【やっつけ映画評】ドリーム

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     以前に軽く触れた映画を、早速というかようやくというか、とにかく見た。素晴らしい傑作を飛行機の小さな画面で見なかったのは賢明だったが、ほぼ満席で最前列しか空いておらず、上目遣いで2時間過ごす羽目に。飛行機とどっこいどっこいとは言いたくないが、かなりおかしな疲れ方をした。大手の映画館の最前列はろくなものではない。京都みなみ会館を見習ってほしい。

     

     本国では「ラ・ラ・ランド」を超える興行収入だったというが、日本の公開はしばらく未定の状態が続き、この時期まで遅れた。町山智浩によると、主役3人を演じる役者がいずれも知名度が低いのと、テーマが差別問題だったから、ということらしい。ついでに邦題「ドリーム 私たちのアポロ計画」がひどすぎると非難され(アポロ計画は物語と無関係)「ドリーム」に変更になるという珍しい騒ぎとなった。これらは色々と象徴的だと思うので、そういう話を書こうと思うのだが、何気なくWikiを見てみると、本作で描かれている主人公たちの苦境は、事実よりも誇張されているらしい。書こうとした話の前提がちょっと揺らぎかねない余計な発見だった。感想が渋滞してしまう。ま、順を追って述べて行こう。

     

     原題は「HIDDEN FIGURES」という。figureはおそらく「人」と「計算」の掛詞だろう。主人公たちはまさしく隠された人々だし、数字が塗りつぶされた数式を渡されるシーンがあるし、未知の領域の計算という答えの見えない作業に挑む物語だからだ。
     60年代、コンピューター導入直前のNASAが舞台だ。電算機がないので膨大な計算を人力で行っている(ただし作品中盤でIBMが導入され、計算係のリストラ問題が物語に絡み合う)。その計算係に勤務する3人の黒人女性が主人公だ。トイレもバスも黒人専用が設けられた差別が社会制度化している時代に、彼女たちは歯ぎしりしながらそれでも才能を開花させていく。その姿が実に恰好よく痛快だ。頭脳版「42」といったところか。「働く女性が格好いい」というと、日本ではこの手のお寒い紋切記号はよく見るものの、地に足がついた本作の恰好よさは、フィクションではあまり類を見ない気がする。

     あとこれは余談だが、数学が出てくる映画(「グッド・ウィル・ハンティング」「イミテーション・ゲーム」「奇蹟がくれた数式」等々)でおなじみのチョークをカツカツ鳴らしながら数式で黒板を埋めていく様子に憧れる。俺にとっては意味不明の記号でみるみる埋め尽くされていくのと、授業の板書のようにわかっていることを掲示するのではなく、自分の思考をぶつけているところにワクワクする。

     

     さて頭脳版「42」と述べたが、主人公たちは肌の色だけではなく女性差別も関わってくるから倍だ。それも単に被差別要素が多いというだけではない。黒人野球選手の場合、野球選手であること自体は(実力を見くびられることはあっても)疑われていない。だが彼女たちの場合、そもそも「超頭脳明晰だ」ということを想定すらされていない。例えば、主人公の一人キャサリンがNASAで高度な計算をやっていると聞かされた軍人のジムは「女がそんな難しい仕事を?」とまず驚くし、資格を取るため数学のクラスに現れたメアリーに、教師は「ご婦人向けの授業ではないんだが…」と困惑する(おそらくメアリーがカルチャースクールと勘違いしてやってきたと思ったのだろう)。この二人に悪意はない。だが十分に色眼鏡である。もしキャサリンが、それこそベネディクト・カンバーバッチみたいな外見の男性なら、ジムも「へえーあんた凄いね!」とただ感心したに違いない。

     

     このような男目線は俺もやらかしている。自覚したのがいくらかあるから無自覚なのはもっとあるだろう。NASAの男性たちは陽気なジムと違って陰湿・殺伐として見えるが、彼らも入口はジムと同じ「無自覚」だ。それが結果、いじめのように見えるのは、悪意というよりは「制度化」が絡んでくるからだと思う。
     

     再び原題について、「hidden」は「hide」=隠すの受身形なので「隠された」になる。確かに彼女たちは「隠されて」いる。黒人の計算係のオフィスは地下にあり、描かれ方から察するに、広い敷地の端っこにある。黒人専用トイレはこの棟にしかなく、別部署に異動になったキャサリンは、もよおすたびに遠征を強いられる。「40分ほどいなくなる」と台詞にあるから、片道10分以上かかるのだろう。で、ここがポイントだが、キャサリンの部署の白人同僚は誰も彼女が何でいなくなるのかわかっていない。「君はすぐいなくなるがどこで何してるんだ!」と上司に怒られ、辛抱強いキャサリンもとうとう「近くに便所がないって知らねえだろ!」とやり返す。それで水を打ったようになるのは、白人同僚男性が全員、目の前の女性がすぐそこの女子トイレには行けないという事実(制度)に思い当たりもしなかったからだ。


     もう一人の主人公メアリーは、技術者の配属希望を出すが拒否される。制度上、必要な学位がないからだが、その学位が取れる学校はすべて白人専用。メアリーの進路は実質閉ざされている。これもまた学校を分けていること自体は明確な選別意識が働いているのだろうが、そこから結果的に発生しているメアリーの行き止まりは、気づかれてもいない。
     3人目の主人公で最も年長のドロシーは、仕事の中身は計算係の管理職だが、待遇はヒラで常勤でもない。「名ばかり管理職」ならぬ「実ばかり管理職」である。管理職待遇を求めるものの受け入れられない。そこにはNASAの置かれている現状等々の「合理的」な理由が語られる。白人上司は「私に偏見はない」というが、ドロシーはこう答える。「存じております。あなたがそう思い込んでいるということを」。この言葉は上司個人だけに向けられているのではないのは明確だ。ドロシーは自らのスキルアップのために図書館に専門書を借りに行くが、白人専用の方にしか蔵書がない。

     

     このような不公平が制度化されて落ち着いてしまっている世の中では、「hidden」は「隠された」というよりは「見えなくなっている」になるだろう。「42」のように、汚い言葉をぶつけてくる対戦相手はここにはいない。ただ制度に従って「正しく」振舞っている人々がいるだけだ。ついでに、公民権運動に熱心なメアリーの夫は、味方であるはずなのに「女がそこまで頑張ってどうするんだ」と「妻の身を案じて」小言を言ってくる。もう何から手をつけてよいのやら、面倒くさくて仕方のない状況であるが、なにせ3人(とその他大勢の黒人女性同僚)は超優秀である。闘う様子がかしこ過ぎて面白い。3人それぞれの見せ場の作り方もうまく、娯楽映画としての側面も手堅く仕上がっていて憎い。

     

     ただし、Wikiによるとこれらの設定は事実とは違うようで、ありもしなかった差別をでっち上げて騒いでいる内容ととれなくもない。
     制作者側の意図を汲めば、主人公たちの実際とは異なっていても、他の女性や他の黒人(ないしはそれ以外の被差別者)は同じような構造の、何だったらもっと不条理な目に遭っているわけで、あくまでフィクションという枠組みを利用して、彼女たち3人にその他大勢の実態を代表させているということになろう。
     ただ作品の問題提起の根幹にかかわる部分であるし、デリケートなテーマでもあるしで、この演出の是非は検討する必要がありそう。手に負えないのでここではやらないけど。演出だからといってすべて帳消しになるわけではないとだけは強調しておく。

     

     さて、この彼女たちの「奮闘」の部分をもって邦題はつけられているのだろう。台詞の中でも「夢」について軽く議論になる場面がある。お陰でfigureの掛詞は消えてしまったから、例によって代案を考えてみよう整いました。女性差別とかけまして、高度な計算式と解きますそのこころはどちらも性差(精査)が問題ですねずっちです。閑話休題。原題のニュアンスが邦題によって消えてしまうことにいちいち目くじらを立てても嫌味なだけだが、「夢」の部分に注目している点は何かと象徴的だと思う。

     

     「夢」が「目標」のような意味だとすると、目標の実現に必要なのは基本的には当人の努力である。本作が指摘しているのは、その努力の土俵にも乗れない苦難である。hiddenの部分だ。もちろん、3人はそれぞれ自助努力によってこれに抗うから、夢を追う構造と全く別物というわけではない。もしそういう点も含め「夢とは時に、上司や裁判官を突き動かすぐらいの狹慘廊瓩必要なのだ」という意味あいでの「ドリーム」なら、むしろ挑発的なタイトルといえる。だが、主役を演じる役者にスターがいない等々の理由で公開になかなか踏み切らなかったことを考えると、そこまでの考えがあるとは思えない。呑気に「ドリーム」にしたのだろうと思う。それで問題なのは、タイトルそのものではなくて、現状認識である。宮本輝の残念な芥川賞選評風にいえば、「対岸の火事」と思ってるんじゃないの?と思ってしまう。

     

     封切間もない時期で、狭いハコだったこともあり、会場は満席だった。おかげでくたびれたが、スターの在/不在という尺度がダサく見えてしまう盛況は小気味がいい。俺の隣には、一人で来ていた婆様が座っていて、途中で泣いていた。自分の人生と重ねて感極まるところがあったのだろうか。昭和を生きてきたこの女性に、それがあったとしても全く不自然でもなんでもない。

     

    「HIDDEN FIGURES」2016アメリカ
    監督:セオドア・メルフィ
    出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ


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