裏から目線

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     「東京で積雪〇僉廚離縫紂璽垢覗ぎになっているときに、雪国の人間が偉そうな態度を取るのを「上から目線」をもじって「北から目線」というらしい。本稿もどうせそういう内容になろうから、タイトルの時点で先取りしようとしたが、我が故郷は緯度でいうとさして「北」でもない。正確性を期して「裏」を選んだ。揶揄でも自虐でもなく、アイデンティティの誇示である。雪を偉そうに語るのも同じメンタリティだろう。辺境の民の悲しみの発露である。それが都市部の人間に煩わしく思われるのも、すれ違いは世の理というもんなのであろうよ。残念ながら。


     「56豪雪」というローカルな歴史用語が全国ニュースで流れるものだから、受け止めるこちらの心象も大騒ぎになる。アメリカには「76ers(セブンティシクサーズ)」というバスケチームがあるが、我らはさしづめ56ersだ。小学生だったので「二階から出入りできるスゲー」くらいのお祭り感覚しかなかったが、大人になれば受け止め方は当然異なる。こりゃエラいこっちゃと早速帰省の算段を立てたが、電車が全く動いていないのでどうしようもない。


     一気に降ったせいで、ちょっと車が止まっている間に埋もれてしまうから立ち往生になる。その代わり、一気に積もったせいで密度は大したことはないから、屋根雪を今すぐ降ろさないとマズイ、というような緊急性はないらしい。実家に電話すると、父親は割と呑気な調子でそんな説明をした。だが、たまたま見つけた全然知らない地元の人のTwitterを見ていると、結構深刻な実況中継である。


     悶々としながら某大学に仕事に行き、学食で昼食をとろうとしたら休業。仕方ないので学内の売店に行ったら、すでに商品棚はガラーンとしていてまるでニュースで見た福井のコンビニ状態だった。残っているのは菓子パンだけ。しょうがないのでアンパンと牛乳の張り込み刑事になった。正確にはアップルパイとコーヒーだが、そんなことはどうでもよい。


     ようやく運行再開と仕事の都合が噛み合い、日曜に帰省した。ホームセンターで買った黒長靴を履いて意気揚々と出立。最近は雨の日に洒落たデザインの長靴を履いている女性をよく見かけるが、晴れた日にデザイン性ゼロの長靴を履いて歩いているのはラーメン屋の店員くらいよね。あっちは白長靴だし。酔狂な格好にしか見えないが、それだけにこの安っぽいブラックの光沢が俄然格好よく見えてくる。


     特急で国境の長いトンネルを抜けるまでは、まあ普通の大雪程度。そこから先はというと、窓から見える屋根雪の量は、やはり密度がスカスカだったせいだろう、「大雪」レベルにまで高さが下がっている。さて街中の状況はどうだろう。
     到着。バスは止まっていると聞いたので、タクシーに乗るつもりでいたが、1台が出て行ったあとは、乗り場はガラーンとしたものだった。バス停には「暫定ダイヤで運行再開」と書いているが、いつ来るかよくわからない。「詳しくはホームページで」と書いてあるのでタブレットで閲覧してみたが、張り紙と同じことしか書いていなくて全然詳しくない。はてどうしたものか。と案じているうちバスが来た。


     タイヤチェーンを装備しているが、幹線道路は除雪と融雪装置のおかげでアスファルトがむき出している。お陰で走行音が賑やかで、座席もずーっとバイブレーションしている。俺が乗ったバスは、路線が環状になっていて、通常なら右回りと左回りの双方向だが、本日は右回りのみ。虚構新聞に以前こういう記事が出ていたが、まさにこんな具合だ。途中、対向車線のバス停で待つ乗客を見つけると、バスが停まってわざわざ同乗している乗員が「今日はこっち回りしかありませんよ」と呼びに行く。このバス会社って、こんな親切だったっけ?と困惑しつつ、それだけ困ったときはお互い様の困った状況ということでもある。

     

     この日の運行はしかし右回り左回りだけでなく、雪の激しい場所はショートカットするというおまけつきだった。その省略された部分に本来俺の降りるべき停留所もある。一番近いところを乗員に確認してそこで降りた。距離でいえば、徒歩10分強といったところか。駅から家まで徒歩10分というのは、都市部では標準もしくは近いくらい。バスが通らないのは、通常なら大した問題ではない。だけどバスが通らないのもむべなるかな。路面はなかなかの悪条件だ。

     写真ではちっとも伝わらないが、路面はかなりデコボコで、段差に足をとられてすぐ転びそうになる。車もボヨンボヨン車体が上下しながらしょっちゅう滑って左右にドリフトもしている。そんな中、電話しながら運転している強者もいる。こええよ。心なしか長靴の中も湿ってきた。雪は遠目で見た印象よりも遥かに厄介なものなのだ。

     

     足腰にそこそこの疲労を感じつつ家に着いた。いつの間にか照り返しに目がやられていたようで、家に入ると何も見えない。カバンに入るだけ入れてきた食料類を父親に渡して、そのくせ冷蔵庫の中身で昼飯をいただいた。
     食べ終わり、早速雪かきに出た。すでにご近所さんたちが作業をしている。その中に混じって、家の前の生活道路の除雪だ。車が通れる幅を確保しないと、自家用車が使えない。「若い人が来て助かるわあ」と近所のおばちゃんたちが歓迎してくれるが、体力があったとしても手際が悪い。農作業なんかと同じで、不慣れな若人より手練れの爺さん婆さんの方が遥かに作業が速いもんだ。その上俺も別に若くないし。

     割と氷状になってしまっているせいで、硬いし重たいし、息が上がるし腰がつる。何度も手を止めた。周囲を見ると、近所の人たち総出で雪と格闘している様子に雲間から日差しが注いで素晴らしい絵面になっている。親父にいたっては、「笠地蔵」の笠みたいなのかぶっているしで完璧じゃないか。撮影したいが、写真を撮れる道具は全部家に置きっぱなしだ。撮ってる場合じゃない雰囲気だし。残念。さあさあ働け働け。

     

     で、どうにか車幅分は確保した。近所のおじさんが「試してみましょう」と自分の乗用車を動かしたが、幹線道路に出るところでカチンコチンになっている轍を乗り越えられずで、せっかくの作業もあんまり解決になっていないようだった。踏切じゃないところで線路を車で横切るような感じね。通常なら除雪車が入るからこうはならないが、一気に降ったせいで本来の雪対策システムが追いついていない。だもんで、見かけの量に比べて厄介が多い。

     もうちょっと何か役立てないものかと思ったが、父親以下、総じて「いらんいらんもう十分」と退却が早く、「今日も出かけるのは諦めるわ」「酒飲んで寝てよさ」と口々にいいながらめいめい自宅に引き返していった。一応それで済ませられる程度、ともいえようし、自然との共存は諦めが肝要ともいえようか。年寄りは冷蔵庫を満タンにする傾向があるが、それもこういう経験の積み重ねからくる生活の知恵だろう。

     

     まあ徒歩圏内にスーパーはあることはある。父親が偵察してきてくれというので見に行くと、くだんの大学の売店よりはモノに溢れていた。逆に今度はパンがひとつもない。あんぱんもアップルパイもない。野菜はあるけどパンがないというのは、これはどういう流通の都合なのだろう。

     

    大体同じ場所から昨年の正月に撮った写真。

     

     疲れ切ったしすることもないしで、5時前から夕餉となった。熱燗で暖を取りながら煮物なんかを突っつく。テレビはずーっと「L字」状態で、雪関連の通知が流れている。五輪を見ながら、まあまあ酔いが回ったころ、明日の特急が全部運行取りやめになるとL字に流れているのに気付いた。ありゃりゃ、明日帰れないとあさっての仕事に差し障る。

     今日の特急はまだ動いている。なのでバタバタと帰り支度を始めた。実のところ帰省前に父親から「明日からまた大雪になるから電車が止まるといかんしやめとけ」と釘を刺されていたのだが、延期するのが気持ち悪かったのでエイヤで帰ってきたのだった。そしたらこのざま。会社員だったら「すんません戻れませんわ」と頬かむりを決め込むが、個人事業主につきそうもいかん。

     

     「だから言ったやろ」とぶつぶつこぼしながら父親がタクシーを呼ぼうとしたが、ちっともつながらない。「叔父さんに頼む?」と冗談めかして言うと、「それもそうか」と電話をかけた。何でも叔父さんからは「困ったことがあったら遠慮なく電話くれ」と二度ほど念押しがあったという。叔父さんにすれば、思っていたのとは随分違う「困ったこと」だ。わざわざ困りごとを作りに来てどうする。


     道路状態が悪いので、来れるところまで来てもらうということで快諾いただき落着。「(叔父さんには)悪いけど、飲み直すか」と父親がワッハッハと言って、酒を飲んでいたら、通常の倍くらいの時間で呼び鈴が鳴った。家の前までこれたことに驚きながら、慌ただしく実家を辞した。


     さて乗せてもらったはよいが、既に述べたような道路事情なので、内戦状態のどこかの国の道路みたいに揺れること揺れること。その上立ち往生している車がいて、ニュース映像が脳裏をよぎってぞっとする。慣れたもんで、叔父さんは後ろの車に頼んで後退してもらい、Uターンして別の経路を取る。
     すると今度は、昼間の近所の人の車みたいに、路地から幹線に出ようとして轍が越えられずスタックしている車がいる。叔父さんが車を止めて、「一応四駆なのに」とバツの悪そうなドライバーのおばちゃんに、ああせえこうせえと指示を出した上で、俺と二人でエイヤと押し出した。なんだかロードムービーみたいにイベントが重なる。こうしてようやく除雪車が入ってまともに走行できる道に出た。要は昼間にバスが走っていたところ。通常徒歩10分ちょっとの距離が、エラい手間だ。

     

     「立ち往生している軽の四駆は、鈴木と大発が相場やな」と、真偽のほどはよくわからない説を開陳する叔父さんが操るこの車はパジェロミニで、軽の中では雪道で一番信頼できる仕様なのだと車屋が太鼓判を押すので買ったんだとか。確かにいつでもタイヤが空転しそうなさっきの悪路を堅実に走行していた。おかげで助かったわけだが、これが雪国の営みかと思うと、そりゃあ北から目線にもなるわいね。
     どうにか駅について、満員の特急に乗った。雪の降りは激しくなっているが、遅延は数分程度。雪国仕様の特急は、走るとなれば優秀なんだよね。途中の駅で床下の着雪チェックをするというので何度か停まったけど、新幹線に比べて作業時間が短い。

     

     今日の俺の成果は結局、家の前の道路のうちの数メートルを少し幅広くしただけ。いてもいなくても変わらん貢献度の上、親戚まで巻き込んで慌ただしく帰ったから収支はマイナスだ。だからといって特に気にしない、というのが本日学んだことか。


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