防長路(2)

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    (続き)

     

     松陰神社は、境内に松下村塾や博物館等がある。というか正確には塾の近くに神社を作った。
     ここで白状しておくが、俺自身は幕末ファンでもなければ吉田松陰ファンでもない。「竜馬がゆく」に心躍らせた過去もあるが、演劇でさんざん見たせいか味覚が変わった。「吉田稔麿って誰すか?」と言うかっしゃんが吉田稔麿の役を頼まれるくらい小劇場では幕末は定番のモチーフである。そのせいかどうか、とにかく年を経るごとに、興味は負けた側であったり、明治以降であったりに移っていった。松陰神社の近くにある伊藤博文の家に行った際も、展示された写真の中で最も見入ったのは統監府時代の伊藤や、ハルビンの伊藤だった。
     そして吉田松陰については、勉強熱心なところと、弟子に慕われた点は見習いたい人物ではあるが、計画や戦略がないところ、むしろ計画性のない正面突破を潔しとしていたあたり、好きではない。彼の「至誠天に通ず」が大きな原動力を生んでいったのは否定できないし、美しくもある。美しさはときに厄介で、上澄みだけが伝播しやすい。「現実的に考えて無理だと思います」などと会議で発言すると、とたんにやる気のないやつ扱いになる日本社会の言霊ならぬポーズ霊風潮は、この人に責任があるのではないかとすら疑っている。

     

     というような話はもちろん、当地で口にするわけにはいかぬ。なにしろ偉い先生かつ若くして刑死しているので神格化もある。その証拠に神社がある。年寄りグループを案内している女性ガイドに、客が「花燃ゆ」を見たのか尋ねると、「面白くなかったですね」とガイドは言い、その理由が「細部の詰めが甘い」だったから、その熱狂も推して知るべしである。
     我が故郷には橋本佐内という松陰と若干似通った志士がいるので、その熱狂がなんとなくわかる。同じく勉強熱心でかつ安政の大獄で若くして死んだ人だ。何をしたのかというと、特に何もしていない(藩士として立派に勤務はしている)。ただし西郷隆盛以下、維新のヒーローたちがとかく褒めまくっているので尊敬されている。松陰と違って、市民から総じて慕われている知名度はないが、社会科の先生あたりに狂信的な人がいたものだった。「特に何もしていないが褒められたから人気者」などとヒネた評を言おうものなら鉄拳が飛んでくると思う。似たような空気が、ここ松陰神社にも立ち込めている。

     

     有名な松下村塾は、現物らしい。「花燃ゆ」で見たまんまなのでちょっと感動した。まあ取材して似せて作っているから当たり前なのだが、こうやって順序が逆転するのはフィクションの強さであるという話は満洲の時にも書いた。境内のあちこちには、岸、佐藤ら首相が寄贈した碑が目立つのだが、「すげー、首相も来たの?」みたいなことを言って眺めている観光客がいて、こちらも順序が逆である。


     隣には博物館がある。主な展示物は彼が遺した書き物だが、処刑の前夜に書いた「留魂録」はデジタルで全ページが見れる。ざっと数えると、原稿用紙10枚ほど。ワードでいうと、基本の書式で3枚ほどだ。死を前に一晩でこれだけ書けるのは、忙しいのを理由にブログの更新が滞っていた身からすると「反省」の二文字がぐさぐさと突き刺さる。

     何と、この遺言というべき、生涯のしめくくりの文章の中にも「橋本佐内に会えなかったのは残念だった」と書いてある。会ったことのない人にも褒められているとは、佐内先生もやはり相当の人物というほかない。

     この「留魂録」には、弟子の名前も何人も登場していて師匠としての人柄がうかがえる。エキセントリックで兄貴に心配ばかりかけていたくせに(花燃ゆ)、弟子には細かい気遣いが出来るんだな(まあ俺も、兄に心配ばかりかけているが、できない若人に対する気遣いは、兄よりは出来ると思っている)。ただし文中に登場する人物に有名どころはあまりおらず、歴史は後世の人間が作るという原則は、勝者が敗者を消し去るだけではないのだと感じさせられる。


     ここにはもう一つ、吉田松陰歴史館という施設がある。見るからにB級感漂う佇まいに、多くの観光客は横目で見るだけで通り過ぎていく。当然入った。500円也。松陰神社の宗教法人が作った施設らしい。「透徹した史観を主張する全く新しいタイプの歴史館です」という謳い文句に俄然不安を期待が芽生えるわけだが、展示物の解説文は案外冷静な筆致だった。そして館のしめくくりのあいさつ文には「このような表現方法には限界がございます」と一転へりくだっている。
     「このような表現方法」とは蝋人形のことだ。「密航を企てる松陰」「牢に入れられる松陰」「塾を開く松陰」「また牢に入れられる松陰」「お白洲にしょっぴかれる松陰」。松陰の人形が色んなことをさせられているので、だんだん不条理劇に見えてきてしまった。「花燃ゆ」の主人公・文の人形も登場していたが、橋田寿賀子→安田成美の歴史修正主義ほどではないが、ちょっと複雑な気分になる造形をしていた。

    (続く)
     


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