【やっつけ映画評】ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書

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     今度はこのおじさんが主人公(の一人)の作品。蝶ネクタイ姿だが話のわかるいい上司という、蝶ネクタイに対する己の偏見を再確認させられる「大統領の陰謀」の重要な脇役だ。本作では普通のネクタイ姿である。一方他の登場人物で蝶ネクタイの男がいたが、こちらは算盤勘定で主人公側に異を唱える役どころ。元の木阿弥、蝶ネクタイはヤなやつに再び収まるの巻であった。


     かの上司ベン・ブラッドリーは、なぜあんなに腹が据わった様子で若い2人を全面的に後押しできたのか。それがわかる気がしながら本作を見ていた。要するに内容としては「大統領の陰謀:エピソードゼロ」だと感じていたのが、ラストがまさしくそうなっていて、いやはや実にシビれた。まるで「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のような終わり方だが、「続く」の先は40年前の映画なのだから、30年前にタイムスリップするあの作品を超えている。ラストの意味がわからず「続編があるのか?」と思った人は、あるにはあるが午前10時の映画祭かBS日テレくらいでしか上映(放送)の機会はないのと思うでご注意を。


     本作でのワシントン・ポストは「特ダネ」を抜かれる側だ。ベトナム戦争についての政府の嘘を裏付ける機密文書をスクープしたのはニューヨーク・タイムズで、ポストはこの時点で煙の一筋もつかんでいない。エース記者の姿が最近見えないので「何か掴んでいるのでは」と探りを入れるセコいことまでやっている。それもむべなるかなポストの立ち位置は「地方紙」で、人も足りなければ金もない。オフィスの様子もどことなく辛気臭い。「陰謀」ではすっかりモダンな赤いデスクになっているが、家具を買い換えられる前の物語だ。


     抜かれたら抜き返せ、とばかりにここからポストの反撃が始まるのだが、本作は新聞記者の物語でありつつ、意外なことに取材のシーンはあまりない。問題の文書を手に入れる過程はスリリングに描かれてはいるが、逆に言えばそれくらい。じゃあほかは何かといえば、報道するかしないかの判断が物語の主軸となっている。もう少し格好よく言えば、敵はライバル大手紙ではなく、ニクソン政権の横暴ないしは歴代政権の欺瞞なのである。

     

     先にスクープしたタイムズは、国家機密の漏洩を理由に発行停止の処分をくらってしまった。抜き返すチャンスといえばそうだけど、追随すればポストも同じ目に遭う危険性がある。もしそうなると、株式上場をしたばかりという不安定な経営基盤が一気に崩れ去るかもしれない。だけど日和見で記事をひっこめれば、何人かの記者は退職すると息巻いている。


     この難局に立たされた、お嬢様育ちで気のいいだけが取り柄、だけに見える女社長がもう一人の主人公だ。場面が切り替わって彼女が登場するたび晩餐会か昼食会ばかりしているような人が、「殺伐」がアイデンティティのような男社会臭のきつい新聞社の社長を務めているのが面白い。「女=か弱い」という古典的偏見をなぞっているだけでなく、世襲の弊害をも体現しているような、そんな人に見えるのを見事に裏切ってくるからだ。

     

     政権を揺るがす記事と、会社の経営の二項対立は、外野からは「書くべし」以外答えのない、わかりきった問題に見える。ただし本作で何度か描かれる編集部門以外の人々の作業を見ていると、それも結構な思い上がりに思えても来る。活版の職人が版を組んで印刷機にかけ、仕上がった新聞を輸送部門の人がトラックに積み込み配送する。新聞は情報産業でありつつ、装置産業でもある。印刷や配送のいわゆるブルーカラーの人々にとって、紙面の内容はどれほど興味のあるものなのか。

     印刷屋での勤務経験がある身からすると、社長に限らず、業界の人は総じて印刷内容には全く目がいかず、刷りやすいか刷りにくいかでしか見ていないものだった。推測するに、売れる記事なら大歓迎、会社がつぶれる記事は御免被るといったところか。戦争に絡む記事なので身近に従軍者がいる場合は話はまた別かもしれないが、とにかくこの場面を見ていると、編集は会社の一部門に過ぎないことがよくわかる。同時に、ブラッドリーは所詮その一部門の責任者でしかなく、社長とは背負っているものの大きさがまるで違うことが明白だ。

     

     それでも社長のキャサリンが、役員の諫言を振り切り記事にゴーを出したのは、ひとつにはに「新聞が好き」ということのようだ。社長の娘として育ち、後を継いだ夫がなぜか自殺してしまったことから社長に就任した彼女だが、父の作っていた新聞が好きだったからこそ、あるべき姿を求めてブラッドリーに掲載を命じている。世襲が功を奏している格好だ。
     もう一つの理由は、矛盾するようだが、彼女自身、ひいては会社や報道のあり方について、過去と決別して新しいスタートを切るためでもある。

     

     新聞社の経営者は、いわば名士であり、必然政治家との距離が近い。日本でも地方に行くとよりわかりやすいが、地元新聞は地銀と並ぶ地域の有力企業で、地方に行くと都銀のATMが見当たらないのと同じく、朝日や読売を見たこともないという人は珍しくない(都銀と違って店頭に売ってはいるが)。必然、地元政界とはずぶずぶの関係になりやすく、極端な例だと社長が政治家に転身するケースもある。キャサリンも似たような環境で育ったのだろう。ベトナム戦争に大きく関与した元国防長官のマクナマラとは、古い友人の関係にある。キャサリンにとっては、秘密文書の存在は、マクナマラに騙され続けてきたことを示し、記事の掲載は彼との決別も意味する。


     一方ブラッドリーは、ケネディ時代、かの人気者大統領とべったりの関係にあった。記者は情報を得るため取材対象者と人間関係を築きたがるが、情報を持っている人間は大抵エラい人なので、そういう立場の人間と肩を並べていることが快感になる。結果、仲良くすることが自己目的化してしまうのはよくあることだ。「俺は批判記事も書いた!」とブラッドリーは主張するが、仮にそうだとしてもケネディだってこの巨大な隠蔽行為に加担していたのだから反論は虚しい。幸か不幸か当人はとっくに黄泉の国にいるのだが、要するにブラッドリーにとってもキャサリン同様、記事の掲載は過去の自分と対峙することを意味する。何せブラッドリー本人曰く「報道を変えられるのは報道することだけ」だからだ。


     国家権力VS報道というある種ベタな題材ながら、本作はこのような内省を丁寧に描く。ついでに機密文書を整理する場面に代表される繁雑な作業の様子や、既に述べたような印刷・出荷工程まで描くことで、内に外にと何とも重層的に新聞社を表現している。他の記者モノ映画と比べても、会社の内部は一番よくわかる演出になっているのではないだろうか(ただし古いが)。主人公は、キャサリンとブラッドリーというより、この新聞社といってもいいかもしれない。そして取材の場面はあまりなく、政府の妨害工作のような不気味な場面も特になく、社内でやいやい言い合っている場面(と晩餐会)ばかりが目立つ構成なのに、娯楽性をしっかり担保するスリリングな展開を実現していて、この監督、映画作るのうまいんだな(今更)と舌を巻いた。

     

     9カ月という驚異的な速さで本作は仕上げられたらしいが、監督の意図するところは述べるまでもない。この作品が日本にとっても妙にタイムリーになっているのも言うまでもない。人間社会はなかなか発展しないという事実はがっかりだが、やるべきことは本作が明確に示しているから、ワイダ作品に比べれば遥かに楽で展望は明るいだろう。とりあえずはわが身を振り返るところがスタート地点で、その点、ソクラテスのころから人は変わっていないわけだが、とにかく本作からわかることは以下だ。書いてくれ。そして時にライバル社同士は連帯してくれ。日本の場合、司法に期待できないので余計に。

     

    蛇足:後ろ姿しか出てこないニクソンの、頬の肉のたるみ具合が本人に極めてよく似ていた。


    「THE POST」2017年アメリカ
    監督:スティーヴン・スピルバーグ
    出演:メリル・ストリープ、トム・ハンクス、ボブ・オデンカーク


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