【La 美麗島粗誌】(7)高雄その5_ローカル色と代議制

0

     要はタピオカ入りの紅茶だった。俺は雰囲気で選んだ「ちょっと甘い」をいただき「少し甘い」より甘くなさそうな味だと想像した。女子は「またあした〜」と片言日本語でご機嫌に帰っていった。また明日?はて?

     よくわからないまま散会となり、ホテルまで送ってもらった。明日は朝食を御馳走してくれるらしい。

     中途半端に夕方の時間が残った。観光施設に行くには時間が足りない。俺はわけもなく新堀江に向かった。大阪の堀江と似たようなエリアだが、最新の流行をチェックしても仕方なく、ただの街ブラである。


     日も暮れた。ネット情報によるとホテルのすぐそばの雛肉飯屋が美味しいらしいのだが、とっくに閉店している。夜市に行くくらいしか思いつかないので、瑞豊夜市に行った。MRTの巨蛋から西を少し歩くとある。こちらはくだんの知人からも「六合夜市よりおいしいっすよ」と伝え聞いていて、ガイドブックにも、観光客向けの六合と違ってローカル色が強いとある。


     閑散とした渋い様子を想像していたら、めちゃくちゃ人が多いではないか。道路を歩行者天国化して店が並ぶ六合と異なり、こちらは一定区画に店が面的に集合している構造なので、通路がとても狭い。その狭いところに地元民じゃねえだろこれ、という人々が詰めかけ、満員電車のような混みようである。店構えも「ローカル色」というイメージと違ってギラギラしているところが多い。高雄のローカル色というのはこういうのを言うのだろうか、という問いはどうだっていいくらい、暑い。

     俺は唐揚げの甘辛ソースみたいなやつと、イカのフライ(超有名店、らしいのだが、イカフライはイカフライだという感想)を買って帰った。こう人が多くては、クーラーの効いたホテルで缶ビールとともにいただく方がよい。セブンイレブンに行くと、食い損ねた雛肉飯味のおにぎりが売っていたのでそれも買った。おにぎりはよくわからない味だった。


     ところでこの美容整形医院の広告のような看板は、市議の宣伝ポスターだ。こちらの議員はこの女性に限らず、誰も彼もがデカいポスターを掲示している。軍政〜民主化をへた歴史の現れなのだろうか。まあ特に市議は地域住民の利益を代表する存在なのだから、本来とても重責だ。これくらい顔が見えてもいいのかもしれない。中には「藍でも緑でもない」というようなキャッチコピーを掲げているのもいた。藍は国民党で、緑は民進党を指す。ゆ党を名乗る維新のようなものか。悪口を書きそうになるのでこの辺で。

    高雄

    嘉儀


    【La 美麗島粗誌】(6)高雄その4_東アジア義兄弟主義、少しとちょっと

    0

      中国語では小丸子というようだが、当地ではタコ焼きも小丸子というようで

       

       問題は電話だった。携帯がつながらないとなれば公衆電話しかないが、今時どこにあるんだ。あ、あった。MRTの駅にしっかり据え付けられている。しかし公衆から携帯にかけるとどれくらい料金がかかるのか。俺は小銭が十分あるのを確かめて、おそるおそる番号をプッシュした。実のところ、相手に日本語が通じるのかも知らない。そもそも会ったこともない人だった。


       「台湾に行くなら是非うちの親に会ってください」と、知った台湾人から出発前にメールが届いていた。「俺日本語しかでけへんけど」と返信しても反応はない。愚問、ということなのか。しかし、当人不在で親と会うという感覚は日本人の場合は希薄ではなかろうか。仙台出身の知り合いに「今度仙台旅行に行くわ」と行って「じゃあ親に会ってきてよ」とはあまりならないだろう。もし言われても気を遣うだけだから断ると思う。しかしここは海外だ。現地を知る人と会えるのは、それ自体貴重である。

       

      《RRRRR・・・、你好》
      「あ、う、・・・もしもし」
      《はい?》
       たった二文字で相手のモードが「日本語」に変わったのがよくわかった。俺は安堵しながら名乗ると向こうもすぐに了解したようだった。

      《お昼ご飯はもう食べましたか》
      「まだです」
      《では一緒にお昼を食べましょう。いいですか》
      「是非」
       すんなり話が進んでいる。しかしホテルに迎えに行くのでと場所を聞かれたが、なぜかこれがちっとも伝わらない。電話の液晶画面には残りの料金がカウントダウンで表示されるので、そのたび10元硬貨を入れるのだが、ホテルの名前だけで30〜40元ほどかかった気がする。ところでおつりの返ってくる親切な電話機だった。
       小一時間後に会うことになった。俺は最大のミッションをクリアした気分を覚えつつ、自室で身づくろいをし直したのだが、ホテルの場所は正確に伝わっているのかどうも不安になってきた。それでフロントの係員から、このホテルの住所を電話してもらおうとしたが、当番の人が英語もできない人だった。筆談と身振りを駆使してどうにか意図を伝えて電話してもらうと、その電話で会話しながら当人が自動ドアをぬっとくぐって現れたのだった。

       

       「あきらめないで」の人に似たスタイリッシュなマダムであった。表に停めた車に乗せてもらい、どこかわからないところにビューンと連れて行かれた。台湾の運転は、大陸や韓国と違ってかなり常識的だ。ただし日本人には少々強引に見える瞬間もあるにはある。着いたのは高級そうなレストランで、「ここで小籠包を食べます」と言われた。

       さて彼女は電話でのまあまあスムーズなやり取りとは裏腹に、「日本語そんなにうまくない」と、対面の会話は途切れがちであった。こちらもなるべく簡単な日本語で話そうと努めるのだが、「台湾は初めてです」とか「大阪の方が暑いです」とかの大和言葉に比べ、漢語が通じない印象。漢字音読みの単語・熟語は書かないとなかなか伝わらない。これはカタコト日本語を使う商店主なんかも同じだった。なまじ文字が同じくせに発音が大きく違うからだろうか。言うまでもなく俺も「大飯店」の読み方を知らないし、知ったところで通じないのは「左營」の時点で証明済み。「昨日は何を食べたのですか」「意麺」←これも口頭ではまったく伝わらなかった。

       

       さて普段の生活において知り合いの知り合いは要するに他人だと思っているのだが、台湾の常識では知り合いの知り合いは朋友か上客になるのだろう。韓国でも似たようなことがあった。「知り合いの知り合いから紹介してもらった人」という余計に他人な人が取材のアテンドをしてくれたのだが、十年来の友人のような厚遇だった。大陸でも知り合いの口添えがいかに仕事で重要かという話を聞かされたことがあるが、これが東アジアの義兄弟主義なのだろう。日本でこれが通じるのは名古屋くらいか?

       

       すっかり満腹になり、そして俺は脚マッサージの店に来ていた。「いい先生がいるよ」とのことなのだが、マッサージの間は会話にならないから不慣れな言葉であまり話さなくて済むからだろうかとも想像した。だとすると気を煩わさせてしまい申し訳ないのだが、義兄弟主義の前ではまあ考えないことにしよう。

       「いい先生」は60代くらいの顔の濃い男性だった。年齢と濃い顔つきと、日本語を割とスラスラ話す点から、にわかにモーナ・ルーダオに見えてくる。柔和なモーナがぐりぐりやってきて「いてて」と言っているうち、共通の知り合いらしき女性が現れ、中国語で何やら会話している。その若い女子は、スマホで何やら打ち込んで、画面を見せてきた。どうやら翻訳アプリのようだ。「パールミルクティー」「飲むか」。

       何かわからないうちに頷いていると、女子はふっと店からいなくなり、しばらくしてデカイ紙カップを2つ抱えて戻ってきた。どうも二種類買ってきたがどっちがいいかと聞いているようで、モーナが気を利かせて通訳してくる。
       「少し甘い、と、ちょっと甘い、どっちがいいですか」
       え?どっちが甘いの?甘くないの?


      【La 美麗島粗誌】(5)高雄その3_博物館

      0

         台湾では、ホテルの朝食はパスして外に食べに行くのが正しい旅行作法のようだが、とにかく涼しいところで食事がしたくて開店と同時にホテルの食堂に行った。日本の大手安ホテルチェーンのような朝食で、何か特色があるわけでもなく、うまくもなかった。まあ一泊3000円程度の台湾相場でも安いホテルだからこんなものだろう。
         出かける準備をしていると、出かける気が失せるくらい雨が降ってきた。出かける気が失せたのでやや二度寝した。目覚めると小雨になっていて、俺は外に出た。部屋の鍵はオートロックではなく、まさかの内側からプッシュ式の錠を押して閉める形態だ。


         まず向かったのはかつての製糖工場。日本が台湾から得た巨大なうま味(というよりは甘味)のひとつが砂糖だった。「西郷どん」でも、奄美大島での薩摩藩による砂糖の厳しい取り立てが描かれていたが、台湾の砂糖は国策レベルで産業化が進められた。その砂糖工場の様子を撮影した戦前(1927年制作)の記録映画を見たことがある。新長田の神戸映画資料館でやっていた戦前のレアなフィルムを鑑賞するイベントで見たのだが、工場の各過程をろくに説明もなく(音声部分が欠落しているだけかもしれないが)ただひたすら撮影している、いってしまえばとても退屈な映像だった。退屈ではあるがとても貴重な映像記録で、同じ製糖工場の遺構があるとなれば興味も湧いてくる。

         MRTで北上し、左營を超えると車両は地上に出る。楠梓加工區という駅があるように、周辺は工場街だ。やがて郊外の宅地の景色になったところで橋頭糖廠という駅についた。ここからすぐのところに糖業博物館がある。
         どうやらここも文創地区のようで、工場跡を利用したレジャースポットがある。このため行楽客を狙ったレンタル自転車屋が駅内にいるのだが、平日の朝だからか誰も人はいない。俺は工場を目指して歩いた。

         駅前に中山堂と書いた建物があったが、石段の構造や灯籠が残っている点からみて、おそらく元神社だろう。中山とは孫文のことで、台湾各地、「中山」のつく地名だらけであるが、大陸でも同じなのが面白いところだ。Wikipediaにも「両岸で尊敬される数少ない人物」との記載がある。両岸とは中台双方を指す定型句。国共双方にとって偉大なる建国の父ということであり、結局似た者同士の喧嘩が一番タチが悪いということか。

         日本統治時代の建築物がたくさん残る台湾だが、神社は壊されていて、しばしばこのようなお堂になっていると、出発前に本で読んだ。皇民化の重要なシンボルとして建設された神社が、日本の敗戦後に上陸してきた国民党によって民国アイデンティティを涵養する場にとってかわられた格好で、為政者のやることは同じアナ雪という話である。ただし今でも一部は残っている。本殿まで残るのは桃園に一つあるだけだが、哈瑪星から少し山を登ったところには、鳥居が残っている(アクセスが悪いので行ってないが)。この徹底されてなさが台湾の特徴といえる。仕事がいい加減という意味ではない。日本がいなくなれば元の韓国なり朝鮮なりに戻るだけだった半島のようには、民族アイデンティティはシンプルではないのである。


         糖業博物館は、見学路が一応整備されているものの、まあまあ廃工場ほったらかし状態になっていて生々しさが感じられてよい。俺しかいないから、ちょっと不気味でもあった。そしてたまにこいつにびっくりさせられる。


         民国時代になってからの比較的新しい工場跡のようであるが、記録映像で見た景色と概ね同じだ。説明書きは、日本時代から始まっていて、長影博物館の満映時代の説明のように、極力なかったことにしているようなことはない。むしろ、こうして台湾の産業革命が始まったというような好意的な取り上げ方になっている。世界を「親日/反日」の花占いでしかとらえられない愚か者にとってはうっとりするような記述だが、その手の人がもし台湾人だった場合、よそをこうして称揚できるのかな。


         MRTで南下し美麗島でオレンジの線に乗り換え、鹽埕埔で下車した。でた「鹽」。ここから少し歩くと、市立歴史博物館がある。昔の市役所庁舎を再利用しているのだが、またも工事中に出くわした(正面と両サイドの窓が絵になっている部分)。俺の遭遇率がなぜか高いのか、世界は常に工事中なのか。

        内部は大連で見たロシア式金ぴか装飾とよく似ている。
         こちらは1939に完成したかつての市役所庁舎で、やっぱり帝冠様式だ。二二八事件を中心に展示があるが、今回は特別展はなかった。市役所の向かいには二二八和平公園がある。台北のデカい公園が有名だと思うが高雄にもある。二二八事件が台湾全土を巻き込む出来事だったことがよくわかる。

        両サイドの石碑には受難者の名前が刻まれている。

        日本ではブラックバスがごとく忌み嫌われているタイワンリスがいた。
         すぐ近くを愛河が流れている。安威川近くの住民が愛河を訪れている。橋の向こうに見えるのは、台湾銀行高雄分行。先ほどの元市役所以上にこれぞ帝冠様式という建物だ。


        【La 美麗島粗誌】(4)高雄その2_夜市の意麺

        0

           ホテルが面した大通りから裏通りを少し行くと六合夜市があった。聞くところではこちらは観光客向けで、地元民が愛するより本格的な夜市はまた別にあるとのことだが、今日のところはここでよいだろう。要するに祭りの屋台のようなものが大量に並んでいるエリアだ。綿菓子屋のように買うだけの店もあれば、おでん屋のごとく、横手のテーブル席で食べれる店もある。おもちゃや服など食べ物以外もあり、雑多な活気と臭豆腐の臭気に溢れている。


           俺が探したのは意麺だった。台湾は観光客や在住者が多いため、ネットで検索するとどこかの誰かが「ここが美味い」という情報を上げていて便利だ。高雄の意麺の店もいくつか見つかったが、どれもあまりアクセスがよくないところ、この六合夜市にもあるとどこかの誰かが書いていたのだった。あった、あれだ。
           メニューの札には三種類書いてあるが、どれが何かさっぱりわからない。おばちゃんが目の前に並べている具材を三種指差して、どれだと聞いてくる。イカとエビとあとよくわからないものの3つだったのでイカ(花枝)を選んだ。選んだあとでなぜあのよくわからないやつを選ばなかったのだろうと己の保守性にうんざりした。後で調べてタウナギだとわかった。まあ、インドでの前科があるので慣れない食材は避けておくのが賢明だ、と自己管理の話で片付けておこう。
           意麺は、チキンラーメンの原型ともいわれている。「タイワニーズ」で読んで知った。安藤百福自体が述懐しているわけではなく、彼の出身地に似たような麺があるからヒントにしたのではといわれているだけのことだが、どっちにしても気になるじゃないか。


           ネットで検索して出てくる意麺は、炸醤麺のような外見をしているものが多いが、現れたのは思っていたのとは違うものだった。皿うどんのようだが、問題は麺自体だからまあよろしい。早速すするとたしかにこれはインスタントラーメン的な食感だ。チキンラーメンより太くてもっちりしているが、まあ概ねあんな感じだ。明星の「ぶぶか油そば」に似ている。
           まだ空腹なので胡椒餅を食べた。豚まんとピロシキが合体したような饅頭だ。これもなかなか美味いが、外で食っているとむちゃくちゃ暑い。摂食のせいで体温が上昇して汗だくになってくる。仕方がないのでコンビニでビール(台湾クラシック)を買ってホテルに戻った。


           ところでこの回廊のような構造は、台湾全土に見られるビル設計で、騎楼とか亭仔脚などというらしい。軒を連ねるビルの1階部分が、等しく凹んでいてアーケードのような構造になっている。雨や日差しを避けるためだが、私有地が歩道のようになっているのに驚く。幅は大体同じなのだが、高さはビルごとに結構まちまちで、何のきなしに歩いていると、ちょっとした段差でつまづきそうになる。日本が当初こういう格好で建築したのが由来で、「KANO」で出てくる戦前の街並みにもこの亭仔脚が確認できる。
           このコリドー的な構造と、大量の看板が台湾の特色のようだ。道路に対して直角に突き出た看板は、それ自体珍しいものではないが、とにかく数が多いのは確かで、示し合わせたようにどこの町も同じ街並みをしている。


          【La 美麗島粗誌】(3)旅の目的と書籍

          0

             一昨年、昨年と2年連続で夏のこの時期、海外を旅行した。その惰性で今年もどこかにと考えたとき「安い」「気軽」の条件を加えると必然、台湾になる。加えて、韓国、中国東北を既に訪れているのだから、かつての帝国版図だった台湾訪問は欠かせない。
             「週末台湾行ってきた」という知人は、過去に何人もいた。韓国よりも断然多いのだが、統計を確認すると日本人の渡航先は韓国の方が倍以上多い。都合の悪い統計には目をつむるとして、とにかく俺の主観の範囲内では最も気軽な海外旅行先が台湾という位置づけだ。なので俺自身はようやく訪れたという印象すらある。


             ひとえにこれまではあまり関心を持たなかったからだが、にわかに興味が湧いたのは、昨年だったか安田峰俊「境界の民」を読んだせいだ。「多くの日本人は台湾について、日本の敗戦・撤退後、国民党の軍政が続いてその後民主化された程度のことしか知らない」というような著者の指摘を見て、ギクリとしたからであった。俺もまさにそうだ。この本では馬英九政権末期の「ひまわり学生運動」関係者を取材しているのだが、そこから垣間見える現在の台湾の活気のようなものがやけに印象に残ったのだった。

             

             そういえば台湾には故宮博物院という世界的な博物館がある。国民党が大陸撤退時に持ち出した中華の秘宝を大量に保存している。東洋美術の学芸員をしている友人と巡ったらこれはなかなか楽しそう。共通の友人含め、「近いうちみんなで行こうや」などと話していた。


             それで今年になり、初めて台湾の人と知り合う機会があった。こうなるともはや行くしかなかろうと、勝手に天啓を感じて義務感めいたモチベーションが活性化する。飛行機のチケットを手配したら、次は頭でっかちの本領発揮で読書と映画だ。

             

             映画については既に書いた。韓国映画に比べると、日本市場での取り扱いはずいぶんと頼りない。レンタル屋になかなかないことはすでに書いたが、レンタル屋の配置も、「アジア」の棚に韓国映画に混じって置いていたり、洋画コーナーに置いていたり、まちまちである。「KANO」なんか日本の役者が多数出演しているせいか邦画の棚に置いているケースもあった。さすがに無知蒙昧ではないか。
             それに対して書籍だが、台湾に関係する本は身近な観光地だけあってかなり多い。ただし観光関連がかなりを占め、次に多いのは歴史関連。今の台湾について書いた本は案外見当たらない。安田氏の指摘通りに思えてくるが、まさしく求めていたそのままのタイトルの新書があった。


             これは馬英九〜蔡英文の政権交代を中心に、その背景等々を掘り下げて説明している。なかなか面白いのだが、政治の話ばかり読んでも仕方がない。もう少し別のテーマはないだろうかと新刊コーナーを眺めたら、これまた格好の本があった。


             へえ〜面白そう、とすぐに購入し、読み始めてようやく気付いたのは、著者が「台湾とは何か」と同じ野嶋剛であった。人材不足! まあつまりはこの野嶋氏が今の台湾関連では精力的に書いているといえる。
             この本は、日本で活躍する台湾ルーツの人々を取材している。蓮舫や、テルがまた老醜を晒した温又柔ら人選も興味深いのだが、「故郷喪失者の物語」という副題が台湾の特殊性をよく表していると思う。もちろん在日韓国・朝鮮人の場合も、国籍が向こうにあるだけで半島は異国にしか映らないという人もいようが、そもそも立ち返る場所はどこにありやという揺らぎの点で、もしかすると戦前に半島や満洲国で生まれた日本人の方が似ているかもしれない。その辺りの複雑さは「悲情城市」のところでも軽く述べた。付け加えると、冒頭に流れる玉音放送は「歓喜すべき敵の降伏」ではなくて、当時日本国民だった彼らにとっても敗北を意味し、同時に当時の日本人と違って何国民でもなくなった瞬間でもある。

             

             本書の登場人物の多くは、世代からいって祖父母や父母が激動の時代を生きているから、個人史を切り口とした日台の近現代史にもなっている。大変に面白く読んだ。合間に「私が台湾赴任時代によく行った美味い店」なんかも出てくるから少々マニアックな観光情報も得られる。
             いずれの本も、共通したテーマは台湾の複雑さだ。今風にいえば多様性か。説明にいちいち手間がかかると野嶋氏も自分で書いているが、たしかにややこしい。そのややこしさを生んだ原因として、日本の存在は物凄く大きいのであるが、多くの人はそれを知らない。俺もそう。裏を返すと、こんな風変りでおもしろい存在がお隣さんなのはラッキーなことでもあるんじゃないか。

             こちらは有名作家のルポ。氏はほかにも歴史関連のムック本も出している。「台湾」で検索しても引っかからないタイトルのせいで知るのが遅れた。「悲情城市」の視聴時、順番待ちの時間に棚を眺めていて知った。台湾各地を訪れ、素人目線で思ったことを綴ったような内容で、いってしまえばこのブログとやっていることは定義上は大差ないのだが、現地の人のサポートがある分、アクセスのよくない変わった場所に行っているのと、文章や考察に一定の格調高さがあるのはさすがキャリアのある作家といったところ。


             著者の片倉氏は、日本統治時代の建築物関連の本を多数出しているが、鉄でもあるらしい。うっすら鉄の俺としても興味深い本だ。わかりやすい鉄道利用ガイド本にもなっている。台湾鉄道旅の10大魅力として、「モーター音を楽しむ」が「友人をつくる」より上位に来ているところに著者のプロ鉄意識を感じた。

             駅舎や官公庁のような巨大建築ではなく、元は官舎や商店だったような小ぶりの建築物を中心に紹介している。多くが現在、喫茶店や書店などに再利用されているので、カフェ巡りのガイドとしても使えよう。何かのついでに立ち寄ることがあれば、くらいの感覚でこの本は持参した。


             「台湾とは何か」でも軽く紹介されている小林よしのりの「台湾論」は、日本で大いに売れた台湾本の一つだと思う。実は俺も当時買った。ただし熱心に読んでいた初期のころと違って惰性で買っていた時期なので、まったく読んでいなかった。実家に帰ったついでに埃を払って目を通してみたが、あのシリーズの例の調子がすっかりしんどく感じてしまってすぐやめた。惰性で買うのをやめたのも本書のころだったと思うが、あのころも、もうしんどいと思ってやめたものだった。ただまあこの人、似顔絵は巧い。似ているというだけでなく、実在の人物をちゃんとマンガのキャラクターとして描いているところはさすがだと思う。

             

             本の話はこの辺にして、旅の話に戻ろう。ちなみにくだんの学芸員はともに行く予定だったが、直前に「ごめーん、実は仕事が・・・」と断られた。


            【La 美麗島粗誌】(2)高雄その1_鉄道・文創

            0

               ホテルにチェックインしてまずは汗をぬぐった。気温は今時の大阪と同じか1,2度低いかもしれないくらいだが、湿度が高い印象。おかげですぐべたべたになる。
               ホテルのWi-Fiでようやくネットがつながったのはいいが、携帯がグローバル設定にならない。調べたら機種が古くて海外通話サービスが終了していることがわかった。そういえば、去年のインドでも同じだったと今さら思い出した。あのときは案内人がいたので何の不都合も感じなかったからすっかり忘れていた。
               Wi-Fiは、駅等、公共施設には配備されているが事前に登録しないと外国人は使えない、とこれまた今更知った。泥縄的に登録を試みたがうまくいかなかった。どうやら今回はホテルWi-Fiだけが頼みの綱で、電話は諦めるしかない。ネットはともかく、一人で観光に来ていて電話など必要かという疑問は当然だが、実は電話を掛けたい相手が一人だけいるのだった。


               とりあえず、時間の許すうち簡単に観光でもしよう。俺はまず美麗島駅の服務中心(サービスセンター)でICカードを入手した。台北では「悠々卡」、高雄では「一卡通」というイコカや「はやかけん」のようなカードが売られている。日本と違って少し安くもなるから必須である。ピッと改札をくぐってMRTで一駅移動した。料金は60〜70円程度。

               ちなみに桃園〜左營の高鐵は4千何百円。大陸よりは高いが、それでもかなり安い(博多〜鹿児島中央の新幹線の半額以下)。というか東アジアでは日本が突出して交通費が高い。物価の差異を考えても。一卡通に1000元チャージしたが、1週間の旅行で丁度空になるくらいだった。日本だと3000〜4000円のチャージなんか気づいたらなくなっている。

              上が高雄、下が瀋陽。転落防止柵が全面ガラス張りの壁なところと、テレビモニターに広告とあと何分で到着するかのカウントダウンが表示されている点が共通。

               

               高雄の地下鉄は、駅の構造や表示システムが大連や瀋陽の地下鉄と同じだ。車内が全体にプラスチックな車両も同じだった。違うのは、ドアが開くなり乗ろうとする人がいないのと、席取りに必死さがないこと。大陸では空いた瞬間誰かが座るので、「絶対に勝つ!」という悲壮感がないと椅子に座れなかった。こちらは日本と同じで空いていても立ち続ける人がいるくらいだ。

               一駅目の高雄駅で降りた。台鐵(台湾鉄道)高雄駅との結節点だ。台鐵は日本のJRを想像すればよい。この高雄の玄関口の隣に、旧駅舎がある。1941年という建築時期を体現する帝冠様式だが、小ぶりなので中国で見た威容や愛知県庁の異様と違って、かわいらしい印象を受ける。2002年まで現役だったというから驚く。すぐ横を高架道路が走っているのだが、この道路建設に伴い元あった位置から82m移動した、とこれは「台湾 日本統治時代の遺産を歩く」(片倉佳史)からの丸写し。

              駅の伝言板を久しぶりに見た。落書きするなら「XYZ」と書く世代。


               中に入ると、新駅舎の完成モデルが展示されていた。まだ15,6年しか使われていない現駅舎は改装予定で駅の周りは工事の囲いだらけだ。前掲の本によると仮駅舎とのことなのだが、それにしては昭和のJRの駅のような雰囲気がふんだんに漂う作りである。


               再びMRTで南下し、美麗島でオレンジのラインに乗り換え、終点の西子灣で降りた。名前の通り海辺の駅で、夕暮れ時にいちゃつくカップルもいる。中にはうっとり手を取り合っている男子同士もいて、さすがアジア初の同性婚合法化に踏み出した国といったところ(台湾は国という表記が微妙なところはあるが、ただの個人の旅行記につき面倒くさいので国と書く)。


               ここは港町として整備された高雄のかつての玄関口だ。広場には当時の線路がたくさん残っていて正直邪魔だと思うが、何となく雰囲気があるので歓迎されている様子。かつての玄関口につき、ここにも旧高雄駅がある。事務机なんかもそのまま置いてあってわかる人にはたまらなく楽しそう。当時浜線と呼ばれた地名がそのまま当て字で残って現在は哈瑪星という。

               線路の広場から海辺に進むと、古い倉庫その他が残っている。先ほどの駅舎と違って史跡というより観光マーケティング的リノベーションが施されているが、当地ではこういうのを「文創」という。日本でも古い倉庫街を改装して若人呼び寄せエリア化している地区があるが、あれと同じようなものだ。台湾の場合、島中のあちこちに古い建物が残っているのだが(日本同様地震が多いはずなのになぜだろう)、それらを解体するのではなく、いかに活かすかという試みが国を挙げて行われている。全国津々浦々「文創」だらけだ。
               とにかくここは旧満州国以上に当時の建物が残る島であり、当然旅の目的でもある。


               


              【La 美麗島粗誌】(1)解題と出発

              0

                 なかなか飛び立たないと思っていたが、到着は定刻だった。eチケットには「フライト時間3時間」とあるが実質2時間だった。近いものだ。値段も3万何千円。ホテル代も入れると、東京に行くより気軽ともいえる。
                 到着ロビーまでの長い通路をダラダラ歩いていると、隣の夫婦が「画数多いな・・・」と苦笑している。独自の簡素化を進めた大陸(中華人民共和国)と異なり、ここでは変わらず繁体字を使い続けている。このため大陸よりは遥かに違和感なく表示や広告の意味をくみ取れる。ただし、うっかり忘れてしまうが、日本社会も日本独自の簡略漢字を使って久しい。このため、今度は逆に漢字がやたらと難しく感じてしまうというわけだ。

                 例えば当地は「臺灣」と書く。「臺」はどうやら台と書くことの方が当地でも多いようなのだが、「灣」は湾とは書かない。「氣志團」だって、わざわざそういう表記を選ぶ必要はない。この島では普通に「氣志團」となる。目に入る広告がなんとなくヤンキー臭く見えてしまったのは彼らのせいだろう。学→學にしろ医→醫、体→體、対→對にしろ、これまでに日本社会のどこかで見たことがあるため読める。だが初めて知ったのは塩→鹽だった。ミョウバンや重曹ならともかく、水とならぶ身近な物質にしては難し過ぎやしまいか。


                 桃園空港に「高鐵」こと高速鉄道の駅があるのかと勘違いしていたが、捷運(地下鉄)で5駅ほど先の「高鐵桃園」まで行かないといけない。切符売場で係のおばちゃんから「台北行き?」とカタコト英語で聞かれ、「いいや、高鐵」とカタコト英語で答えた。英語の浸透は大陸(俺の場合、東北地方しか知らないが)より格段上で、年寄りも気軽に英語を使ってくることを考えると、日本や韓国よりも上をいく。

                高鐵桃園駅


                 駅に着き、終点「左營」までの切符を買った。「Zuoying」とアルファベット表記が出ていたのでそう伝えたが、まったく通じなかった。この後、何度か同じようなことに挑戦したが、伝わった試しはなかった。中国語(北京語)は大学で1年だけ勉強して、途中で投げ出したと勘違いしていたが単位は一応取っていた。この体たらくでどうやって取ったのだろう。
                 その上、出発時間を間違って購入してしまった。時差が1時間遅いのを忘れていたせいだ。窓口に並び直して直近の列車に変更を申し出ると「指定席は埋まってます」と言うので自由席券にしてもらった。指定分が返金される。こういうちょっとしたやり取りが日本と同じ常識で通用するところは、海外に不慣れな人間にとっては大変に楽だ。ちなみに最初に時間間違いの切符を買ったとき、要るのかと思ってパスポートを出したら「んなもんいらねーよ」とばかりに突き返された(大陸では必須)。

                 

                 ホームは「月台」という。地名みたいな名称なので、一瞬「月台行き」のホームかと思ってしまった。それをいうと、台湾中のすべての鉄路は月台に通じる勘定になってしまう。大学生のとき、「月極駐車場」は「月極」という企業がやっていると思っていた友人がいたのを思い出した。全国にどれだけ土地を所有しているんだという(月決と書く地域もある)話だ。
                 高速鉄道は、日本の新幹線を輸出したので本邦でも有名だ。車体だけでなくシステム丸ごと輸出したと聞くが、確かに自由席は端っこに追いやられている(ただし1〜3号車ではなく10〜12号車だが)。「自由座」と書かれた乗り口に並んだ。劇団の名前のようだ。というか大学のころそういう名前の劇団があった。やがて車体が現れた。色は違うが確かに新幹線である。当たり前だが中も同じ。ただしトランクケース置き場と、優先席(博愛座)がある。

                左營駅にて

                 

                 新幹線に多少興奮したが、いざ乗ってみると旅情が全く盛り上がらないのだった。うっすら鉄の俺としては、やはり国内では乗れない車両に乗ってこその旅だとわかった。輸出に熱心な人には申し訳ない感想だ。まあ、政府の鼻息とは裏腹に、残念ながら海外売込は割と連敗なのだが。


                 車窓からはだだっぴろい平地が見える。ここで地図を見てみよう。今回訪れることになるのは、これら台湾の代表的都市で、いずれも西側にある。高速鉄道はこれらを結んでいるのだが(正確には違うが後述)、西側は割に平だ。台湾には高い山などなさそうなイメージがあるかもしれないが、戦前は狷本最高峰瓩世辰真傾盪海あるように、割と急峻な地域もある。「セデック・バレ」でも確認できるこれら山がちな地域はいずれも東側。列車からは山らしきものはろくに見えない。

                  


                 想像しやすいように似たような大きさの九州と重ねてみると、台北は北九州、桃園が博多、台中が熊本くらいで、高雄は鹿児島くらいになる。左營は高雄の一区域になる。すっかり景色が工場だらけになり、次に日本でいうところの公団住宅だらけのようになったころ、到着した。この公団住宅街的なエリアは、「眷村」だろうと早速本で読んだ知識を思い起こしたのだが、本の話はおいおい書いていこう。
                 左營からは、捷運、別名MRTに乗り換える。要するに地下鉄だが、台北とここ高雄にだけ地下鉄がある。左營から6つめが「高雄車站」(車站は変換が面倒なので以下「駅」と表記)、7つめがMRTの2線が交わる要衝の「美麗島」だ。この美麗島のすぐ近くのホテルを予約したので、まずはそちらに向かう。

                 このステンドグラス調の駅構内・穹頂大廳は、旅行ガイド的には高雄の一つの象徴のような扱いとなっていて、旅行客があちこちで写真を撮っている。なぜかピアノも置いてある。駅の名前がドレミならぬミレドだからだろうか。美麗島とは、台湾の別称でもある。種子島に鉄砲が伝来したころ、この島を猗見瓩靴織櫂襯肇ル人が「Formosa(=美しい)」と感嘆したことに由来している。このため駅名のアルファベット表示も「Meili dao」ではなく「Formosa boulevard(=大通)」となっている。その台湾の雅称がなぜ高雄の一駅に採用されているかというと、かつてここ高雄で起こった「美麗島事件」という弾圧を記念して、ということらしい(Wiki情報)。古い言い伝えと生々しい現代史が交錯していてややこしい。

                 

                 話を戻すと、ドレミの島ならぬミレドの島につき、本連載のタイトルをラミレドソシとした。都合のいいことに「島」は女性名詞なので冠詞はLaで正しい。ファがないが、これは台湾旅行のファなしである。


                十分 Shifen

                0

                  新北・十分2018/8/7

                   

                  新北・十分2018/8/7

                   

                  新北・十分2018/8/7

                   

                  台北2018/8/7

                   

                  台北2018/8/8


                  台北 Taipei

                  0

                    台北2018/8/5

                     

                    台北2018/8/5

                     

                    台北2018/8/6

                     

                    台北2018/8/6


                    台中 Taichung

                    0

                      台中2018/8/5

                       

                      台中2018/8/5



                      calendar

                      S M T W T F S
                         1234
                      567891011
                      12131415161718
                      19202122232425
                      262728293031 
                      << August 2018 >>

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      • お国自慢
                        森下
                      • お国自慢
                        N.Matsuura
                      • 「続く」の続き
                        KJ
                      • 【映画評】キューブ、キューブ2
                        森下
                      • 【映画評】キューブ、キューブ2
                        名無し
                      • W杯与太話4.精神力ということについて
                        森下
                      • W杯与太話4.精神力ということについて
                      • 俺ら河内スタジオ入り
                        森下
                      • 俺ら河内スタジオ入り
                        田中新垣悟
                      • 本の宣伝

                      recent trackback

                      recommend

                      links

                      profile

                      search this site.

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM