サンクな男

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     朝、出勤中の電車内でふと旧友に似た男を見かけた。なんせ15年ぶりくらいだ。当人かどうか判断がつかない。
     人の顔を判別するのは得意な方で、例えば梅田の人込みで知り合いに気づいた、なんてことは結構ある。その人全体の雰囲気が群衆の中から浮き上がって見える、といえばいいのか。だけどこういうケースもある。


     知人男性B氏は、頻繁に会っていた当時で30手前くらいだったと思うが、若いのにすっかり禿げあがって、その代わりといっては何だが、立派なヒゲを蓄えていて、要するにインパクト大な外見だった。去年だったか一昨年だったか、十数年ぶりに某駅でそれらしき外貌の男性を見かけて、あれはまさかB氏ではと思ったのだけど、当時あれほどインパクトのあった外見も、40も過ぎると割とフツーになってしまうようで、ついでになぜこんな駅にいるのかの合理的説明も思い浮かばず、まったく確証が持てなかった。後で共通の知人に聞いたら、その辺の出身だからいても不思議ではないとのこと。何年も前の風聞で海外にいるようなことも聞いていたしで、勝手に東京か海外にいるものと思っていたのだった。

     

     これは知識が邪魔をしたケースだと思うが、さて目の前の旧友である。
     確証が持てないという以上に、なかなか気づかなかった。ぼけーっと椅子に座っていて、向かいに座る乗客はさっきから視界に入っているのに何も思わず、ずいぶんとしてから、あれ?となった次第だ。最後に会ったときの記憶と、今の目の前にいる人間との間に差異があるからか。

     以前よりちょっと贅肉がついている印象がある。そのせいかどうか、他人の空似という感触の方が強い。ずっと会っていないから、覚えているようで、その人が持っている雰囲気のような部分を色々と忘れてしまっているから確証が持てないのだろうか、などと推測する間、彼はずっと寝ている。もしかすると先に俺に気づいて、寝たふりをして面倒を避けているのかもしれない。別に金の貸し借りがあるわけではないが。

     

     すると彼の頬に見覚えのある線があるのに気付いた。傷跡なのか何なのか知らないが、彼は頬に線が入っていて目の前の男にもそれがくっきりと見える。記憶と重なったというよりは、見た瞬間思い出したような感じ。顔をまじまじ見ても、あいつこんな顔だったっけ?と記憶がグラグラしていたのが、何気ない身体的特徴でピンとくるというのもおかしな話だ。遺体の身元確認じゃあるまいし。などと考えていたら、寝ている彼が喉を「ん゛」と鳴らす。昔から呼吸器系がよくないのか、これもまた覚えのある彼の癖で、2つ揃えば完全に確定である。


     それで声をかけそびれているうちに彼は途中で下車した。同じ電車を利用しているのなら、もしや何度目かの邂逅で本日ようやく気付いたのかも。我ながら薄情だ。しかし頬の線に「ん゛」で確証を得るってのもおかしな話だ。その人をその人たらしめる要素って、もっと大事なことであってほしいものだ。俺の場合何だろう。喉仏に生えてる毛かな。


    新水俣で親身にマターを考えた(友人もいると尚よし)

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       取材という名の観光、というよりは社会科見学その2。今日は仕事前に、新幹線に乗った。20分超で新水俣に到着、下車した。
      九州新幹線は、既存の駅とつながらない「新〇〇」という駅だらけだ。何もないところに新駅を作っているから、予想通り駅前には国道があるのみ。コンビニがあるところがさすが新幹線というところか。駅舎の立派さと周辺の殺風景さは、まるで中国の新駅である。バスが来る前の間、客のいない土産物屋を見物していると、饅頭がばら売りしていたので、かるかん饅頭を一ついただいた。美味い。


       雪が舞う中、ようやくバスが現れ、山村のようなところを走り抜けると、水俣市街が現れた。ひなびた街なのだろうが、駅しかないようなところにしばらくいたので、やけにアーバンな印象を受けた。バスの窓ガラスが全部スモークなので、写真を撮る気が起こらないのが残念。

       

       やがて海が見え、バスは「エコパーク」という広大な埋め立て地へと進んでいく。道の駅があり、グラウンドがあり、貨物の荷上場のようなところがあり、とにかく広い。これの何がどう「エコ」なのかというのがミソである。

       エコパークをずんずん進んだところでバスを降りた。ここにあるのが、水俣病資料館である。入場無料。広さは西南戦争資料館と同じくらいか。パネル展示がメインで、この公害病の発覚から検証、認定に至る歴史を解説している。ある1つのテーマについて詳しく知るとき毎度思うことであるが、教科書程度の認識には、実際の紆余曲折や費やした時間の長さが欠落していることを痛感させられる。格闘した人がおり、別の理屈に依拠して牾米瓩靴真佑おり、さぼった人がおり、そうしていくつもの思惑がぶつかりあってすれ違って、ありえたかもしれない分岐点を正解もしくは不正解の側に通過して、今のこの結果があるのである。水俣病に限らず、同じような格好で翻弄され尊厳を毀損された人々は歴史の中にたくさんいて、水俣病について詳しくなくても、そういう悔しさを想像できる程度には己も勉強してきたのだろう。患者の人々の顔写真を並べたパネルにぐっときてしまった。

       

       ところで水俣病といえば、ユージン・スミスが有名で、ちょうど生誕百周年でもあるが、館内には展示がない。権利関係のことか、事情は知らない。一番有名な写真(社会の教科書にも載っていた入浴のやつ)は、互いの遺族の話し合いで非公開にしたらしい。過去に展覧会で見たことがある。一番印象に残っていたのは、さして有名ではない「怨」の旗が翻っている写真だったが、その旗を展示で見れたのはちょっと興奮した。ちなみにユージン・スミスは重ね焼きとかトリミングとか、作り込みを写真に積極的に適用したことで知られる。そうすると「水俣の真実」みたいな部分と、どう折り合いがつくのか、最初に聞いたときは、ちょっと困惑してしまったものだった。その点で「客観報道」などと、受け売りレベルでスカしたようなことを言う立場には強烈なカウンターとなっていて、とても魅力的な写真家だと思う。

       外に出ると海が見える。チッソが排出した汚泥を処理するために埋め立てたのがこの公園で、かつてはここが水俣湾であり、だから名前が「エコ」ということのようだ。ぱっと見、各地によくある(大阪にもある)失敗した臨海開発夢の跡、みたいな場所に見えるこのむやみな広大さが、ある意味最も強烈な狹玄┃瓩世隼廚辰拭3い鮓下ろすと、荒天の影響で波がしらが立っていて、まるで日本海のようで怖い。

       

       1時間に1本もないバスに乗り、熊本に戻った。昼食は太平燕。昨夜は有名店でラーメンを食うも、やはり麺が受け付けず気持ち悪くなってしまったが、こちらは春雨なので存分楽しめた。

       

       そうして仕事に向かい教壇に立った。昭和史の新興財閥が出てくる辺りで、「そのひとつがチッソの前身日窒コンツェルンです」と余談を披露したが、ちっそも何の反応もなかった。耳タコだから聞き流された、ということにしておく。


      病み上がり出張

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         出張で九州。天気予報が「荒れる」と警告しているので遅延に怯えながら乗車したが、早速「電線に飛来物が」とのアナウンス。ただし1時間以上前の話だったので数分程度の遅延ですんだ。

         

         しかし、寒い。予報では関西より格段に気温が低いと出ていて、案の定雪もちらついている。でも積雪がないのはなにより。というのも、これからレンタカーに乗るからである。会社に頼んで早めの列車にしてもらい、先に取材という名の観光をする魂胆である。
         向かった先は西南戦争資料館。まんまと大河に乗っかったお上りさんになってしまった。おそらく西南戦争は48、49話くらいの扱いになるだろうから、ずいぶん先取りしてしまっているが。

         

         ここはホームページの案内も車で来ることを前提にしているほどアクセスはよろしくない。熊本市内から小一時間ほど北上すると、田園地帯が現れ、やがてナビは山道へといざなう。どうやらここが有名な田原坂付近らしい。ところが、借りた車に搭載されているこの案内係は「目的地」の片鱗も伺えない辺りで「目的地周辺です、案内を終了しますブチッ」とガイドを放り投げてしまった。ナビってこんなんだっけ?
         そうしてまんまと道を間違えたらしい。田原坂の「三の坂」「二の坂」と下るうち、絶対反対方向だったと確信したが、何せ道が狭いし退避スペースもないしで進むしかない。結局「一の坂」を下ったところにある駐車場のような場所でようやく引き返すことができた。

         それにしてもなかなかの急坂である(わかりにくい写真しか撮れなかった)。沿道には竹が生えているので気にならないが、道路の下は急崖で、ガードレールもない。対向車が来ると結構怖い。いや、対向車はほとんど来ないようなところだが、全体的にどこかしら怖いというか何というか、とにかく独特の雰囲気がある。ここで激戦があったという知識による後付け作用でそう感じるのか。それとも、激戦の残滓は百年そこらでは消えないのか。しかし、なんでこんな狭いところに進軍したんだ、というのは現代人の発想で、たどり着いた資料館の説明によると、当時、付近では最も道幅が広いルートだったとか。

         

         話が前後したが、坂を戻り、反対方向へ行くと、広い駐車場にたどり着いた。この田原坂公園の一角に資料館はある。
         小ぶりな建物で、展示資料はさほど多くもないが、なかなか面白かった。薩軍寄りの説明記述をしているような箇所もありつつ、そうでもない箇所もありつつ、この揺らぎが西南戦争の特徴を表しているようにも思う。

         何せ狒蔚稔甍靴い気譴討い訶殍訛Δ割れて戦った戦争だ。「抑圧頑迷閉鎖的矛盾だらけ幕藩体制を、開明派の若者たちが打倒した」。「竜馬がゆく」だとこの爽快な図式で物語を閉じるから安心していられるが、その後はこの図式が当てはまらない。旧武士を率いて挙兵したのだから、守旧派の反動勢力と見なすこともできる。「八重の桜」で格好いい役どころだった元会津藩士の山川大蔵は、政府軍の軍人として「今こそ戊辰の恨みを」と奮闘したとか何とか、何かの本で読んだ覚えがあるが、どっちも元あんたの敵だし、何なら旧武士勢力という点で薩軍の方があんたの側だろと混乱してくる。

         

         ついでに西郷自身も、時代によって評価は二転三転しているようで、旧武士を率いて挙兵した守旧派とみなされた時期もあれば、資本主義による富の独占を嫌い、原子共産主義に近い考え方を持っていた点でもって革命家と持ち上げられた時期もあるそう。発想としてはポルポトと重なってくるから、すっかり流行らない持ち上げ方である。思想はさておいても、かならずしも太陽のような人ではないという描かれ方が昨今は主流で、「八重の桜」でも謀略家的側面が強調されていた。まあとにかく、とらえどころの難しい人であり、戦争であったということだろう。維新の志士を気取る輩が総じて胡散臭くて信用ならんのは、捉え方が「竜馬がゆく」止まりだからだ。彼らは往々にして「ぶっ壊す」の爽快さしか見てはいない。さて「西郷どん」はどうなるのだろう。今のところは青年期の実直な全力男として描かれているが、その後変わるのか変わらないのか。

         館の外には展望台のような広場があって、戦場が一望できる。館のある側に薩軍がいて、向こうの山から官軍が攻撃した。隣には慰霊碑があって、死者の名前が両軍とも刻んである。ちょうど行きの新幹線の車中で「征西従軍日誌」を読了していた。西南戦争に従軍した一巡査の日記で、まるで朝顔の観察日記がごとく、ろくに感情を交えず淡々と事実の記録をしていた我が母親の育児日記のごとく、冷静な筆致が面白い本だった(漢文書き下し調なので、慣れるまでかなり読みにくかったが)。そんなものを読んだせいで、刻まれた名前一人一人に、なんとなく体温を感じたのだった。


        滑って転んで寝正月

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          伊吹山。車窓から撮ると電線が邪魔っすなあ。

           

           年末に帰省すると駅前の広場に仮設のスケートリンクができていて、たいそうな賑わいである。受験を控えた姪に、「先にスベっておくか」と冗談半分で持ちかけると「行く」との返答。「やったことがないので」という理由である。彼女は兄の娘らしく全体的に保守的なのだが、兄と違ってたまに予想外にチャレンジ精神旺盛なところを見せる。そういうわけで連れて行くことにした。


           義姉が「あんた滑れるの?」と聞いてきて、「わからない」と答えた。実のところ、脳裏には、学生時代に何度か訪れ「見た目の印象より簡単だな」と思った記憶がよみがえっていたのだが、慎重を期して誤魔化した格好である。この判断で正解だった。
          実際リンクに立ってみると、あれは記憶の美化/捏造だったのかというくらい滑り方がよくわからなかった。派手にすっころんだし。そのうち疲労で脚が動かなくなった。右足を踏み出して滑ろうとしても左脚がついてこないので、コンパス状態でくるくるその場で回ってしまう。

           

           一方の姪は、「怖い」となかなか外周の手すりを離そうとせず、そのくせ根気強くカメの速度で周回していた。その根性は大したものだ。

           

           そうして正月を迎えると、胃腸がおかしくなってついでに熱を出し、医学的に寝正月だった。スケートで転んだことは無論、関係なかろう。正月は油断すると寝込む、という自身の学習を、加齢が追い越している印象である。

           

           姪は熱心に勉強していた。第1志望校の判定は現在のところ芳しくないらしい。足を引っ張っているのが国語という。いわゆるすべり止めで受ける私立校の過去問を見せてもらうと、確かに簡単ではなさそうだった。何より、60分でやる分量とは思えないボリュームで、現代文は本文自体がかなり長い。難易度はともかく、長い文章とそれにまつわるたくさんの設問を、短い時間で解くことそれ自体にどれくらいの意味があるのか、ちょっと考えてしまった。

           

           試験なので制限時間の設定は必然だし、限られた時間の中で要領よく正解を導くという作業も重要だろう。でも現代文の場合、大意をつかむことよりは、細かい読解を要求していて、設問もそうなっている。その一方で、要領よくやらないと終わらない時間設定では、文章を読むときに、ざざっと読む、つまり「大意をつかむ」に寄ってしまうのではないかと思うのである。

           

           こんなことを考えるのも、人工知能の先生が提唱しているリーディングスキルテストの話を読んで、間に受けてしまっているからで、確かに「読めない」学生をしばしば相手にしている立場からすると、あの先生の言っていることは当を得ていると感じる。要は、「それ」が指しているのは何か、とか、そんなレベルのことが読み取れるかどうかで、文意をつかめるかどうかが分かれる。中高の国語の試験は大事な点をきちっと押さえているといえよう。

           

           これは「読めている」と思っている人も当てはまる部分があって、何より自分自身、教える立場になってみて、結構色々すっ飛ばして雰囲気で文章をつかんでいたと自覚させられた。文章は読むより書くのが難しいと思っている人も多いと思うが、そもそもちゃんと読めてないから書くのもうまくできないということではないかとも思う。

           

           だから、普段の読書でそんなことしねえだろ、っていうくらい細かい読解を、時間をかけてやる方が、試験としても何かと有益ではないかと思ったと、そういう話である。熱が出ているときに考えることではない。


          新春

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             本年もどうぞよろしく。

             食べ方はこちら。

             


            年の瀬の買い物

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               正月の土産に、たまにはブランデーでも買ってみようと物色し、名前で選んだ。
               ウイスキーがすっかり定着する一方で、ブランデーは棚の面積を奪われ脇に追いやられている。俺自身もあまり味のイメージを持っていない。給与をもらうようになった20代のころ、すでにシングルモルトウイスキーのブームだった。入社半年研修というので、各地方に散らばっていた同期が久々に本社に集合すると、一部の酒飲みは「ボウモア」「ラフロイグ」等々覚えたての銘柄を必死に口にしていた(俺含む)ものだったが、「カミュのXOが」とイキっている同期はいなかった。

               

               一方で当時のおじさん文化の中ではブランデーはまだ根強かったと思う。付き合いでクラブのようなところに連れて行かれると、ヘネシーのVSOPが出てきて、シャンプー容器のような構造の水差しをホステスがプッシュして、強制的にというか自動的にというか、とにかく必ず水割りにして出てくる、というのが毎度のことだった。水割りは味がよくわからない上に酔いは回るから、楽しい思い出はちっともない。

               

               そういう事情で完全に視野から外れていたブランデーだが、急に買ってみようと思ったのは、ブランデー好きおじさんになったという加齢のせいか、それともひねくれているから流行らないものに興味が湧いたか。ま、両方だろう。

               

               知識がないので名前で選んだ。世界史履修者なら必ず教科書で名前は目にしているはずの有名人である。歴史好きとしては見過ごせない。購入理由はそれだけである。
               スペイン国王カルロス1世にして、神聖ローマ皇帝カール5世。神聖ローマ帝国は、現在のドイツ、オーストリア、チェコあたりに領土を構えていたから、スペインから1000キロ以上離れた国のボスを兼任していたことになる。ついでに生まれは確か現在のベルギー辺りで、好んで使っていたのはフランス語。初めて習った高校生のころ、さっぱりわけがわからなかった。今もよくわからない。主権国家という概念がなく、ヨーロッパの王族がことごとく親戚同士だったから、現代人からすると珍妙に見える現象が起こるのであるが、とにかく彼の出自であるハプスブルク家が勢い余っていた時代といえる。

               

               今年は宗教改革500周年に当たり、一部で盛り上がりをみせていたが、その中心人物であるルターと対立した皇帝としても知られる。お前の説はけしからんと議会に呼びつけつつ、ドイツ語がよくわからないのでルターが何を喋っているのかもちんぷんかんぷんで寝ていたらしい。俺様態度にもほどがあるが皇帝なので仕方がない。

               

               命名の由来は、醸造元のホームページを見ると、この世界皇帝的なところにあやかってのことらしいが、その割には値段は大したことがない(XOだと高いのだろうけど)。同じく国王名を冠したレミーマルタン・ルイ13世なんて、冗談みたいな値段がついている。これがスペインと、おフランスの違いだろうかとくだらないことを考えてしまう差だ。

               

               だが日本には清洲城信長鬼ころしがあるから、為政者の人気と酒の値段は反比例するのかもしれない。あと「下町のナポレオン」で有名な酒もあるが、ナポレオンは下町の生まれだ。「カルロス1世」の「ナポレオン」だったら、わけがわからなくなって面白かったが、ホームページを見ると、この普通のクラスとXOしかないもよう。コニャックじゃないからか。ちなみにカルロス1世の息子フェリペ2世は「太陽の沈まない国」「無敵艦隊」で知られ、ルイ13世の息子が、かのルイ14世。2人とも息子の方が派手な印象がある。

               

               肝心の味はまあ、ブランデーの味ですわ。ふわーっとカールい薫りが漂って、この軽さを味わうと、瓶を空にした後に、軽ロスになりそうな気がする。苦しい。酒の話なのに後味が悪い。


              写真がないのでわかりにくい話

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                うっかり寝過ごし甲子園。 講師遅延はどうにか回避。ツタれ気味なるお知る。

                 

                 冬本番で1年ぶりにコートを引っ張り出してみると、ずいぶんと色落ちしているのに気づいてしまった。元々は黒色だが、端という端が擦り切れて白っぽくなっている。これはまあ昨年ぐらいから自覚していたのだが、今年改めて見てみると、面の部分も、色落ちで赤っぽくなってしまっている箇所が目立ち、どうにも貧相である。さすがに大人としてはいただけない。買い替えの時期がとっくに来ている事実に直面してしまった。


                 しかしバーゲンにならないと買う気がしない貧乏性が邪魔をする。というか、どうせ買うなら少々値の張るものを割引で買いたいではないか。特にコートのような大物は尚更。それで応急処置として、色落ちを染め直す方法を検索した。

                 

                 すると、世の中には素人向けの服飾用染料が売っていると知った。ただし、俺が来ているコートはポリエステル製で、この手の染料では染まらないという。いかんじゃないかとあれこれ検索していたら、「染めQ」を使えばいいとあった。スプレー塗料で「革・プラスチック・金属・木材・布のカラーチェンジに」という謳い文句の商品。これをささっとスプレーすると上手い具合に染まると、ネットには書いてある。

                 

                 早速ホームセンターで調達して試してみると、綺麗に染まった。黒だからというのもあろうが、どこが塗布した箇所かの境目もわからない。こりゃもう新調せずに済むわいと思ったが、たまたま通りかかった服屋のウインドー越しに見てしまった。このコート、いい感じじゃねーか・・・。

                 高そうな店構えに警戒しながら、店内に入り値札を見ると意外に常識的価格。店員に進められるまま羽織ってみると、あらしっくり。とはいえ即決できるほど安いわけでもないので、年明けまで待とうと庶民感情が起動し、俺はもう一つの気になった商品を入手することにした。

                 

                 すでに触れた、染め直しの染料である。体験記のブログ等々を読むにつけ、どうにも試したくなってしまった。ホームセンターに行ったが、黒だけ品切れ。あれこれ巡ってユザワヤで入手した。年末の繁忙期にアマゾンは気が引けるという余計な遠慮のせいである。しかしホームセンター行ったりユザワヤ行ったり、模範的な演劇人のようではないか。


                 ネットで知って買おうとしたのはこちら。英国製という惹句がそそる。さすが産業革命綿工業の国である。給湯機で賄えるぬるま湯で可、という手軽さが売りのようだ。ただし塩を大量に投入しないといけない。この会社には、高温で染めるタイプもあるが、こちらはお湯の手配が面倒な一方、塩は少しでよい。どういう理屈なのだろうか、化学の話、という以上のことはさっぱりわからない。値段は高温用の方がやや安い。
                 そしてホームセンターでは見なかったが、ユザワヤには日本製の似たような商品も売っていた。百年企業の商品というのが、こちらもそそる。英国製より色の種類が多いのもよい。こちらも高温用とぬるま湯用の2種類がある。とりあえず英国製にはない色を買うことにした。高温の方が濃く染まると書いてあるので、面倒くさいが高温用を選んだ。

                 

                 作業としては、でかいバケツでジャバジャバとやらねばならないため、帰省して実家でやることにした。服をたくさん持って帰ったので荷物が多い。
                 具体的な作業は、販売元のブログに詳しいのでそちらに譲るとして、俺が今回染めたのはまず、コートと同じく黒の染め直しである。綿の黒服は、洗濯を繰り返すと、そのうち緑っぽくなったり赤っぽくなったり、とにかく貧相な見栄えになる。いわゆる「ようかん色」というやつだ。これが漆黒に戻ればめでたい。

                 

                 大量のお湯に、大量の塩をまぜて、染料と衣料を投入したあと、ムラを防ぐためにたくさんかき混ぜる。実に大袈裟な作業で、父親はそばから「買った方が安いんでねえけ」と誰もが真っ先に想像することを言ってくる。染料は650円で、塩も業務スーパーのザ塩化ナトリウムみたいな冗談みたいな安さのを使っているとはいえ、労力もあわせると安物のシャツなら買った方が賢明だ。だけど、服屋で「同じようなやつ」を探すと大抵見つからないし、何より楽しい作業じゃないか。

                 

                 黒シャツ、黒パーカーは結構もとに戻った。着なくなったストライプのシャツを真っ黒にしてやろうと思ったが、柄が消えるほどには染まらないようで、黒ずんだストライプのシャツになった。これはこれでまあアリかという仕上がり。
                 日本製の染料は、オレンジのシャツを再びオレンジで染め直した。20代のころ、若気の至りで買った1万円くらいのシャツであるが、こちらも鮮やかなオレンジに復活した(元はたしか若干光沢があったが、当たり前の話、さすがにそれは戻らない)。しかし、このシャツいつ着るんだ。スーツに濃い色のシャツを合わせても、残念ながら松田優作にはならず、漫才師の衣装みたいにしかならん。


                 やってわかったのは、大きな衣類ほど非常に面倒くさいということで、Tシャツやシャツは気軽だけど、ジャケットやコートを染めるのはあまりやる気がしない。やる前は、「捨てたあのジャケットも染めればまだ全然着れたなあ」と後悔していたが、捨てていなくても染めていない気がする。一方で、Tシャツやシャツは非常に楽しい。今回は、色落ちを同系色に戻した作業ばかりだったが、次は黄ばんだ白シャツなんかを別の色にしてみたいところ(もちろんヨレヨレになってるのは駄目だけど)。Tシャツを1枚だけ同系色に染め直したが、プリント部分は全く影響がなかった。


                忘年会なのに過去を思い出すなど

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                   毎年恒例の劇場忘年会。俺にとっては年に1日演劇人ヅラする日である、というのは半ば強がりで、忘年会なるものがとんと無縁になってしまっているので、要するに寂しさを紛らわせるための出席である。舞台をやっているときは、こういう寄合に顔を出すのが煩わしくて仕方なかったが、やっていないと第三者的で色々と楽ということもある。


                   年齢だけでいうと重鎮みたいになってしまっているので、そうならないようによく知らない若者たちには意識的に敬語で話す。ある程度の顔馴染みには、翌日後悔しないように、発言をなるたけ抑制する。それで終電で帰ったから楽しんだのだろう。ずいぶんと大人になったものだ。

                   

                   大雑把に同世代の人の中には、現在も地道に続けている人々がたくさんいる(俺も再びやる気だけはある)。俺がよく知らない若人とも当然知り合いで、「おう」なんて気さくに話かけながら盛り上がっている。自分が彼ら若人の年齢だったころ、今の自分に相当する年齢の人々とはほとんどしゃべったことがない。俺自身が年かさの演劇人と接するのをわずらわしく感じて避けていたという個人的事情が大だが、彼らも同世代だけで話している傾向が強かったようにも思う。

                   

                   だからこちらも余計に避ける、という悪循環が嫌で、加齢とともに、自分は気さくな年長者でいようと思ったものであるが、その態度自体が若人には面倒くさいということに気づくまでに時間がかかってしまった。なので若人と気軽に話す彼らに勝手に冷や冷やしてしまった。中には「気心知れた」の悪乗りで、若い女性演劇人に下ネタを言っているのもいて、「おい、やめろ」と必死に火消に走るお節介をしてしまった。やめろと言った相手は、下卑た冗談を言う彼ではなく、過去の自分に対してだったと思う。慙愧。
                   


                  公用の合間に私用で紅葉

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                     仕事で京都に赴き、時間があったので近場の寺に紅葉を見物に行った。紅葉の季節は10月くらいのイメージがあるのだが、関西だと概ね11月中頃くらいの場所が多い。日光とか有名な観光地の影響か、それともカレンダー辺りの10月の挿絵に紅葉が描いてあるのを何度も見たということかしら。まあ、それほど興味がないというのが最大の理由だろう。仕事場が右京方面なので嵐電で有名どころに行った。平日なので観光客は少ないが、それでも短い車両につき、まあまあ満員になっている。


                     近くで座っていたのは中国人と思しき家族連れであるが、このお父さんが、年寄りが乗ってくるのを見るや、脚気の検査のように反射的に立ち上がる。「構わん構わん」と断る爺様もいれば、こりゃどうもと座る人もいる。客の乗降が結構活発で、すぐ空席が出来るから空いたところにお父さんは座るが、また年寄りを見るや立ち上がる。吉野弘の有名な詩を思い出した。優しい女の子が席を譲るのを繰り返すが、しまいにとうとううつむいて唇を噛んで譲るのをやめる内容である。善人が損をかぶることに最後は抵抗した女子は、しかし善人だからそれも辛そうというやり切れない内容だが、このお父さんは全くそんな繊細なことを考える素振りもなくからっと晴天に親切を繰り返し、これが大陸かと大袈裟なことを考えてしまった。向こうは積極的に譲る文化だと複数の文章で読んだことがあるし、俺も現地で実際見たので、そういうことなんだろう。

                     さて詳しい人だと、これだけでどこの寺かわかるのだろうか。俺自身は20年ぶりくらいだ。若かりしころに、古文の教科書に登場する(正確にはここの法師が石清水を訪れ間抜けなことをする話だが)というだけの理由で訪れた。でっかいだけでつまんねー寺だな、と阿呆な感想しかなかったが、いったい何を期待していたのだろう。寺ってこんなもんだろ。


                     今回の目的は紅葉の撮影で、ごっついカメラをぶら下げたおっさんも、うようよハンターの眼でうろついている。花鳥風月を撮らせると、彼ら高級機材を持つおっさんたちはものすごく綺麗な写真を撮る。それでニコンサロン的なところに出品するわけだが、往々にしてマッチ箱のパッケージのような、ただただ綺麗な写真なので、個人的にはあんまり魅力を感じない。じゃあ、ってんで一応頑張って工夫を考えてみるが、何も対案は見つからないのが毎度のこと。おそらく、「紅葉を撮りに名刹に来る」という選択の時点で、未知の土俵なんてないんじゃないか。といいつつ、くだんの石清水に参拝した法師のように、大事な箇所を思い切り見逃していたりして。

                     しかし、宗教施設が花鳥風月憩いの場というのも考えてみると不思議な文化だ。手くらい合わせておかねばばちが当たるだろうと、南無阿弥陀仏と唱えてみたが、ここ真言宗だった。ここしばらく旅行ブログのようになっている。さて仕事に戻るとしよう。

                    上着もカバンも赤い人だけの方が面白い写真になった気がする。


                    要するに麺をすすったというだけの瀬戸内

                    0

                       隣の家に囲いが出来たんだってね。へえー。あっちの大学に認可が下りたんだってね。はーん(判)。

                       その学園から見下ろす夕焼けが秋を感じさせる。先般の台風のせいか、土砂崩れがあり、エスカレーターが停まっていたので徒歩で登山する羽目になった。これがホントのとほほ。関西だと関大や大阪教育大なんかがそうだが、高台にキャンパスがある場合、屋外にエスカレーターが設置してある。

                       それで当該今治市在住の知人が近くまで来るということもあり、海を越えて、地元民の反応を聞きつつ、彼の特異な仕事の話を聞きつつ、うつぼのたたきなんぞ食べつつ、南海道にしかないカクテル「マダムロゼ(マダムロシャス)」を飲みつつ、当時俺が「絶賛していたあのラーメン屋に行こう」と言われ、初めて訪れる店で麺をすすった。俺は俺で、あんさんはあっちの店のラーメンが好きでしたなというと、食べたことがないと言われ、お互い記憶がバグっている。

                       翌朝、めちゃくちゃ久々に有名店の麺をすすることにした。日曜やっている店は少数派だが、一応いくつかはある。

                       嗚呼久々のありがたや。うまい、うますぎる。という十万石饅頭のような感想しか出ない。

                       もう一軒。火野正平も眺めた富士を称する山の麓。今年ブームの井伊谷ならぬ飯野山。うまい、うますぎる。観光客には相変わらず釜玉が人気のようだが、やはりうどんはかけですよ。ええそりゃ認可も下りますわいな。

                       

                       さて、きちんと批判をするには、論点を明確にしないといけない。批判に反論する際には、この論点に基づかないと本来噛み合わず、きちんとした議論が成立しないのだが、裏を返すと論点をブレさせるといかようにでも反論できてしまう。無論その場合は、雑だったりズレていたりするのだが、形の上では何となく反論しているようになる。そして世を見渡すと、噛み合っていない方が圧倒的に多く、中にはわざとそうしている御仁もいるが、おそらく大半は当人も気づかずやっている。得意がって披露している猗刃性瓩まったくピントがずれているのは、そのこと自体も見ていてつらいが、それが世間的になんとなく受け入れられたり、何なら鋭い意見くらいにまかり通っていたりするので倍つらい。学生が書く文章も、多くはその辺りが無茶苦茶。帰りの電車でため息つきながら採点するが、学生の場合、大抵「我ながらわけのわからんことを書いている」という自覚があるのでまだマシだが、なので今のうちにほんのちょっとでもわからってもらうのが当方の務め、ということになる。とうほうにくれる。

                       



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