【やっつけ映画評】弁護人

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     「映画を見た」という満足感が十二分に得られる作品だった。重厚なテーマ、だけどグイグイ引き込んでいく展開、何より主演の圧倒される演技。最近、おっさんが本気になる内容の映画はすぐ目頭が熱くなる。退屈してるんだろうな。

     1980年代の韓国が舞台だが、奇しくも今の日本にはタイムリーな内容ともいえる作品だった。

     新人弁護士のソンは、法改正で弁護士が取り扱える業務が拡大したことに目をつけて、先輩弁護士が目もくれない分野で顧客を開拓して大儲けしていく。ところが彼の行きつけの食堂の息子が、反政府活動に関わったという疑いで逮捕されたことから、彼の無罪を勝ち取るため奮闘するというような物語である。

     当時の韓国は、軍事政権がまだ続いている。東西冷戦のさなか、北との対立は現在よりも苛烈で、このため反政府分子=共産主義者=北に通じている人間を取り締まるため、公安警察の活動も非常に活発だ。そういう中で、反政府活動に従事した疑いで捕まった若者の弁護をするのは、いってしまえば当時の軍事政権と真っ向対立する格好になるから、自分の身も何かと危うくなる。顧問弁護士を依頼してきた企業が「裁判から手を引かないと契約しない」と言ってきたり、家に不審な電話がかかってきたり、反共団体から卵を投げつけられたり、事務所が脱税の疑いで捜索されたり、あらゆる妨害が降りかかる。

     ただし、この映画の場合、こういった主人公の受難にはあまり重点は置かれていない。最低限、見る側が不審に思わない程度に出てくるだけで、作品の主軸は、法律とは何か、弁護士とは何かという直球ど真ん中を突いてくる。当然、法廷でのソンの台詞は、法律の条文が出てきたり、公安の横暴を激しく罵倒したり、何かと小難しくかつ感情的でもある。こういうのは、見ている側がついていけなくなったり、白けたりといった危険性をはらんでいると思うが、ぐいぐい惹きつけていく主演の演技力は、呆れるほどだった。本当にすごい役者だ。

     本作がタイムリーに見えるのは、この公安警察の大きな裁量権を規定した国家保安法が、日本で何度もゾンビのように甦る共謀罪と重なってくるからであるが、それ以上に、社会や人々のありようが色々示唆に富んでいるからでもある。

     そのことに触れる前に、本作の構成についてだ。重厚な内容ながら、問題の食堂の息子が逮捕されるまでは、結構時間がかかる。前半は、苦学して弁護士になった主人公の人となりを説明する前フリとなっているが、全体に軽妙なノリで「ライフ・イズ・ビューティフル」を彷彿させるチグハグにも見える。「ライフ〜」はナチスのユダヤ人収容所をテーマにした感動作だが、前半は何の映画かよくわからないまあまあ退屈なドタバタを見せられ、多くの人が困惑したり我慢したりしたものだった(俺調べ)。あれほどキツいわけではなく、笑えたり、ちょっと感動する場面もあったり、特に退屈はしないのだが、妙にバランスを欠くようには感じる。
    この前半の役割は何だろうと考えてみるに、軍事政権の時代とはいえ、わりにフツーな市民生活があったということを示す意味があるのではないかと考えた。
     

     朴正煕や全斗煥時代の韓国の抑圧的な社会については、色々な作品で描かれている。すぐに思い出したのは「大統領の理髪師」や「殺人の追憶」だが、どっちも主演は本作と同じだった。他に人はいないのかという点、佐藤浩市みたいだな。とにかく何かと殺伐とした時代だ。「大統領の理髪師」では、なまじ大統領という政権の中心に近づいたせいで、主人公はつねに理不尽にさらされる。歴史的に見ても、光州事件のような血なまぐさい出来事も起きている。

     そんな時代でありながら、多くの人々は、現代とあまり変わらない一定の自由な市民生活を送っていた。本作の前半はそれを示している。ソン弁護士は当初、不動産登記の事務で自分の法律事務所を拡大していくが、つまりはそれだけ一般人の経済活動も活発だったということだ。

     それに何の意味があるかといえば、リアリティではないかと考えてみた。「当時の世相を正しく描く」という意味ではなく、「昔の特別な話ではない」という身近に感じる装置としてのリアリティである。

     共謀罪もそうだが、安保法制にしろ、特定秘密保護法にしろ、これらの是非をめぐる議論で左派が「戦前」を引き合いに出してもちっとも響かないケースが多い。大袈裟に聞こえるせいだろうが、なぜ大袈裟に聞こえるかといえば、「時代が違う」と見えるからだ。何しろ帝国が滅亡したくらいの分断を挟んでいる。「いったいいつの話を引き合いに出してるんだ」とせせら笑う人は珍しくない。

     だが当時の日本は、開戦後もしばらくは社会の営みは割と通常運転だったのであり、あの暗い息が詰まるような状態は大戦末期のことだ。つまり、少なくとも国民の生活はある程度普通の日常の中にあった中で開戦は決定したのであり、世の中にとち狂った人間と口をふさがれた人間のどちらかしかいない異常な状況下で決まったことではない。満洲事変は軍部が勝手にやったことだが世論は支持した。その後国連脱退を言ったとき、当の松岡洋右が「やっちまった」と頭を抱えたというが、世論は支持した。

     本作の題材である公安警察の暴走も、世間の何から何までがザ・軍事政権的抑圧に染まっていたわけではない中で起こっていた。これを作中で示すことは、ただの過ぎた過去の話ではないという実感を伝える装置になるのではないだろうか。もちろん80年代の話だから、韓国社会には当時を知っている人間はいくらでもいる。韓国民向けにわざわざそんな断りを入れる必要があるのかどうかは疑問だから、監督の意図は違うのかもしれないが、政権に批判的な芸能人のリストを作ったような現政権であるから、やっぱりそうなのかもしれない。一つ補足をすれば、1980年代の日本は、戦後30〜40年後であり、この時間距離は、現在から80年代を振り返るのと同じ尺になる。

     序盤でソン弁護士は、学生のデモのニュースを見て「大学生のくせに勉強もしないで」となじる。自分は極貧から苦学して成り上がった身だから、余計に苦々しく映るのだろうが、裏を返せば、彼は自分の暮らす社会を、自助努力でいかようにも達成可能な自由社会だと牧歌的に信じているということで、そういう中で国家保安法は成立し、運営されていたということだ。どうでもいい話だが、この国家保安法、台詞では「国保法」と略されているのか、緊迫した場面で弁護側検察側双方が「コッポッポ」「コッポッポ」と言い合っているのが、音の響きのせいでついつい滑稽に見えてしまった。

     この法律が恐ろしいのは、まず警察が好き放題できるということで、拷問は元より、裁判を妨害するためあらゆる狡知を見せつけてくる。まあ何より拷問のシーンはリアルだった。暴力行為自体の描き方ではなく、苦痛と恐怖が人間をどういう精神状態に追い込むのかが強烈に描かれていて、これは経験者がいくらでもいるからだろう。拷問など、こちらはやったこともやられたこともないが、苦痛や恐怖が己の思考回路をどう変質させるかは、この百倍希釈か千倍希釈かくらいの経験はいくつか身に覚えがあるので実にリアルに感じられた。80年代にもなってこんな捜査をしていた当時の韓国社会はろくでもないのだが、この捜査手法は日本の特高警察に倣って出来ているからやりきれない。

      同時にちょっと考え込んでしまったのは、捜査の責任者であるチャ課長を支える思考は何なのだろうということだ。
     バカではない。むしろキレ者だ。この事件が明らかに筋が悪いことは彼にとっても一目瞭然のはずだ。こんな若者に時間を費やすくらいなら、他に監視すべき対象者は当時いくらでもいそうな気がするが、執拗な拷問で自白を強要して事件を仕立て上げていく。なぜなんだろう。作品を見る限り、ノルマがあるようには見えない。重圧はあるだろう。実績を買われてわざわざソウルから本作の舞台であるプサンに派遣されている。とはいえ重圧につきものの焦りがチャ課長にはちっともない。元北海道警の稲葉警部とは随分立ち位置が違う。

     台詞から推測するに、これが彼の爛廛躇媼鵜瓩任呂覆いと思う。北の脅威がいつ何時、韓国民の平穏な生活を破壊するかもしれないというに、いったい誰が国を守っていると思っているんだというようなことをソンに吐き捨てるが、彼のプライドなり使命感なりの肥大化が、彼の眼を曇らせているのか、はたまた無邪気な若人の瑣末な無邪気さすらも神経を逆なでして許せないのか。優秀なはずの刑事が、ただの恐怖執行人に堕してしまうことも、こういう足かせのない法律のヤバさということだ。

     そして生み出された恐怖が、、社会のあちこちに暗黙の縛りをかけることがより大きな問題だろう。検察・弁護・裁判官の法曹三者はズブズブのなれ合いだし、ソン弁護士の旧知である地元新聞の記者は、「意気地なしだから政権におもねった記事しか書けない」と自嘲しながらデモ学生を安易に批判するソンに食って掛かる。

     こういう絶対的に不利な状況で、ソンが戦う拠り所としたのが憲法と刑訴法だ。要は原理原則で戦おうとしたのだが、本作はこのように、憲法とは何かという内容にもなっている。韓国は何度も憲法を改正しており、軍事政権下でこのような自由主義的憲法があったのは無知な身としては驚きだったが、とにかく憲法というのは、ダレた国民をシャキッとさせる訓辞ではないことがよくわかり、そういう意味でも日本にとってはタイムリーでもある。

     ところで、金儲けにしか興味がなさそうな、人権問題にはてんで無知そうなソンが、なぜこんな身を賭すような裁判に首を突っ込んだのか。知った人間が被告人だからというのがきっかけだが、無知ゆえに、素朴に「おかしい」と思ったのが大きい。弁護団の先輩弁護士は、国保法と戦っても勝ち目はないということを経験上よく知っているので、最初から情状酌量で減刑を狙う犖充妥瓩丙鄒錣鬚箸蹐Δ塙佑┐討い襦I堙な力と戦うには、人類普遍の原理原則と、それを信じる馬鹿正直な潔さがいるようだ。

     ついでにそこに、外国メディアというのも欠かせない。ソンは海外メディアの力を借りて有利な状況を引き出そうとするが、その軍事政権に遠慮する必要がない頼もしい海外メディアに、AP通信やZDFと肩を並べて毎日新聞がカウントされているところで泣きそうになった。別に読売でもフジテレビでもどこでもいいのだが、日本の報道機関が、そんな風に期待されているこのシーンは、ただ今わが国の報道人は、全員居住まいを正して見るべしだと思った。

     ソン弁護士のモデルは若き日の廬武鉉大統領だという。彼の悲劇的な末路を思うと、やり切れない気分にもなるところだが、鑑賞後はそこまで頭は回らなかった。そんな圧倒的力強さを持つ作品だった。そして韓国映画に毎度つきもので、辛い汁をボロいテーブルの上で食いたくなって仕方がない。

    「변호인」2013年韓国
    監督:ヤン・ウソク
    出演:ソン・ガンホ、イム・シワン、キム・ヨンエ 


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