虹色の霧P(7)前門の学良、後門の介石

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     故宮博物院は、瀋陽の繁華街、中街のほど近くにある。
     既に墓に参ったホンタイジの治世下では、明王朝はまだ滅亡しておらず、中国全土を統一していたわけではない。そのころ、瀋陽は盛京といって、清朝の首都だった。その古都の行政府があったのが、この故宮だ。このため、バカでかい北京の故宮(大阪城公園1.5個分くらい)に比べると、茶室くらいの広さしかない。もし北京のを先に見ていたら、桂浜の坂本龍馬像を見た後、京都護国神社の龍馬像を見たような気分になっただろう。幸い、特段偏見を持つことなく素直な気持ちで観覧できた。

     狭いといっても、京都の名刹くらいの広さはあるが、王宮のサイズからいくと、どの建物も総じて小さい印象だ。ついでに絶賛工事中だった。

     「軍議などに利用」と説明されている建物が、交番くらいの大きさしかなかったりする。軍議って、3人くらいでやるものなのか? ある意味、強かったのも頷ける質素さとはいえる。建物や石垣、その他装飾類、いずれも基本的には、ホンタイジの墓と似たようなテイストだ。

    女真文字。あやしげな恰好よさがある。

     

     ところで、とにかく暑い。初日は上海より全然涼しくて快適だと思っていたが、この日は晴れ&湿気でまるで日本だ。それでも亜寒帯に属するから、冬は川が完全に凍結するらしい。激しい寒暖差には同情も湧くが、差し当たり目の前の暑さに卒倒しそうになる。Nと2人、ボトルの水をがぶ飲みしながら、近くの公園の木陰で涼んでいると、二胡だの琵琶だのの演奏グループが染み入る旋律を奏で始めた。悠久の調べ。旅先でまんまと旅先っぽい音楽を生で、それもタダで聞けるとはツイている。

    よく見れば、メンバーの一人に、瀋陽のキース・リチャーズがいた。

     すぐ近くには、張氏帥府博物館がある。そこに向かう途中で、オカリナ屋があり立ち寄った。キーホルダーくらいのサイズの、花鳥風月の絵付けがなされた磁器のオカリナが売っている。小さく軽く、いかにも中国っぽい。土産物にはおすすめの店だ。たまには観光情報のようなことを書き留めておこう。

     端的にいえば、こちらの博物館は張作霖の家だ。清朝滅亡後、東北地方に覇を唱えた軍閥、要するに近代版戦国大名のようなものだ。東北の利権を狙う日本と、彼の野心がマッチし、一時日本と蜜月関係にあったが、やがて互いに不信を募らせ、最後は日本の関東軍によって乗っていた列車ごと吹っ飛ばされる壮絶な最期を遂げる。元はただのチンピラだったから、相当な叩ぎあげであり、ある意味かなりの人物ともいえる。

     ただし外貌は冴えない。「伏し目がちに話す小柄の男で、それと知らなければ市井の一商人と間違えそう」というのが、実際に対面した日本領事館員の印象だったらしいが(小林英夫『〈満洲〉の歴史』の引用より孫引き)、だとすればこの像は相当にリアルだ。そして、非情な人間の見かけが冴えないというのも、いかにもありそうな話で妙にリアルだ。召使だと思っていた人間が実は主人だったという青年マンガによくある場面を想像してしまう。

     父を謀殺された張学良は、反日色を強め、やがて抗日の英雄になっていく。こちらは見てくれも男前だ。結果、この博物館は息子の張学良推しの展示となっている。入り口からして、まず「張学良将軍」の像がドーンと出迎える。父の出番はほとんどない。非業の死を遂げてこれでは、少々やりきれない気もするが、称賛を独り占めしたのが他ならぬ息子なのだから諦めるよりほかはない。息子にすれば、「悪の日本」に父を殺されたものの、よくよく知れば割と父は日本とずぶずぶだったという辺り、まるでスターウォーズのようだ。

     邸宅は、まず清朝風の建物があり、奥に豪奢な洋館がある。はっきり言って、故宮より立派だ。北京に入城し、大元帥と称したというその権勢とギラついた野心がぷんぷんとうかがい知れる。関東軍の立場に立てば、警戒を強めるのもむべなるかな。隣の質素なホンタイジを彼はもっと見習うべきだったといえるだろう。

     一方、爆殺という乱暴な手を選び、そのくせ誰がやったのかもバレバレだった関東軍の雑さ、誰も処分できず、ついでに張学良を若輩だと甘く見ていた日本政府、こちらもちっとも褒められるところがない。物語的には、やはりここでの主役は学良スカイウォーカーにしておくのが妥当だろう。1901年生まれの2001年死去、という生没年からしてドラマな男だ。

     しかし、いかに主役とはいえ、「張学良の使っていた電話」「張学良の使っていたアイロン」「着ていたジャージ」を大層に展示しているこのシュールさ。こういうのを「温泉宿の秘宝館」と揶揄するのが定型句だが、告白すると俺自身はこの温泉宿の秘宝館なるものをまだ見たことがない。

     一方、張作霖の像は、奥にひっそりとある。関羽信仰が強かったようで、関帝廟がある。主に商売の神として信仰されているが、あくまで軍神として祀っている。その隣に、張帝廟ともいうべき恰好で当人の像がある。双方とも退却中に捕縛or殺害されたところ、「味方」の裏切りにあったところは似ている。なぜか張作霖の足元には煙草が大量にある。汽車の喫煙室にいたところで爆破に遭ったという説もあるらしい。
     外に出ると、蒋介石がいた。共産党の天敵だった人物のはずだが、今ではすっかり「歴史上の人物」である。


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