで群を抜いた質を感じさせられた。

           

           勢い、というには少々距離があるが、とにかく勢いに任せてついでに京都でやっていた「パリ・マグナム写真展」へ行った。ロバート・キャパを筆頭とした写真家の有名どころ名を連ねるマグナムフォトの面々の作品を集めた展覧会だが、こちらは残念ながらちょっと退屈だった。複数の写真家の作品を同時に見てわかったのは、アンリ・カルティエ・ブレッソンはやはり写真が上手いんだなあ、という実感と、キャパは下手だということ。いいのもあったが、まるで素人のようななんじゃこりゃという写真もあり、むらっけがひどい。その他印象に残ったのはアバスという人。

           

           ミュージアムショップには、創設60周年記念出版という、本のサイズではないアンプのようなでっかい図録が売っていて、ページを開いた瞬間から圧倒された。店員氏から「それのコンパクト版はおすすめですよ」と話しかけられたので、「残念なことに展覧会よりもこの図録の方が遥かにおもしろいです」と正直な感想を述べると、店員氏は渋い顔をして、「みなさんこの展覧会の図録ではなくて、こっちの記念図録のコンパクト版を買っていかはります」と言った。
           階下でやっていた、こちらも写真展「近代京都へのまなざし ― 写真にみる都の姿 ―」は面白かった。なんだか二重に残念なような。


           消化不良につき、後日、世界報道写真展に行った。毎年開催しているが、大体は気づいたときには終わっているので、何年かおきにしか見れない写真展である。報道写真なので、鑑賞者が総じて神妙な顔つきになる辛気臭い展覧会でもある。

           

           報道写真はしばしば、「そこにいただけ」に価値があるように思えてしまう。例えば今年の大賞は、ロシアの駐トルコ大使が警察官に殺害された直後の写真であるが、その決定的瞬間にその場にいてシャッターを切っただけ、とつい思ってしまう。シリア関連の写真も同様で、現場に行っていること自体はものすごく大変なことではあるが、そこに「行った」以外はシャッターを切っただけ、と見えなくもない。だが実際には、現地にいてカメラを構えただけでは、思ったような写真にはならないものだ。京都で展示していたキャパの写真の何枚かはまさしくそれで、わが身にもいくらでも覚えがある。別に戦場その他、殺伐とした場所に居合わせた経験などないが、観光地でもいくらでも起こりうることだ。その場の様子をしっかりまとまった写真として捕らえられていることが、スキルだったりする。

           

           そうはいっても、見る側は、テーマが何であれ、写真そのものとして圧倒されるような仕上がりを期待する欲求があるものだから、もっと驚かせてくれよと自分勝手なことを考えてしまうのだけど。

           

           隣では朝日新聞の東日本大震災の写真展をやっていた。そう変わり映えしないはずなのだが、何かが違うと感じてしまう。「それは被写体の違いに過ぎない」という意見を聞いたこともある。インドは写真映えする男女ばかりの13億総フォトジェニック社会だったので、うなづけなくもないのだが、でもやはり何か向こうさんの方がレベルが高いような印象は消せない。日本のプロ野球と大リーグでは、そんなに違わないはずなのに、向こうを見てからこちらを見るとどうにも刺激が低く見えるのと似ていると思った。ま、現場の人間が挑戦的な構図で撮っても没にされている社内上訴部の価値観も大いに関係しているのだと推測するが。
           


          明治の有田焼のガイヤの夜明け的な何か

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             知人が絡んだ展覧会を見に行った。話は今年の初めごろにさかのぼる。「3〜5月ごろにやるから」と聞いた記憶があるのだが、いっこうに案内が来ない。それで当人に電話すると、「ちょうど電話せないかんと思ってた」というのだが、全然別の実に瑣末な要件を語り出す。さらに聞けば、とっくに開催中だという。「君がせなあかん話は別にあるやろう」と、こんこんと諭したわけだが、お陰で今度は乗り換えの詳細な時刻表つきで充実し過ぎる案内がメールで届いた。こうなると、すぐにも行かなければいかなくなる。

             明治期の有田焼というテーマの展覧会だった。会場に着くと、巨大で極彩色の花瓶がドーンと現れる。「成金趣味」という言葉がつい脳裏をよぎる。陶磁器は生活用品がベースにある。それだけに、我が家に要らんと感じてしまう作品については、賛同するのが難しい。ただ、ふと不思議に思ったのは、筒形の物体に、切れ目なく図柄が配置されている不思議さである。実際に紙を筒形に丸めてやってみればすぐにわかるが、切れ目なく絵を描くのは至難の技だ。これは一体どういうことなのだろう。
             展示室を巡ると、最後の部屋に、友人はいた。「天井の照明が一個切れてるんだ」と、あわただしく倉庫から結構な高さの脚立を取り出し、劇場の照明スタッフのように作業をし出す。学芸員とはこんな仕事もするのか。全長の長い脚立を、結構乱雑に運んでいるように見せて、展示品の間を間一髪ですり抜けさせる巧みなハンドリング。NHK「プロフェッショナル」のごとく、ピアノの一音がポーンと鳴る場面である。

             そうして一仕事終えた彼は、「じゃあ最初から」と、巨大花瓶がドーンの部屋へ俺を連れ戻し、マンツーマンギャラリートークが始まった。
             明治の有田焼は、金持ち白人にウケるため、重厚長大な作りとなっている。成金趣味は、今風にいえば、ニーズをつかんだ経営努力というやつなのだが、結果、研究対象としては、これまであまり興味を持たれることがなく、まとまった展覧会はこれが初という。つまり、「成金趣味」という受け止め方は、研究者の間でも結構そうだったということである。友人は、この従来の価値観に反旗を翻した格好である。「成金趣味」を擁護する側がパンクロッカー。ねじれ現象を起こしている。同時に、「成金趣味」と思った俺は、実は保守層だったということになる。

             友人は早速「これのすごいところは図柄に切れ目がないことだ」と俺の疑問を、聞いてもないのにさらりと口にする。聞けば、世の中には、明らか切れ目の部分で模様に辻褄を無理やり合わせている精度の低い作品は珍しくないとのこと。つまりそれほどこの花瓶は高い技術力で生み出されているということだ。基本的には江戸期の技術の蓄積によるものだろう。江戸時代の日本は様々な分野で高い技術力を持っていた。ただし、それを普遍的な科学理論にまで開花させることはなかった。この惜しさが、今の日本にもつながっているように思える。

             くしくも俺は、明治関連の書籍を読んでいたところだった。定着していない覚えたての知識を整理するように、友人の説明にふんふんと頷くわけだが、その反応がよかったのか、彼の弁はさえわたり、熱を帯びてくる。展示室の隅にいる、黒服の監視の女性職員からは、「あいつ理解せんと頷いてるで」と思われているのではないかという猜疑心もむくむく。

             派手な花瓶は、そのうちブームが過ぎ去り、欧米人にちっとも売れなくなる。変わって地味で洗練されたデザインに移行していく。同時に、欧米から伝わった手法も取り入れ、オルタナティブな発展を見せていく。商魂の逞しさと表裏の柔軟さというところか。とにかくこれは、文化であると同時に産業なのだった。その、売るための必死さというのはなかなかの感動があった。
             彼の専門家たる専門性に舌を巻き、「さすがやな」と言うと、「オタクやもん」と、居直り気味に彼は即答した。


            自分で行っておいて何だけど

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               空いた時間の利用の仕方として、展覧会に行くくらいしか思いつかないのは、発想が貧困なのか豊かなのか。大学の友人のマツオカは、未だに学生のころと同じノリでよく知らないブランドの変な機能のついた服を嬉々として買い求める若い男なので、東京出張ともなると「忙しーてしゃーない」らしいのだが、俺にはそんな元気はない。

               それで数ある展覧会の中から、最も金の匂いがドギツイ印象のある「建築家ガウディ×漫画家井上雄彦」を見に行くことにした。会場が六本木ヒルズというこの先も全く用事のなさそうな場所だった点が大きい。毒食らわば皿までである。

               いざ訪れてみると、こういうわが身には縁遠い場所に来るのも、たまには大事なことだという気分にはなる。年がら年中祭りみたいな場所だから、そういう浮ついた空気は何だかんだで気分を楽しくしてくれる。

               展覧会を見た感想としては、やはり悪口的なものが先に立つ。書いても仕方ないので、悪口以外を。
               ガウディが書いた、建築物の正面からの図面を見るにつけ、建築というのは、紙の上でデザインした形には、誰も見ることができないのだということに気付いた。直角にデザインしたものも、実物はデカいから、遠近による歪みを通してしか見ることができない。だから何だという話であるが、それは一つの発見だった。

               もう一つは算数との親和性で、建築が算数とくっついてんのは、床や柱が崩れないようにという基本の点からいっても当たり前なんだが、この人の場合は、装飾の面でも算数の色合いが強い。
               こんなことを考えたのも、少し前に、「シンメトリーの地図帳」という本を読んだせいだ。図形の対称性について面白くまとめた内容で、例えばタイルのパターンに潜む数学的ロジックについて明らかにしている。そのタイル文化が発達した国のひとつがガウディの生まれたスペインで、それはイスラム教の影響なんだけど、まあこういう本でかじった小手先の知識を喚起させられ、一人悦に入るというみっともない楽しみ方はできた。

               そこへいくと、マンガ家というのは、感性とペン先の技術という算数とは無縁の仕事に思え、そこを並列して何が生まれるんだろうというのは俺にはよくわからなかった。やってる当人はかなり楽しかったとは思うけど。

               というわけで、ビッグネーム頼みの集金イベントという事前の色眼鏡を取り払うまでには至らないまま会場を後にした。階段を下っていると、眼下の広場では、野外ステージが組まれ、満員盛況のライブが開かれている。特徴的な格好のせいか、遠目にも(かつおっさんたる俺にも)それがナオト・インティライミだとわかったが、窓際に立つ係員が「立ち止まらずにお進みくださーい」とうるさい。こちらにすれば、豆粒みたいにしか見えないステージ上の人間が、テレビで見たことがある人だったので、へえーと思っただけに過ぎないわけであり、そういう人がこうやってフツーにライブしているのは、やはり場所柄だけのことはあるという感心もあったのであるが、係員の役割を筆頭に、この、何ていうのかしら、空気にも料金を徴収するようなこのノリが、「集金イベント」という穿った見方がいつまでも残り続けた理由だと思った。

              資料館の案内

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                 前にも触れたことがあるが、ろくでもなかった俺の会社員生活の中で、唯一(比較的)マトモに取材したのがハンセン病である。その資料館は東京にある。当時から行きたいとは思っていたが、果たせずにいた。その理由は「○○の用事で東京に行くついでに」という気構えではなかなかに難しいアクセス事情にある。東村山市。ま、そこから都内中心部に出勤してる人も普通におられるだろうから、何言ってんだという話かもしれないが、とにかくそれなりの郊外かつ、最寄駅からバスに乗らなければならない。

                 それで気が付けば、あれから10年以上が経過している。今回は余裕をもってやってきている。ついでに泊めてくれる知り合いは浦和の在住であり、よくよく路線図を見れば最寄駅まではJRを1回乗り換えるだけでほどほど近い。それでようやく訪れることが叶った。

                 一応ごく簡単に説明すると、ハンセン病というのは人によっては外貌が著しく変化してしまう病気のため、古来より忌み嫌われた感染症である。その病気の特徴のせいで、仏罰だとか、業を負った家系に遺伝するとかさんざんな言われ方をして、罹患すると病気そのものより、周囲の排斥の目に苦しめられたというそんな歴史がある。

                 近代に入り、ハンセンという人が菌でうつる病気なのだと明らかにしたため、施設を作って患者を強制隔離するという手法がとられた。そうすべしという法律を作ったのである。問題は、特効薬が出来て治る病気になった後も、この法律が廃止されなかったことで、21世紀になってようやく国の責任を認める裁判の判決が出た。この資料館も、元々は有志が「歴史を後世に伝える」という目的で作ったものだが、判決を受けて、国が責任を持って歴史と知識の普及啓発をやるべしということになり、国立の施設として再出発している。

                 ちなみに、この資料館は、多摩全生園というもともとは隔離を目的とした病院として建てられた療養所の敷地内にある。明治のころ、地元の反対でなかなか建設候補地が決まらない中、「うちは貧しい村なのでぜひ」とこの地域の人々が誘致して全生園ができたという原発と似た経緯が、以前に読んだ古い本には書いてある。そういうわけでアクセスがよろしくないのである。

                 展示はパネルによる説明と、写真や関連の物品、資料などをジャンルに分けて陳列していて、個人的には広島の平和記念資料館を見たときよりも重〜い気分となった。おすすめである。

                 ただ、国の過ちとしての側面を前面に押し出したこの展示も、そう単純ではないことが、隔離政策に尽力した人の伝記を読むとわかる。良い悪いは別にして、彼らには彼らの「使命感」があった。その辺り、先の戦争と似た性格を持っている。であるからして、隔離政策の過ちを問うことを「自虐」だと批判することはやろうと思えばある程度はできるだろう。そうならないのは、判決があることに加え、問題がややマニアックであることと、元患者がそう遠くないうちに「そして誰もいなくなった」になる「終わった問題」として認識されているからではないかと思う。

                 仮に病気自体の話は終わったことだとしても、ああいう歴史を辿らせることになった精神構造のようなものは、非常に示唆に富むものだと思う。そこを考えさせる展示内容だとより意義深いのかもしれないが、それは物書きの仕事なのかもしれない。

                 などとコムツカシイ理屈を考えつつ、一番うれしかったのは、展示の中に俺がいたことである。2001年5月11日熊本地裁。弁護団が「勝訴」の垂れ幕を掲げるお決まりの歓喜の中に、俺もいた。その確かな証拠がハンセン病史の本山たるこの資料館にあるとは大変光栄である。「撮影禁止」となっていたが、事情を話して特別に撮らせてもらおうかと考えたが、図録を無料で配っているというので拝領して確認すると載っていた。それを見てニヤニヤしている俺を係の女性が不審に見ている。

                「いや、これボクなんすよ」

                と説明すると、上品な風体のそのシニアな女性は、一言「まあ」とだけ言った。唐突に「ボクです」って、説明のひどさにもほどがある。おそらく頭のオカシイやつだと思われたことだろう。


                乗せられて美術館に入る夏のおっさん(語呂悪い)

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                   ただの集金イベントという香りがプンプンするんであるが行ってしまった。機動戦士ガンダム展。それというのも新聞で特集していたからで、新聞で取り上げられると、急に高尚な物に思えてくるから、「公器」という刷り込みは、厳然としてあるということなのだろう。

                   会場からして、元サントリーミュージアムの建物であり、その性格上、ここで開かれる展覧会は減価償却の四文字がチラチラするのは色眼鏡というやつだろうか。まあ今時は、あちこちの美術館で集客のある=金目的の展覧会がよく催されているものだ。武雄の図書館のような、民間の経営感覚というやつであろう。「すんません、今日は仕事で見に行けません」と、さんざん観劇を断られ、仕事と娯楽の両立のしなささを目の当たりにしてきた身(同時にこちらもたくさん不義理こいてきたけど)としては、どうして文化事業と「経営感覚」(=仕事)に親和性があるのかと、やっかみのように思う。

                   さて内容だが、前に見た大河原邦男展に比べると、だいぶ「お台場冒険王」的な夏休みのイベントといったカラーが強かった。行ったことないけど、お台場冒険王。大河原邦男展は、これまで学術的にはスルーされてきたロボットアニメの造形美を、美術史の枠組みの中で捕えてみようというチャレンジが見えた丁寧な展示だったが、それにくらべてこちらは美術展としては雑だった。少なくとも俺自身は「知りたい」のであって、「なぞりたい」わけではないんだが、「なぞる喜び」を求めている人も多いだろうから、結局のところは成功ということになるのであろう。

                   ただし、展示資料自体は揺さぶられるものがあった。例えば、監督が書いた最初期の設定資料。まだ「ガンボーイ」もしくは「ガンボイ」というタイトルだったころの、ストーリーや背景を原稿用紙に鉛筆で書き付けたものである。昭和の人間の角ばった筆致と、強い筆圧で書き連ねられた文字列には、ああ、作品を創作するってこういうことだよなあ、という、何といおうか、無駄に熱いものを感じさせられた。

                   結果を知っているからこその後付けも大きいと思うが、奇人変人のオッサンが溜め込んだ、自らの鬱積とか、世の中をアッっといわせてやろうという野心とかが、生々しくギラギラしている。そこに経営感覚というのがもしあるとすれば、作品を実現に移すための方便としてしか用いられていない。少なくとも、今度から構想をまとめるときは、こうやって俺も原稿用紙にキッチリ書こうかしらと思った。

                  写真:記念撮影スポット。椅子に座るとコクピットにいるようにして撮れるというセットで、足元に椅子が置いてある。丸椅子がちょこんと。

                  自然もアドビも原理は同じ

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                    (加工してる偽青です)

                      所要で京都に行ったので、ついでに京都水族館でやっている「釣りキチ三平と魚たち展」を見た。三平に登場する魚を、マンガの絵とともに紹介するという、なかなか趣向を凝らした面白い内容だ。ちなみに俺は、全巻集めるのは不可能に近いとさえ言われている「三平」のコミック本全65巻をほぼ全巻所有している。やっぱ全巻ないやんけ。というか、ヤフオクで検索してみたら、全巻セットが出品されてた。あるやんけ。

                     そうはいっても、滝太郎やキングサーモンやデビルソードやメカ政のアニキが展示されているはずはなく、タナゴなどの小魚が中心ではあるんだが、イトウとアカメはいた。アカメは遥か以前に四万十川にまで釣りに行って結局連れず、闘犬センターの横の水族館で見たことがある。それに比べるとだいぶ小ぶりだった。

                     イトウは、作者がちょうどノリにノッテる時期の作品に登場する魚なので、それだけでも思い入れは大きい。(それに比べると、アカメの話は、だいぶ後の巻なので、長編マンガにありがちなダレ感がある)。三平君は2メートルくらいのイトウを、ヤチボウズとともに釣り上げていたので、展示されていたイトウはやたらと小さく見えてしまった。実際、インターネットで画像検索すれば、ドン引きするようなサイズのイトウを誇らしげに抱えている写真がいくつもヒットする。

                     それでも釧路でこのサイズが自分の竿にかかったら、満足しきってしまいそうだが。何にしろ、初めて見たので、こちらはまあまあ興奮した。割と不細工なナリをした魚なんですな。魚は結構見てて飽きない。

                     ところで館内では、たまたま知った若い記者と出くわした。何でも、青いカエルが見つかったというので、その取材に来たのだという。実物を見たら、これは確か以前にナイトスクープでも取り上げていたと思い出した。実に鮮やかな青色である。画像は、ネットで拾った普通のアマガエルをフォトショップで加工した偽物写真であるのだが、なぜ青色かというと、黄色の色素がないためこんな色になるというから、フォトショップでイエローをゼロにするのと、原理的には同じなのである。

                     この若い衆に「なんで来てるんですか」と驚かれたので、「三平君を見に来た」と答えたら、「サンペイ?魚の名前ですか?」と聞き返された。うーん、まあ魚みたいな少年ですけどね。

                    展覧会、いきまーす!

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                        「超・大河原邦男展」のチラシを見て、恐らく多くの男性は「行きたい」ではなく「行かなければいけない」と考えたんじゃなかろうかと思う。行かねばなるまい。俺も行ってきた。

                       美術館の前に、幼子を連れた夫婦がいて、
                      「ほな俺ささっと見てくるわ」
                      「わかった」
                      と別行動を話し合っていた。こうして世の男性は、伴侶の理解を全く得られない、もしくは白い目で見られながら旅立つのであった。残念ながらご主人は「ささっと」は戻らないよ、ふふん。

                       「ガンダム」のメカデザインを担当した人、といえばいいだろう。その氏の描いたスケッチとかポスターとかの展覧会である。これが思った以上に面白かった。

                       大河原邦男。1947年東京生まれ。東京造形大グラフィックビジュアルデザイン科に入学するが、当時、横尾忠則らグラフィックデザインの世界はスターが多く、この世界で頭角を現すのは無理だと考え、テキスタイルデザイン科に転科。卒業後オンワードに就職。婦人服より「競争がゆるい」と考え紳士服を希望(基本、楽そうな方を選ぶ人らしい)。しかし仕事がつまらないのと家から遠いという理由で、試用期間終了後に退職。
                       子供服の会社に就職。しかしそこで社内恋愛をして会社に居づらくなり退職。しかし恋人とは結婚したいから金が要るというので新聞に求人を出してたタツノコプロに応募し、採用される。特にアニメや漫画が好きというわけではなく、家から近いというのが理由。

                       こうして、日本を代表するメカデザイナー・大河原邦男が誕生した。何の説得力もない! ここだけを見たらただの駄目人間である。名を成す人はなぜ往々にして、その仕事を「なんとなく」や「行きがかり上」始めるのだろうか。天職とは自ら選ぶのではなく周りから求められる。学生に就職指南なぞしている身としては非常に困る現実である。

                       展覧会は、この人が入社後最初に担当したガッチャマンから始まる。既に先輩社員があらかたデザインしていたが、細かい小道具なんかのデザインがまだだったため、お前やってくれよ、てなもんである。大河原が描いた、銃だの飛行機だのの設定資料(要するにスケッチ)がいくつも並んでいるんだが、どれも既にそれっぽく仕上がっている。こういうのは、当時既に一定の手法が確立されていたってことなんでしょうか。考えてみればガッチャマンは、古いアニメではあるけど、SFマンガのそれなり長い歴史全体からみれば後発組なので、先人の蓄積はそこそこあるはず。そこらへんとの関係性とか位置づけとかはこの展示ではよくわからなかった。

                       こういうメカデザインというのは、ほんとっぽさが大事なわけで、実現可能かどうかはさて置き、戦闘機なら戦闘機で、「速く飛びそう」というイメージを担保するのが必須条件だろう。そういうのはどこから来るんだろうか。

                       そのヒントはゴーダムというロボットにありそう。初期に担当したロボットアニメだけど、ズングリムックリのブリキのおもちゃといった形で、見るからに手足がまったく可動しなさそう。既に洗練された感のあったガッチャマンの戦闘機とはえらい違いである。

                       その後担当したダイターンとかダイオージャとかでは、一気に形がガンダムに近くなってこれは確かに動きそうなロボットだ。ガンダムの原型がこの辺のアニメで形作られていったということなのだろう。大きな特徴としては、関節部分の処理がいい加減なところ。ガンダムになると肘や膝に蝶番のようなものが描かれてるんだけど、このころはまだない。なので、これ肘曲がらんやろ、というデザインにはなっている。もう一つは、口がある。ロボットの顔部分に妙に引き締まった口が描かれてる。ちなみにゴーダムには口はない。こちらは最初からメカとしてデザインされ、ダイターンは鎧武者、つまり人間を元に考案されたという違いに因るものではないかと推測する。

                       で、いよいよガンダム。当然あの形が出来るまでの試行錯誤があって、そのスケッチが並べられているんだけど、ガンダム自体のデザインには安彦良和が大いにかかわっているとは知らなかった。ガンオタの間では常識なのかしら。

                       この作品は、ストーリー、作画、メカデザインをそれぞれ担当した3人によって生み出されたような格好で、作画を担当したのが安彦良和。大河原が描いたまだダイオージャみたいな口のあるガンダムを、安彦がマンガ家特有のシャッシャとした線で描き直して、それを受けて大河原がデザイナーのキチっとした線で描いて、それをまた安彦がシャッシャとした線で描いて、という何枚かが並べられていた。その並びを見ると、安彦良和が、あの形を作る過程で相当大きくかかわっているように見えて、へえ、ガンダムのあのデザインは大河原一人で生み出されたものではないんですね。

                       その他は基本、彼が考案したようだけど、原案と決定稿を見比べると不思議なもので、両者の間に大きな違いはないんだけど、明らか決定稿の方が洗練されている。こういうのを見ると、ほんとデザインなんだなと思う。絵じゃなくて、デザイン。ダグラムなんて、決定稿までに10何枚、没が並べられてて、半分は結果論だけど、やはり途中段階のデザインだと視聴者受けもよくなかったんだろうなと思う。

                       ただ、これらのデザインが、力学上というか、物理的に正しいかどうかはまだ随分怪しい。実物を作ったら、恐らくそんなポーズは取れないだろうという話だ。それがボトムズになるとだいぶほんとっぽくなる。ゴーダムから人間型に移行してまたゴーダムに戻ってきたということなんだろう。実寸のスコープドッグが展示してあったが、こういうのが作れてしまうのも、元のデザインが科学的にもそれなり説得力があるってことなんでしょう。

                       以上、色々なことをくだくだと考えたが、展覧会自体はそれらの疑問に答えるようなつくりにはなっていなかった。研究はまだまだ手つかずの分野ということなのでしょう。


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