【やっつけ映画評】タクシー運転手 約束は海を越えて

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     テロリスト気取りが正義の英雄になってしまう「タクシードライバー」とは正反対に、髪型も服装も全く地味で、不当な抑圧に抗議しているだけがテロリスト扱いされて軍から狙われるタクシー運転手の物語である。軍事政権時代は、南北分断と並んで韓国映画で何度も取り上げられているテーマで、いわゆる鉄板だ。この抑圧と抵抗の時代を経たから、韓国民には政治は変えられるという意識が育ったのだとか、誰かがそんなことを言っていた。文在寅をニュースでしょっちゅう見る東アジア情勢であるが、あの大統領からもそんな雰囲気が漂っていて、延命のために不思議な国語を駆使するだけの本邦の内閣の面々とはダイナミックさにずいぶんと差がある。


     こういう差は自ずと社会の成熟度に関わってくるだろうから参ってしまう。毎年春先に担当している某大学の授業には今年も留学生が数名いて、余計なお世話だがほっとする。あまり関心できない留学生の集め方をしている大学もあると聞くし、おそらくそうだろうという大学も実際に見たことがあるが、こちらはかなり厳しい条件をへて入学しているので、全員語学レベルは高い。昨年は日本の学生より日本語の文章が上手い空恐ろしいのが一人いたが、今年はそこまでではなくとも、それでもなかなかのレベルである。わざわざ他所の言葉を覚えて来ようとする若人がいるのはめでたいことだ。

     彼らの中には一見態度が奔放に見えるのもいるのだが、話しかけると総じてやたらと礼儀正しく、ああそうか俺は「先生」だから、彼らの国では「老師」なのかと鏡で白髪をじっと見つめてしまう。このような年長者に礼節を示す若人がいかにも好きそうな連中が、「儒教の国、残念!」みたいな悪口本を書いているのは、党派性がいかにロゴスの不調を生むかという実例だろう。完全に話が逸れた。とにかく彼ら留学生がやってくるのは、この国に学ぶことがあると期待してのことだから、日本も一定以上の成熟国家であるのは間違いない。


     ただし過去の貯金で生きているという清原的感覚は否めず、分野によってはとっくの昔に残高ゼロになっている。その一つの例が映画界だと思う。是枝裕和がカンヌを獲ったとように、優秀な人は無論いるのだが、少なくとも国内では「脇の方にいる風変りな人」の位置に置かれているのが残高ゼロと評す所以である。大金が動く中央大通りの幅が狭い。

     

     定期的に「がさつで無学だが裏表のない男」を演じるソン・ガンホが、がさつで無学だが裏表のないタクシー運転手を演じている。時代設定はじめとするいくつかについて、同じく彼が主演を務めた「弁護人」と重なっている内容だ。なので自ずと二つを比較してしまうのだが、「弁護人」が法律のコムツカシイ話を娯楽性も担保しつつ制作しているのに対して、本作の場合は娯楽映画の枠組みを使って重厚なテーマを取り上げている。大袈裟にいうと、入口と出口が逆だ。


     それが顕著なのがクライマックスのタクシー運転手馳せ参じ大集合の場面だ。主人公のピンチに颯爽と仲間たちが助太刀に現れる古典的な展開(&戦い方がナンセンス)だけに、ちょっと間違えるだけで「君よ憤怒の河を渉れ」の「馬群」のようなトンデモ展開に陥りそうだが、胸熱くなるクライマックスに相応しいシーンとなっている(例によって、おっさんが本気になると涙腺が緩むようになってしまった俺40代である)。まあ、何度も書いているように、韓国映画は手垢にまみれた素材の再生産が殊の外うまいので、定番のお家芸といえばそうなのだが、とにかくこのような、まるで昭和の東映映画のような手法を使いつつ、そのくせ描くテーマは「民主主義とは何か」である。この水と油的二つを同時に突っ込んで成立させているところが本作の特徴であり、一部で絶賛されている点だと思う。韓国映画をある程度見ていれば、「ま、これくらいはやってしまうだろうな」と、それほど驚きもなく、つまりそれだけの蓄積が向こうさんにはとっくにできているということなんであるのだが。

     翻って日本で同じようなことが出来ている作品を考えてみたらば、初代ゴジラと、メトロン星人に代表されるウルトラセブンといったあたりを思い出した。どっちも古いな。

     

     主演以外で「弁護人」と重なるのは、時代がカブっているという点と、主人公が当初は学生に批判的な点だ。どちらのソン・ガンホも、光州で反政府運動に精を出す学生に対して「学生の本分は勉強なのに、政治運動にうつつをぬかしやがって。この素晴らしい国の何が不満なんだ。甘えてんじゃねえよ」といった趣旨の感想をコボす。それが現実を目の当たりにする事態に巻き込まれ、葛藤→決意、と大枠は同じである。パターンがあるということは、一定程度、認識が共通化しているということでもある。当時、多くの人がそのように考え、そしてその一部は、現実に触れて息を呑んだのだろう。光州事件というのは、俺も世界史用語集レベルのことしか知らなかったのだが、本作を見るとその異様さがよくわかる。「弁護人」同様、陰湿な秘密警察風の悪役が登場するが、彼のような人間がその才を、今から振り返れば実に無駄なことに集中させているところが軍政の不幸であるという話は前も書いた。


     くしくも光州事件の調査というニュースが流れていて、過去の実映像を見たのだが、本作と一緒だった。無論、当時の記録を踏まえて作っているのだから当たり前なのだが、つい「あ、同じだ」と思ってしまうのはフィクションの強み、という話も以前に書いた。30年たってもまだ調査しているというのは圧政の不利益を端的に表している。隠したい人間や正当化したい人間がいるだろうから、そうなる。モリカケも、そりゃあもっと続くさ。


     また話が逸れた。多くの人が各々何らかの形で胸に手を当てるような山あり谷ありをへて今の韓国社会があるように、それを一つの財産として重厚なのか馬鹿馬鹿しいのかよくわからない不思議な作品を生み出している。日本にだって公害とか天災とか、いくつもの苦難をへてきた現代史があるが、比較的平穏な印象があるのは独裁政権の悪夢と無縁だったからだろう。だったら無駄な労力をかけなかった分、相変わらずリードしていてもよい気がするが、歴史が右肩上がりではないのは構造主義が指摘する通りということころか。
     作り話部分も多分にあると思うが、一応は実話に基づく話だ。このブログで取り上げている映画のかなりが「実話に基づく」で、やや食傷気味の感さえあるような気もするが、日本映画にとっては不得意分野でもある。少なくとも大通りに現れるのは実話に基づく系は、せいぜいが「可哀想な話」か「奇蹟的な話」くらいなもので、大金が眠っているひとつのパターンという認識はあまりなされていないようである。それが一体なぜなのか。書いているうちにかなり重要な問題提起に思えてきた。ようやく本題が始まりそうなところで終わる。

     

    といいながらの超絶蛇足:本作のユ・ヘジンは悟さんに似ていると同時に、風林火山の伝兵衛にも似ていると思い、演じた有薗芳記氏の画像を検索したら悟さんみたいな顔で写っている写真が出てきて笑った。

     

    「택시운전사」2017年韓国
    監督:チャン・フン
    出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン


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