続津

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     政治部記者のお話だ。モチーフとなっている犹件瓩肋々古いが、全体的には只今現在の状況を思い切りトレースしている。政権ベッタリの記者や、その状況に歯ぎしりしている記者たちが繰り広げるコメディタッチの作品だ。


     いわゆるシチュエーションコメディの類といえばいいのか。場面は記者会館の屋上で固定。時間も半日限りである。先につまらない話から。記者というのは職業的性質上、他人の目を気にしてこそこそと行動する。だけどそれだとうまく話が転がらないからだろう、本作では「立ち聞きされてバレる」という格好で話が進む場面がいくつかあった。だが記者の性質上、いかにもご都合主義に見えてしまう点、ちょっとキツかった。場面固定だと特にこうなりやすい。かなり上手い書き手だと思うが、どうしてもストーリー上の都合が優先する傾向はつきまとう演劇スタイルだと改めて思った。

     

     物語は、厳しい追及が予想される首相記者会見をうまくいなして乗り切るための想定問答集が、記者会館のコピー機に忘れられていたところから始まる。つまり、本来政権を批判する側の報道の人間が、こんなご注進のような文書を作って官邸に渡していたとすれば、職業倫理を完全に逸脱した行為となる。少なくとも建前としてはそうだ。ドエライ不祥事である。
     問題は誰が作って置き忘れたのかであるが、その犯人捜しはストーリーの中核ではなく、一番あやしい人がそうだということが割と早い段階で示される。5人の登場人物のうち、2人は政権ベッタリの御用記者で、3人は批判側になる。物語の趣旨は、この3人がどうするのかにある。社内事情等々で、憤りが記事に思うように反映されない葛藤といったあたりが描かれるのであるが、御用記者2人のやり取りが一番面白かった。

     

     出演者の中では、松尾貴史がツイッターなんかで積極的に現政権の批判を展開しているが、この人が御用の1人を演じている一種のねじれがミソだろう。その飯友達記者が、御用ゆえに官邸からあれこれとプレッシャーを受ける。その愚痴をこぼすように現実の首脳たちのモノマネを織り交ぜながら、実際にあった発言なんかを踏まえてコミカルに揶揄する。つまり、物語の中では政権寄りの人間が、アレック・ボールドウィンをやっているわけで、二重にねじれているといえる。実物がネタにし放題の隙だらけの人々なだけに、そのままいじくってもあまり工夫が感じられずに滑るおそれがありそうなところ、この方法は実に見事だと思った。演技力のある人なので、そもそもがおもしろいというのも当然あろうが。
     もう一人はNHKの岩田某をモデルにしているのだろう、テレビの女性記者で、松尾演じる編集委員と内ゲバのような言い争いを演じる。いかにも本当っぽい政治記者としての理屈を血管の切れそうな絶叫とともにまくし立てる様子が、「当人にとっての正義」に大きな説得力を与えていた。なぜそこまで政権にすり寄るのか。ただの功利主義ではなく宗教性すら帯びた狎亀銑瓩貌佑動かされている動機付けがよくわかり、作品に厚みを与えている。

     

     一方で、批判側の3人のうち、安田成美演じるネットメディアの記者はド正論を吐き続ける。最もメッセージ性の強いキャラながら、この登場人物が最もつまらなかった。一つには、言っていることが教科書的な模範解答に徹し続けていること。もう一つはこのキャラクターだけミュージカルの主役のような妖精的で現実離れした役作りだった点である。演技はうまい人だろうから、これは演出側の要請なのか。とにかく妖精が正論を言っても、尊くはあっても響きはせんよね。

     

     特に今時は、劇中でも眞島秀和演じる記者が似たようなことを言っていたが、批判する側が力を持てておらず、それも批判の理屈が苦しいからでも政権側に分があるからでもないところに問題がある。例えば豪雨の酒盛りやカジノ法案先行に何の妥当性もないから、批判は自動的に正論になるのだけど、それほど大きな力にはなりえていない。こういう難しい現状にあって、正論をいうのが妖精的人物である一方、御用記者二人の壮絶なやり合いの方がやたらとパワフルというのが、現実を象徴してしまっているように感じてしまった。いや、正論や理想論や原則論自体はとても大事なんですよ。問題はフィクションにそれをどう乗っけるかであってね。最も安直な方法でやったなあという印象が、ほかがよかっただけに余計に残念だった。

     

    「ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ」
    作・演出:永井愛
    出演:安田成美、松尾貴史、眞島秀和、馬渕英里何、柳下大


    観劇の感想:TERROR

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       久しぶりの観劇。テレビに出ている有名どころがでっかいホールでそれなりの代金取ってやる舞台に限れば、10年ぶりくらいになろうか。「劇団代表者のブログ」という設定にあるまじき間の空き具合。紙媒体の情報誌がなくなって、演劇に限らず、興業の予定を恒常的にチェックすることがなくなったのが大きい。そもそもチェックしようという姿勢が消えているのもある。情報誌が消えてチェックする習慣も消えたからか、それとも加齢のせいか。いずれにせよ、あまりよいことではない。

       

       まあ、大劇場な演劇にはそれほど食指が動かないことも事実。別に小劇場にストイックにこだわっているわけではまったくなく、単に興味が湧く作品とうまいこと出くわしていないだけのことだ。ついでに10年くらい前に見に行ったときは、出演陣も舞台セットも豪華でいかにも金がかかっていたが、安いサイコホラーのような内容で、著しく疑問を覚えながら帰ったものだった。映画ならつまんなくても「お仕事だから」で片が付くが、出演・制作陣にとっても見に来る客にとっても一回性の、高コストな舞台で、どんなモチベーションでこんな帳尻合わせのようなどうってことない作品を作るのだろうかと思ったものだった。当時は一所懸命舞台をやっていたので、俺自身「なんでこれ作ってるんやろ」としばしば生産性のない疑問に取りつかれていたので余計に。

       

       思い出話を書いてしまった。とにかくネットでたまたま見かけてついチケットを予約してしまった。予約したときは暇があったが、いざ当日になると割とそんな場合でもなくなっているあるあるも久しぶり。


       原作がシーラッハというからそれなりおもしろいのだろうと期待しつつ、シーラッハがそれほど好きでもないので、予約して「しまった」になる。「犯罪」しか読んでいないが、古典作家の短編集のような上手さは感じつつ、あまり後味もよくないしでそんなに好きになれなかった。有能な弁護士らしいから、できるやつは何でもできるんだな、ついでにフェルディナント・フォン・シーラッハの「フォン」て貴族の出ってことちゃいますのん、というような醜い嫉妬も手伝いつつ。

       

       今井朋彦、堀部圭亮といった渋い役者が出ているという方が動機付けとしては大きい。実際、二人とも声がよく通って魅力的だった。役どころがテレビでよく振られるのとは違う点も舞台の魅力だよね。マーケティング的には橋爪功が看板だが、物語の中では脇役だった(そもそも主役は誰だ、という類の作品ではあったが)。加えて、この手の大きな劇場でやる公演の割にチラシのデザインがよかったのも後押しした。色々と大人の事情もあるのか、それとも見に来る層に合わせた結果なのか、とにかく大きい劇場でやる作品のチラシは、なんで?といいたくなるほどダサいのが多い。チラシデザインだけは、小劇場の方が圧倒的にセンスのいいものが多い(同じくらい仰天するのも多いが)。

       

       法廷モノである。というよりは模擬裁判に近い。法廷のセットを組んでいるわけではなく、舞台上には椅子と小机くらいしかないが、被告人や証人への質問があり、検察官と弁護人の双方の意見陳述があって、という裁判の進行に乗っ取った構成だ。再現を演じたりはしない。いってしまえば朗読劇のようでもある。かつて自身の劇団作品を評して「立ったり座ったりしながらしゃべってるだけ」と書いたことがあるが、拙作以上に「立ったり座ったりして喋っているだけ」だった。役者が全員手練れなので惹きつけられるが。
       一番のウリは、観客は「参審員」という設定で、観客の投票で有罪/無罪が決まる参加型という点。ドイツが舞台で、ドイツは参審制なのでうまくマッチしている。俺はあまりこのような「参加型」には魅力を感じない、と思っていたが、結果的には色々と考えさせられることとなった。
       このような趣向である以上、作品内容は有罪/無罪が分かれそうな話だというのは予想がつく。
       


      久々の観劇

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         久々に舞台を見た。本当に久々だ。劇団ブログという出発点なので、せめて観劇の話くらいはもう少し増やしたいところである。
         知人のしろっきーさんが出演した「曖昧な犬」という、タイトルからしてザ芝居という印象。自分が作れそうにない類の作品だと興味をかきたてられる。会場である北加賀屋の造船所跡地も、できてからずいぶんとたつが訪れたのは初めてだった。使い勝手は知らないが、見た感じはいい小屋だ。

         3人が出ずっぱりで、全力で体を動かしながら、ずーっと喋っている内容だった。なぜかここにいて、なぜかここから出られなくて、ところでお前は誰やねん、という不条理劇で、明確な物語があるわけではないので、散文詩のような台詞が延々と続く。もしかしたら、背景に強烈な物語があるのかもしれないが、そういう隠喩めいた作品の場合、これまでわかった(気付いた)ためしがない。

         こういう作品は若いころは苦手だったが、自分で舞台と、舞台以外の作品を色々作ってみたせいで、今は割と興味がある。舞台だからこそ、というような部分を余計に求めるようになるからだ。「舞台だからこそ」というのは多くの舞台人が口にすることだが、わからずに理屈だけぶっている人か、説明はできないが実現できてしまう人かのどちらかしかいないような気がする。俺は無論前者さ。まあ、出ている役者が手練れだったというのが一番大きいのかもしれないが。

         息が切れるほど動きながら話し続けるのは、ダンスやサーカス同様、鍛錬しないとできない技である。スポーツも歌もけん玉もみな同じだが、見る人が感動するのは技そのものだが、なぜ感動するのかといえば、自分にはまねできない鍛錬の部分があるからだ。ただし舞台の場合は、ダンスやスポーツと違って、自由律俳句のようなつかみどころのなさがあるので、わかりにくい。しろっきーさんの案内メールには、脚を怪我してどうのこうのと書いてあったが、もしかして俺と同じく、俊敏な動きをしようとして筋がプチンと音を立てたのだろうかと、全力でダッシュを繰り返す様子を見て、だいぶ不安になった。

         スクエアのパターンが切り替わる照明は恰好いいなあと思った。映像は思ったほどの効果を挙げられていない印象だった。以上備忘録。


        演技を描く人、しゃべる人

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           別の作品だが、マンガの話が続く。
           法事が終わり、親戚がお供えに持ってきた高い酒をだらだら飲んでいると、大差がついてカープが敗退してしまった。両チーム3勝3敗で第7戦、黒田対大谷の投げ合い、という今季の日本で最もしびれる対決になるはずだったのに、「あれ?台本読んでないの?」と酔っぱらってくだらない野次を画面に飛ばしているうち、「3月のライオン」のアニメが始まった。

           このマンガ面白いよと、兄夫婦に言い、3人してアニメに見入ったのだが、あれ?あんまりおもしろくない。兄夫婦ともども、どこが?という定まらない視線を俺に送ってくる。これはどうしたことだろう。

           このアニメ、マンガを相当忠実にトレースしている。結果、それがうまくいっていないのだと思う。元々本作は、台詞が多い。吹き出しに囲まれた正規の(?)台詞以外に、ガヤのような枠外の台詞がたくさん書かれている。活字のものもあれば、手書きのものもある。手法自体は珍しくもないが、量は突出して多い。それらが、各登場人物や各場面のおかしみを表わしている。こう書くと、説明臭い表現を想像するかもしれないが、この作品の場合は、雰囲気を実に巧妙に作り出している。

           それがアニメで忠実に全部の台詞をなぞると、説明臭くなってしまった上、テンポも悪くなってしまった。それであんまりおもしろくないんじゃないかと兄に説明すると、「ちびまる子ちゃんのナレーションと一緒か」と言われた。たしかに同じかも。
          もうひとつは、これは本作に限らない話だが、演技にあると思う。

           テレビアニメの声優たちには、「テレビアニメの声優の演技」とでも名付けたくなる、ある類型をなぞった演技をする人が非常に多い。そういう演出なのかもしれないが、とにかく多い。単純な例でいうと、台詞の前にやたらとタメを作る。「っあのさ、っこないだの、ンあの話……、ンううん、ン何でもない」こんな具合。その他、発声の仕方、喜び方、笑い方、怒り方、そういう作法なのかな?と思ってしまうくらい似通った演技をする。それが一種の文化というかジャンルというかを確立していると取ることもできる。場合によっては作品世界をうまく構築することもあろう。

           NHKの「漫勉」を見ていると、マンガ家は演技を「描く」人なんだなあと思い知らされる。「自分の不甲斐なさに絶望する表情」とか、「いたたまれなくなってその場から逃げ出す走り方」とか、いかに訴えかけるものにまでもっていくかに腐心する。何度も何度も書き直している様子は、ちょうどドラマのリテイクと重なってくる。ほんのちょっとした目じりの描き方とか、手の角度とかで、ガラリと印象が変わる様子が番組では拝めるが、演技と同じだなあと毎度思う。

           「困った」を表すのに、目を×にしたり、口をギザギザにするような類型的記号の組み合わせで出発したマンガだが、今ではすっかりそれを脱したり、それとは気づかれないように巧妙に組み合わせたりで、顔文字以上の感情表現やドラマの演出に成功している。その方法は作家によって全然異なり、その試行錯誤はホント演技と同種のものだと思うわけだが、これがアニメになったとき、本元の演技が一定のパターンにとどまっていてどうするんだとは思う。ま、安い給料とかつかつのスケジュールで作っているから、模索する暇がないのかもしれないけど。


          ありえないこと、ふつうのこと

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              阿形ゆうべことかっしゃんが出演した舞台を見に行った。Hauptbahnhof Gleis5『The Exception and the Rule ありえないこと、ふつうのこと』。ブレヒトの戯曲をベースにした作品である。知ったように書いたが、ブレヒトについては名前だけ辛うじて聞いたことがあるという程度である。演劇をやっていていつも思うのは、我が身が本当に何も知らないということだ。ブレヒトの作品をもとにした「ヒトラー」という、セットも何もない前衛劇のようなことを延々7時間もやる映画があるらしい。そういうネタのような豆知識を聞きかじった程度ながら披露してお茶を濁す。

             石油の採掘権で一儲けをたくらむ商人と、彼に雇われたガイドとポーターのお話である。かっしゃんはその商人役でいわゆる主役ということになるのだが、上から目線で恐縮ながら大した演技だった。彼と知り合ってかれこれ7、8年にはなると思うが、演技力の伸び率でいうと、断トツに図抜けていると思う。大した役者になりはりましたなあ。

             舞台を客席が分かれておらず、客はなんとなくの円形に並べられた丸椅子に座り、その合間を役者が行き交いながら演技をするというテイの演出であった。こういう舞台構造だと必然のようなものだと思うが、カチっとしたドラマではなく、実に演劇的な演技となる。それは例えば台詞とモノローグと客への語り掛けが混在し、急に歌も歌い出すような台詞回しに如実に現れている。こういうノリの作品は作ったことがないが、次に作るときは多少なりとも、こういう演劇ならでは的なかおりを強めにやりたいものだとは思う。

             かっしゃん演じる商人は、エキセントリックなキャラクターだ。利に聡く、がつがつしている。弱肉強食というシンプルな信条を確固として持っている。いってみればマンガみたいなキャラである。というわけでかっしゃんもマンガみたいな動きをしていた。手塚治虫のマンガのような手足であった。

             そういう毀誉褒貶の激しい毛の濃い人間が石油を求めて、となると、「There Will Be Blood」を思い出す。あれの主人公とかっしゃんは大雑把には同じ顔の種類である(写真)。各所で激賞されたあの映画、恥ずかしながら、よくわからなかった。アメリカ人じゃないとわからない内容なんじゃないのか、と自分を正当化しているのであるが、本作の方は面白かった。法の正義と現実の正義は一致しないというテーマ的な部分も、寓話的にわかりやすく面白かったが、何より、上品でささやかなお祭り感が楽しかったです。あと演出の金田一氏が、父上と同じ顔をしているのを見れたのが、なかなかのお得感でした。

            デトロイト弁天町シティ

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                弁天町は駅名が何だか楽しそうだと昔から思うが、実際には交通科学博物館がかろうじてある以外は、ぶっとい道路とぶっとい道路ばっかりのひたすらコンクリ―ティな町だ。高架下の落書きと相まって、デトロイトかここは、とつっこみを入れながら、ノッポのホテルとGMの本社ビルを重ねて眺めてみる。阪神は、その昔、大阪湾岸の工業地帯がデトロイトみたいだってんで、タイガースと名乗ることにしたと聞いたことがあるから、あながち的外れな見立てではないかもしれない。

               そういう地域に劇場があるというのは大変素晴らしいことですね。前からあるところだけど、訪れたのは初めて。倉庫街の一角にあるこのロケーションを見ていると、デトロイトなんか今、劇場候補地だらけじゃないかと思う。腐敗した近未来的なお馴染みのパターンの映画も撮り放題。ま、リアルに今が腐敗した近未来なのかしれんが。

               先に脱線しておくと、デトロイトの破産は「対岸の火事ではない」というような評価をしつつ、何で破産したのか、色々ニュース番組を見たのだけど、自動車産業がコケたから、くらいしか説明がなくて、よくわからない。人口がピーク時180万以上いたのが今は半分以下の70万弱というけど、そのピーク時というのが半世紀ほど前の数字。人口が70万人で「しかいない」と言われたら、我が故郷なんかとっくに猿の惑星になってしまう。公務員の給与や年金が財政を圧迫し、と言及している番組もあったけど、数字が出てこないからよくわからない。企業に税金ぶっこんでおいて足元の自治体が破産とは、マイケル・ムーアに再び帰省してもらう日を待たんといかんのだろか。

               で、観劇の話。チャルナカ「叙情的遊園地」。色んな劇団の人が集まって3本立てというちょっとしたお祭りみたいな公演である。

               だけど3本立てというよりは、2本と前座、という方が正しい気がした。申し訳ないが、1本目は相当キツかった。面白くないとかわけわからんとかではなく、しんどかったですね。「思い付きを全部板に乗っけたけど、全部既視感が漂う」という学生劇団の舞台みたいな色合いで、かつ学生劇団のような無駄な元気はない年相応のこ慣れ感で、誰がこれをやりたがっているのだろうという、牽引車の見えない仕上がりが、何というか不思議だった。捜査書類を綴じたバインダーの中身をしっかり作っていた点はよかったと思います。あと、後に2本続くのに、舞台を大量のごみ袋で埋めてしまう勇気もある意味凄いと思った。

               2本目は東京に転勤になって劇団活動を休止した南出さんの脚本。同居してる兄弟と、兄の恋人との三人芝居、と書けば、知ってる人は大体内容が想像つくような期待通りの作品だった。特に、兄の恋人を演じた赤松悠実さんという女優、こういう端正な美女は大抵滑舌の悪い棒読みを発揮してくれるものですが、演技も関西弁の台詞回しもめちゃ上手くてびっくらこいた。男性陣も凄くよかったので、南出脚本のいつもの魅力がしっかり現されていたと思う。こうなってくると、1本目の役者陣と入れ替えると、どっちの作品もどうなってしまうのだろうというのは嫌でも考えてしまう。それはそれで面白い思考実験ではありますが。

               3本目はコメディ。脚本のオカモト氏含め、手練ればかりなので気楽に笑った。「宇宙人王さんとの遭遇」の評で、密室劇はしんどいのが多いと書いたけど、短い尺で笑いにもっていくと、とても楽しいものです。こういうのは演劇しか出来ないなと気付かされる部分もあったけど、長くなる上にあまり面白い話でもないので、今日はここまで。

              ラストを作るのは難しい

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                  最近、サッカーの日本代表がたくましいので、いけるんちゃうん?とついつい思ってしまいそうなところ、上には上がいるんだなとこうも明確に見せられると、清々しいものがありますね。日常生活でそんなことって、すっかりなくなってる気もするので余計です。ただ、選手を交代するタイミングが遅すぎるような気がするんだけど、シロートなのでようわかりまへん。

                 久々の観劇。ココロさんが久々に出演するので、久々におもしろ器用男の舞台でも見るかと、これまた久々のインディペンデントシアターを訪れた。月の虹「虹の架け橋大作戦」。ここの作品は前も見た。悟さんが悩んでたやつだ

                 港町でドタバタするという大枠は、前に見たのと似たようなノリの作品だった。テンポがよく、全員丁寧で、楽しい作品だった。例えば、ヤクザのおバカな親分子分コンビという、演劇だと往々にしてステレオタイプ先行で上滑りしそうなキャラも、ボケとツッコミを丁寧にしていたりで、達者な役者陣だなと思う。

                 そんな中でのココロックであるが、この人の得意な笑いは、緩急つけたところにあると思っていた。嫁さんの悪口を背後に鬼の形相で当人が立ってるのも気づかず続けているうち、首根っこを掴まれる。悪口をすっかり聞かれていたことに気が付いて、「おや、こんなところにアンジェリーナ・ジョリーが」みたいなごまかしを言う、例えばこういうベタなギャグの際、悪口のテンションから「素」の状態までフォークボールのように一気に落として、フツーに、あるいは無味乾燥に「アンジェリーナ・ジョリーが」と言うことで笑いを取る。基本、こういうのがこの人のオハコだと思ってたけど、頭が混乱してハラホレヒレハラとおかしな踊りを延々踊るとか、驚きの余りその場に大袈裟に卒倒するとか、こういう全力なままの、ドリフ的な笑いも今回は見事にやってのけていて、あんた何でもできるなーと感服した。

                 あと、主宰で主役の人、女たらしのヤクザもんのことが好きな元ホステス、という役どころだったが、上沼恵美子のごとく、貫禄と女らしさが絶妙に同居していて役柄にしっかりはまっていて印象的だった。

                 という具合に、何の不満もなく楽しませてもらったが、前に見たときと同じ、長い、と痛烈に感じた。2時間超えはやっぱり厳しいもんがあるなあと、これは俺もつい長くなってまう傾向があるので余計に思う。今回は「後日談」はなかったんだけど、ラストで作品的に言いたいことを全部役者に言わせた、というような印象が強く、冗長に感じた。この手の作品は、ちゃんとまとめてエンドマークをつけないといけないとは思うから、さらっと終わってしまうわけにもいかないんだけど、かといってじっくりもっちりやると、蛇足に感じてしまうところはあって、終わり方はやはり難しいもんですな、と思った。

                朗読劇ひいては芝居の可能性

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                    「アラビアの夜」という舞台を見に行った。喫茶店芝居で共演した白木原さんが出演していて案内が来たからなんだが、ドイツの戯曲(それも古典じゃなくて現代の)の朗読劇という、ちょっと変わった毛色のものだから、興味が湧いたという次第。

                   場所は、中崎町にあるイロリムラ。初めて訪れた。最近、こういう小さな劇場というかフリースペースというかがちょこちょこ出来ているようで、たまに受け取る芝居の案内も、知らない場所が多い。いいことです。JRの高架下なので、最近流行の空き倉庫利用みたいな感じかと思いきや、ちょっと趣向が違ってて、なかなか魅力的な場所でした。

                   会場は20人も入れば超満員くらいの小さな箱で、白壁にフローリングと、地方の真新しい美術館のような趣き。こういう場所は上演できる作品を選ぶものだけど、今回の作品に関しては、雰囲気がはまっていた。いわゆる劇場ほどカチっとはしてなく、カフェ芝居のように、煩雑でもない、制作意欲をくすぐられる場所ではあります。

                   マンションの住人とその関係者計5人の男女が織りなす、一種の不条理劇。構成が面白いと思った。登場人物同士はたまに会話もするが、割とそれぞれ単独行動でマンションの階を行ったり来たりする。舞台上には木枠で横線が引かれていて、手前が1階。奥へ行くほど上層階になる。マリオブラザーズかクレイジークライマーみたいなものである。こういう舞台美術なので、1階に下りたり、8階に上ったり、同時並行に行動している各登場人物全員が、同じ板の上に乗れる。現実世界の3次元を、記号的に違う形に変換できるのは、舞台だからこそ出来るという、大きなの魅力の一つですね。

                   とはいえ、舞台を階層で細切れにしている分、役者はそんなには動けない。その辺が朗読劇とマッチするということだろう。朗読だから、棒立ちでも違和感がないからだ。

                   ただ、朗読劇というのはどこまで演技をするかというのが難しい。出演陣はそれぞれ、ただの音読のように振る舞う人と、本を手にしながら、それなり演技をする人といて、その辺の統一感はバラつきがあったと思う。あと「裸同然で寝ている女性に周りの男が欲情する」という話の流れなのに、肝心の女優が、割と露出感の低い衣装だったのはさすがに気になった。ホントに裸同然の格好だとさすがに落ち着いて見れないものですけどね。

                    タイトルのような踏み込んだ話にまでたどり着かないまま終わる。
                   

                  観劇2つ

                  0
                      久々に芝居の話。といっても見に行っただけだが。

                     2つある。
                     1つは、劇団りゃんめんにゅーろん「ちょっとした夕暮れ」。
                     主宰の南出さんには、一度ワタクシの短編映画に出てもらった。出演者の一人は、お馴染み悟さんこと、田中悟。そういう人間関係のため見に行ったというよりも、南出さんが作る作品は面白いからという、むしろ当たり前の理由から。なんでも、南出さんが東京に転勤になり、劇団活動を休止するとかで、そういう位置づけの公演だそう。東京でやればいいのに。というかむしろ東京でやった方がいいのに。と誰しも思いそう。
                     過去の作品の再演で、男女二人芝居の二本立て。妻と離婚した男が、熱を上げてる女子高生に「ちゃんと付き合おう」と申し出る話と、男の元妻が、元彼と再会してよりを戻そうとしてるの何なのか、よくわからん態度を取る話のふたつ。
                     なんてことない言葉だけで出来てるのに、妙に印象的な台詞で出来上がってるうまさがある。結構な毒というか、南出さんて善人の塊みたいな顔して結構性格ねじくれてんなあ、と思ってしまうようなドロドロしたものを、静けさと可笑し味でまとめてしまうのがすげーなと思う。
                     悟さんの役は、二話目の男。悟さんはやはり、存在感があるというか、いるとそこに目がいく役者だなあと思う。だけど「意味がないようでとても意味深かもしれないようなことをずっと言ってるある意味面倒臭い女に翻弄される元彼氏」という役どころが、どうしても犇い疚鮗圓世韻砲靴辰りはこなかったかなあ。
                     もう一つは、「鯨にのった、女の子」というトリイホールでやってた舞台。こちらは多少の人間関係プラスなんとなく気が向いた、という軽いノリで拝見。若い女性ばかり6人で、フクザツで不安定な女子の内面を描いたような内容。この手の作品は、いかにも演劇っぽいこともあって、無自覚な紋切型な演出にウンザリさせられることが多いんだけど、この作品は拙いながらもいちいち一所懸命考えて作ってる感じがして、見ていて気持ちよかった。クライマックス辺りで、唐突に「お母さん!」と叫ぶところはおったまげましたが。あれ?そんな話だったのこれ?という。
                     若い人の舞台を見て毎度思うのは、いや〜皆さん、台詞を噛まないね。これはひたむきさの違いでしょうか。それとも医学的な話でしょうか。

                    純粋に観劇

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                        劇場プロデューサー氏から案内が来たので、久々の観劇である。時間堂の「ローザ」という作品。チケット予約のため、プロデューサー氏にメールしたら、「森下さんは反応してくれると思ってましたよ」と、微妙にプレッシャーをかけてきやる。勝手な想像だけど、知り合いが出演しているとかの義理がない舞台を見に行く人は、演劇関係者には少ないんだろう。こっちにすれば、見に行って客に一人も知り合いがいないというのは、それはそれで純粋な娯楽気分になれるから清々しいのであります。

                       ちなみに何で見に行ったかというと、別にP氏に対する政治的建前ではなくて、単に興味があったからで、それはなぜかといえば、演劇っぽいなあと宣伝を見て思ったからで、演劇っぽいって何かというと、素舞台の上で、三人の女性が生成りの衣装を着てたからである。何かよくわからんけど、静動ともに熱演、みたいな空気を期待して、やっぱりそういう内容だった。思ったほど演技達者というわけでもなかったけど、やろうとしてることがはっきりしていたので、何ということもなく楽しめた。だけど四方舞台というのは、対面の客席が視界に入るので、やはり落ち着かんもんですね。

                      全然関係ない写真。何の記念碑だ。


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