【やっつけ映画評】判決、ふたつの希望

0

     予告編を見て面白そうだと思って早速見に行った、予告から抱いた印象とはかなり異なる内容で、予想以上に複雑な作品だった。「ただ、謝罪だけが欲しかった」というキャッチコピーは、片面しかとらえていない。

     

     重いテーマを扱っているが、「実話に基づく」ではない。今時重厚な作品の多くは「実話に基づく」だらけにつき、作り話はかくあるべしと見せつけられた点は心地いい。
     といっても物語は、現実世界のシンドイ問題をしっかりトレースしている。民族や宗教の争いを、個人レベルに落とし込んだらどうなるかという構成は「ノー・マンズ・ランド」と似ているが、深い絶望で終わるあの作品とは異なり、希望が描かれているので助かる。なぜあちらは絶望で、こちらは希望なのか、という点が本作の大きなポイントでもある。

     

     法廷モノだ。中盤以降の法廷シーンは、「弁護人」「否定と肯定」とダブって見える緊迫した展開を見せる。民族や差別の問題が絡むから、特に後者と重なるが、ただし法廷モノと聞いて予想するのとはかなり異なる。本作における舞台装置としての裁判所の使い方は、かなりおもしろいと思った。大袈裟にいうと「なるほど、そうきたか」だが、別にトリックストーリーというわけではない。


     発端は理解に苦しむ喧嘩から始まる。舞台はレバノン。正直、よく知らない国だ。地図で場所は示せるから日本人の平均よりかはよく知っている方になるかもしれない。知った人間に言わせると、料理が相当美味しいらしい。ベイルートで暮らす四十男のトニーが、自宅ベランダの草木に水をやっていたところ、この住宅街の補修工事にやってきたヤーセルとトラブルになる。

     このいざこざは、互いの態度がちっともついていけなくて面食らう。今時の若手漫才師がよく使うツッコミでいえば「情緒どないなっとんねん」と言いたくなるトニーの態度(薬物中毒者かと思った)に、思春期のガキじゃあるまいしというヤーセルの強情さが加わり、些細なもめごとが大袈裟になる。とにかくヤーセルがトニーに「クソ野郎」と罵声を浴びせたことで、トニーは謝れ!と迫ることになる。

     

     予告編の印象や「謝罪が欲しかった」というコピーから、マジョリティのヤーセルの罵倒に、マイノリティのトニーが怒った、という話かと思ったら逆だった。トニーはレバノンではマジョリティ側になるキリスト教徒で、ゴリゴリの極右政党の党員でもある。一方のヤーセルはパレスチナ難民で、トニーが支持する極右から排斥を訴えられている側になる。

     

     さて。なかなか謝らないヤーセルにトニーはキレて差別的な言葉を浴びせる。これにカッとなったヤーセルはトニーを殴打して怪我を負わせてしまい、結果告訴されて裁判になる。原題「L'INSULTE」は侮辱という意味で、この互いの罵倒を指しているのだろう。
     民事と刑事が混じった審理形式のようで、日本のような検察官対弁護士ではなく、当人同士の訴訟で有罪無罪を争うようだ。一審では互いに弁護士をつけず、トニーが敗訴しヤーセルは無罪放免。舞台は控訴審へ移り、ここから話が大きくなっていく。

     

     注目したい点は2つだ。1つは、トニーやその支持者(既に述べたようにレバノン社会では多数派側)が「やつらは優遇されている。疎外されているのはこっちだ」という在特会のようなロジックで自己正当化している点だ。以前からそのような主張の極右政党を支持しているが、自身が傷害の被害者となり、加害者は一審で無罪になっているから、「自分たちこそが虐げられている」というロジックに確信を深めることとなっている。この点は後で触れる。
     もう一つは、法廷モノでありながら、裁判は主役ではない点だ。ヤーセルは一審段階から殴打自体は認めているし有罪でいいと思っている。トニーが求めているのは訴追でも賠償でもなく謝罪だが、裁判の仕組み上謝罪をするしないではなく有罪無罪が争われるのでトニーの要求には直接答えられるものではない。ある意味、落とし前をつけさせるというメンツのために仕方なく裁判という手段を選んでいるように見える。ヤーセルが謝れば、トニーは法廷には訴え出ていない。

     

     だが民族対立の構図を象徴しているような裁判だから、控訴審はニュースにもなり、法廷の外では双方の立場に寄った外野同士が沸騰して衝突が勃発する。レバノンは南隣にイスラエルがいるためパレスチナ難民も多いのだが、単に国民×難民という対立図式があるだけなく、歴史的にレバノンはイスラエルと戦争しており、パレスチナ難民を否定することは「憎きイスラエルを利する」と考える層もいる。なので余計にややこしく盛り上がるわけだ。しまいにトニーが党員の極右政党は「うちの主張ではない」とニュース番組で釈明するし、大統領まで出てきて国を潰す気かと2人に説教する。大統領が会社の部長か校長先生くらいのノリで登場するから不条理コメディのようにすら見えるが、コメディではないので不条理な深刻さだけがあることになる。

     

     要するに、個人と個人の争いだったはずのことが、民族対民族ないしは党派対党派のような対立に主語が拡大してしまったということだが、考えてみれば差別なり差別発言なりは相手を個人ではなく「ヨソモノ」や「別の党派」と大づかみで見ることによって引き起こされるものだから、拡大したというよりは、この事件の背景が炙り出されたといった方が正しい。

     

     

     トニーは相手を始終「パレスチナ難民」としてしか捉えていないし、ヤーセルもおそらく「我々を受け入れない典型的な人」とだけ思っている。謝らない頑なさもおそらくその辺りにあるのだろう。初めて互いに個人となるのは車が故障するシーンで、相手がただの一個人となるとき人は相手に親切になるということをよく表している。よくあるパターンだと、これをきっかけに2人はちょっとずつ歩み寄るのだが、本作は甘くない。対立は苛烈だ。

     

     結局2人が接近するのは先に触れた「虐げられているのはこっち」になる。

     うっすらと伏線は貼られているが、トニーも幼少期に虐殺を目の当たりにしていることが判明し、彼の場合はただの正当化ロジックではない背景があることが示される。差別する側も実は・・・、という展開は論点が霞むような気もしないではないが、これがレバノン社会の実態の1つなのだろう。歴史を振り返るとどっちがやった側でやられた側かわからなくなてしまう点、これは差別問題というよりは戦争がテーマの作品といってもいい。


     歩み寄るのはヤーセルの方で、その歩み寄り方が「帰ってきたドラえもん」を思い出させる逆説的話法を用いるところに脚本の巧さがある。結局のところ双方とも自分の話をどこかでわかってほしかったのだろうし、痛みを知ってようやくわかることがあるということだが、その話は基本的には「語りたくない」ものなところに複雑さがある。とにかくヤーセルは謝罪したのだから、判決が一審と同じ結果に終わっても、もはやトニーに上訴する理由はない。痛み分け、ないしはウインウインだ。これは裁判が扱い判断できるのは、事実の一部分であるという司法の実際を示しているようでもあるが、どちらかといえばこの場合、人と人との争いは、互いを認めることによって解決できるという希望が込められていると見るべきだろう。なので邦題も、キャッチコピー同様、切り取り方が中途半端といえる。

     

     ズバリ戦争そのものがテーマだった「ノー・マンズ・ランド」では、いかに個人レベルに落とし込んだ物語とはいえこのような終わりは期待できない。深い絶望で映画は終わる。トニーとヤーセルが背負わされた戦争についても、彼ら自身ではどうにもできなかった。だがそこから派生する対立はどうにか解決可能であり、再度の戦争につながる不幸な連鎖も断ち切れる。というような強いメッセージを考えさせられるケリのつけ方だったと思う。

     

    蛇足:日本と違って、アメリカの法廷モノとも違って、弁論中に相手弁護士が「異議あり」すらも言わず「朝まで生テレビ」のようにズカズカ割って入って裁判官も制止しない(できない?)点は見ていてイライラした。物理的に相手を黙らせるのは、弁護士としては三流なのでは。

     

    「L'INSULTE」2017年レバノン=フランス
    監督:ジアド・ドゥエイリ
    出演:カメル・エル=バシャ、アデル・カラム


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << October 2018 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 「続く」の続き
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM