歴史ある爛ンライン授業

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     溜まったストレスがおかしな方向にポジティブ変容することが稀にある。俺の場合、繁忙期と年度の切り替わりが対応しているので、新年度を実感したいという欲求が後押しして、書店に寄った際にまとめて買ってしまった。


     買ってないのは、英語、フランス語、アラビア語。ストレス解消と実用性に相性があれば、誰も酒など飲んだくれない。当然英語は最初から眼中にない。大体英語は講座の種類がいっぱいあってどれがどれかようわからん。フランス語はどっちでもよかったが、どういうわけか食指が動かず。昔検定3級取ったからかな。全部忘れたけど。アラビア語はいかにも手におえなさそうなので今回はパス。

     

     じゃあ他は手に負えるのかというとそんなはずはないが、ロシア語以外は少なくとも文字にまだなじみがある。
     ラジオ講座にしたのは、テレビよりも内容が濃いだろうからと思ったからだが、録音する手段がない。通販で検索すると、ラジオの録音機というのは大変に限られた商品しかすでになかった。なのでスマホのアプリを利用することにしたのだが、初回から早速録音に失敗した。原因は判明したので2回目からは順調に録音できるようになったが、学生時代に触れたことがあるスペイン語やイタリア語はともかく、全く知らないドイツ語やロシア語を2回目から聞く気になれない。早速録音が溜まっていく。三日坊主ならぬゼロ日坊主の予感である。


     それにしても録音の作業が煩雑だ。録音設定のたびに広告が流れるのはそういうものだと思うにしても、テレビ録画のように番組表から選んでボタンで一発、というわけではなく、いちいち手入力なので、これだったらアナログのタイマー録音の方が楽だ。


     さて、これら7種の言語のうち、大学で習ったのはスペイン、イタリア、韓国(学術上は「朝鮮語」で大学での科目名もそうだったが、南北の対立でそれぞれ「朝鮮語」「韓国語」と呼称しているので当該法人ではいずれの呼称も避けて「ハングル講座」となっている。このため講座内では「この言語では」と表現していて、まるで明らか北朝鮮を指しているんだけど「あの国」としか台詞で言わない「外事警察」の映画版みたいである)。

     中国語も習ったが、単位を取ったのに「2、3回でドロップアウトした」と記憶の捏造が起こっていたくらいだから習ってないも同然である。ドイツ、ロシア、ポルトガルは全くの初めて。

     

     そうはいっても中国語以外も全部忘れてる、と思ったが、やはり若いころに習ったことがあるというのはそれなりに意味があるようで、スペイン、イタリアに関してはある程度「ながら聞き」が可能だった。そりゃ初回は「ブオンジョルノ」とか言うてるだけやからなのだが、それだけでは必ずしもない。発音や文法の超大枠だけは記憶に残っているからだと思う。

     

     面白いもので、それぞれの講座は授業の方針が微妙に違う。イタリア語は1週間、同じ会話のやり取りを細切れに学習していくスタイルの一方、スペイン語は毎回違う会話を習う。そしてスペイン語は初回から文法にうるさい(「話し手が女性なので語尾がaになります」などと男性形/女性形にうるさいのであるが、性別にこだわるのはやめましょうという風潮の昨今、どうにも分が悪く聞こえソワソワする)。

     他は総じて文法はおいおいやりましょうみたいなノリであるが、ドイツ語は発音の規則にうるさい。これはそれぞれ担当講師の方針なのだろうか、それともそれぞれの言語教育界での常道なのか。韓国、ロシアの場合は必然文字中心になり、中国語はやはり「マー、マー、マー、マー」から入っている。


     そして講座は、日本人の大学教員と、母語としている外国人1〜2人とで進められていくのが基本形なのだが、ロシア語だけロシア人とずぶの素人の落語家との組合せだった。これはやはり「ロシア語界隈亀山郁夫しか人いない問題」の現れなのだろうか。このロシア人が日本語堪能なので、彼女だけで足りるやんとつい思ってしまうが、そこはやはり落語家、話しぶりだけは達者なのだった。

     

     さて世間の大学関係者は現在、オンライン授業の模索中であり、俺もその端くれである。そういう立場から聞いてみると、ラジオ講座のこのスタイルはある程度確立された貫禄のようなものを感じるな。


    江頭仕事

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       毎年春に某私大で担当している授業について、私は先日の会談で、教室の対面講義という「完全な形」で実施することを主張し関係各位の支持を取り付けることができた。このため、動画撮影によるオンライン授業を提案し、100%の同意を得たため本日、撮影と相成った。「このため」の前後が真逆でおかしな文面になっていると思った人は我らが首相への信仰心が足りない。


       各大学の対応は分かれていて、開講を延期したところもあれば、この大学のように遠隔での方法を選択したところもある。オンラインにも大別して録画と同時中継の2つがあるのだが、どっちにしたって通信インフラの問題がまずある。テレワークでも、自宅にPCがない会社員が結構いるという話を聞いたが、学生にしても同じ。スマホには慣れていてもキーボードを使わせると爺さんみたいな一本指打法になる若人はそう珍しくない。

       当然動画となれば、CMでやっている通り「ギガが〜」という事態になるからWi-Fi求めて結局人の集まるところに行く羽目になる。ついでに同時中継は通信が込み合ってうまくいかない旨も聞こえてくるから、社会全体のインフラの話だったりもするんだろう。いや、YouTubeが込み合うから画像を落とすというニュースも出ていたから、インフラというよりは結局は「そういう事態」ということか。


       その辺の話とは別に、授業を撮影すること自体、イメージよりは厄介だ。最も厄介なのは厄介だとあんまりわかっていない人が多いところだろうな。カメラと撮影対象さえあれば出来上がるわけではない。今回の場合は、会社がカメラにしろマイクにしろ編集ソフトにしろ諸々機材を持っていたので第一段階はクリアだろうけど、ちゃんと撮れる人がいなかったので、三脚に固定したままだった。

       殺風景な会社の会議室で固定カメラに向かって熱弁振るってたから、アメトーークに出てくる江頭2:50状態である。まあ撮影は難しいものであるから仕方なし。自主映画のとき、たまたまカメラの扱い慣れてる人に手伝ってもらえたときが一度あって、あのときは普段と違ってめちゃくちゃ楽だった覚えがある。


       そして演者、とつい書いてしまうが講義をする人間。俺自身は劇団主宰の講師芸人につき特段困惑はないのだけど、慣れてない先生方も多いだろう。はいどーもー!今日はマクロ経済学やってみた!とかおどけないといけないのかなどと冗談半分こぼしているどこかの大学の先生のツイートを見かけたが、誰も受講者がいない中で視聴者を意識して喋る際に必要なメンタリティは、本質的には「はいどーもー!」と言っているのと変わりない。


       俺はというと、カメラを前にして普段の授業より演技濃い目だった自分がいたのは間違いない。映画じゃないのでNGの許容範囲は緩めではあるが、間違えてはいけない事務的な部分で説明を間違えたので、テイク3までいった(要するに同じ箇所で2度間違えた)。ま、誰が読んでいるのかもあやしいこのブログを10年以上も書き続けているのだって、やってることは「無人の会議室で講義」と似たようなもんである。どうでもいいが、教室でこれをやる場合は「無観客試合」と呼ぶ人が多い。


       そして編集。大学側と折衝している会社の担当氏に、編集段階でこういう画像挿入できます?などと尋ねると半笑いだったので、手間賃くれたら編集やりますよ、と申し出た。そうなればいよいよユーチューバーである。担当氏からは「限定公開なんで広告費入らんすよ」と言われたが。


       なんせ学生にしてみれば他の授業も合わせて1日4コマ計6時間動画を見ないといけないから、せめて少しは見る気の起こるものにはしたいところである。それでレポートの出来は例年と比べてどうなるのだろうという実験の側面を持っているわけだが、予想では大して変わらんのじゃないかと思っている。悪かったらまだしもよかったら教室の講義の存在意義が揺らぐな。

       ちなみに中継にこだわる大学があるのは、出席管理の問題で、これは近年文科の指導もあり単位認定における出席の割合が厳しくなっているせい。録画視聴だと必然、遅刻扱いがなくなり緩くなる。これは数少ないイイことかもしれない。

       

       とりあえずは連休まで録画ということになっているが、先が見えないのでその先どうなるか不明。最近JRの遅延表示がヒドくて、本来は「5分遅れ」のような表示は見通しを表示するもののはずだが、5分たっても来ないなあと思っていたら「6分遅れ」に変わってて、それでも来ないなあと思ったら「7分遅れ」になって、と、事後報告なら意味ねーじゃん時計見たらわかるぜ、という間抜けな状況をよく目にする。最近あれをよく思い出す。


      ライブハウスには見るのも弾くのも行けてない

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         新幹線の利用激減の中、今月は新幹線利用が何件か続いている。行先には、筆記一位で日本語弁論優勝の韓国人受験者を不合格(この日付けより後に出た報道だが)にした大学も含まれる。大学側はその後の一般入試で合格している学生がいると反論して国籍差別を否定しているが、不自然なのは確かで、こうなってくるとこっちも余計なことを考えさせられる。
         俺はこの大学から受注している業者の下請けであり、来期の発注があるのかどうか知らないけど、あった場合はどーっすっかねー。深沢潮と小学館のような話が二軍文筆屋の俺にも降ってくるとはな。大学側が否定している以上、あんまいえることもないっすけどね。加えて、大阪在住者は封鎖くらうかもしれんから、発注が来ないかも。

         「どうしてこんな重大事を大手は報道しないんだ」と御立腹の方々もいるようだが、大手の中には在日コリアンを採用してない会社があるからじゃないかな。

         

         新大阪駅構内の喫煙所は元から芋洗い状態の混雑ぶりだったのが現在も大して変わりなく、なかなかのシュールレアリスムとなっている。ちょっと前に、例の借金遊び人のプルームテックCMが上映されなくなったので行く意味も半減しているから、回避して吸わずに乗車。タバコが吸えないことより、あれが見れなくなったのは実に残念だ。特に、鼻持ちならないパーティにさんざん顔出した後「一人の時間も必要だ」とバーに行くシーンなど最高だった。「一人の時間」て、お前遊んどるだけやんけ、という、何もしてへんやつほどもっともらしいことを言う真実をえぐっていたもんだ。

         

         この日はもう少し遠出。着いたら発注元の会社の担当者から「出席状況はどうですか」と電話があり、ついでに「ライブハウス行ってないですか」と言われた。何日か前にも親父から「ライブハウスに行ってないか」と電話があった。いずれも半分冗談めかした調子だったが、一応俺は「ライブハウスに出入りしている人」と認識されているらしい。複雑な気分だ。見るのも出るのも、ライブハウスはすっかり縁遠くなっているからだ。冒頭の写真ももう3年以上前だ。

         

         似たような話でさらに先日のこと。人を集める催事の類が軒並み中止・延期になっている中、毎年忘年会を開いている劇場プロデューサー氏が気になり、劇場HPを確認したら理路整然と通常営業をする旨の告知があった。いかにも氏らしい。見舞いのひとつでも送っておくかと、「よう寝なさいや」とメールをしておいた。すると翌日リンク付きの返信が来て、見れば某劇団の公演を中止にする旨、これまた理路整然とした告知を掲載していた。

         

         意気込んでたのに方針を転換せざるを得ない状況になったのは、さぞ悔しかろう。氏がその断腸の告知を掲載するや否や俺から激励メールが来たので、「なんというタイミングで!」と氏は驚いていた。完全に恋が始まるタイミングだな。モテ男しぐさは別のときに発揮したかった。

         

         ライブにしろ舞台にしろ、ちっともやっていないので、俺自身は中止にすべきか否かと頭を悩ませたり、中止判断を下してガッカリ&ドタバタしたりといったこともない。バンドのライブだったら延期するだけで済むが、舞台の場合は延期は大抵中止を意味する。ライブのたびに同じ曲を演奏するバンドと違って、舞台は基本的には公演のたびに新作をやる。延期の日取りが決まっているならまだしも、先が見えない場合、いつまでも台詞や段取りを覚えている役者はいない。そもそもスケジュール組みなおして同じ人間が集まれる保証はない。たまたま聞いたラジオ番組で宮藤官九郎も同じようなことを言ってた。だもんで、延期≒中止は廃棄に近い意味を持つ。渦中にいたらなかなかに心理負担が大きい。

         

         ま、やってない俺には無縁のことだ。不運と出くわさなかった意味では幸運だが、不運はやってた人間にだけ訪れる。失敗は挑戦したやつだけに訪れる、のと同じような話である。だから要するに俺は土俵に乗っていない、もといステージに上がっていないだけのことであり、それが変に実感されてしまって寂しくもある。ま、感傷に過ぎん。演者はともかく、ハコ側は経営に関わる話だもんで。そういう俺もこの先、仕事どうなんのかな。

         

         しかししばらく海外に行くのが難しい状況が続くだろうから、「我らがバンドのライブ@台湾かどっか」もお預けだなあ。やろうぜ言うてるのメンバーの中で俺だけなんだが。


        新春

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           賀正。正月帰省。
           展覧会続きだったので、そこで買ったグッズを手土産にするも、義姉、姪には全くウケず。兄には三国志展で買ったフィギュアをあげたが、これだけウケた。

           

           箱入りで中身がわからない状態で売っていたので、2つ買って「好きな方をあげる」と選んでもらった。ウケていたのは義姉と姪の方で、兄は「しょーがねーやつだなー」くらいの顔をしていたが、いざ選んで開けると、「ちっ、呂布か」。それで残った方を俺が開けたら曹操が出てきて、兄は素朴な調子で「そっちの方がいいな」と漏らしていた。なんか子供のころを思い出した。
          姪が「これ(曹操)が主人公なん?」と聞いてきて、兄は「悪役やけど実質主人公みたいなもん」と答える。「じゃあこっち(呂布)は?」「そいつはむっちゃ強いけどアホ」。説明が雑!
           一応説明しておくと、展示もされていたNHKの人形劇のミニチュアである。あの人形の精巧な出来については以前書いたが、このフィギュアもなかなかよく出来ている。姪は曹操が手にしているのを斧だと思っていた。斧を持つ悪役にして実質主人公って、そりゃジェイソンだよ。
           「これは采配いうんや。采配を振るの采配や」
           「どっちも知らん」

           

           せっかくなので、ちゃちな合成写真とともに。背景は以前に行った瀋陽の史跡。清朝時代の建築なので時代考証まるはずれ。忠臣蔵のセットで「源氏物語」のロケ(よりも時代差があるが)をするようなものだが、それ以上に言われんとわからん。ちなみに横山三国志は、連載当初、日中間に国交がなかったので時代考証無視して想像で描いたと確か作者がどこかで打ち明けているのを読んだ記憶がある。実際、作中に辮髪の男性が描かれていたはず。

           

           義姉からは、姪の受験の小論文の面倒をみてくれまいかと頼まれたが、大学受験の小論文がどんなのか知らない。それでブックオフの初売りに行くという姪とともに赤本を物色しにいった。
           今時はもっとあちこちでやっているのかと思ったが、そうでもないようで、国公立の後期試験とか、一部に限られているのは自分のころとそう大差ない。だいたいこの辺だろうと検討づけた大学で実施していて、一応見ておくかと開いたところはあまりなかったから、20余年前の感覚がまだ通用して面白かった。そういえば俺も高校生のころ、Z会の小論文を受けたことがあった。順位が1ケタで、俺やっぱ文章書ける方なんやと思ったものだったが、後年、小論の添削のアルバイトに申し込んだら見事に落ちた。

           

           大学受験の小論文の問題は、俺が普段学生に出している課題と似ていて、へ〜と思った。自分なりに考えた課題のつもりだったが、学生にすれば「高校の小論対策でやらされたやつや」と思っていたのかもしれない。まあ、若い衆に「自身の考え」なるものを文章化させようとすると似たような発想にはなるいうことでっしゃろな。

           しかし解答例は……。こういう知ったような内容を、つたない文章でつづったものを何枚も何枚も読まされるのを想像するとなかなかの心労だ。大学側はこんなの本当に読みたいのかしら。

           

           遠方の親戚が家族あてにお年玉をくれたので、アードベッグのコーリーブレッカンとやらを購入。値段通り、高い酒の味がするけど、なんでこんなにアルコール度数高いの?


          UFOキャッチャー

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             近所の煙草屋のおやじが最近、急速に老けこんでいる。どうせ買うならコンビニよりも個人商店で、と考えつつ、まあそれでも営業時間等の関係でついコンビニに行ってしまうから、頻度としてはたまに行く程度。

             従来だと、「〇〇ください」「ええーっと、これですか?」「いやその隣」「ああこれ」くらいのやり取りで済んでいたのだが、最近はその4〜5倍かかるようになってしまった。

             

            「〇〇ください」
            「これですか」
            「その右隣」
            「これですか」←なぜか上段に行く。
            「いやその下」
            「これですか」
            「その右隣」
            「これですか」←やはり上に行く。
            「違います。その下の」
            「これですか」←今度はどうしてか右へ
            「その真下!」
            「これですか」←なぜか左に戻る

             

             まあ以前にこんなテンドンの王道状態だったので、今回は番号で伝えようと考えて再チャレンジ。
            「〇〇番ください」
            「これですか」
            「その右隣」
            「これですか」←なぜか上段に行く再放送。
            「いや〇〇番です(デカい声で)」
            「これですか」←聞いてない
            「その下!」
            「これですか」←どういうわけか真下ではなく左斜め下へ。
            「違います。その右の〇〇番」
            「これですか」←やはり上にいくリバイバル上映
            「その右下。〇〇番!」
            「これですねウインストン」
            「違う!」

             

             私はだんだんとこの状況がおもしろくなってきた(©深夜特急)。クレーンゲームと化している難しさだった(それでも買えた)。ご本人も「ウインストンで」と言ったとき、ここら辺で手を打ってくれくらいの印象が漂っていたから、わけのわからんことを言う客だ、くらいに思われているのかもしれない。申し訳ないことをした。

             今度は空箱持っていくことにしよう。敬遠してコンビニに行くという最も簡単な解決法を採ろうとはしないのが、巡り巡って何かしらの社会正義の実現になるのではないかと思うからで、煙草やめればという更に妥当な解決策も、この場合は落下速度を計算する高校一年の物理の問題の「ただし空気抵抗は除く」と同様、ただし除く、のである。


            馴染めない男と馴染んでくる男

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              雪のない富士山を見るのは初めてかも。乗り合わせたコーカソイド系外国人観光客が、周囲の日本人乗客がなぜ揃いもそろって窓の外を撮影しているのか「??」といった反応を見せる締まりのなさ。

               

               親戚の用事で東京に。
               今月も仕事で新幹線に乗ること自体は多いけど、すべて西行き。東京方面のホームに上るのは何年ぶりか。皮算用ではもっと多いはずなんだけどおかしいなあ。

               

               この日もそうだけど、新大阪駅の新幹線乗り場では、乗る前に喫煙コーナーに行くことが多い。そこには液晶モニターがあって、行き場を失くした煙草のCMが流れている。以前は、アイデアが降ってくるなんて嘘だというモチーフだったことは前に書いた。妥当な部分はあるにせよ、アイデアはやはり降りてくるもんだというような話である。

               

               最近見るのは、あのCMは随分マシだったんだなと思わされるような酷い内容である。

               加熱式煙草のCMで、3種類あるからシーンに応じて使い分けられますよといったようなことを訴えている。だもんで、若い男がどこでもドアのようなものであっちこっちに移動して、その場に合わせたタイプの加熱式を味わうという構成なのだけど、その「場」というのが、鼻持ちならない雰囲気のパーティーだったり鼻持ちならない雰囲気のBBQだったり、高そうなバーにジャズクラブ、都市のど真ん中でのスケボー遊び、と続く。

               

               で、こいつはどうやって生活してんの?

               

               そんなことを考えたのは、長髪を後ろで括ってカジュアルな格好であちこちウロウロしている30前半くらいの主人公の風体振舞いがまずある。そして、不労所得で暮らしている資産家なのかこいつは、という映像を映すそのモニターの下にいるのが総じてくたびれた様子のワイシャツ不機嫌男ども(一部女性)。誰が共感するんだこれ、というギャップの物凄さによるところ大である。


               しかし、資産家の割には鼻持ちならないパーティ&バーベキューに馴染めていない雰囲気が気にかかる。金とコネで貴族の仲間入りを果たしたけど宮廷サロンに居場所がなくて始終半笑いの大商人、とでもいうような様子である。
               このCMは最後、海辺の断崖で独り焚火をして黄昏ているところで終わるのだけど、そのどこかわからん断崖の遠くの方で、どこでもドアをくぐって別のもう一人が去っていく。スーツに帽子にアタッシェケースのいでたちで、それを見送る主人公は何かほっとしたようなやるせないような微妙な表情をしている。

               どうもはっきりしないラストなのだが、あのアタッシェケース後ろ姿は借金取りなのではないかと気が付き腑に落ちた。何のことはない、単に借金で遊びまくっているだけだった。まあ、金ないやつほど煙草やめてないという点では真実だな、と無理にひねり出すしか作ったやつの気が知れん。市場そのものが縮小している分野だから、必然CMもダサくなるのか。

               

               後日、そんな話を、仕事でたまに会う営業の人(喫煙者)に語ったら、「あのCMを、そんな視点で見るわけですねえ」と、まるで五島勉でも見るかのような顔つきをされてしまった。要するに、良くも悪くも何にも響いていないCMだということで、余計ダメやんけ。

               

               さて、煙草を吸わない人の中にはいまだに新幹線や特急列車に喫煙車があると思い込んでいる人がたまにいるが、とうの昔にそんなものはない。新幹線の場合、広くても3人、しばしば2人分しかスペースのないガラス張りの個室で吸うことになる。必然混むので面倒くさいからあんまり行かない。が、この日は小田原を過ぎた辺りでなんとなく向かったのだけど、2人分スペースの片方に座り込んでスマホをいじっているヤンキー風の男がいる。

               加熱式なので灰が落ちることもないから、たまにアリバイのように口をつけるだけ。このため実質一人分のスペースのところを数人が待つ状態になっていた。1人また1人と入れ替わる間、そいつはずーっとどこ吹く風で座り込んでスマホに夢中。さすがに腹も立ってくるので、「蹴とばすぞコラ」くらいの念力を送りながらガラス越しにその男を凝視していた。

               

               それでようやく男が立ち上がり、最後の待ち人1人になっていた俺と出口で鉢合わせた瞬間、その男が破顔一笑「カッコいいTシャツっすねえ〜」と、柔軟剤でふわっふわのタオルのような物腰で語り掛けてきて、虚を突かれた俺はただ「うん」と応じるだけだった。
               なるほどこの男はずっとそうやって生きているのか。全く賛同できないが、それはそれでひとつの処世術だわな。何か勉強になった。こいつをCMに出した方がいいんじゃないかとすら思わされた。


              数珠を買う

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                 昔々、親が買ってくれた数珠をどこかにやってしまって久しい。急に必要になって適当に量販店で買った安物も行方不明のまま。信心深くないどころかずぼらこの上ない。その後何度も必要なときがあったが、実家にあるやつを借りる等でテキトーにやり過ごしてきていた。


                 しかし盆を前に、さすがにアカンやろという気がにわかにしてきて、手ごろなものを買おうと思い立った。多分、体の細胞がすっかり入れ替わって軽く別人になったのだろう。検索すると梅田周辺よりも京都の方が店が多そうだった。イメージ通り。仏教勢力がそれだけ強かった名残りだろうか。商人は今宮戎に代表されるようにどちらかいうと神社好きだし。

                 

                 数珠を手首につける趣味もないので自分で買うのは初めてだ。暑すぎるせいか予想よりも人が少ない四条通を歩き、お、あそこだと敷居をまたいで店の奥にいる主人に「数珠下さい」と話しかける。
                 「えーっと、どんなやつ」
                 「高くないやつで」
                 「略式?」
                 と早速話が噛み合わない当方の無知ぶり。ついでに略式の意味もよくわからず、「ですね」と頷いている。「略式ならこの辺」と、店主が示す先には、千円以下のもあれば、3千円程度のものもある。ガラスケースに入っているのはゼロが1個多いやつだろうから最初から見ない。
                 「宗派の違いって何かあるんすか」
                 「宗派の違いがないから略式」

                 

                 横浜国立大学って私立ですか?っていうくらい阿呆な質問をしてしまったようだ。店主は「宗派の違いでいうとこっちなんですけど」と別の方を指し「何宗?」と聞いてくる。「浄土真宗です」と答える俺は、浄土真宗などちっとも信仰しておらず、単にイエがそうだからという日本社会そのままの立ち位置に過ぎない。世界史で、カトリックとルター派が対立したとき、個人ではなく領邦単位で信仰の自由を認めるアウグスブルクの和議というのが出てくるが、案外合理的なのかもしれないという気がしてきた。


                 「浄土真宗の場合はちょっとややこしくてね」と、宗派別の数珠を取り出し、これがそうなんだけど女性用しかない。なので男性は必然的に略式になる、とのことだった。そういえば母親だけこういう玉が小さくて輪っかがやたらとデカいのを使ってたな……。
                 というわけで晴れて略式を物色することに。値段の違いは何なのか尋ねると、房の素材が絹かレーヨンか、が一つ。「ほら、手触りが違うでしょ」と言われて「なるほど」と頷くけどイマイチわからない。化学の力! 「あと間に石が入ってます」。そういや数珠は山手線の東京駅と新宿駅に該当する場所に素材の違う色のついた玉が入ってたな。


                 不信人者には安物で全く構わないのだが、せっかくこんな店に来て勉強して「じゃあこの最安値のやつで」はないだろう。なので絹&石の方を購入した。「今すぐ使いますか?」と聞かれ、盆に慌てて間に合わせに来た客と思われたようだがそれも当然といったところ。

                 

                 いやあいい加減、自分でそれなりちゃんとしたのを買わないといけないと思いましてえへへうふうと何の言い訳かよくわからないことを言ったら、「値段よりもちゃんと使うかどうかでっしゃろ」と御説御尤も。なんだか久々に買い物らしい買い物をした気分だった。


                小島一丁

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                   わけあって実家で一人終日留守番することになった。この年にして初めての出来事である。十代で家を出ているので、帰省するときは必然(少なくとも夜には)誰かがいるときだったからだ。

                   

                   普段、帰省したときに外食することがほとんどない上、行くとしても親の希望でそば等のさっぱりしたものになるため、いい機会だし、周辺の店を探訪した。

                   DIY風掘立小屋の店構えの、いかにもスパイス調合してますよなカレー屋を覗くと、ココロックに似ている店主が出てきた。スキンヘッドにひげ。パン屋の店主がジャムおじさん風の外見だったのと同じような、やらせでしょと言いたくなる取り合わせで、かつ知人に似ているとくれば、可笑しくて仕方がない。これが昼飯。

                   

                   夜は自転車で少し行ったところにある中華に入った。ネット上の評価によると本格的らしい。実家の周辺の飲食店を、グルメサイトでチェックするのも不思議な感覚だ、というのは故郷を出た人間の安易なノスタルジアだろう。

                   

                   カウンターに通されメニューを見ると、あれれ、エビチリだの酢豚だの、いかにも日式中華な料理ばかりである。どこが本格中華なんだと困惑していたら、中国語のメニューも置いてあるのが目に留まった。そちらには中国や台湾でうっすら見覚えのある文字列が並んでいる。日本人客と中国人客それぞれに合わせて別々のメニューを用意しているということか。だとすればうまい商売だな。しかし言葉がわからないくせに中国人向けから頼もうとする斜に構え日式男もいるのである。

                   というわけで、現地で食べて以来すっかりファンになってしまった干し豆腐の炒め物と、残念ながら羊がないというので、口水鶏、日本名よだれ鶏をいただくことにした。
                   うん、実に本格。うまいうまいと食べているうちに、満腹ではないのに気持ち悪くなってくるところまでこれぞ中華であった。

                   

                   さて帰阪し、例年春先に担当している某私大の講義。1回生前期の授業という入口も入口につき、特に留学性はまだ不安も多かろうと気を遣い、世話を焼く。だって「さすが日本の大学はいい先生がいる」と思ってほしいやん。例年そうエエ恰好しいを意識しているが、東京福祉大の件なんか見るにつけ、ますますムキになるよね。

                   

                   彼ら彼女らが年を取って社会の一角を担うようになったとき、留学時代は楽しかったと振り返られるのは極めて重要なわけで、そういう長いスパンで俺様はとらえとるわけですよ。1回生前期の講師芸人などすぐ忘れ去られるだろうけどね。学位のない講師芸人風情ですらこれくらいのことは考えるよ。

                   

                   とはいえ例年、彼ら留学生はレポートの出来が悪い。俺の日本語をあまり理解できていないせいだろう。なるべくわかりやすい表現を選んでいるつもりだが、授業回数が進んで内容がどんどん込み入ってくるとなかなかそうもいかなくなってくる。そういうわけで今年は前年以上に授業についてこれてるかと確認した。大抵「はい」と返事はいいのだが、その実そうでないことはもう学習済みである。授業内容の骨子を伝えて少しでも理解の助けとなればと期待したが、大して意味がなかった。

                   

                   甲斐ねーなと少々落胆したのだが、こうして「セデック・バレ」の小島は生み出されるんだなと我が身を振り返ったのだった。台湾総督府の日本人警察官で、何かと原住民たちにやさしく声をかけて面倒を見るのだが、後にその「善導」が裏切られたことで豹変する男である。恩を仇で返しやがったといった怒りであるが、原住民にしてみれば、別にその恩、頼んだわけちゃうしというすれ違いである。ま、こちらの場合は望んでやってきた留学生相手に、教えるのが仕事の人間が接しているだけなのでまるで状況は違うのだが、根底にエエ格好しいがあるという点では俺も小島も同じなのだった。


                  犹草畍物

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                     連休に連休らしいことでもしようかと、舞洲にネモフィラを見に行った。連休のこの時期がシーズンで、最近できた新名所とのふれこみである。

                     

                     桜島駅もしくは西九条駅からバスに乗る。少々アクセスは悪い。予想はしていたが、バス停に並ぶ長蛇の列が早速見えた。ただ、普段から「大学行きのバスに乗る」という行為をしているため、人数としては大した数ではないことは見てすぐわかる。印象よりはバスってたくさん人が乗れるものである。

                     問題はどれくらいのペースで車両が来てくれるかだが、盛況を見越してか、次から次へとやってくる。バス運転手のなりて不足が深刻な昨今、ありがたいことである。

                     

                     おっさん一人、列に並ぶのもどうかと思ったが、おっさん1人の客はそれなりにいた。インスタの生まれる遥か以前より、おっさんは写真映えすると聞くやバズーカ砲のようなレンズを装着したキャノンかニコンをぶら下げてはせ参じるのである。

                     

                     割とあっさり乗れて運よく座れもした。途中で舞洲の各施設前で停車するから会場まではそれなりにある。かつて草野球を楽しんだ野球場が、大阪シティ信用金庫スタジアムという名前になっているのをようやくにして知るところとなった。命名権の売買だろうが信用金庫というのは企業名というより施設名の印象が強い印象が個人的にはあるので、あたかも「図書館スタジアム」とか「公民館スタジアム」と同じく、何の施設か一瞬わからなくなる響きがある。

                     ただし金融機関という点では、アメリカでは珍しくない。バンクワン・ボールパーク(現チェイス・フィールド)は、何か傾斜がついている球場ではなく、直訳すれば第一銀行球場。グレート・アメリカン・ボールパークは、国粋主義的命名ではなく、そういう名前の保険会社による命名。日本に無理やり当てはめれば富国生命球場か。そういや日生球場があったな。イチローのおかげで広く知られるセーフコ・フィールド(現T−モバイルパーク)も保険会社のネーミングライツである。

                     

                     くだらないことを考えているうち到着した。海の青とネモフィラの青が対照的に映えますよといった触れ込みだったが、曇りなので海は青くない。インスタ女子がそんなことをコボしながらスマホを構えている。花自身も晴天じゃないと今一つだよね。
                     しかし心なしか雑草が目立つな。青に交じって緑が多い。そんなことを義姉に言ったら「ネモフィラ自体が雑草みたいな草やん」と身もふたもない返答だった。やはり本家(?)ひたちなかはひとつ上を行くな。


                    年度末

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                       例年、自転車操業的に追い立てられる2月3月が終了し、こうして駄文を書く余裕が戻った。一気更新。

                       いやあ、今年も疲れた。これも野党がだらしないからだ。3月30日に、花見スポットの近くにある大学に行く予定があり、多忙な日々のしめくくりに桜を期待していたが、寒い日々が続いたせいか大して咲いていなかった(写真はトリックです)。土曜日なので花見客もあちこちにいたが、あてがはずれた上に雨が降り出し、それもかなりの本降りに。これも野党がだらしないからだ。31日には、我らの演劇のセンターフォワード・クローゼ黒瀬の結婚2次会に招待いただき、男前と何年ぶりかの再会を果たしたが、見バとは裏腹に相変わらずてへへてへへと照れ笑いだらけの喋り方でまったく締まらない挨拶をしていた。これも野党がだらしないからだな。

                       「野党がだらしない」を言い出すテレビ出演者のだらしなさに過剰にむかっ腹が立つのは、パワーワード頼みで体裁だけ整えているところに、いわば「授業準備不足」を感じるからだ。なんせこっちは自転車操業授業準備に追われていたから。実務家教員がしくじる構造もこの辺にあるんじゃねえの。

                       

                       自転車操業になる理由は色々ある。例えば3月のこの時期は確定申告があるので、毎度書いている通り、苦手な会計にあっぷあっぷする。「更正」を強いられた去年の轍は踏むまいと臨んだが、やはり毎回、作業内容のほとんどを忘れていてゼロからの作業になる。まあそれだけに、終わらせて出したときの爽快感たるや。書き上げて郵便局から発送した直後の爽快感とちょっと似ているのだが、共有できる青色申告仲間がいないのが寂しいところだ。


                       あと3つほどある理由のうちの1つが、前も書いたが「時事」という科目だ。科目の性格上、他にも色々混み合うこの時期にやるしかなく、科目の性質上、毎年大量の予習が必要になる。大学によってはコマ数の関係で練習問題を作らないといけないのだけど、これもまた科目の性質上、昨年のを流用できない。

                       

                       テキストは業者が出してる市販の試験対策本を使う(俺に決定権はない)。複数の業者が出しているが、最も有名なのが実務教育出版が出している「速攻の時事」。これが難儀な本である。前にも書いたが、昨年の法改正や新制度、統計を紹介しているだけの内容で、例えば「働き方改革」の項目ページには、時間外労働の上限規制や有給取得義務化などと並んで高度プロフェッショナル制度が紹介されているのであるが、明らか矛盾する制度が併存している疑問点も政府の主張も書いていないので、この本だけ読んでも、正直なんのこっちゃである。

                       まあ、試験対策としては、とにかく単語を頭に入れておけというのは1つの方法であるから、あれこれ背景を説明してあるよりこれくらい無味乾燥な方が受験生には手ごろだということもできよう。


                       しかしこの本、各項目見出しの下に、ポップさを出して親しみやすさを持たせようという演出なのか、くだけた雰囲気のキャプションがついていて、これがちょこちょこ酷い。

                       例えば北朝鮮の核・ミサイル開発〜国連の制裁についてまとめたページには「暴挙」だの「怒れ」だのの煽情的な単語を交えたキャッチが添えてある。そりゃあ確かに暴挙だろうし、怒りを覚えるのもまたしかり。だけど週刊誌じゃあるまいし、仮にも教育を名乗る会社の試験参考書なんだから節度ってもんがあるでしょうよ。その他、イギリスのEU離脱については「記念出題があるかも」、児童虐待では「ネグレクトは命取り」。

                       この軽薄さは、「防衛政策」のキャプションに「依然として「重大な脅威」にさらされる日本」と、思い切り政権の言い分に乗っかったことを書いている感覚と同一線上にある。要するに無邪気だ。まさに「右でも左でもない」の典型だな、これは。

                       

                       この出版社、他の科目のテキストは、いたって真面目なつくりになっている安定感があるのだが、「時事」になった途端ネジが狂ってるこの二重性は、本省課長が韓国の空港でくそしょうもない事件を起こしたり、司法の話をわかりやすく解説する弁護士が差別をまき散らしたりしてるのと重なって見えてくる。大袈裟?だといいけど、そうでもないと思うよ。

                       ちなみに、賃金の統計を解説したページには「アベノミクスの成果!」などと添えてあったが、いい面の皮になってしまった。役所がちゃんと四角四面に仕事しないと、こういう地味な世界でも迷惑をこうむるのである。

                       

                       

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