【やっつけ映画評】ウインターズ・ボーン

0

     知った人が絶賛していた。鑑賞眼は尊敬できる人だから、とても気にはなるのだが、過去にその人が面白いと言った作品が、俺の趣味には合わないことも多かったので、気にはなりつつ躊躇する。半信半疑でレンタル屋でパッケージだけでも見ようとしたら、借りられていた。回転率の悪い旧作の棚に、一本だけ中身の抜けたケースがあると、勝手なもので俄然気になってくる。

     それで一週間後にどこかの誰かが返却したやつを、今度は俺が借りて見た。陰鬱な作品だった。正直なところ、一気に見ることができず、2日に分けてみたのだが、なかなかの傑作だとは思う。まったくお薦めはしないが。

     アメリカの田舎の、とても貧しい住民が暮らす地域が舞台だ。画面に映るのは、落ち葉が積もった疎林と、曇り空、そして総じて建物自体は大きいが煤けたボロい家々。もれなくガラクタでとっ散らかった前庭(?)付きである(田舎なので土地の境界がよくわからない)。

     貧すれば鈍すとは、個々人には当てはまらなくても、残念ながら人類全体には当てはまる。ろくな登場人物がいない。いや、個々人、みんなある程度イイやつなんだとは思うが、何分、生活が切羽詰まっているから殺伐としている。アメリカの本気の田舎など、マイケル・ムーアのドキュメンタリーで見たくらいしかないが、この貧しさから来る生々しい感じは、どこの国でも同じようなものなんだなと思わされた。

     主人公のリーは17歳の少女。父親は薬で捕まり、母は心を閉ざし、リーは幼い弟と妹の面倒を見ている。そして父親が保釈中に行方をくらまし、このまま見つからなければ保釈金の担保である家を取り上げられて露頭に迷う。保安官からそう告げられたところから物語は始まる。リーは父親を捜すために近所の人々に聞きまわるが、どうやら父親の失踪の裏には事情があるようで、村人の口は重く、非協力的、あげくに首を突っ込むなと警告もされる。

     まるで金田一耕助のような閉じた共同体であるが、金田一とは違って村には金持ちが誰もいない。そして、村のこの閉鎖性は、地理的状況もさることながら、貧困と密接な関連があると思う。

     貧しいから他所に行けない。他所に行けないから人間関係も閉じているし、貧しいから閉じた中で肩を寄せ合って暮らすことになる。それが江戸の人情長屋的な助け合いなら救われるのだが、本作の場合はそこにとどまらず、独自の掟も生まれる。これが巨大なものに成長したのが「ゴッドファーザー」の世界だろうが、本作の人々は、そのひ孫請けくらいの零細闇ビジネスを営んでいて、これが村人の口の重い原因となっている。

     俺自身は、公務員の家に生まれたのでありがたいことに貧困とは無縁だった。社会人になって、仕事上、貧困家庭を垣間見ることがあり、その中でも法廷で見る貧困は、この映画の世界とどこか重なるところがあったように思う。一族ないしは、知人同士の徒党を組むような妙な結束がその一例だ。この村の人々も、リーに対して冷淡なようで要所要所で手助けしてくれる。これを「なんだかんだいってみんな温かい人なんだね」と理解してほっとすることもできるが、おそらくただの善意ではない。むしろ冷淡さと表裏一体のことなのだと思う。そうせざるを得ないといえばいいのか。

     行き詰まったリーが、収入目的で軍隊の採用窓口を訪れるシーンがある。その採用担当者は、この映画の中ではかなり異質な人物に映る。それはイコール、村外の人間から見れば、まったく普通の常識人に映るということでもある。担当者の軍服男は、「君がすべきことは幼い兄弟を守ることだ」と、リーを諭す。その語り口はかなり大真面目で、あしらっているわけではない。かなり誠実だという印象だ。といっても結果は不採用だから、リーにとっては一文にもならない。

     一方で、最終的に手を差し伸べてくるのは、刀自という表現がぴったりの、この村のボスのような婆さんである。リーに最もキツく当たる人物だが、結局はこの女性の協力によって事態は好転する。ではこの人は、善意や憐憫から手を差し伸べたのかといえば、おそらく違うと思う。謎の掟が支配する共同体を守るために、事態をギリギリまるく収められるところまで譲歩しただけのことだろう。なにせリーも、当人に自覚はなくても、この共同体の末席だからだ。

     その証拠が、伯父がラストで明かすささやかな真実だ。この当初非協力的だった伯父は、面倒くさそうな顔をしながら何かと手を焼いてくれる。それは親族だから当然の行為、のように見えて、ラストの台詞でそれだけが理由ではないことが垣間見える。伯父も伯父で、共同体の掟を守るためにそうせざるを得ない事情があったということだ。

     彼女がこの貧困から抜けるためには、結局のところ軍隊の採用担当者のような、村外の人間になるしかないと思う。若さがまぶしいリーが、村に残るのを選ぶか、外に出ることを選ぶかは、彼女次第であるが、外に出ることを選ぶ場合、どうにかこうにか、何かの方途が見つけられることを祈るばかりである。そういう世でなけりゃいかんよなあ。

    「Winter's Bone」2010年アメリカ

    監督:デブラ・グラクニック

    出演:ジェニファー・ローレンス、ジョン・ホークス、シェリル・リー


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << March 2024 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 【巻ギュー充棟】反知性主義
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM