【やっつけ映画評】The NET 網に囚われた男

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     南北分断を舞台作品のような身の丈サイズにまとめたよくできた作品だった。監督は、ぬるい南北の描き方をした「レッド・ファミリー」をプロデュースした人だが、本作はあちらとはうってかわって訴えかけるものが迫ってきた。政局の話で吹っ飛ぶことそれ自体が象徴しているような、狂気の沙汰のミサイル騒ぎにあった日本にとっては、恰好の教材ではないかと思う。


     船の故障で韓国側の海域に流されてしまった北朝鮮の漁師ナム・チョルが、スパイの疑いで韓国側に拘束され尋問される。取調官は「アカ」に憎悪を抱く暴力男で、警護役の青年は、その違法な取調べを非難する。「宇宙人王さん」を彷彿とさせる構造に、「善良な漁師と思わせといて実はスパイでした」といったチンケなサスペンスだったらどうしようかと思ったが、まったくそういう話ではなくて安堵した。

     

     チョルがスパイであれば大事だが、そうでなければ次に待つ手続きは「転向」、つまり亡命である。善良な同胞を狂気の国に戻すわけにはいかない。そういう理屈だ。韓国側に渡ってしまったこと自体が罪に問われるかもしれないと考えると、送還するのは人道的な点からも問題があることになる。だがチョルにとって大切なのは家族と平穏に暮らしていたこれまでの生活である。ソウルの豊かさにも、自由を保障する西欧型民主国家にもさして興味がない。

     

     国民が餓死しているのに軍事開発と政敵粛清に明け暮れる世襲の独裁国家と、国民主権の憲法を戴く民主国家、どちらがまともなのかは考えるまでもないが、後者が正しいからといって、望んでもいない人間に家族を捨てても亡命しろと強要するのは、これはこれでイデオロギーの暴力だから、国家主席にマンセーと言うのと構造的にはあまり変わらない。ただし、チョルが今後も祖国で家族と平穏に暮らせる保障がない分、当人の意志を曲げてでも亡命を、と考える「部長」や「室長」の立場に全く合理性がないわけではない。チョルの立場を最大限尊重しようとする警護の青年は、最も正しく見える立場ながら、同時にお人よしであり、無責任だと非難することも可能だろう。


     チョルの言葉を借りれば、この「もどかしさ」が本作の推進力である。取調官は人格的にも仕事へのスタンスも相当問題があると言わざるを得ないが、一応チョルは交戦中の国からやってきた人間であるし、疑わしくなければないほど余計に疑わしいという矛盾を抱えたのがスパイという存在である以上、彼の疑心暗鬼に全く合理性がないわけではない。加えて、結局スパイかそうでないのかよくわからない脇役も登場する。本作は、このような疑わしさの要素をいくつか散りばめながら、それでもシロかクロかのサスペンスに話の本筋をブレさせていない点で見事である。

     

     こんな国家間のややこしい話を、コンパクトにまとめられているのは、チョルの人物造形が大きい。
     チョルは、実直で目鼻も利くなかなか魅力的な人間である。いたってマトモであるという描き方自体が、本作を成立させている重要な要素だ。一人のマトモな男であるからこそ、警護の青年はシンパシーを抱いたのだろうし、取調官はスパイだと疑いを深めたのだろう。「狂気の独裁国家に洗脳されたロボット」というようなステレオタイプだと彼らの態度もまた違ってきた可能性があるし、そもそも作品として成立しない。

     

     政府がいかにおかしな状態であっても、市井の人間の現状はまた別の話である。チョル自身は、抑圧国家の面倒な部分を適当に避けながら地味に地道に暮らしている。おそらく南北の対立にも特段興味がない。日々の暮らしに精一杯で、政治には無関心。どこにでもいる普通の人である。その彼を「洗脳されている」と思い込む韓国側の人間は、色眼鏡で見ているという点である意味彼ら自身が狎脳瓩気譴討い襦2K修兵萃幹韻砲靴討眤崚戮違うだけで構図は同じだ。チョルが警護の青年だけに心を開くのは、この若者だけがチョルを対等な一人の人間と見ているからで、こんなことが特別になるほど、半島の分断は悲劇だということだ。
    (以下ネタバレ)
     

     もちろんチョルがまともだからといっても、北の政府に問題があることには変わりない。帰国がかなった彼を待ち受けていたのは、韓国側より苛烈な取調べだった。いや、取調べの暴力性だけなら南北はさして差異がないかもしれない。ただし、祖国の側には、マスコミを恐れてやりすぎを叱責する部長も、義憤に駆られて味方をしてくれる青年もいない。この見事な一枚岩ぶりが全体主義の恐ろしさと比較によって見せつけられる。

     

     さて、本作のラストも、「ダニエル・ブレイク」同様、死で幕を閉じることに困惑させられる。保衛部の取調べから解放されたものの、狒芦吻瓩あるため漁業の禁止を命じられたチョルは、国境警備隊の警告を無視して船に乗り込み、結果射殺される。それまで臆病かつ慎重だった男が、なぜ射殺を警告されても沖に出ようとしたのか。まるで自殺願望のようなヤケクソは乱暴なラストに見えなくもない。

     

     では、まがりなりにも無事に帰国できた男がなぜヤケになったのか。劇中、チョルが一度自殺を試みる場面があるが、理由は二度と帰国できず家族に会えないと絶望したからだ。もし自身が釈放されても家族が処刑されれば彼は死を選んだだろう。しかし家族は無事である。どうやら拷問のショックで男性機能が失われたようなのだが、それが死ぬほどの絶望かどうかは価値観の問題である(少なくとも北朝鮮でバイアグラを入手するのは至難の業とはいえる)。やはりここは仕事を奪われたからということか。人間、自分を構成するものは家族か仕事か、その両方か、大抵の人はそうだ。その意味においても、彼は「網に囚われた男」である。触れてはいけない一線を越えたときに人は理屈を超えた激情にかられるが、それが韓国なら逮捕で済んだだけかもしれないところこの国の場合は死に直結する。

     

     幼い娘は、チョルが持ち帰った韓国の動く喋るぬいぐるみで遊びつつ、今まで大事にしてきた古いぬいぐるみを抱きしめて映画は終わる。どれだけおかしな国であっても祖国が祖国であることは変わりない。故郷を愛する感情は、政府のありさまとは別次元のこれもまた理屈を超えたところにある。であるからして、仮に外国が政府を倒しても、昔の三国志や信長の野望のゲームのように、勝った途端に国境線の内側が別の一色に塗り替えられるわけではないということでもある。本来無辜の市民だった人々が、場合によっては命を落とし、場合によっては憎悪をたぎらせ歯向かってくることになる。時節柄、そんなことも想像させられたラストだった。

     

    「그물」2016年韓国
    監督:キム・ギドク
    出演:リュ・スンボム、イ・ウォングン、キム・ヨンミン


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