【逸脱の安息日】弘法筆を選ばず

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     仕事上、赤ペンを消費するシーズンになっている。学生が書いたものを添削するために赤ボールペンを使用するのだが、大量に届くとシャーペンの芯のような、ボールペンにあるまじきペースでインクがなくなってしまう。それでコンビニで100円くらいのやつを買って・・・・・・、というのを繰り返していたのだが、近年、以前に比べて量が増えていることもあり、もっと書きやすいちゃんとしたものを選んだ方がいいのではないかと考えるようになった。要は、高いものを試してみようということだ。

     黒のボールペンは、大袈裟にいうと、カバンのようなファッション的位置づけも多少伴うから、1本くらい恰好いいのを持っておこうかという気分にもなりやすいし、何かの機会にそういうのをもらうこともある。だが、赤となると、完全に事務用消耗品というイメージなので、これまであまり「選ぶ」という発想がなかった。せいぜい芯の太さくらい。

     文房具を真剣に吟味するのは、受験以来だ。すっかり「書く」といえばパソコンになっているが、ノートにガリガリ書いているころは、筆記具の合う合わないは死活問題クラスの大問題であった。あれこれ色々なシャープペンシルを試して、最終的には鉛筆になった。鉛筆のころが一番成績が伸びたから、素手でトイレ掃除が好きなおかしな人々の喜びそうな話だが、鉛筆は素手ではないので、血文字が一番にならないと喜ばれないかもしれない。教科書通りの「正しい持ち方」をすると、鉛筆が一番しっくりくるんすよ。ま、全然字は綺麗じゃないんだが。

     会社員のころも、商売柄、筆記具が重要なアイテムだったが、会社支給のやつがいくらでも使えたので(その後経費削減のため管理が厳しくなったが)、こうなると特に気に入ってなくても選ばなくなる。こうしてサラリーマンは飼いならされる。自主映画を撮っているころ、ガンマイクは何がいいのか、テレビ局の知人に尋ねたら、「自分で選んだことのある人間がいないのでわからない」と言われたものだった。

     当時会社には、鉛筆、ボールペン、細いサインペン、色々あった。個々人、好みがわかれるのでこれだけ無駄に種類があったのだろうか。ただし色ペンは太いサインペンしかなかった。これは原稿をパソコンではなく手で書いていたころの名残で、赤や青は、原稿の修正に使うから、太いのが重宝されたのだろう。今となってはあまり使い道がない。

     俺の場合、鉛筆が好きなので、黒ボールペンも、案外この身もふたもないタイプがよかったりするが、ボールペンは少し太い方が字が多少マシになると最近気づいたので、これをよく使うようになっている。酒が飲みたくなる仕様だから、場合によっては仕事がはかどる。

     で、赤ボールペンだが、今のところ、これが一番気に入っている。200円ほどだから大した値段ではないが、安物だったら3、4本は買えるだろうから、それを考えると高級品だ。書き味がかなり違う。仕事もはかどる。

     ここまで書いて、弘法筆を選ばずという言葉が浮かんだ。名人は道具を選ばない、転じて道具のせいにすることを戒める意味だとネットの辞書には出ている。後半はその通りだと思う。ダメなやつはすぐよそのせいにする。俺もこの前、営業の人が得意先に「値下げを求めらちゃって……」とコボしているので、「政治が悪いんだ政治が」と言ったばかりだった。

     だが名人は道具を選ばないというのは本当だろうか。スポーツ選手は自分の道具を相当神経質に「選ぶ」。ちょびっとだけ短くしたり重くしたり。「一投に賭ける」でもそんな話が出てきた。余談だが、大リーガーのロベルト・アロマーが、オールスターでイチローと会ったときにバットを貰い、うれしくなってそれを使いだしたらヒットを量産したという笑い話がある。この場合、道具が凄いのか、アロマーが他人バットでも打てるということか。まあ前者だわなあ。

     名人は、選ばないのではなく、間口が広いのだと思う。ロックバンドの人気のギタリストが、楽器屋で安いギターを手に取って、「これおもろい音出るやん(英語)」とご機嫌に鳴らす、ああいうやつだ。そういえば知人の写真家は、安物のカメラでも「これおもろいやん」と、あれこれご満悦で使っていて、ライカにこだわっている様子は微塵もなかった。

     筆記具でいえば、マンガ家はペン入れの際、Gペン丸ペン以外にも、筆や鉛筆、ボールペン、割りばし、はてはパソコン等々いろいろ使う。この場合は、全員が全員あれこれやっているわけではなくて、各自それぞれの方法論があるだけなので、話は少し違ってくるかもしれないが、どういう方法であっても正道/邪道という観念は特にないというのは共通しているように見える(参考資料「漫勉」)。浦沢直樹も「俺もこれ真似しよう」としょっちゅう言ってるし。
     特にまとめのない話なので、この辺りで仕事に戻るとする。


    【逸脱の安息日】さらに10年さかのぼる(2)

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       ついでのついでなので、「センター試験を振り返るみっともないオヤジ」のワンステージ上をいく、「卒論を振り返るみっともないオヤジ」を提出シーズンは微妙に過ぎてしまったが、ダラダラ書いておこうと思う。

       先ほどの引用からおおよそ察せられると思うが、テーマはマンガだった。就職活動のとき、提出書類に「卒論のテーマ」という欄があったときには格好つけて「GHQの言論統制」と書いていたが、実際にはマンガだった。我ながら情けない。専攻を選ぶときの馬鹿馬鹿しい顛末は前にも書いたが、結果所属したゼミは、近現代史ならテーマは何でも可というユルいノリだった。

       恩師は当時、在日コリアンについての書籍を出版したばかりで、その制作過程で出版社の人にエラく怒られ「いやあ、論文と一般書籍はずいぶん違うもんなんだねえ」と語っていたものだが、その後10年以上たって、自分がその「出版社の人」と出会うことになるとは思わなかった。同じく怒られたし。

       とにかく教授は当時そんなテーマに取り組んでいて、そして大阪はそれにふさわしい歴史を歩んだ町だというに、ゼミ生各自、ええ加減なテーマを選んでいた。満洲の開拓移民がどうのこうのというド直球の人が若干名。それから前に紹介したコムラ君のが面白そう&関西的なテーマだったが、あとは俺も含め湿気たものだった。

       マンガを選んだのは、文献を読むのが楽そうだという実に残念な理由と、当時マンガ研究が盛り上がっていた時期なので、流行に乗っかったという部分がある。受験浪人のころだったろうか、そういう本を読んで結構面白いもんだと感銘を受けた覚えがあるから、一種の憧れをなぞってもいた。でもまあ、研究者ならいいとして、学士の身分では、大学でやることかよ、とはどうしても思ってしまう。行きそびれた騎馬民族の研究の場合、レ点なしの漢文とかトルコ語とかドイツ語とかをゴリゴリ読まないといけないので、訓練の度合いが違う。文学部の場合、一般人が見る気も起らない文献や書籍に、どう接していいのかという訓練が、まずもっての入口だろうと思う。

       唯一よかったと思うのは、過去のマンガを文献として見ないといけないわけだが、古いマンガ雑誌を大量保存していたアーカイブが、大阪にあったということだ(京都のマンガミュージアムは当時まだない)。というか、雑誌を閲覧できるアテもないのにテーマに選んでいるところが恐るべき計画性ゼロだ。東京に何度行かないといけないのだろうと新幹線代を想像して青くなっていたのが、よくよく調べたら大阪にあって、そこから急に卒論準備が楽しくなった。地元で調べられるのだから大阪の大学に通った意味もあるというものだ。

       おかげで材料が十分すぎるほど集まったので、安心していたら、書くのにやたらと時間がかかった。構成は出来ているのに、いつまでたっても終わりにたどり着かないという感覚は、昨年書いた「虹色の霧P」とばっちり重なる。卒論は締切があるから事態は深刻である。ついでにコピーしたマンガを資料としていくつか本文に挿入したが、今と違ってクリック・ドラッグでは済まない。ワープロだったから、必要そうなスペースを見当つけて改行の空白を作り、そこにコピーをチョキチョキハサミで切って糊付けした。こんなことをしているから、提出できたのは締切日のギリギリの時間だった記憶がある。

       ちなみにそのありがたい施設が、橋下府政でそこそこの騒動の末に廃止になった国際児童文学館である。現在は東大阪の府立図書館内にこじんまりと移動して、「みんなここを使ってくださいいい施設ですよ」的な悲痛な掲示が掲げられているが、当時は万博公園に立派な建物を構えていた。4年生の一時期、毎朝そこに通って、古いマンガ雑誌(正確には子供向け雑誌)を閲覧したものだった。都会を都会たらしめているのは、こういうチャンネルの多様さであって、「都」を戴くことではない。

       文学部的研究は、要するに現物にいかにたくさん触れるかにかかっている。それが青銅器に刻まれた甲骨文字であったり、日本語訳でも理解不能な哲学書だったり、当時の新聞だったり、専攻によっては土器、陶器、絵画等のブツも含まれるわけだが、何せマンガなので楽だった。その代わり(?)、とにかく大量に見た。当時すでにマンガが進化した時代だったので、どれもものすごく退屈にみえる作品だから、ある意味頭痛に苛まれ苦労した。「鉄腕パンチくん」とか「ピンチくんの夏休み」とか、検索してもヤフオクか古書店のサイトしか出てこない、完全に歴史の波に埋没した作品ばかりである。パンチにピンチを描いたポンチですな。えーっとペンチはどこにしまったかしら。

       内容も全く覚えていないが、「パンチ力の強い少年がボクシングをする話」と「おまぬけなピンチくんが巻き起こすささやかな騒動」で相違ないと思う。とにかく、実物を大量に見たのだけはよかった。反射的に是か非かを判断するのではなく、こうやってなにがしか事実の積み重ねをしたところから出てくる言葉は、重みを持つものである。別に卒論の出来が優れていたといいたいわけではない。大方の卒論がそうであるように、8〜9割がた、どこかの誰かが書いた本や論文の寄せ集めである。自前の「論」につなげる解析力や思考力はなかった。だが、パンチ君やピンチ君が隆盛を極めた連載作品群の中にあっての、「LOST WORLD」(手塚治虫)という英文字タイトルは、それだけで本当に鳥肌が立つ感動だった。

       横文字でかつ、主人公の名前とは無関係のタイトル。ついでに、当時は1コマ目にタイトルを書くのが当たり前なところ、いきなり話が始まって、タイトルは途中のコマで出てくる。さらには、ちょうど連載開始の第1話の号を閲覧したのだが、話の始まりは、すべての冒険が終わった後の時点。「あれは私の人生の中でも不思議な経験だった」というような主人公の回想から物語は始まる。作品を単体で見てしまうと気づかないが、同時期の他の作品と比べると、次元の違いがよくわかる。

       これを見てしまうと、後世すでに巨匠という地位が世間的に確立されている中で巨匠として語られる手塚治虫評のいかにちっぽけなものか。そこにあるのは誰かが言っていることの引き写しでしかない。結果、「〇〇は手塚治虫が考えた」という事実誤認がまことしやかに語られることにつながる。「ブラックジャック」や「火の鳥」を読んで、「何これ?おもろいやん」と素直に単純な感想を述べている方が遥かに健全である。

       こういう、いちいち現物に触れる作業はしかしながら、当然、骨が折れる。桶狭間の戦いって何ですかと問われ、わざわざ桶狭間まで行ったり、信長公記を読んだりするということは、日常生活ではやっていられない。児童生徒なら教科書を読めばいいし、大人ならとりあえずウィキペディアでよろしい。それでより詳しく知りたくなったら、本屋か図書館に行けばいい。というように、基本的には専門家にお任せするしかない。大学無償化なり給付型奨学金なり、この手の支援の趣旨は、このような我らの代理人の育成であって個人に対するカンパではない。全員が専門家になるわけではないから効率の悪い支援ともいえるが、少なくとも入口段階では誰がそうなるかなどわかりっこないからこれが一番いい方法になる。

       ただし、本を読むのもそれなり時間がかかるし、ときに専門的な話は専門家がかみ砕いてもまあまあ難しいし、専門家自身、研究を通じてスパっとわかることより余計に疑問が増えることの方が多いしで、詳しい人ほど「ズバリ言うわよ」という修辞法は取らず、結構消化不良な説明になりやすい。結果、ポスト真実みたいなことになる。

       上は時の権力者が、下は小銭稼ぎのチンピラが、嘘をどんどん垂れ流す時代、真面目に育ってしまった身としては、堂々と嘘をつかれると一瞬「あれ?」と困惑させられるから困る。ついでに「いや、それ嘘やろ」と思っても、そう思う自分の側の根拠が、誰かが言っていることのまた聞きや受け売りだったりすることもしばしばだ。新聞に書いていた、というのも、昨今の新聞が信頼できるかどうかさて置き、厳密には受け売りの部類である。本来はそれで充分のはずだが、オルタナなんちゃらなどとなんでも相対化されると、まともな書き手の本を読んで知った、ということすらも相対化(というより正確には馬耳東風)されるから、カオスだ。

       そういう中、8割ほどは人様の本の受け売りとはいえ、少なくとも残り2割は自分で現物に触れて調べた当時の卒論は、一応すべきことはしたんだなという指さし確認ができて、ちょっと救われたのだったが、そういう俺は、これは完全に中年をこじらせ始めている。いやはや。
       ところでマンガを読みまくっても、それだけでは論文にならない。何かしらの問いを立てて考察しないといけない。すでに述べたように、「GHQの言論統制」などと取り繕っていたのは、これがその問いの一部というわけだ。その中身についてはまた機会を改めて、などとこじらせながら思っている。


      【逸脱の安息日】さらに10年さかのぼる(1)

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         ついでなので、さらに昔の自分の文章に触れた話を書いておきたい。
         また話は脱線する。以前にこのブログで、フロリダ・マーリンズのチカチカする昔のユニホームについて触れたとき、画像をリンクで済ませたのが若干悔しかった。というのも、西武からマーリンズに入団して水色ユニホームからよりチカチカする水色ユニホームになったデストラーデが表紙を飾った雑誌を、俺は持っているからだ。だが実家にあって手元になかったから、リンクで済ませた。
         そして帰省したとき、それを押し入れから引っ張り出して写真を撮ることにした。俺にとっては、野茂以前に大リーグ入りしたプロ野球選手というイメージだ。すでにこのころ、元阪神のフィルダーや、元巨人のガリクソンが大リーグで活躍していたが、インパクトとタイミングで「日本からアメリカに行った」という印象が強かった。フィルダー、ガリクソンとも日本での活躍と期間はデストラーデに及ばない(ガリクソンは投手だが)上、アメリカに戻った時期が微妙に早かった。NHKのBSで中継が始まったころには2人はすでに大リーガーだった。一方でデストラーデは、俺が中継を見るようになって選手やチームを覚えた後に渡米しているので、「おー、日本から行ったか」と、印象が強かったのである。フィルダーやその後の野茂と違って、全然活躍できなかったけど。

         それでこの雑誌を探し出したとき、同時に自分の卒論も見つけたのだった。ついでに成績表もあって、以前に「中国語の授業は3回くらいでやめた」と書いたのは記憶の書き換えであることが判明した。ちゃんと単位を取っていた。なのに何ひとつ覚えていない。余計に深刻だ。

         卒論を「見つけた」というのは正確ではなく、そこに卒論をしまっていたのは知っていた。単に見るか見ないかの話で、今までは全く触れる気も起らなかったのが、ふと読んでみようという気になった。時の流れ、と同時に義務感みたいなものでもある。普段、学生相手に偉そうにしているので、だからこそ学生時代の自分の文章を見ないフリをしていたのだが、見ないとあかんだろうという殊勝な気分になったのである。

         で、読んでみると、予想よりはるかにマトモな文章を書いていた。ほっとすると同時にちょっと驚いた。「無論これはマンガに限った現象ではなく、時代小説や推理小説、歌謡曲やロックなどといったいわゆる大衆文化には付き物の現象で、大衆文化は往々にして大衆の支持と識者の評価が反比例するものである。逆にそれが大衆文化のアイデンティティーと言ってもいいかもしれない」。青年、いつの間にそんな書き方覚えたん?と、つい笑ってしまう。手前味噌だが、大学4年生にしてはよく書けている部類であるのは、普段学生が書いた文章を読んでいるので間違いないと思う。

         いうまでもないことだろうが、もちろん稚拙な部分もある。文章が拙い学生によく見られる謎の傾向のひとつに、文末にやたらと「〜のである」を連発する行為がある。

        「実際にやってみると、予想以上に難しかったのである。私はよくミスしてしまい、何度も店長に怒られたのである。そこで私は、ミスを繰り返さないように、その日やった仕事について、帰宅後にメモを取るようにしたのである」。

         例えばこんな具合。どうしてこうなるのか意図はよくわからないが、とにかく何だか馬鹿っぽい文章になる。そして自分の卒論でも、なぜか1ページだけ、この「のである多発症」を患っている箇所があった。1ページだけで終わっているのが救いだが、逆になぜこのページだけ「のである」を乱発しているのだろう。

         まあ全体的には予想よりはるかにマシだったのだが、それにしても10年前の自分の文章にガッカリして、20年前の自分の文章に安堵するとはどういうことだろう。

         文章の種類の違いというのが大きい。卒論だからちゃんと書かないといけない。緊張感が違う。何しろ提出の後に教授3、4人を前にした口頭諮問があったから、雑な文章では面罵されてしまう。参考文献にいっぱい論文や本を読んだから、それが論文的文章力の向上にも一役買っているだろう。でも一番大きいのは、論文の文章は完全なる書き言葉であり、読み手も明確で、何のために書いているかも明らかだからだろう。その点、自分のためにフリースタイルで書く文章とは難易度が低い。

         これは俺個人の話であって、他の人はまた違うと思う。要は俺は小理屈的な文章の方が得意だということだ。このブログの文章も迷走の末そうなってるし(ただし大学院には進学していないので、がっちがちの論文文体は読むのも書くのも苦手だ)。逆に自分が書く文章の中で、最も苦労するのが歌詞である。バンドで何曲か作詞したが、毎回何も言葉が出てこなくて、文章を一応生業にしているのに、文章が書けない人の気持ちを疑似体験している。

         このブログにしろ、脚本にしろ、すぐ理屈っぽくなるのは、会社員時代の文章修行の影響だと思っていたが、元からそうだったという自分史の発見をひとつしたという話である。


        【逸脱の安息日】文体再点検(2)

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          (続き)
           話を「ですます」に戻す。この語尾の使用と、音便を含む文体を用いた当時の俺の文書が生み出す寒さについて考察してみたい。
           小学校の作文でまず習うのが、この「ですます調」だ。このためか、初心者向けの表現という印象があるかもしれないが、実際には「ですます」の方が常用体を使うより文章としては難しいと思う。「あのころは楽しかった」に対して、「あのころは楽しかったです」は、どことなく幼い印象が漂う。

           仕事で学生の書いた文章をよく読む。大学生が書く文章で「ですます」を使うのは、就職活動のエントリーシートだ。志望動機とか自己アピールとかを書く書類であるが、なぜか「ですます調で書く」という固定観念がある。同じ就職試験でも、論作文試験の場合はですますは使わないというのが常識として浸透しているが、エントリーシートになった途端、皆一様にですます調で書く。おそらく、自分の紹介的な趣旨の設問について書くので、手紙を書いているような気分になるからだろう。ついでにそこに「ですますで書かないと失礼」という俗説が流布している。ならばなぜ論作文は、同じく採用担当者が読むのに「ですます」じゃなくてもいいのかという疑問が湧くが、とにかくエントリーシートの場合、自己紹介的な色合いが強い分、ですますが常道だと思わせるのだと思う。
           俺は学生には「ですますで書いてもいいことはひとつもない」と言って、使わないように指示している。理由は色々あるが、最大の理由だけ紹介しておくと、きれいごとに流れやすいからだ。

           今度は話が仕事の方にズレているように見えるが、後で主題に収束していくはずなので、安心してください続けますよ。

           就職活動に臨む学生は、「それっぽい美辞麗句」で武装する。大抵はその時々の流行りをトレースするので、ここ数年は何かというとすぐ「寄り添う」のだが、この手の武装は実際にはほとんど役に立たない。このため武装解除が俺の仕事になるのだが、「ですます」で書く人ほど、この武装が激しい。どうしてそうなるかといえば、「ですます」は、文体として相手(面接官)に語り掛ける度合いが強いので、面接の場でつい肩ひじを張って背伸びをしてしまうのと同じ回路で、この武装現象が起こるのだと推測する。
          こう考えてみて、本題である自分の文章のですますが生む拙さと、矛盾が生じていると気づいた。

           2006年当時、俺がブログで「ですます」を使っていたのは、軽やかさを期待してのことだったと思う。これが「でしょー」等の表現と相まって、全体として寒々しく映る。「雑さ」についてはすでに述べたが、もう一つは、読み手の反応を期待・想像しているというようで自己完結してしまっている「自意識過剰一人芝居」とでもいうべき上滑りが、読むに堪えない状態を生んでいるという点だ。

           うまく説明できない。先ほどの例「それだけ成長してるってことでしょーと理解して自分を鼓舞してますけど。で、話は全然関係ないんですが、」でいえば、この軽薄な語り口調は、誰かメッセージの受信者をイメージしているようで、していない。当時も、読まれることを前提にはしている。固有名詞は確認して書こうとか、どこかの舞台関係者が読んで揉めたら嫌から控えめな表現にとどめておこうとか、そういう基本的なことは考えていた。逆に今は特定の誰か、例えば読んでいることが確実な知人等を明確にイメージして書いているわけでもない(たまに内輪向けのことを何の断りもなく書きはするが)。ブログだし、自己満足のために書いているから、自己完結なのは変わりがないといえばない。

           ただ、「でしょー」というおどけは、いかにも受け手をイメージしているようで、その実していない。そのような相対的なマイナスによって、「より受け手を意識していない」という比較級の話でもあるがそれだけではない。似顔絵を描いた当人が、その横に「←似てねー」と書く自意識構造と似ている。

           あれは「似てないぞ」と指摘される懸念を先回りする自己防衛の側面もありつつ、「←似てねー」も含めたギャグでもあり、本当に似ていないならまだしも、大抵はちょっとは似ているから、似ているようないないような絵と「似てねー」という作者による裁定がトータルされて、受け手にとってのメッセージは無効になる。「←似てねー」は受け手に向けているようで、先に自分で咀嚼してしまっているのだ。それらをひっくるめて「自意識過剰一人芝居」といっている。俺の過去の文章例も同じ臭気がする。「ですます」の機能不全も、同じ線上にある。

           そこで矛盾するのが、面接官を意識して「ですます」で書く学生の姿勢だ。俺が読み手を意識していないなら、「ですます」は使わないことになるが、使っている。そのちぐはぐが、文章を拙いものにしていると見ることもできるが、では学生が書いた内容は、面接官への効果的なメッセージになっているかというと、そうでもない。すでに述べたように、大抵は武装がきついから、読んでも何も頭に残らない。

           思ったのは、学生自身も受け手を意識しているようで、その実あんまり意識して書いてはいないという仮説だ。彼らが意識しているのは、読み手ではなく、就職活動にまつわるあれやこれやのボンヤリしたイメージの総体であり、その「人」かどうかもあやしい塊に向けて書いている。いや、何かに向けてというよりは、その何かに自分を合わせる行為をしているに過ぎない。その点やはり武装なのだ。

           そして当時の俺の文章も、似たような感触がある。身の丈に合わない背伸び、ということになろうか。


          【逸脱の安息日】文体再点検(1)

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             昨秋、「消滅した過去日記の原稿入手」の話を書いた。書いたついでに実際に「さかぼり掲載」をやってみようと、「入手した」自分の昔のブログ記事を眺めてみた。眺めてみてまず気づいたことは、2006年の記事しかないので、「名目10周年」を「11周年」に引き延ばすことはかなわないということだった。「50年前の書籍を探し出すより、10年前の雑誌の方が難しい」と書いたが、10年以上前の私的文章は難しいどころか不可能なのであった。

             仕方なく2006年の記事を眺めているのだが、やはりゾッとする下手さだった。文章が上手い/下手というと、プレバトの俳句の先生のような「素人的にはイイ感じに見えるが玄人的には論外」というようなものを想像されるかもしれない。あるいは、公共のトイレの鏡でたまに見かけるしつこい整髪作業のような、当人にしか違いのわからない有意性不明の試行錯誤を想像されるかもしれない。
             どちらでもない。「下手」というより「寒い」といった方が正確だ。デビュー間もない未熟な芸人の、ちょっと見ていられない拙さ。あれによく似ている。すっかり人気者になった芸人が、昔の映像を晒されて「やめてくれー」と遮る、バラエティでたまに見かける場面と自分が思い切り重なった。今から10年前だから30歳を過ぎているのだが、その年齢でこの落ち着きのない文章は、自分でも意外であると同時に、来し方を振り返り、文章とは無関係のことまで反省してしまうに十分だった。

             クスっと笑ってしまうような軽いノリを目指そうとして滑っている。そんな印象だ。記憶をたどると、おそらくこのころ、大槻ケンヂの文章を真似したいと思っていたような気がする。軽いノリのとぼけた文章がとても上手い人だ。日常の些細な身辺雑感を、抱腹絶倒の話に仕上げてしまう。その文章力に憧れて真似をし出した時期だったと思う。

             軽いノリを出そうとして滑るのは、必然なところもある。言葉の選び方が話し言葉寄りになる。そして話し言葉は往々にして粗雑な表現である。そして粗雑は寒さを呼びやすい。
             演劇でもよく見かけたものだが、笑いを狙おうとしてうまくいかない役者は、ほとんどが勢い任せで丁寧さがない。笑いはパッションだのテンションだのが優先するというイメージがあるからだろうか。そこに「自分は笑いが取れる」という自己顕示欲も相まって、勢いづくのは滑稽さではなくただの我欲になるからである。
             上手い漫才師をよく観察すればわかるが、彼らは演技が上手い。言い換えれば、表情の作り方や間の取り方が丁寧だ。必ずしもパッションだのテンションだけではないし、ボケのセンスだけでもない。つっこみの言葉の選び方で笑いを取っているコンビが、昨年は優勝していたが、こういう慎重な言葉選び同様、表情や間も作り方などのいわば「演技」を、うまいコンビはしっかり丁寧にやっている。

             順序が逆になってしまった。主題は演技ではなく文章だ。演技が粗雑になると滑るのと同様、文章も粗雑になると滑りやすい。そう書こうとして言葉選びの話が先に出てしまった。くだんの過去記事から実例を挙げてみる。

            「それだけ成長してるってことでしょーと理解して自分を鼓舞してますけど。で、話は全然関係ないんですが、」

             まず目につくのは、「でしょー」の「ー」だ。昭和軽薄体と呼ばれる文体を彷彿させるが、文字通り、軽薄だ。おどけを表そうとしていると推察する。「してるって」「鼓舞してます」「関係ないんですが」といった音便も目立つ。音便は話し言葉由来だ。これらが「話し言葉を用いることによる雑さ」の例だ。
             いわゆる「ですます調」を用いているのは、この当時の試みだ。今でもたまに使う。大抵は偉そうに映りそうなことを書くときか、嫌みを書くときに使っている(「だ・である」の常用体に「ですます」が混ざるのは、文章の基本としてはアウトだが、ブログなので勝手気ままにやっている)。いずれも重量を軽くする狙いがあるので、この当時も、軽さを出したくて使っているのだろう。結果、しっくりこなくて現在はやめているということだ。

             余談だが、このころは一人称もまだ揺れていて、「私」になったり「僕」になったりしている。一人称がブレるのは、まるで思春期だが、曲折を経て、現在は「俺」を使用している。偉そうに映るから文章では敬遠されがちな一人称であるが、当人が偉そうなのだから諦めた。実のところは「偉そうに見える一人称をあえて使う」という、屈折した自虐も意図としてはある。自伝なんかで「俺」を使う著名人は、大抵は仲良くなれそうにない人が多いから、それをあえてという自虐なのである。

             文章における一人称の迷走の際たるものは「オイラ」だと思う。「私」でも「僕」でも「ボク」でも「俺」でも「オレ」でもない末の選択。ただしビートたけしの専売特許のような印象があるので、一般人が使うとクリエーター気取りの自意識過剰が漂って寒い、というのが個人の見解だ。町山智浩も使っているが、あの人は物書きとして売れているから問題ない。我が故郷の方言には、男性の一人称に「うら」がある。父親や親戚が実際に使っていて、おそらく団塊の世代以下の人は使っていない。俺ももう少し年を取ったら使いたいものだ。この「うら」は「おら」の変形版だと思う。そこで「オイラ」に対するアンチテーゼで「ウイラ」というのを一度考えたことがあるが、一人称であることすらも伝わりそうにないので使ったことはない。

             「逸脱を恐れないのがエッセー」なので、遠慮なく話が逸れている。
            (続く)


            熱燗同盟軍と冷酒帝国主義ストライクスバック

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               ともあれ、こうして甘辛い食い物と相性のいい熱燗をつい飲み過ぎてしまうのが30過ぎて以降の定番の正月の飲食事情だ。寒いから余計に美味い熱燗だが、日常、居酒屋で注文することはあまりない。居酒屋に置いている熱燗は、大抵安酒を使う。俺は筋金入りの酒飲みではない甘ちゃんなので、大手メーカーの安い日本酒を飲むとすぐに頭痛がしてしまう。それでも昔は気にせず飲んでいたが、悪酔いが目だつようになってきたのでやめた。

               実家だと、地元の酒を熱燗にするので頭痛はしない。特別高いわけでもなく、1升千何百円かの本醸造だ。居酒屋でも、これくらいの酒を熱燗にしてくれれば存分にいただきたいのだが、「地酒」というカテゴリになった途端、我々熱燗同盟軍は、往々にして冷酒帝国主義の前に屈することになる。

              「この〇〇ってのを、酒を熱燗でもらえません?」
              「いや、これはちょっと熱燗では…」

               単にひと手間が面倒くさいというのならともかく、多くの場合、このように勿体ぶって断られるのがオチだ。まるで、寿司にケチャップをかけて食べたいとでも要求しているかのような「間違った注文をする味音痴」をたしなめるかのような口調が大抵漂う。これに我ら熱燗同盟軍は気分を害するのである。

               店主がその酒に合った飲み方を薦めている、という理屈は成立する。本心のところは「好き好きやんけ」と思うが、この客側の姿勢が絶対善でないこともわかっている。寿司にケチャップをかけたいという客の申し出を、店は断ることができる。確か法律的にもそうだと行列の相談所か何かで言っていたようなあやふやな記憶がある。だが、冷や(ないしは常温)か燗かなど、カキフライをウスターソースで食うかタルタルソースで食うかくらいの常識的な範囲内の選択だと思うし、何より、店主や店員が、必ずしもベストな飲み方の提案をしているわけではないということを経験上知っている。温める手間が面倒くさい本心を取り繕う理屈の可能性もあるが、おそらくはただの思い込み、価値観の押しつけである。帝国主義呼ばわりする所以である。念のため断っておくが、冷やを否定しているわけではない。単に好き好きだと言っているだけである。

              「大吟醸ならわかりますけどね」
               以前に以上のような話をしたときに、このような但し書きをつけると、同盟軍のT同志は、「いや、大吟醸だろうと何だろうと飲みたけりゃ熱燗にすればいい」と断言した。何でも、知った蔵元の社長がそう言っていたのだという。俺もまた、思い込みに侵されていたということだ。まあ、熱燗にするとおかしな味になる大吟醸は存在するが。

               そして今年の正月は、父親が話のタネにと、いつも飲む地酒の蔵元が出している中で最も高い大吟醸を購入していた。桐箱に入っているうえに、瓶にラベルの類を一切貼っていないという高級演出溢れる一品だった。こんな話をしておいて何だが、常温というか、寒い廊下に置いていたので実質冷酒でいただくと、高い日本酒にありがちな、とても危険な味だった。いわゆる「水のようにいくらでも飲める味」だ。

               一杯目は芳醇な香りがふんだんに漂うが、二杯目からはよくわからなくなる。一口目は感動するが二口目からわけがわからなくなる霜降り牛と似ている。牛肉と違うのは、濃さに負けることは全くなく、むしろ何杯も飲めてしまう(そして自覚のないまま泥酔して気絶する)ことだが、味がわからなくなる点では似ている。せっかく高いのにもったいないという点も。

               というわけで、やはり本醸造の熱燗が、俺にはもっとも美味い酒である。繰り返すが、冷やだの大吟醸が好きな人はそれでよろしい。酒に限らず「〇〇が正道であり、それ以外は邪道」という格好つけた押しつけは慎む方が、幸せな社会になると言いたいのである。


              名目10周年の「試み」(3)

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                (続き)
                 「エッセー」というと、モンテーニュ「随想録(エセー)」をまず思い出す。もちろん口から出まかせステカセキングだ。実際のところは、阿川佐和子と椎名誠あたりの名前がまず浮かんだ。どちらも読んだことがない。そうしてみると、商業媒体的発想に脳が毒されているとか何とか長々と述べたが、単純に、縁のないジャンルだったので思いつかなかっただけのような気がする。

                 さてこの、エッセーの定義は何だろう。グーグルで検索すると、まず以下のように表示される。

                1.自由な形式で、気軽に自分の意見などを述べた散文。随筆。随想。
                2.特殊の主題に関する試論。小論。

                 1の定義は俺のイメージそのままである。「自由」「気軽」。椎名誠そのままである(読んだことがないので偏見だ)。そして今の俺が試みようとしているのは、より「自由」でより「気軽」な文章である。いいぞ、その調子だ。

                 ただ、検索結果の頭に出てくるこの辞書のような機能の出典は何なのだろう。よくわからない。学生には、ネットで調べるときに1個だけ見て満足するなと言っている。実際、検索トップに出てくる記事を丸写ししてレポートを書く学生は少なくない。ひどいケースだと、検索候補の2つめに、トップの記事(丸写しレポートの元ネタ)を全否定している記事が出ているときがある。どんな視野をしているんだ。閑話休題。というわけでコトバンクを覗いてみる。

                「自由な形式で、通常はある1つのテーマをめぐって書かれた散文。語源は「試み」の意であるフランス語のessaiより。」

                 ここで俺は、曲がりなりにも教壇に立つはしくれとして、一応仏和辞典を引いてみる。半分以上は、「辞書を引いた」と書きたいから引いている。ブログに書くことがないのでわざと転ぶような行為と同類である。するとたしかに「試み」と書いてあるが、トップに掲載されているのは「試験、テスト」だった。もともとは無機質な印象の言葉のようだ。そして4番目に「随想、エッセー」と書いてある(Jeunesse仏和辞典)。「エッセイ」なのか「エッセー」なのかは、これで解決したものとする。より発音に近いカナ表記は「エッセ」だが、スノッブめいてくるので採用しない。

                 さて問題は、コトバンクの説明の続きである。ちなみに出典は「知恵蔵2015」とある。

                「話の筋道が整合的な体系に回収されてしまうことを何より忌避して、複数の論理や断片的な思考に積極的に身を任せ、脱線や逸脱や逡巡をいとわない。安直な全体化に執拗に抵抗する、そんな自由な思考の「試み」にこそ、エッセイというジャンルの本質がある(P.グロード、J‐F・ルエット『エッセイとは何か』、1999年)。」

                 にわかに難しくなってきた。文意も難しいが、要求していることも難しい。要するに、綺麗にまとめてわかったような内容になることを嫌い、あーだこーだととにかく考えることということか。全然気軽ではない。むしろ重厚な思考の営みを要求されている気がする。それにしては、本屋のエッセーコーナーに置いてある本て、大抵ページ数少なくないか?

                「この用語が厄介なのは、これを「エッセイ」と訳すか、「随筆」「随想」と翻訳するかで、日本語ではそれぞれ異なる書きものを指してしまうからであろう。」
                「欧文では、ジョン・ロック『人間悟性論』(1690年)もジャン=ジャック・ルソー『言語起源論』(1781年)もチャールズ・ラム『エリア随筆』(1823年)も、その原題はすべてessayないしessaiなのである。」

                 なるほど、日本の場合は「気軽」が前に出ているのか。図書館のエッセーの棚を見ると、「エッセー」のイメージには遠い重厚な内容の本が置いてあるのとしばしば出くわす。分類がわからないからここに置いているとしか思えなかったのだが、この語義を踏まえると、案外間違いではないということになる。

                 結局のところ、エッセーが何なのかよくわからないのだが、エッセーの定義自体、「整合的にわかること」を拒絶しているようなので、わからないままでいいことになる。よくわからないまま、試しに書いてみようと思うわけだが、これまた語義に従えば、「試し」こそがエッセーである。

                 書くにあたっては、「やっつけ映画評」のように、ワッペン(=共通のタイトル)をつけようと、どうしても思ってしまうわけだが、さて何にしたものか。普通はこんな楽屋の話など文章にしないものだが、すでに本稿自体が「エッセー」を意識しているのでダラダラと徒然なる思考を書いている。

                 「試み」ということで真っ先に思い浮かぶのはやはり北方謙三「試みの地平線」だが、人生相談をしたいわけではない。まあこれも仏訳すれば「l'horizon d'essai」(合ってる?)であるからして、エッセーの一つといえるのだろうが、何の相談でも「ソープに行け」でまとめてしまうあの有名なスタイルは、「話の筋道が整合的な体系に回収され」ているような、「されてしまうことを忌避して」いるような、どちらにも思えてくるが、はてどちらだろう。

                 こういう場合、ダジャレを使うとキャッチーにまとまることが多い。「似非エッセー」とか。「似非」は自虐にしてはドギツい印象なので没。

                 もう一つのアプローチは、原義に立ち返ることだ。改めて知恵蔵の語釈を読んでみると、「脱線や逸脱や逡巡をいとわない」「安直な全体化に執拗に抵抗する」ってあたりが、何だがロックで格好いい。それで奇しくもジョン・ロックの名前もある。じゃあこれらを合体して、「人間脱線論」。悪くはないが、重い。何かわからんけど、麿赤兒が踊っているイメージが浮かぶ。大体「人間悟性論」を読んだことがないのに拝借するのは、どうも好きな態度ではない。

                 じゃあ「哲学」「抵抗」「読んだことがある」の条件を鑑み、11月だし抵抗野郎カール・マルクスの著作をもじって「僕パルトのブリュメール18日」というのを思いついた。長い。「僕パルト」って何だ。そして「脱線や逸脱や逡巡をいとわない」というのは、このような出来そこないの一人漫談をすることではないのではなかろうかと、段々疑わしくなってきた。

                 もう「試みの逸脱線」でいいんじゃないかという気がしてきた。語義にある言葉を全部詰め込んだらうまいこといったような気がする。だが、特に北方ファンでもないので躊躇する。敬意がないならパクる資格はない。それで、ロックというのが捨てがたいなあと思いながら、棚にあるCDを眺めたら、ブラックサバス「血まみれの安息日」が目に入ったので、「逸脱の安息日」で手を打とうと思う。あれこれ考え、最後は逸脱どころか投げやりになることすらいとわない。これはアイデアをまとめるときのダメなパターンだ。

                 ところで何を書けばいいんだろう。


                名目10周年の「試み」(2)

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                  (続き)
                   おかしな具合にデータの一部が残っていたため、話が壮大に逸れていった。このまま続けると、「忘れられる権利」に話がたどり着いて収拾がつかなくなりそうだ。

                   名目10周年に当たり、拙稿の位置づけを考えてみようというのが本題だった。ようやく本題に入る。
                   この場は、名前の通り、元々は劇団の告知、宣伝用として始まっている。映画評は、元々は劇団ホームページにそういうコーナーを作ってもらって、脚本家が御託を並べる場として始めたのだが、そのホームページをリニューアルして以降、ブログに一本化することになった。
                   そして現在、ギリギリ劇団ぽい部分は、映画評くらい。あえてもう一つ加えるなら、芝居仲間と作ったバンドの活動報告。残りは、俺が個人的に日々考えたことを書いているだけで、出演どころか観劇すらまったくしていないから、演劇関連の話は皆無だ。「劇団」はただの屋号のようになっている。

                   正直なところ、完全に開き直っているので、そこはあまり気にしていない。劇団活動はすっかり休業状態だが、社会的に注目されている存在でも何でもないので、やろうがやるまいがこちらの自由で、やっていないからといって、その理由や再開の予定、ないしは解散、活動休止のような公式表明はするつもりがない。

                   ブログも俺のただの趣味として、漫然と続けていればいいことだと思っている。それなら、劇団ブログである必然性はないのだが、面倒くさいのでそのままにしている。これが人気劇団なら、名前自体に金が絡むから裁判沙汰になるのだろうが。
                  俺にとってのここでの問題は、何を書くのか、だ。

                   映画評。これは最もストレスがない。書くこと自体は結構大変で、上手くまとまらずに悶絶することも多い。まとまらないままほったらかしになって、もう内容を忘れかけているものも、多くはないが少なくもない。それはそれとして、「映画評」というフレーム自体が明確なので、書くことさえ思いつけば、後は悩まなくて済む。映画の話という性格上、おそらく、見知らぬ人が検索で訪れている頻度も高い。
                   バンドの話。これも楽だ。演劇の活動報告と同じ。活動があれば、その内容を書くだけ。ただし活動自体が少ないので、頻度は低い。活動があっても、スタジオにこもって練習しているだけなので、書くこともあんまりない。初心者の皆さんにアドバイスできるような立場なら、そういうことも書けるが、こちらがいつまでたっても初心者なので、助言できることがない。

                   それ以外、日常でいったい何を書けばいいのか、よく悩む。書くことがなければ書かなくていいに過ぎないはずだが、書くことそれ自体が趣味になっているので、何もなくても何か書かなければとつい考えてしまうわけである。
                   で、例えば、世の中のニュースなんかについて書いてみるのだが、困ったことに、拙稿を読み返したとき、ニュースの感想が読んでいて一番面白くない。中には我ながらよく書けたものも稀にあるが、もう消そうかと思うものの方が多い。

                   ちなみに、自分で自分の書いたものはたまに読み返す。そういえばこんなことを書いたっけ、と忘れかけていた記事が案外よく書けていると、一人ご満悦になる(気色悪い行為だが、内田樹も同じことをやっているそうなので、正当な行為だとみなせている)。つまり、読み返すことも趣味の範囲内なので、読み返してつまらないものは趣味の観点からいっても困るのである。このため、ニュースの話は、スポーツと、自分の仕事等に密接に関連してくるもの以外、極力避けている。支持率の落ちない首相周辺で図に乗っている人々とか、ぬるい報道とか、何か書いてやりたい気もよく起こるが、こういうことに対して面白く書く方法が今のところ見つかっていない。

                   それで先日、ふと、日付に関係のない話をあまり書いていないことに気が付いた。大抵まとめてアップするので、日付をちょろまかして掲載しているが、内容は基本的に「今日や昨日にあったこと」や「最近よくあること」だ。

                   日付に無関係な内容とは何か。例えば「昔の思い出」を、なぜ今語るのかという必然性なしに載せるようなものをいう。趣味で書いていることだから、好きにやればいいのに案外やっていない。趣味といいつつ、商業媒体に書く際の作法に、どこか頭が支配されてきたということか。

                   商業媒体に書く際の作法とは距離を取ろう、と実は考えてこのブログを書いている。その筆頭が「長い」で、「もっと端的に読みやすくまとめた方が読者も増えるでしょ」とたまに人から言われるが、そういうことをしたくないので、気のすむまで書いている。お金のもらえる原稿依頼は、もちろん制限字数でしっかり収めるわけだが、ここではあえてそういうことはしない。簡潔にわかりやすく書くとか、ツカミを大事にして話を組み立てるとか、文章を書く上でのプロ的な要請は、「誤解を招くような書き方は避ける」とか「事実誤認にならないように巧妙にぼやかす」とかと同じく、書く上の基本としてとても重要であるし、特に組み立てやわかりよさについては、そこが上手くできていないと書いている自分が何より嫌になってしまってまとまらないものであるが、たまに物凄く煩わしく感じるときがある。好きにさせろや、と。

                   そのくせ、つい日付性という枠組みを無意識に考えてしまっているのが、このブログの実際だったわけだ。

                   報道は、日付性がないと記事が採用されない。日付性のないものは、切り口の有無が問われる。
                   いかなる意味か。俺のブログの映画評にあてはめて説明すると、公開中の映画の感想は「日付性が高い」ことになる。今やっているからだ。新聞は日付性の高い媒体の筆頭であり、公開中の映画の紹介は載る。一方、古い映画について感想を書くのは、日付性は低い。単に「俺が見た」というだけだ。新聞だと、こういう記事は載らない。載るとすれば、誰か著名人が見た場合だ。この場合は、今紹介する日付的な必然性がなくても、「松井秀喜の映画論」とかのコーナーであれば記事化が可能になる。この「コーナー」が、先ほど「切り口」と述べたことに相当する。大抵は、ネームバリューだけでは弱いので、「松井秀喜が語る野球映画」みたいな具合に、テーマ性も付け加えることが多い。

                   このブログの場合、ただの個人の趣味なので、日付性や取り上げる方向性といった枠組みを用意する必要はない。俺が見たものについてただ紹介するだけだ。それでも「やっつけ映画評」と毎回表題に書いているのは(こういうのを新聞用語ではワッペンという)、日付性には関係ないコーナーですよ、と断りを入れているのだ。その点、うっすら商業媒体発想に毒されているとはいえるが、そこはさて置き、映画の感想以外で、日付性のないことを書くことを、そういえばやっていなかったのでやってみようと考えついた、というお話だ。

                   こういうのこそエッセーというのだろうか。よくわからないので、とりあえずネットで検索したら、ちょっとおもしろかった。
                  (続く)


                  名目10周年の「試み」(1)

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                     11月になり、このブログの掲載日付が10年たったことになる。ただし、名目上の「10周年」だ。2006年11月以前の記事は、契約していたサーバが壊れたことに伴い消滅したので、個人的な継続期間はもっと長い。そしてこのブログに移行してからは、まだ10年たっていない。2008年くらいからになる。それ以前の記事は、手元に残っていたバックアップデータから見つけ出したやつを、日付をさかのぼって載せている。

                     データすら消えた記事のいくつかは、紙で手元にある。以前に自分のパソコンが壊れたせいで、永遠に消え去った記事も多いのだが、そのうちの一部を昨年の暮れに入手していた。「10周年」を機に、さらにさかのぼって掲載し、10周年どころか11周年でした〜、と天邪鬼行為をしたいところだ。だが、改めて載せる意義が見い出せない出来のものばかりなので、ちっとも食指が動かない。何より文章が粗雑に見えるものが多く、よくもまあこんなことを衆目に晒したものだと自己嫌悪との闘いにもなる。今はあのころより文章力が上達しているという手前みそな話であるが、もしかすると「おもしろい」と思う味覚が変化しただけかもしれない。

                     いずれにせよ、自分が変化しているという実感はひとつの発見だ。老化を除けば、自分が30歳くらいで変化が止まったと感じている人は多い(俺調べ)。分別が備わって、大人としての人格が形成されただとか、職場で仕事を一通り覚えて一定の裁量権を得られたとか、そんなような年頃以降は、割とそのまま今に至っているとつい思う。俺もそうだ。よく言えば、個が確立された、悪くいえば成長が止まったという自己認識だが、実はそうでもないと、昔の文章を読むと思う。

                     基本的には、「こいつ下手くそだなあ」と高みの見物を出来るのだけど、たまに「もう書けなくなった文章」に出会うこともある。今とは全然違う文体で言葉を連ねているものが、たまにあって、その感覚はもう思い出せない。

                     雑誌連載の書籍化とか、単行本の文庫化とかのあとがきで、「今読み返すと稚拙なところもあって書き直すかどうか悩んだが、これはこれでその当時の自分だから明らかな誤記以外は直さなかった」という類の著者の口上を見かけることがよくある。つい、ただの手抜きの言い訳のように読めてしまう。だが、「今はもう書けなくなってしまった調子の文章」に代表される、当時の自分の再発見のようなものが、この筆者には多少なりともあったからこそなのだろう。

                     ところで、さらりと流して話を続けたが、消滅した自分の原稿を「入手した」とはずいぶんおかしな話だ。「文豪の生原稿発見!」じゃあるまいし、誰が俺の昔のブログの記事を持っていたというのだ。実のところ、奇特な人がかつてプリントアウトして保存していたのを譲り受けたのである。プリントアウトしているという行為自体、相当奇異に映ると思われる。何より譲ってくれた当人が、「何で俺はこんなものを持っていたのだろう」とコボしていたくらいだ。この台詞でわかると思うが、劇団ころがる石の熱烈なファン、ないしは俺のことが大好きな女性がしっかり保存していたという艶っぽい事情では少しもない。

                     どちらかというと、「資料」は保存しないと落ち着かないという人が、世間には一定数いるという話だと思う。俺もその部類だ。
                    この駄文のどこに保存すべき価値があるのか。厳密にいうと、「資料」や「文書」が何の資料や文書であれ、「資料」という時点で保存しておかないとそわそわしてくる。そういう性分の人が世の中にはいるということだ。繰り返すが俺もそう。

                     例えばこういうことだ。世間では毎日のように新刊本や各種雑誌が出版されている。そのうちすぐ購入して読みたくなるものはごく一部で、ほとんどは手に取りもしない。そしてそのほとんどは、手に取らなくてもいいとさえ思っている。それでもどこかに保存はしておかないといけないと考える。俺の場合でいうと、「生け花」とか「着付け」とかのジャンルは日常全く無縁の書籍だが、歴史の記録として遺しておく必要性は感じる。俺自身が「生け花の歴史」といった取材や研究をする可能性があるとかないとかは無関係で、人類の共有財産みたいなものとして、保存の必要税を感じるのである。

                     そういう役割は、図書館や文書館、大学などが担っている。基本的には任せておけばよい。ある資料が「いつでもどこかで入手可能である」と確実であれば、手元に置いておく必要性は感じない。だが、その資料の保存が十分に保障されていないと感じる場合は、手元に置いてしまう。代表格が雑誌類で、図書館で50年前の本を探すのと、10年前の雑誌を探すのとでは、後者の方が圧倒的に難しい。

                     このため、ものによっては、それが将来必要になるかどうかは無関係に、つい手元に保存してしまうわけである。傍から見ると、やくみつるが著名人の吸い殻を収集しているのと大差なく見える気がするが、別に「秘蔵のコレクション」を持ちたいわけではなく、資料にアクセスできる状況の確保が目的である。もし図書館その他で保障されているものであれば、いつでも手放して構わないのである。なので、極論をいえば、自分の本棚の本が奪われるよりも、図書館の本が破損される方が腹立たしいし、敗戦間際に文書を焼却した行為のような、資料の抹殺は不倶戴天の敵である。先日、それを命じた奥野誠亮が100何歳かで死んだと一部で話題になっていた。

                     とにかく、こうして、人様が保存していた一部が、俺の手元に戻ってきたというわけである。
                    (続く)


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