【やっつけ映画評】トランボ ハリウッドに最も嫌われた男

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     創作意欲が旺盛すぎる脚本家の話で、創作意欲の刺激をもらおうとして鑑賞した。意欲を他人からもらおうとしてどうするんだという気もするが、まあいいじゃないか。それで見てみると、内容がやたらとタイムリーで、別のことを考えさせられることとなった。


     「みかんの丘」の項で、「ライフ・イズ・ビューティフル」における戦争の終わりについて触れた。日本においても、国土がまる焼けになってたくさんの人が死んだが、抑圧の時代は過ぎ去った。第二次大戦の終わりは、ドラマでは光が戻ってくるようなイメージで大抵描かれる。ただし大陸の日本人には地獄の始まりだったのと同様に、次なる抑圧が猛威を振るった国はあった。東欧諸国ではナチスからの解放者だったはずのソ連が新たな支配者として君臨し、新時代の到来を寿いだ中国、北朝鮮も自己批判の嵐が吹く。この、鬼が去っても次ぎの鬼がまた抑圧してくる様子は、「映像の世紀」あたりで見ると本当に辛気臭くて病みそうになる。そして共産圏だけでなく、アメリカにおいても密告社会がやってくる。赤狩り、マッカーシズムというやつで、そんな時代が本作の舞台だ。

     

     俳優時代のレーガン大統領が、このころ「アカ」の密告に精を出していたのは知られた話だ。ウォルト・ディズニーもしかり。自社の従業員による待遇改善要求に対して「不平を並べる前に努力しろ」と、今時のネット関連企業の役員のような残念な演説をしているから、そりゃ熱心に赤狩りに協力する。本作ではジョン・ウェインがその役回りとして登場している。そのころ日本でも、死線をくぐって生き延びた満洲帰りの映画人が、「アカ」と蔑まれていた。


     こういう監視密告排斥運動で炙り出されるのは、ほとんどが無関係な人だというのはアメリカでもソ連でも、日本でも中国でも同じである。ついでに、共産主義の駆逐を高らかに叫ぶ議員が、身内を縁故採用しまくっているくだりは苦笑した。意図的に敵を作り出す人間は、同時にせっせと仲間に利益誘導するのである。脱税で捕まっている分まだ本邦よりマシだが。強姦の逮捕状は、握りつぶしてもうおしまいかい。こんな警察庁に新しい武器をあげちゃってるよ。

     

     トランボは共産党員だと作中述べられている。だから彼が投獄され映画界から干されたのも一定の理由がある、という立場から、本作がトランボを無辜の市民として描いていることに批判があるらしい。本作はまさにそのような批判が何をもたらすのかを表しているようにも思うが、共産主義を信奉するのとソ連のスパイであることは次元が異なる。社長や部長に批判的な社員が総じて他社に情報を流すわけではなく、むしろやらない方が普通だ。で、実際に情報を流すのはトランボではなくトランプだったりするから、やはり切り分けて考えるべきことである。国が内心に踏み込むとどうなるか、実にタイムリーな内容だ。いきいきするのは鼻持ちならない連中ばかりで、大義を味方にやたらと鉈を振るうが、それで得られたもの(スパイの検挙等)とのアンバランスを考えると、やはりどうかしている。


     本作が面白いのはしかし、それらの政治に対して、本業で抵抗する点だ。裁判で戦うべきだという仲間の主張を退け、トランボはひたすら脚本を書き続ける。目的は証言を拒んで干された自身や仲間の生活保障、つまり金のためだが、口を封じられた脚本家が脚本で抗う構図である。といっても、別に「蟹工船」や「弁護人」のような脚本を書くわけではなく、B級映画を中心とした娯楽作品だ(それと同時に「ローマの休日」のようなアカデミー作品も名前を隠して書く)。このB級映画の社長が、「トランボを使うとどうなるかわかるだろうな」とばかりにジョン・ウェインの手下から警告されたときの反応が、本作で最もおもしろい場面だった。自虐的な武闘派というのを初めて見た。

     

     金のために、「異星人がやってきておっぱいボヨヨーン」(富永一郎か)といったくだらない脚本を書くことは、マッカーシズムに対する直接的な戦いにはならない。このためトランボに反発する仲間も出てくる。ついでに共産主義者からすると、資本主義に魂を売ったようにも見える。マッカーシズム自体も、いつの間にか下火になり、トランボは解放されるという展開だから、彼が作品を通じて何か強烈なメッセージを発し、それが世論を動かし自らを復権させたというわけではない。

     

     だけど考えてみると、この場合は「金」が何よりも反抗になるのだと思う。危険分子だと本業を奪われれば名誉とともに食扶持も失う。このためある者は膝を屈し、ある者は追い詰められて、退場するか死を選ぶ。バカ娯楽作品であれ、書き続け金を得るのはこの場合、生き残ることを意味する。そして彼らを追放した側は、実のところは共産主義の脅威というのはほとんどとっかかりのようなものでしかなく、異分子を排除したいだけだ。これは赤狩りに限らず、口をふさごうとする連中に共通する性向である。だからこそ、生き残ることそれ自体に意味がある。「スパルタカス」はメッセージ性が強い作品だが、それを堂々とやらせようとする人間が現れたのも、生き残ったからだろう。

     

     「スパルタカス」は公開当時、日本における「靖国」や「ザ・コーブ」なんか遥かに超えて上映を巡って結構な騒動があったらしい。知らんかった。世界史に興味を持った中学生のころ、大河ドラマを見るような気分でテレビで見た記憶がある。過ぎ去ってしまえばそんなもの。ほとんど忘れ去られた映画のような印象すらある。
     問題は日本の場合は「過ぎ去るのかどうか」にある気がしないでもないが、とにかくやることやれることをやるしかないってことだよな。寂しい結論だけど。

     

    「TRUMBO」2015年アメリカ
    監督:ジェイ・ローチ
    出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、エル・ファニング 


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