【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(26)All The Young Dudes

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    この牛はいったいどこからきてどこへ行くのか。一度密着取材をしてみたいというT氏は、パキスタンの首相辞任等々を語るときと違って、実に楽しそうな顔をしていた。

     くたびれ切って、最後の晩餐は、ちょっとお高い店に入った。食ったことのなさそうなものを自力で選ぶことに挑戦したが、既視感のあるものが出てきた。まあ美味いからいいんだが。

     一個一個の料理にチャパティだの米だのが添えられるので、テーブルは炭水化物だらけになる(写真ではご飯しか映っていないが)。「お好み焼きとご飯」に代表される「炭水化物に炭水化物」がアイデンティティ(というよりは正確には「ありえない」と否定する人に対して「これが大阪やんか」と主張すること自体がアイデンティティ)の大阪人と似ているようで違うのは、こちらはいわば、料理を頼むといちいちご飯付きの定食として出てくるような恰好。

    手前がインド名物、大皿の取り皿。右の肉の横に玉ねぎがついているが、これは必ず添えられている。ミニトマトくらいの小さな玉ねぎの半切りの場合もしばしば。脂っこい口の中がスッキリする。

     

     このご飯はインドにつきインディカ米。日本ではタイ米でおなじみの米だ。1994年の米不足で「マズい米」として有名になってしまったが、パラパラかつふわふわしているのでカレーにはよく合う。本来はスパゲティと同じく炊くというより茹でて食べるようだが、そのせいかどうか、食感はパスタにちょっと似ている気もする。インドカレーの場合は日本の米より合うと思った。帰国してからインドカレー屋に一度行ったが、日本の米で食べると物足りなさを感じてしまったほどだ。

     

     種類がいろいろあるのは既に触れたが、写真の米はおそらくバスマティというインド北部やパキスタンで作られる米。ひじきのように細くて、どうやって精米するのだろうと不思議だった。ま、今回食べた穀類料理で最も美味かったのは南インドのドーサだが、なぜか朝しか食べないようで、昼や夜に注文しても出てこなかったレアな食べ物である。
     

     空港まで送っていくのは億劫なので車だけ手配すると、T氏が冷たいのと優しいのとの中間の世話を焼いてくれた。御礼に南インドの通訳女性がくれた贈り物をT氏に進呈した。わざわざ選んで買ってくれた心温まる品のはずだが、異文化交流の難儀さを思い知る全く理解できない(正直ちょっと気持ちの悪い)デザインの置物だった。完全に押し付けであるが、T氏は一言「ありがとうございます」と言った。


     空港に到着すると、すぐさま異変を感じた。慌てて紳士淑女マークを探し、メトロの個室を目指した。結構遠い。急がなければ惨事になるが、速足だと振動が下腹部の運動を刺激してしまうので、抜き足差し足の競歩のようになる。ようやく到着したが、全部埋まっていた。で絶望的な気分になるも、奇跡的にすぐ空いた。一人待っている風があったが、切羽詰まった顔で彼を窺うと、あきらめたように譲ってくれた。初めてインド人(空港なので正確に何人かは不明だが)と通じ合えた心温まる瞬間であった。やはりスパイスにはまだコンディションは万全ではなかったということか。それにしても車中で催さなかったのは幸いだった。


     深い安堵感のまま搭乗手続きをしたが、最後の最後に荷物検査の係官に難癖をつけられてライターを取り上げられた。ダイヤル式の100円ライターはOKのはずなんだが、こいつは気分で没収しやがったな。単に没収されるなら想定内だが、「ふてえやろうだ」くらいの顔で威圧されたからムカッ腹が立ってしまった。

     

     インドの国際線は夜の離陸が好きらしい。事前に調べた便はことごとく深夜か明け方のフライトだった。乗ったのは23時過ぎの便だが、すぐさま晩飯が出て断る羽目になった。インド人はお腹いっぱいのまま幸せな就寝なのだろうが、俺は寝たような寝ないような状態で再びバンコクで乗り換え手続き。行きと違ってやけに荷物検査で混み合っていたのだが、さもありなん、服も靴もことごとく脱がされやたらと念入りだった。

     関空に到着すると義姉から「下痢は大丈夫なのか」とメールが入り、なぜ知っているのだろうと不思議に思ったが、単にどうせ下痢をするだろうと予測してのことだった。電話して仔細を説明すると「インドの下痢はインドの薬しか効かんから」とD氏と同じことを言うから、やはりそういうものなのか。

     

     数日後、D氏T氏と共通の知り合いで、スケジュールが合えば俺も行きたいと言っていたTG氏と会い、土産話を肴に飲酒した。店を出て、締めのブラックコーヒーを飲もうと近くのマクドに寄ったら、店員の若い女性がいかにもな顔つきといかにもな名前の名札をしていたので「もしかしてインド?」と聞くと、「デリーの出身です」との返答だった。凄い偶然。隣の部屋に行ったらまた同じ部屋だったという映画「キューブ」を思い出してしまった(後日調べると在留インド人の総数は約3万人で女性は9千人弱。大阪は1200人ほどだから単純計算で女性は400人足らず。やはりなかなかの偶然だった)。インドのマクドは閉店しているが、日本のマクドはインド人女子が働いている。
     つい数日前にインドから帰国したばかりだというと、この美女は大いに喜んでくれ「どこ行ったんですか」という。
     「タージマハルと」
     「ふんふん」
     「トリバンドラム」
     「??」
     「クダングラム」
     「??」
     「あーあと、ガンジーが暗殺された場所」
     「え〜、汚くなかったですか」
     「??全然綺麗なところやったけど??」
     「でもゴミが流れてませんでした?」
     どうやらガンジス川と間違えているらしい。「ガンジー」というこちらの発音が悪かったか。「そうじゃなくて、ガンディー。マハトマ」というと、「ああ」と彼女は納得したが反応は薄かった。建国の父の存在は相当に薄らいでいる模様。

     TG氏は「日本に旅行してきたというインド人にどこに行ったのか聞いて、原敬の暗殺地って言われるみたいなもんだよなあ」と彼女に同情している。マハトマと原敬では存在感が違うだろうと岩手県民には申し訳ないことを思うが、まあそんなものかもしれない。言い出したTG氏も、よくよく聞くと原敬の暗殺地と浜口雄幸の暗殺地を混同していたし(どちらも東京駅で暗殺されたが浜口遭難の地の方が目立つ場所にある)。

     しかし日本語の流暢な女性だった。サヘル・ローズみたいな声の調子と喋り方だった。こんな優秀な若人が来てくれるのはなぜか、日本社会はよくよく考えた方がいいと思うよホント。後日、土産を渡しがてら姪に下痢とトイレの話を聞かせたら、「絶対行きたくない。一生日本でいい」とこちらの若人は途端鎖国してしまった。国際化に導く大人の責任は険しいものだ。
     


    【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(25)T-Shirt Sun Tan

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       インド門を作ったのは統治時代のイギリスである。そんなかつての支配者が作った建築物がいまだに残っている理由は、第一次世界大戦のインド人戦没者の慰霊のためという役割のせいだろう。

       イギリス植民地だったので、インド人は大戦に駆り出された。門の最上部に刻まれた英文によると、西部戦線やメソポタミア、北アフリカ等に出征したほか、大戦に呼応してイギリスに反旗を翻したアフガニスタンとの戦争(第3次アフガン戦争)に関わった戦没者の慰霊とある。よくよく見ないとわからないが門には亡くなった人の名前を刻んでおり、その数は約8万とのこと。このため、門と言いつつ中は通れず、衛兵が警護している。

      はためく国旗はいずれも軍艦や空軍などの軍隊関連の旗。

      画像補正を思い切りかけてようやくうっすら見えた。

       

       そういう意味合いとは裏腹に、周辺は観光客と物売りでごった返している。最初に写真売りに捕まって(あからさまにカメラをぶら下げているのに売ろうとするところがいかにもインド風)、その後腕輪売りに捕まった。

      今となってはインスタ映えするスポットくらいの場所になっている印象だが、イギリスの植民地撤退の鮮やかすぎる狡猾さの現れだとも思う。

      ファインダー越しに目が合い、まんまとロックオンされ「3本100ルピー」から始まって、断り続けると「6本100ルピー」までいった。要らないものを増やされても仕方がない。慈善気分で買うなら3本の時点で決済したい方がよさそう。

       

       「まだ時間がありますよ」とこの日はT氏のホスピタリティが続き、ガンジー記念博物館に寄った。残念ながら閉館時刻が迫っており、博物館は見れなかったが、ネットの口コミサイトによると、相当おかしな展示をしているらしい。見れず残念。

      上の芝生は土足禁止。

       

       ガンジー暗殺の地に立つ記念館で、最後の足取りが示してある。これは映画「ガンジー」の冒頭場面ではないか。現場を訪れるとまた見直さないといけない気がする。来年は没後70周年になるので、T氏はどうせそのうち企画記事を書かねばならない。「ここはいいなあ」とブツブツ言いながら下見がてら写真を撮っている。静寂な(閉館時刻だからだろうが)で神聖な印象すら漂う空間である。

       土産物屋にガンジーTシャツを期待したが、やはりロクなものは売っていなかった。ところが館内には秀逸なデザインのロゴがある。これをそのままプリントしてくれれば相当イカしたシャツになるというに、なぜデキるのにやらない、と腹が立ってしまったので自分で画像を作ってみた。やっぱり恰好ええやないか。

       いざTシャツにしてみると、いったい何が書いてあるのか「月曜から夜ふかし」でよくやってる「Tシャツに書いてある外国語が恥ずかしい問題」に行き当たる。石碑からそのまま拝借しているから、「館内飲食禁止」くらいの意味かもしれない(特に糸車の下の長いやつに疑惑が)。でもこんなものどうやって調べるのだろう。最初はヒンディー文字(デーヴァナーガリー)一覧表を見て読解してみたが、文字構造が難しくてよくわからない。試しにグーグル翻訳を開くと、すごいもんだ、手書きで入力できる。それで見様見真似で入力してみたところ、裏面は判明した。

      「Swaraj」「Gandhi Smriti Village Industries」。前者は世界史の教科書にも出てくる「自治獲得」で「スワデーシ(国産品愛用)」と並ぶインドの自治獲得運動の標語である(糸車の下に書くならスワデーシの方ではないかとも思うが、ガンジーは国産品愛用のパフォーマンスとともに、ナショナルアイデンティティの形成のため糸車を常に回していたからこれでいいのだろう)。smritiはmemoryの意味だと訳された。ただし並べてみると意味がよくわからない。顔の石碑の下にあるのは、よく見ると書いてあることが少し違って「Gandhi Smriti Art Gallery」となるから、こっちを使えばよかった。

       問題はTシャツのおもて面で、「Sumana」と書いてあると翻訳されるのだが、肝心のsumanaが何かわからない。どうも人の名前によく使われる言葉のようだが、ガンジーのミドルネームにスマナがあるわけでもなく、もしかしてこの眼鏡男はガンジーではなくスマナさんなのか?んなアホなと思いつつ、以下の写真。

      敷地内にあるガンジー像。

      別の場所にあるガンジー像、ではなくて新山口駅前にある山頭火像。

       


      【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(24)Another Brick In The Wall

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         この雑多なマーケットの隣にあるのが観光地のラール・キラー、別名レッド・フォードである。赤い砦の名の通り、赤い壁が見事だ。造ったのはまたも土建屋皇帝シャー・ジャハーン。赤いのは材質のせいだが、修復箇所は雑に赤く塗られている。

         このような世界遺産には似つかわしくない残念な面は、内部に入るとあちこち散見する。経年劣化をほったらかしている印象が強い。世界遺産というのは、文化財がその国の所有物ではなく、世界の財産であるという観点から創設されたのだが、その趣旨を守っているようにはあまり見えない。

        管理している人はちゃんといる。

        だけど全然追いついていない印象。

         

         正面の門の内部には小さな博物館が併設されている。中身は大したことがない。一個だけ強烈なインパクトを与えているのがこちらで、ただただ怖い。どういう感性なんだこれは。

         

        水を張るべきと思しき場所も全部乾いて候

         

         建設当時の一部しか残っていないというが、内部はかなり広い。T氏は何度か来ているが、吝嗇家なので入場料のもとを取るべく隅々まで回る。例によって外国人料金は高いのである。

         

         外に出ると、ヤシの実ジュース屋の軒先で、T氏がやにわに「飲んだことありますか?」と尋ねてくる。ないと答えると「2つ」と注文した。ぬるいスイカの汁を薄めたような味で、正直あまりおいしいとは思わないが、T氏はうれしそうに飲んでいる。さらには飲み終わりの実を店員に切ってもらい、中身を食するという上級者ぶりを見せつけてくる。種の周辺にアイスクリームのような柔らかい層があって、それをヘラで食べるのだが、これも味がするようなしないようなで、あえて食べる必要性を感じない。

         聞けばインドを放浪していた20代のころ、こればかり飲んで、実の中身を食事代わりにしていたそう。「たまに割っても実がないときがあるんですよ」と珍しく楽しそうに語るT氏にとっては青春の味ということだ。イマイチ共感できなかった俺に、「冷やすともうちょっとおいしいんですけどねえ」とちょっと寂しそうにT氏はこぼしたのだった。


        【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(23)To Know You Is To Love You

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          シーク教の寺院はキラキラしている。アムリットサルにある総本山は黄金寺院というくらいキラキラしている。行ってみたかったが今回は断念。ただし今後インドを再訪問するかどうかは不明。

           

           最終日。昨日放任主義だったT氏が、今日はなぜかホスピタリティに溢れていて、ともにオールドデリーを歩くことになった。いわゆる旧市街である。イギリスが作ったのがニューデリーで、その前からあったのがオールドデリー。全部ひっくるめてデリーとなる。


           どこの国でもそうだが、旧市街はごちゃごちゃ雑然としていて雰囲気がある。何度も書いているがニューデリーはちっとも楽しくない街並みなので、余計に活気を感じてとても魅力的だ。まあ比較するまでもなく、おそろしくカオスな地域なのだが。

          乗りすぎ

           

           とりあえずは昼飯。ハエの飛び交う地元食堂で、立ち食いソバくらいの値段でカレーのセットがいただける。これでも全然上級の店のようで、この後もっとディープな店を見かけた。T氏は「全然気にしません」と出された水をガブ飲みしている。

           食後にラッシーを飲んだが、日本との差を最も感じた飲食物はこれだった。あまり好きな飲み物ではないので、日本のインドカレー屋で注文することはないのだが、本場のラッシーは濃厚なめらかまろやかで、実にうまかった。

          インド国内ではマクドナルドの大量閉店が起こっている。営業許可の失効が理由だが、背景には社内の対立があるとのこと。宗教事情で牛豚を使わないだけでなく、ベジタリアンにも対応している(多くの飲食店でベジタリアン用とノンベジ用の2つのメニューがある)独特の営業形態を見て見たかったが。

           

           

           

           

          活気とカオスは同義

           

           店舗がずらっと居並び、人でごった返したこのエリアでのミッションは、それこそスーベニールである。父親と兄貴に何かおもしろい服を買うべくウロウロした。兄にはターバンの絵を描いたTシャツ、父親にはムスリムの男性が来ている服(こういうやつ)を買った。トリバンドラムの服屋と違い、こちらの店員はサイズにうるさい。父親に似あいそうな薄い辛子色を手に取ると(白以外にもいろいろある)、「それはYouにはデカいよ」と頑なに売ってくれなかった。見かけはヒラヒラゆったりした印象があるが、実物はかなりしっかりした硬い生地で、日本で着てもあんまり涼しくはない。

          包装パッケージのデザインも日本では見ない独特の調子

           

           別の店で、日本ではまず見かけないポロシャツを自分用に購入。出されたサイズがXLとあるので「Lはないの?」と聞いたら、「YouのサイズはXLだ」とムっとした表情で(単に顔つきがキツいからだけだと思うが)俺の背中に両肩の端を合わせて「OK?」と念押しされた。実際ピッタリだった。さすが綿の国。

           

           ワゴンセールのように古着が雑然と盛られた店では、大量に韓国のサッカーユニホームが売られていた。どれも捨てるような煤けたシャツばかりの中、よくできたデザイン、かつ百何十円だったので、つい買ってしまった。ちなみにこの武将は、姿格好から推測するに秀吉の唐入りの際に活躍した朝鮮王朝の武人李舜臣なのだろう。ソウルの官庁街の目抜き通りにも巨大な銅像がある。日本と戦ったという経歴につき、この銅像は日本に向いて立っているとの説があるが、地図で確認すると、実際には向いていないことがわかる。ただただ設置場所の形状の都合に合わせた方向を向いている。ま、サッカーで祖国の英雄とはいえ武人をモチーフにするのは当世風の在り方としてはあまり適切ではないのだろうが。

           なぜ韓国ともサッカーとも大して縁を感じないインドにこんなものが売っているのか。ネット情報の丸写しによると、チャリティで集められた衣服を各国のマーケットに卸す業者がいるからとのこと。こういう衣類の輸出額は1位アメリカ、2位イギリス、3位ドイツ、4位韓国、とあり、韓国の古着と出くわしたのは比較的確率の高い現象といえる。こうして俺の目の前に現れ、「なんじゃこりゃ」と面白がって買う。風が吹けば桶屋が、では済まさそうな流通ないしは経済の巨大さの片鱗に触れた瞬間だった。しかしこれ、PKとかけてんのかな。


          【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(22)Happy When It Rains

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            気持よく寝そべれそうだが、スコールの後だったので、見かけと違ってベタベタのぐちゃぐちゃだった。

             

             周辺はラージパトという大通りと広大な芝生広場がある。共和国記念日(憲法記念日のようなもの)に大規模なパレードを行う目抜き通りで、ガンジーの葬列もここを歩いた。写真奥に見えるのがインド門。これについては後述。

             

            インド門の反対側の終点にあるのが大統領官邸。霞んでいるのはP的なものの仕業。

             

             平日ということもあって人はまばらだ。飲料やアイスを売る屋台の傍らで、その辺の木の実を拾い集めて路上で売っている子供がいる。その隣では同じことをやっている年寄りがいて、この少年はあの年までこれをやり続けるのだろうかと一瞬考えめまいがしてしまう。しかしその辺に転がっている実を集めて誰が買うんだろうと思ったが、いかにも金持ちそうなマダムが車ごと横付けしてまとめて買って行っていた。「途上国では物乞いが多く、優しい日本人はすぐ施そうとするが、現地人が『キリがない』と厳しく咎める」という場面が80〜90年代辺りのフィクションなんかでよく描かれてきたものだが、施しをする現地の人はそれほど珍しくもない。一方「優しい」はずの日本人に今、扶助の精神てどれくらいあんのかな。時代も変わったということか、それともただの認識の齟齬か。


             一日乗り放題券を買ったはずだが、博物館とラージパト周辺の散歩で体力を使い果たしてしまった。くたびれ果てて戻ったら、「もう帰ってきたの?」とT氏から冷たい一言。一旦シャワーを浴びてひと眠りしようと客室の風呂場の蛇口をひねったら、白く濁った水が出てきて硫黄臭が立ち込めむせ返った。この建物は蛇口から温泉が出るようだ。ただし浴びても健康になるどころかまた腹を下しそうだが。

             

             普段全く使っていないから水道管のどこかがおかしいのだろう。ちなみにこちらの給湯器(ギザという)は、タンクにためて湯を沸かす方式なのでスイッチポンですぐにお湯が出るわけではない。多少時間がかかる。その上、貯水式なので考えずにジャージャー流しているとそのうち水になる。今は暑いのでどうってことないのだが、冬は切実だ。

             

             別の風呂場を借り、仮眠して目覚めると、T氏もちょうど仕事を終えていた。時刻は7時半。日本は早版の締切前の深夜だ。国内ニュースと違って遅番で差し替えることは皆無なので、インドでは実に常識的な時間に勤務が終わる勘定になる。時差的には恵まれた国といえる。

             

             腹具合が依然予断を許さないので、香辛料は避け、日本料理屋に行くことにした。海外に行くたび日本料理を食うのが定番化している。ショッピングモールの一角にある店に案内してもらった。スコールで辺りは水浸しになっている。
             壁にむやみに浮世絵が描いてあること以外は、なかなか実地調査が行き届いた内装だ。座敷があって、薄い暖簾で仕切られている。店員はミャンマー国境付近、それこそインパールのある辺り出身の人で揃えているらしい。外見が東アジア系なのだ。注文を取りに来た若い女性は、芸人のキンタロー。のような外見だった。

             

             天ぷらに焼鳥に焼餃子に、適当に日本の居酒屋メニューを頼んだが、どれもこれもよく出来ており、美味しい反面、話のタネにはならない。外国の風変りな日本料理をあげつらう手の恥ずかしい番組も、ネタ探しに苦労しそうである。

            韓国鍋の受け皿を使用している以外はまったくそのまま(むしろ今風の過度な味つけがてんこ盛り)だった味噌ラーメン。日本人にとっては味噌にするか醤油にするかが重要だが、こちらの人にとっては鶏にするか豚にするかが重要(選べる)。

             

             ビールはまだ酒販売の許可が役所から降りていないので出せないとのことだったが、まあこっそり出しますよと、マグカップで隠蔽されて出てきた。なぜかハングル。「幸福」と書いてある。系列の韓国レストランのを流用しているのか。それともこちらがタミル文字タイ文字の区別があんまりつかないのと同じようなことか。


            【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(21)In the lost and found

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               D氏は東南アジアに出張で、今日からT氏に世話になる。午前中にT氏の職場兼自宅に到着するとパキスタンの首相が汚職で失職しそうだということで、忙しくしていた。「というわけでテキトーにしててください」

               世話焼きのD氏と違い、T氏は放任主義である。やもめなので部屋はいっぱいある。一室を借りて荷物を置き、早速出かけることにした。唯一思いついた行先は国立博物館である。東京でも時間が余ると美術館くらいしか毎度思いつかない。困ったものだ。

               ここからはメトロの駅が近い。近いといっても15分ほどかかるがまあ徒歩圏内である。地図を確認して歩いた。中国同様、歩道の状態が悪いので日本のようにはいかない。地図を見たときには川が目印だったのが、実際通ると暗渠になっていた。暗渠というかただ蓋をしているだけなのだが、橋を渡ると猛烈ににおう。文字通り臭い物にフタをするためだけに上を覆ったようだ。

               メトロの駅はなかなか立派だった。事前にネットで調べると、1日乗車券を買う方が、売り場も空いているし、安いからお薦めだとある。窓口で難なく買えたが、事前に予習しておかなかったら全くわからなかったと思う。表示はちょっと不親切な印象。荷物検査があるのは中国風だ。

               

               日本の協力で出来たメトロは、インドでは珍しく工期内に完成したというが、運行もちゃんとしていた。地下鉄は、お国柄より地下鉄文化に従うのだろうか。車内は混み合っていたが、実に整然としたものだった。悲しいかな、このような慣れた文化に身を置くと気分も楽になる。その点、今から思えば韓国は俺にとって最も楽ちんな外国だった。言葉はわからないが異文化ギャップはかなり少なく、日本の常識でおおよそ通用する。いがみあっていても仕方ない相手といえよう。

              ブレた。後でよく見たら駅構内撮影禁止と書いてあった。インドの「鉄」はどうすりゃいいの?

               

               無事到着したが、迷ってしまった。後でわかったが、ガイドブックにある最寄駅で降りたものの、事前に地図で調べたときに、間違った駅からの道順を記憶していたのが原因だった。地下鉄の駅に周辺地図のような気の利いたものがないのも一役買った。
               辺りは官庁街で、役場の勤め人を狙ってか、屋台が軒を連ねて案外雑多な活気に満ちている。昼飯を食っていないのだが、さすがに前科持ちにつき、これらの店の料理を食べる勇気が出ない。ウロウロと迷って人に道を聞き、ようやく見当がついたところで本日最もしつこいオートリキシャの運転手に捕まった。「日本人か。俺は名古屋に友人がいる」。へえそうか、じゃ乗ろうとはならない。なにせ目的地はあと100mほど先なのだ。「俺は、国立博物館に行くんだ」。すぐそこに行こうと歩いているから俺に関わっても無駄だという意図であるが、そんな文脈は全く通じない。

               

               「国立博物館?OKOK、ところであっちのマーケットが今日は免税日だから安いぜ」
               文脈が通じないどころか、こいつにとってそもそもこちらの目的地はどうだっていいのだった。「スーベニールを買うのにちょうどいいだろ、え?」と得意気ですらある。日本人は旅先でやたらと「スーベニール」を買いたがると思われている、とは別にインドに行ったことがあるわけではない俺の兄の談。
               関西弁は国際共通語という大阪人の好きな都市伝説に乗っかって「いらん言うとるやろ、しつこいぞわれ」と凄んでみたが全く通じなかった。多分ネイティブ関西弁じゃないからだろう。そのうち博物館についた。

               手荷物を預けないと入館出来ないのに、預り所がエントランスから遠い。その点を除けば、インダス文明からマウリヤ朝、グプタ朝、クシャーナ朝と時代を追って仏像その他を展示している素晴らしいミュージアムである。しつこさ頼みの営業戦略をたっぷり浴びた後なので、静寂な場所にほっとしてしまう。芸術系の学生だろうか、模写をしている若者があちこちにいて楽しい。滞在中初めてまとまった数の日本人を初めて見た場所でもあった。やっぱり発想が同じなんだな。海外の日本料理屋で出くわしてしまった気まずさが若干漂う、というのは考えすぎ。

              日本とはやや趣の異なる仏像。本家はこっちだけど。

               

              これは有名なやつ。館内は例によって撮影可だが、一眼レフだと料金を取られ、スマホだとタダ。でも金を払ってカメラを持ち込むべきだった、という写り。


               かなりの数の展示があるので、全部見て回るとかなりくたびれる。ミュージアムショップは予想通りといおうか、今一つの品ぞろえだった。マウスパッドのように、今時な商品があるのはよいのだが、モチーフに使っている作品の選択にちっとも同意できない。もっといい作品がいくらでもあったと思うのだが。


              【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(20)No Expectations

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                 モディの顔はあちこちで本当にたくさん見た。ある州の首相(知事)は、高校生にパソコンを無償配布するという見上げた政策を実行したが、配布されたPCのデスクトップには自らの肖像がドーンと入っていたらしい。まあ、汚職・蓄財の疑惑てんこ盛りの人だったからさもありなんという印象もあるが、だとすればモディは以下略。

                 

                 「インドの格差をテーマにいい写真が撮れないもんかね」とD氏の上司から頼まれ、ならばやってみるかとコンノートプレイスにやってきた。イギリス統治時代に英国人が作った古いマーケットである。円形の広場を囲んだ湾曲したビルが特徴的でなかなか雰囲気があるのだが、のんびり買い物できる雰囲気でもない。

                旗がとにかくデカい。

                 

                 物乞い、浮浪児、靴磨きの少年などなど、「目覚めた巨象」(ダサい枕詞だ)ではないイメージ通りというのも何だが、そんなインドの姿が見れる場所でもある。逆にいえばそういう場所だから来たわけだが。


                 早速カメラを構えてみるが、ファインダーを覗いた瞬間からこりゃダメだなと思った。一つは、「所得が高そう」という記号的外見の人がいないこと。みんな服装がラフなので、仮に金持ちだったとしても日本人にはよくわからない。だがそれより何より、こういうタフな題材はちょろっと寄ってシャシャっと撮れるようなものではない。会社員時代、大阪のホームレスを何人も撮影していた写真部の先輩は、かなり手間をかけて交渉して信頼関係を作ってようやくシャッターを切っていた。単に当人の了解を取るだけではなくて、それくらい対象に肉迫してようやく撮れるものがあるということだ。貧しさや孤独、それと尊厳やプライドが同居したような素晴らしい写真ばかりだった。あれを思い出して、あーこりゃ無理だな、と思いながら一応何枚か撮ったが一枚ごとに自己嫌悪が募るだけだった。まるでプロのような物言いに読めなくもないが、こんなものはただの素人の感想である。


                 物乞いの子供たちは、どこか統制されているような佇まいなので、「スラムドッグ〜」の「ママン」のような黒い元締めがいるのだろう。その辺りの話は石井光太にお任せするが、みすぼらしい子供がうろうろしている様子は、わかりやすく見えている分、ある意味日本の貧困問題よりはマシなのだろうかと思ったのは明らかに目を逸らしたいからである。


                 そうしてウロウロしていたら、おっさんが一人寄ってきて「ミスター靴が汚れてるぜ」という。いつの間にかD氏の革靴にウンコが付けられていた。「タチの悪いのにやられたな。あそこに俺の知ってるいい靴磨き屋があるぜ」と男は我らを案内しようとするが、いやいやあんたも「タチの悪いの」の一味だろ。

                この人は多分、物乞いではなく托鉢。


                 「そういうあくどい連中がいるというのは話には聞いてたけど・・・」とD氏は困憊しながら水で流して俺が持っていた「アルコール除菌」を謳ったウェットティッシュで応急処置をした。カンニャークマリのトイレでも活躍した品であるが、そもそもの下痢は防げなかったアイテムだともいえる。

                 

                 夕方帰宅して、買い出しに行った。今日はD氏の長男の誕生会をするという。ビールがないと奥方が言うので酒屋に行った。
                崩落しそうなビルの1階部分に、色々な商店が入居している。こういうスタイルは、小さいころ近所にもあった。公団住宅のようなマンションの1階に、スーパー、酒屋、電器屋、化粧品屋、寿司屋、そば屋なんかが軒を連ねていて、近所の人々はみんなそこで買い物をしていた。なぜか化粧品屋が本屋とプラモ屋を兼務していて、最も子供に縁のなさそうな店に一番子供が集っていた。やがて大型スーパーやディスカウト酒屋、コンビニ等々が田んぼを埋め立てたあとに出来て、これらの店は軒並み廃業した。寿司屋だけ残っているのは、最後に生き残るのは技術ということか。

                 こちらは見かけはボロいが、雑多で活気のあるエリアだ。屋台のような靴磨き屋(晴れてD氏の靴が綺麗になった)と床屋があり、チャイ屋の反対側でミシン屋が仕立て作業をしている。本が溢れかえる狭い書店にスマホ屋、八百屋、業種も様々だが、酒屋はその中で最も隠微な空気を放っている。宗教的事情で酒を飲まない人も多い国柄だけに、酒は遠慮気味に売っているようだ。ワインはまだ1階に店があるが、ビールはなぜか地下に降りなければならない。まるでスケベなビデオ屋である。ちなみにスケベ産業はご法度なので少なくとも表向きはちっとも見かけない。ホステスが接待するような店も厳しいようで、この辺りはこのマンガに詳しい。

                 この日のメニューは駐在員奥方ルートで手に入ったマグロを使った鉄火丼であった。これがほんとのインドマグロである。


                【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(19)Communication Breakdown

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                  月は左上に出ている。

                   

                  空港の喫煙所にあったライター。スイッチを入れると、左の導火線が熱せられる。インドでは割とよく見かけた。

                   

                  空港にあるイスラム教の礼拝スペース。日本でも今後、公共施設で設置が進むとみられる。

                   

                  カラスは首元ツートンカラー。

                   

                   インドの朝のニュースは忙しい。俺基準では日本も十分やかましい。いや、やかましいというよりは押しつけがましいというべきか。「明るく楽しく元気」といった「朝」の類型を押し付けてくるような感じが障るのでまず見ない。そこへいくと、インドの場合は本当にやかましい。何より画面がやかましい。選挙特番に似ている。画面の脇に文字や数字が並ぶ柱があり、画面下部にはテロップが流れるあの手のやつだ。それがもっと派手な装飾で、流れる情報が激しく入れ替わる(選挙特番と違って、表示される内容も全く別個の話)。始終そんな具合だ。バラバラの話が同時並行で流れる様子は、人の話を聞かずに各自言いたいことを口にするこちらの国民性をよく表しているような気がする。

                   

                   チャンネルを変えるとBBCのニュースをやっていて、「紅白〜ゆく年くる年」くらいの落差で静かになった。喋りはゆっくりだし、画面はスッキリしている。ま、どちらの番組もろくに聞き取れないので文句をいう筋合いもないのだが。

                   

                   新聞を手に取った。D氏の仕事柄、各社の朝刊が届くが数が多い。全面カラー刷りだから日本より豪華だ。インドでは路上で新聞を読んでいる人をよく見かけるから、まだまだ勢いのある産業の様子。しかし紙面がどれも黄砂まみれのように埃っぽい。D氏に尋ねると、輸送の道中が埃っぽいからとの答えだった。この国は公共交通が脆弱で都市部は大渋滞が常だから、輸送の問題は色々な産業でつきまとう頭痛の種といえる。明治の新政府が鉄道敷設に熱心だった理由はこの辺りにある。地租改正は「物納から金納に改めた」というのがすぐ試験に出るが、収穫物を換金するには物流の問題がついてまわる。このため政府は交通網の整備を急いだのであり、その担当者が萩駅前に立っていることは前に書いた

                   

                   さてD氏の勤務先に向かうのだが、重役出勤時間帯だから多少はマシになりつつも、まだまだジャムっている渋滞を抜け、デリーの官庁街についた。日本の霞が関と違い緑が多い。のだが、すでに書いた通り、自動車優先の構造をしているため歩いてもあまり楽しくない。この一角の雑居ビルにオフィスがある。D氏が作業している間、暇そうにしている現地人スタッフの1人を捕まえて、クリケット代表チームのユニホームが買える店がないか探してもらった。仕事中にふざけた質問だと思ったが、スタッフの青年が凄くうれしそうな顔をしたのが印象的だった。クリケットはやはりナショナルアイデンティティなのか。旅行中のインド人からプロ野球のユニホームが買える店を聞かれたら、俺も結構頑張って探してしまうもんなあ。

                   

                   インド代表チームとライセンス契約しているナイキの正規品を売っている店なら、市内にあるようだったが、正規品につき1万円近くする。Tシャツは安いがデザインがダサい。手に負えない値段ではないが、ノリで買う価格ではないので諦めた。
                   ところでこの青年はかなりスマートで、会話が成立する。最初スラスラスラと英語を話すから、「スマン、俺あんま英語得意じゃない」と言うと、心得たとばかり、ゆっくり簡単な文章で話してくれた。日本で外国人観光客に道を聞かれたときにも似たようなことはあった。英語話者は「ちょっとはわかる外国人」にわかりやすく話すのが得意なのだろうか。母語ではないというのも大きいかもしれないが。帰国後たまたまテレビで、日本語が少しわかる外国人と話すタレントが、「あなた、仕事、何?」と日本人の片言英語ないしは子供と話す風に喋りかけていたが、あれはかえってわかりにくいんじゃないのかなあ。実際あまり通じてなかった。「あなたの仕事は何ですか」と教科書に書いてあるような文章で聞く方がよほど通じるような気がする。

                   

                  インドのビルは、しばしば007を連想させられる。屋根づたいにボンドがワルを追いかけるイメージ。

                   

                   病み上がりにつき、D氏が気を遣ってホテルのビュッフェで色々な国籍のメニューがあるランチを食べることになった。例によって昼が遅い国につき、食べ終わるころに満員になっていたが、食後にトイレに行くと制服を来た男が一人立っている。用を済ませると男は笑顔を振りまきながら手洗い場の蛇口から水を出し、「さあミスター、手を洗って」と俺を招く。言われるまま手を洗うと、今度は手拭きを差し出し「さあミスター、これで拭いて」。恐縮すると同時に、この人はなんと無駄な仕事をしているんだと思わされて仕方がない。これがカーストシステムなのかと考える。

                   

                   カースト制度については正直よくわからない。インド憲法はカーストによる差別を禁じているがカースト制度そのものは否定していない。女性差別は禁止だが、男女の違いそのものは認めるというのと似た感覚なのだろうか。とにかく古い古い伝統なので、少なくともヒンドゥー教徒の精神性に深く刻まれている文化の側面があるのだろう。ガンジーがカースト制度を否定しなかったのは有名な話だ。
                   身分が固定されればそこにコミュニティが生まれ、それが労組的、ワークシェアリング的に機能する。階層によって仕事が決まっているから互いに食扶持を失わないと、そういう説明は何度か聞いたことがある。都市部ではカースト制度は形骸化しているとガイドブックには書いてあるが、少なくとも仕事を分けるという発想は、あちこちで垣間見える。このトイレの紳士はまさにそうだし、空港でも、通路の辻辻にチケットを見せろという係がいる。搭乗デッキの入口と終点で見せろといわれ、この決して長くない一方通行の通路の途中に何があるというのだと呆れたくなるくらい無意味だ。でもそれで仕事にあぶれないのなら、人も多いし合理的な気はしてくる。

                   ただし、何かと縦割りになる分、例えば家の空調が壊れたから直してくれと業者に頼んだ際には、入れ替わり立ち代わり違う担当者が現れて、復帰までえらく手間取るのだとD氏は言っていた。このような他所の国の人間から見ると実に非効率的な仕組みもあり、インドの時間はゆっくりなのだろう。「目覚めた巨象インド」みたいな10年前の本の内容が、今と大して変わらないのも頷ける。ちなみにインドといえば情報産業の発展が目覚ましいと地理の教科書にも書いてあるが、これは新しい仕事のためカーストの規定がなく、どの身分でも就労できるため、各層の算数好きが集まるからだとテレビで学者が言っていた。


                  【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(18)Burden In My Hand

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                     一晩でずいぶんと回復した。腹具合はまだあやしいが、気力、顔つきは8割ぐらい戻った。飛行機まで時間があるので、D氏たっての希望で動物園に行った。南インドの動物園。必然期待が高まるが、結構普通だった。正直天王寺動物園の方がバラエティに富んでいる。逆に日本はどんだけ集めているんだという話でもあるのだろうが。なぜか入口で水を飲みきって捨てるように求められた。暑いのに。

                     

                    ランボルギーニの紋章のような牛

                     

                    関西在住だと全く珍しく感じない。天竺も本邦も鹿は鹿らしい。

                     

                     休憩していると、人懐っこい爺様が「日本人かい」と寄ってきて、ベンチの隣に座った。「私は日本のジャーナリストのナガイさんと知り合いだよ」と一方的にしゃべっている。ミャンマーで銃撃に逢った長井健司氏のことだろうか。まさかな。と思ったが、「サラリーマン金太郎」辺りだと、こういう爺様はタタ財閥の会長だったりする。仮にそうだったとしても、俺の場合はどこにも何にもつながりそうがないが。「写真を撮ってくれ!」となぜか求められた。

                    中国同様、土産物屋にはロクなものが売っていない。

                     

                     胃腸のせいで、香辛料が受け付けない。そうなると食べるものがなくなるのだが、鶏を焼いたものだったらどうにか食べられそうな気がする。ガイドブックに載っていた「ザムザム」という店に向かうことにした。京都に同じ名前の店があって行ったことがあるから親近感が湧いた、というだけの理由だ。到着すると、「ザムザム」と看板を掲げた店が4、5軒並んでいる。どれがザムザムかと駐車場整理の人に聞くと、どれもザムザムだという。まあそりゃそうなんだが、この場合は、どれも同じ店だという意味で、メニューや店内のスタイルに違いがあるようだ。儲かっているのか。手広くやっているが、全部隣同士とは、手広さが狭い。

                     

                     香川の骨付き鶏のような料理をいただいたが、体調のせいであまり味を覚えていない。店員が先日の大野治長のように、ちっとも話を聞かずに間違えるから何かと手間取った。

                     まだ時間があるのでマーケットに行った。あらゆる種類の雑多な商店が並ぶエリアだが、手に負える広さで、大して混雑していないので土産を選ぶミッションにはちょうどいい。

                    土地柄、魚が売っている。生態的にいっても魚には国境がないのでことさら違いがあるわけではない。

                     

                    バナナには種類が色々ある。

                     

                    米はもっと種類がある。色だけでなく、写真ではわかりにくいが形も様々。

                    2回目の登場。インドで出会った最もただ者でなさそうな人。青竜刀のごとき包丁で鉛筆を削るようにマンゴーの皮をむくから、近くで見ていると斬りつけられそうな気分になる。この人、笑い方も豪快。どんな人生を歩んできたんだ。

                    D氏撮影

                     

                     まずは姪にインド的な何かをと考えたのだが、サリーはかさ高い上、日本人が着こなすのは無理な印象もある。それでパンジャビドレスというのを物色した。要するにワンピースである。種類がやけに豊富な大きめの店で物色したのだが、サイズがどれも大きい。小さいサイズはないのか尋ねたら、みんな自分で調節するから「ない」とのことだった。こちらはミシン文化だから、仕立てや寸法直しのミシン屋も多いし、自分でやる人も少なくない。さすがは綿の国といったところか。

                    D氏撮影。悩み方がやらせ演技のようだが、演技ではない。店員氏の表情を見るにつけ、所作がいちいちわざとらしい我が身を反省させられる。

                     

                     その後、アンブさんとがっちり握手して空港で別れた。帰りは直行便で、なぜか国際線ターミナルからの出発だった。行きと違って普通に大きな空港である。機内食が出たが、カレーなので全く食べる気が起こらず全部残した。D氏に聞いたら「まずかった」とのことだったのでまあいいや。
                     到着もなぜか国際線ターミナルに着き、入国審査を通過する羽目になった。なんというテキトーさだ。


                    【アマステ(Amagasaki-State)×2888】(17)Beat so lonely all night long

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                       問題は腹具合だった。このころ俺は、熱中症ではなく、ウイルス性の胃炎か腸炎にやられているとの確信を抱いていた。とにかく緊急事態が迫っているのでトイレに向かったが、こちらの公衆トイレではおなじみの有料だった。金額は、それこそ屁みたいなものなのに「有料だからやめておこう」とつい考えてしまった。どう見てもシビアなトイレであることが外からもわかりきっていたからだった。つまりは有料にかこつけた言い訳である。外観は日本における公園のトイレを想像してもらえればよろしい。そこに「インド式」という異文化がつきまとう。

                       だがそんなことも行っていられないほどの嵐が巻き起こっていた。俺は意を決した。

                       中国でもさんざん見たフード部分のない和式型便器と、蛇口、手桶。とうとう本格インド式との邂逅である。
                       ホテル等で見られるこちらの現代型トイレは洋式で、傍らに小型のシャワーを備え付けている。ノズルを引くと水が出る。要は多少使い勝手の悪いウォシュレットといったところで、慣れると結構快適だ。紙しかないトイレに比べれば清潔ともいえる。

                       

                       しかしこの薄暗い個室にあるのは手桶のみ。シャワーより使い勝手はさらに悪い。加えて水流の勢いが期待できないから必然、自助努力による物理的な作用を加えなければ局部の洗浄はできない。蠅がたくさん飛んでいるが、そんなことは瑣末なことに感じる異文化インパクトである。ただし、こんなこともどうでもよくなるくらい胃腸がスクランブル交差点なので、俺は悶絶しながら出すものを出して、桶に貯水し、作用反作用を実行した。いざやってみると、とても自由になった気がした。紙をゴミ箱に捨てる中国よりはるかに難易度が低い。

                       心はすっと軽くなったが、胃腸は大して解決を見なかった。頭もクラクラとしている。日陰でしゃがみこんでいたら、隣の服屋の店主が、「どうした?体調悪いのか。まあこれに座りなさい」(タミル語、想像訳)と椅子を出してくれた。南インドはデリーに比べて素朴な人が多い。取材中にも、やたらと丁寧に道案内をしてくれた通りすがりの人に、D氏がチップを渡そうとしたら頑として受け取ろうとしなかった。価値観がちょっと日本ぽい様子である。

                       

                       日本から一応持参していた下痢止めは全く功を奏さない。唯一よかったことは、帰途は椅子を倒してひたすらうなっていたので、ワイルドな運転にいちいち恐怖するいとまもなかったことか。道中、波が迫るが、優秀なアンブさんが適当な店舗に車を横付けしてトイレの借用を交渉してくれた。作業場の片隅にあるボロいトイレだったが、こちらはシャワー式だった。

                      何かの記念日なのか、道中、あちこちでデモをやっていた。日章旗みたいに見えるが、アンブさんによると共産党系の人々。

                       

                       片道3時間以上かかって、ようやくホテルに戻った。強烈な胃痛で衰弱したのか、それとも風邪か何かで衰弱しているから腹が痛いのか。どちらにしても生気が相当に失せていた。自覚はないが、D氏が「いざとなったら領事館だ」と真顔の心配顔で言っているので、そんな顔をしていたのだろう。幸い領事館の世話になって「ニッポン人でよかった」と神妙な顔する事態には至らなかった。領事館の代わりにD氏が街の薬局によってくれ、薬を飲んだ。

                       

                       インドの薬なんか飲んで大丈夫なのかとつい考えてしまうが「インドの腹痛にはインドの薬しか効かねえだろ」と言われ、それもそうかと納得した。こちらの医療事情は脆弱で、そもそも街中で病院を見かけることが少ない。家族ともども赴任しているD氏にとっては結構な不安材料で、「俺も家族に何かあったときを考えると心配でさあ」としみじみこぼすが、現状自分の闘病に忙しいので少しも共感できないまま寝た。正確にはベッドとトイレの孤独で惨めな往復が一晩中続いた。



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