【やっつけ映画評】ラッカは静かに虐殺されている

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     イスラム国に制圧され犲鹽圻瓩砲覆辰薪垰圓凌諭垢怜綟饋俵譴鯢舛い織疋ュメンタリーだが、見ていて「バタリアン」を思い出した。

     

     コメディ風味のB級ソンビ映画という評も見たことがあるホラーである。本作の内容からすると、不謹慎にも思えてきてしまうが、まあお付き合いを。先にオチも含めて「バタリアン」の内容について。軍がひそかに開発したゾンビが間違って移送されて、というご都合主義な展開から、誤って献体の遺体がゾンビ化し、どうにかとっつかまえて焼却処分したところ、その煙が折からの雨で大地にまき散らされ、墓地の遺体が甦ってしまう。こうして町がゾンビだらけになり、にっちもさっちもいかなくなったところで事態を察知した軍がミサイルを発射。町ごと壊滅させて映画は終わる。

     

     ゾンビから必死に逃げ回っていた登場人物たちもまるごと破壊される何の救いもないラストである。「それしか方法がなさそうな事態だ」ということが描かれてはいるから、まあそうなるよなあと同意しつつ、結局そんなオチかよ、と工夫のなさに呆れつつ、だったように覚えている。それと同時に、核で全滅させてもキノコ雲から黒い雨が降ったら、また墓場の人々が甦るんじゃないか?とも思ったものだった。「核は燃やすんじゃなくて一瞬で蒸発するんだよ(=だから雨が降っても焼却炉の煙とは結果が違う)」と誰かが得意気に講釈を垂れていた記憶がある。小学生だったはずだが、誰がそんな高度な解釈を披露していたのだろう。

     

     以上を前提に本作について。
     序盤で混乱前のラッカが登場する。普通の地方都市といった趣で、人々が平和に暮らしている様子を見せられるが、その後の展開を知っているだけに、見ていて辛く、かつ貴重な記録でもある。この町に、やがてアサド政権の圧政に抗議する政治運動が波及してきて、激化とともに軍の制圧が始まる。投石する人々に軍が発砲し、という場面は「タクシー運転手」を彷彿させる。しかし本作を見ると、光州事件はまだマシだったとついつい思ってしまう。何せ第三の勢力として、もっと残虐な連中が現れるからだ。統治の揺らぎに乗じて、イスラム国がやってくる。

     

     彼らはアサドの圧政からの「解放者」を自称しているが、かつてのドイツにとってのソ連みたいなもので、ナチス政権からの解放者として現れ、代わりに余計にひどい東ドイツを作った。東南アジアにおけるかつての日本軍も解放者を称しつつ、であるから縁遠い現象ではない。とにかく、ラッカを手中に収めたイスラム国は、気に入らない人間をどんどん捕まえて晒し首にしていく(モザイクなしで出てくる)。武器を持った多勢に抗うことは一般人には到底無理だ。でも「服従か死か」の過激で残虐な連中である。白旗を揚げたところで安穏と暮らせるわけでもない。一部の人々は、素人記者としてラッカの様子を撮影し、世界に発信することにする。本作は彼らの戦いを描いている。世界に知れ渡ることで各国首脳が反応し、イスラム国を追い出してもらう、というのが狙いである。

     

     もうそれしか方法がないのだ、というのがまずもっての絶望だ。一定数の武装勢力がいて、政府の統治機能が期待できない状況では、そこで暮らす住民にできることは何もない。イスラム国より強い武器を持った勢力を頼むよりほかはない。ただし周辺国や米英等が腰を上げたところで、対策としては爆撃になる。町は荒廃し、住民も巻き添えになる。これが「バタリアン」を思い出した1つめである。

     

     ネットを使って撮影した写真や動画をアップしていく報道集団の活動は、必然的にイスラム国にも知られることになる。彼らは死刑宣告を受け、実際に仲間やその家族たちが命を落としていくことになる。「我々が勝つか、皆殺しにされるか」という緊張感の中で、ペンは剣よりならぬ、スマホは銃より強しとばかりに彼らはデジタル端末を使ってラッカの実態を告発していく。今春、学生にスマホをテーマにレポート課題をやらせていたが、ほとんどの学生が「スマホのし過ぎによる睡眠不足」や「歩きスマホの危険性」についてまとめていた一方で、こちらは「告発スマホのし過ぎによる晒し首の危険性」だから、言葉を失う。ドキュメンタリーだから現場の音声を全部拾う分、鼻息がやけに聞こえる映画であるが、それがまた緊張感を生んで寒気がするのである。

     

     そうして他国のメディアが取り上げ注目が集まっていくとどうなるかといえば、すでに述べた通りの空爆であるが、当然主人公たちは素直に喜べず、むしろ余計に深刻な顔で頭を抱えることになる。「イスラム国とは人ではなく思想だから、殺しても滅びるわけではない」というのが彼らの考えだ。イスラム国自体が、恐怖の独裁政権を崩壊させたところに出現のきっかけがあるから、指摘は全くその通りである。これが「バタリアン」を思い出したその2で、ミサイルで壊滅させてもまた雨が降って墓場の人々が目覚めるんじゃねえの? いやあ蒸発するから焼却とは、という理屈は核を使用しているわけではないから当てはまらないが、仮に使用して国際政治が認諾したとしても(無理のある仮定だが)、過激派が全部いなくなるとは思えんわね。実際バタリアンも続編が続くのであるが、こちらはただの金の事情。

     

     原題は「CITY OF GHOSTS」。「シティ・オブ・ゴッド」のもじりか。双方人がたくさん死ぬ絶望的な街の話だ。冒頭で「ここはゴーストの街だ」というノローグも出てくるが、ゴーストとは主人公たちがいう殺しても死なない「思想」のことか。それともバカ売れしたラブストーリーがごとく、こちらからは見えているけど手が下せない主人公たちの隔靴掻痒をいうのか、逆に向こうからは見られているが、こちらからは存在が見えない恐怖をいうのか。いずれにせよ、あまりいいタイトルとは思えない。というのも、本作の半分は監督が撮った記者の面々への密着映像だが、半分は彼らRBSS(Raqqa is Being Slaughtered Silently=ラッカは静かに虐殺されている)が撮った映像であり、監督の便情感はどうしても抱いてしまう。その点、本作については邦題の方が正解という気がする。配給にはアマゾンが関わっているようで、これは金のゴーストによる便乗か、それとも売れそうにない作品に手を貸すゴーストなりの矜持か。救いのない内容だけに、脇の話に逸れて終わる。

     

    「CITY OF GHOSTS」2017年アメリカ
    監督:マシュー・ハイネマン


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