虹色の霧P(17)新京の天守

0

     吉林省の省都たるこの町の、個人的な位置づけは、かつての満州国の首都・新京だったということに尽きる。
    再び雑に歴史をおさらいしておくと、極東に膨張してきたロシアは、日露戦争の敗北で再び矛先を欧州に戻し、第一次世界大戦の引き金へとつながっていく。一方、勝利した日本が獲得した1つが、ここ長春から南の鉄道利権だ(リンク先の赤い線路)。

     その後、満洲事変で満洲国ができると「新京」と改められ首都になった。最も都会だったのは瀋陽(奉天)だったが、張作霖の残党勢力がいたりで敬遠された。一方、長春は田舎町だったので、城外(中国は城郭都市)の土地をいくらでも新都市建設に充てることができたようだ。朝鮮の場合、日本は現地人を城外に追い出して城内を日本人街に変えが、こちらは農民を追い出して城外の畑を新市街に変えた。旧城内は、市街地の東南側らしいのだが、以上のような事情で目的地からは遠く、行っていない。瀋陽の場合は、故宮や門が残っているので城内のイメージはまだつきやすい。


     ついでに書き忘れたので、ここで説明しておくが、マンシュウは「満州」でも「満洲」でもどちらでもいいのだが、厳密には「満洲」が正式だと歴史の本に書いてあったので、ここでもそれに従っている。
    長春には旧満洲国の遺構建築が多い。瀋陽等、他の町にもいくらでもあるが、こちらは首都だったので位置づけが重い。それを見て歩くのが長春での目的だ。

     例えばこのホテルは、元々は関東軍司令官邸だった場所だ。ホテル自体は新館だが、官邸は現存しており、現在は宴会場になっている。このホテルを選んだ理由もそれだ。

     官邸があるので、すぐ隣には、関東軍司令部がある。張作霖爆殺事件や満洲事変を起こした暴走集団の総本山だ。現在は中国共産党吉林省委員会となっている。おかげでガイドブックには、「撮影は止められる」と注意書きがある。まずはそれを撮影するとしよう。
     官邸はちょっとした庭園の中にあるので、外に出るのも一苦労だ。昨夜、晩飯を求めて外へ出たときは、暗い森の中を歩く羽目になったものだ。森を抜けると、太い道路と無機質な官庁のビルが並んでいる。東へ歩くと、すぐに高い塀が現れ、その向こうに奇異な建築物が顔を覗かせる。やがて門が見えるが、バカでかい制帽を被った歩哨が目を光らせている。そして同じ制服制帽の若い男たちが隊列を組んで行進しながら、周囲を回って門を出たり入ったりしている。いかにもものものしい。いかに強がろうとしても委縮してしまう。
     俺はさっさと門の前を通過し、交差点から対岸に渡った。来た方角に戻り、道路を挟んで撮影した。

     この後行った博物館に展示してあった当時の写真と並べてみる。ご覧の通り愛知県庁だ。「帝冠様式」という建築スタイルで、代表作は九段会館。建築に詳しくないので、ウィキペディア丸引用であるが、個人的には帝冠様式の最高峰は、この関東軍司令部庁舎で決まりだ。

    探したら、昔撮ったやつが出てきた

     愛知県庁を初めて見たときは、悪い冗談だとしか思えなかった。九段会館は馴染み過ぎていて京都南座と大差なく思えてしまう。そこへいくと、この関東軍庁舎の異様な威容。3割ほどは共産党の隊列行進のせいな気がするが、建物自体も実に醜悪に魅力的だ。ビルと天守の配合比率の問題だろうかとも考えたが、現在は、木が鬱蒼としていて天守しか見えない(昔の方の写真には、低い立木が写っているから、文字通り、歴史の年輪なのであった)。

    こちらは隣にある名古屋市役所

     それで余計におかしく見えるのは、ここが中国だからという立地条件の話かとも考えたが、それもちょっと違う気がする。というのも、この後もいくつか帝冠様式とやらの建物を見ることになるのだが、結論としては関東軍のこの庁舎が群を抜いているからだ。
     頭脳明晰なエリート集団が、「大義」に酔い、蛮勇に駆られていくその自意識過剰ぶりを、実によく体現しているじゃないか。というのは、まったくの後付け色眼鏡だが、彼らのたどった歴史と実によくマッチしている建物なのは間違いない。百五十歩ほど間違えると、小阪城にもなりそうな滑稽さはうっすら漂いはするのだが。

     改めて「虹色のトロツキー」を開いてみると、第一話で早速登場していた。読んでいるだけでは、建物の奇異さにはいちいち気づかないものだなあと思うことしきり。作者も資料を見て描いているだろうから、形状が一致するのは当たり前なのだが、つい「マンガと一緒だ」と順序をあべこべにして感動してしまうのは、これぞ創作の力というやつである。

     ついでに、官邸も登場している。この官邸、村上もとか「龍―RON」では、主人公の叔父・押小路卓磨が、パーティーの席で甘粕正彦から罵倒されるシーンで登場する。「現在は宴会場」と書いたが、当時も宴会場だったようだ。


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930  
    << November 2017 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 「続く」の続き
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM