【映画評】恋人までの距離(ディスタンス)

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     「邦題で損をしている映画」といわれている。原題は直訳すれば「日の出前」。なんだか島崎藤村みたいで内容を誤解される恐れがあるから、別の題をつけるという選択肢が仮に正しいとしても、あまりにダサいタイトルである。原題をそのままカタカナ表記にする今の手法もどうかと思うが、「こんなのが今の世の中ウケますよ」という猿知恵は、時代の経過とともにあっさり色あせる。ビデオ屋で借りるとき、凄く恥かしかった。

     ドラマチックな恋がした〜いという女性は少なくないのだろうが、それほどみなさんが普段しているのはクスリともしない恋愛ばかりなのだろうか。そりゃ死んだと思った男が記憶喪失になって現れたり、愛の告白をしようと男がダンプに突っ込んだり、なーんて経験をしている人はまずいないだろうが、それなりに話のネタになるくらいの恋くらい、健全な男女であれば誰しもしているのだ。

     特に意識したことなかった異性がある日急に素敵に見えたという、1993年に局地的にヒットした歌の歌詞のような場合もあるだろうし、初対面の異性と不思議なくらい意気投合したということもあるだろう。こいつ俺のこと好きなんちゃうか、と思わせるフトした仕草にドキリとしたり、いざ告白しようとするときの緊張感も(結果OKであれば)それなりにドラマチックで楽しい。要は恋愛というのは、それ自体がそもそもドラマに富んだ行為なのだ。

     それに気付かず、つい記憶喪失の青年との再会を夢見てしまうのは、当人に妄想壁があるということを除けば、彼女たち(もしくはちょっとイタい彼氏たち)が願望の拠り所としているラブストーリーが基本的に色んなことが起こりすぎだからである。好きになった、だけでは話がもたないから、三角関係四角関係は当たり前、誰か死ぬのも当たり前、場合によってはタイムスリップも宇宙人もアリてな具合である。こういう陳腐な展開の何に憧れるんでしょうかね。個人的には歳のせいか、こういう構図の何が面白いのかよくわからなくなってきた。

     本作は、そういう余計な話が一切ないという点で、異色の恋愛モノといえる。旅先のウィーンで出会う男女、という設定がちょっと「冷静と情熱の間」チックで寒いといえなくもないが、その他はいたってシンプルである。

     旅の男が、同じ列車に乗り合わせた女をナンパし、ウィーンで途中下車して昼過ぎから夜明けまで過ごす、それだけの話だ。別にそこで昔の恋人がバッタリ出てきて話がヤヤコシクなったりとか、2人が大喧嘩して別行動に出たところでロシアマフィアの人さらいが彼女を拉致し、なんてこともない。ただ2人が、たまに地元の変な人と出会いながら、会話を続けて、そのうち互いに惹かれあっていく、というそれだけのストーリーである。これが実に面白い。恋愛はそれ自体、勝手にドラマであるということをうまくすくいあげた作品なのである。特にハラハラすることもないから、ゆったり腰掛けジャスミン茶でもすすりながら、男女の心の機微をうふふとしっぽり味わえるというわけだ。

     男はナンパをした方だから、彼女に気があるのは自明だ。とはいえどこまで本気なのかはよくわからない。女はナンパに乗った時点で脈アリとみても良さそうなのだが、序盤で唐突に「キスしたい?」と聞いてくるあたり、からかってるのかどうかよくわからない。2人は互いに距離を測りかねているのか人生についての話を延々と続け、口説き文句は特に出てこないので、好きなのかどうかもはっきりしなくなってくるのだが、大抵惚れあう男女の始まりはこんなもんだと思い出させる。

     しかし期限は迫ってくる。始発の時刻には、彼はアメリカに、彼女はフランスにそれぞれ帰る予定なのだ。このまま夜を終わりたくない。当然のごとく互いに盛り上がり…、キャーってなもんである。ラストは「まあそりゃそうだわな」と、理屈で見えにくくなっていた必然の選択肢を取るからなかなか清々しい。

     多少胸をかきむしられる部分がないではないが、涙が溢れて止まらないということもない。いってしまえば地味なラブストーリーだが、ここまで面白いのはなぜだろう。答えは既に書いた。恋愛というのはそもそもがそれなりにドラマチックだと思い出させてくれるからであり、それを成功させている、微妙な役者の息遣いや、細部まで作りこんだ演出であろう。目立った話のない話は面白い。それに気付くと見る映画の幅もぐっと広がるよ。ということで、私も新しいコヒを見つけにウィーンにでも旅立つとします。

    「恋人までの距離(ディスタンス) BEFORE SUNRISE」1995年 アメリカ
    監督:リチャード・リンクレイター
    出演:イーサン・ホーク 、ジュリー・デルピー 、エルニ・マンゴールド


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