あのバカは荒野を目指す
見に来てくれた知り合いは「一週間でようここまで仕上げたねえ」と感心していたが、知らない客からは「いかにも慌てて作った感じでしたね」と言われた。そりゃそうだ。スティーブ・ジョブスじゃないけど、客にはやっぱりバレるものなんだよ。
金が絡むのなら「仕事だから」という万能ワードで解決する部分もある。けどこれ、ノーギャラでやってるんでね。熱意とか意地とかだけで出来てる作業を、やっつけでやろうとする時点で矛盾、破綻しているわけですわ。
こっちも意地があるから、本番ではノーミスでクリアしてやるぜと意気込んだものの、初回は台詞を二箇所ミスし、二回目は、二回台詞を噛んで、二回小道具の処理をミスった。所詮凡人。ごますり覚えて生きてくしかないっすね。
打ち上げには出演者の身内の若い衆が来ていた。なんでも、入学一年にも満たない大学を辞めて声優を目指そうとしてるという。当然身内は全員心配する。なので何かの参考にと、週末から今日にかけて色々な舞台を薦められるまま見に行って、本日ここを訪れたということだった。
そこで会う人会う人の反応は全員「大学を卒業しろ」だった。まあ、出ても何の意味もなさそうな「どこそれ?」大学だったらとっとと辞めてもいいと思うが、聞けばとある特別な職業の資格が取れるというから、俺の意見も「卒業したら?」である。
打ち上げの席でも出演者たちがそれぞれ色んなことを(結論は同じだが)彼に言った。必然、それは自分の十九二十歳を振り返る行為だ。若者を説教しているうちに、みんな「私もああすればよかった」と思い出して遠い目になっている。そして自分も彼と同じ歳のころ、年嵩の連中の意見なんか耳を傾けもしなかったなと振り返る。
藤子F不二雄の短編に「あのバカは荒野を目指す」という作品がある。ホームレスのおっさんが過去にタイムスリップして、若かりし頃の自分と出会う。若い自分は大企業の御曹司の立場を捨てて「荒野」に飛び出そうとしていた。そのなれの果てが今のホームレスの自分なわけで、今の自分は若い自分に「その選択は誤りだ」と説得する。だが若い自分は聞く耳を持たず工作は失敗する。そんなストーリーだ。荒野を目指すのは若者の特権、そこでしばしば敗れ去るのは人間の宿命。ただし、このオッサン、若い自分の無謀さに感化されて、「なあに俺もまだまだ」と忘れていた希望を胸にかすかに灯したところで話は終わる。
そうだ、俺もまだまだ、と全員が若者への説教をいつの間にか自分の話にしてしまっていたに違いない。いや「全員」ではなく、男は全員、だな。男連中は俺も含めてみんな「決めるのは君だ。これはあくまで俺の感想だが…」と慎重な(言い換えればええ格好しいの)物言いに抑えていたが、女性陣は「で?何考えてんの」と直球だった。そういや俺が会社辞めたときも、一番手厳しかったのは、親父ではなく義姉だったな…。その対応の違いに、教員をしているナンダさんは、「男の説教は選択式問題、女の説教は記述式問題」と、今まで聞いたことのある男女論の中で一番面白いことを言っていた。
- 2011.10.18 Tuesday
- souvenir
- 09:08
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- by 森下淳士