【La 美麗島粗誌】(28)台北その3_過剰接待、皇帝の玉璽

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    中正紀念堂駅。ホーム柵は高雄と違って日本風。夜まで遊んで終電間際に駅に着くという行為が海外旅行っぽくない気分。

     

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     何でも高いこのホテルは、朝食も2千円近くする。それでも台湾随一のホテルの朝食はどんなものなのか気になるところ。
     結論からいうと、落胆することとなった。料理の種類はかなり豊富だが、割と無国籍なので日本の朝食バイキングとそう変わり映えしない。一番美味かったのがちらし寿司というのも残念な結果だった。台中のホテルの方がよほど美味くて楽しかった。

     

     さっさと出かけよう。でかいホテルなので入口には常にタクシーが客待ちしている。ドアをくぐってそちらに目をやると、目ざといドアマンが「どちらまで」と聞いてきた。高級ホテルだけあって、ここの職員はみな語学堪能だ。そのうち一人、日本語になると声が甲高くなる男性がいた。若干込み入ったことを尋ねたので、同僚に中国語で確認し出し、その声は普通なのに日本語で俺に説明する段になると途端ソプラノになる。電話口のおばちゃんは声が高くなるのがステレオタイプだが、日本語の言語の特性上、高くなるのかもしれない。どんな?

     

     行先は故宮博物院だ。圓山大飯店からは比較的近い上、あちらも山の上にあってアクセスがそれほどよくないから、タクシーが手っ取り早い。圓山から故宮直行というのが、いかにも日本人観光客の典型のようで、乃南先生に怒られそうでいいじゃないか。

     

     運転手は日本語が少し話せるおじさんで、姓を朱といった。やおらスマホをいじって日本の歌謡曲を流し出した。彼なりのサービスだろうか。ついでに歌詞を口ずさんでいる様子が「おいでよ」と言っているようである。仕方がないので「ダイヤル、回して〜」と付き合うと、実に嬉しそうな顔をして「ネスト、ネスト」と言う。意味がわからない。朱氏はスマホをいじって何か入力すると、画面を見せてくる。
     「日本の最も醜い男の品格」
     ますますわからない。この歌の詞が、男の醜い様子を詠んでいるとでもいうのだろうか。伝わらないとみるや、朱氏は元の文面を打ち直し、また見せてきた。
     「日本の醜い男」
     何がいいたいのかは、カーステレオから次の曲の前奏が流れてきてわかった。ラッパがパパパパパ〜と鳴り、朱氏が「Who?!」と言う。
     「谷村新司」
     「ビンゴ!」
     つまり、次の曲の歌手はブス男だというヒントだった。ヒントになるほどブスというわけでもないと思うが。朱氏は「わぁれ〜はゆく〜」とひとしきり堪能した後、また「ネスト、ネスト」といった。どうやら「Next」と言っていると俺は気づいた。同時に俺は、朱主催イントロクイズ大会に巻き込まれていることに気づいていた。
     ♪ターン、タ、ターン(ピアノ)
     「Who?!」
     「五輪真弓」
     「ビンゴ!」
     というなかなかの時間がしばらく続いた。しまいにMC朱は、中国語で何かまくし立ててマイクを置く動作を繰り返している。俺も昔はカラオケでならしたがもうやめたとでもいっているのか?と思ったら「Who?!」とまた言われた。どうやらジェスチャークイズだったらしい。マイクを置く歌謡曲?
    「私、一番好きな日本人の歌手」。知らんがな。朱氏はまたマイクを置く動作をして「デパーチャー」と言った。ああ、そういうこと。
     「山口百恵」
     「ビンゴ!」
     全問正解した俺は、「あなたプロ!」の朱認定称号をいただいた。さて故宮に着いた。

     

     地下のタクシー乗降場で降り、荷物を預けて一階に上がった。チケットは嘉儀の別館を訪れた際にまとめて購入していたのでスルリと入館。月曜朝なのでまだ人は少なめだ。3階まで上がって、2、1と降りてくるのが正しいルートだと後で知った。俺は下から見たのでさかのぼり中国史のようになってしまった。
     ここの所蔵品は清朝皇帝が紫禁城に所蔵していた宝物に由来がある。中国というのはやはり大した国で、過去の時代からの膨大な品々をきちんと分類して保存していたようだ。皇帝ともなると、贅沢趣味も学術が伴うのか。

     民国時代になり、これらの宝物は一般にも公開されるようになったが、まず日中戦争で北京の外に出され、あちらこちらをさまよった。フランスでもナチスから美術品を守るためルーブル美術館の所蔵品を疎開させているが、国土の広さが違うので、より巨大な事業になる。ルーブルの場合、絵画が多いので疎開先でのカビ対策が大変だったそうだが、故宮の場合、割れ物が多いから考えるとちょっと怖い。まあ梱包さえしっかりしていれば陶磁器の方が保存は楽なのかもしれないが。

     

     戦後は北京に戻るも、国共内戦で国民党が台湾に撤退する際、一部を持ち去った。一部といっても所蔵点数が約60万なので全体の半分くらい?正確な数字がわからないが、紫禁城の宝物も両岸に分かれて分断保存されていることになる(近年は交流が進んでいるようだ)。

     しかし内戦で連敗している中で、輸送の面倒な品々をよくもまあ海を越えて運んだものだ。どうやって?というのが凄く気になるのだが今のところよく知らない。物理的な輸送方法もさることながら、持ち出す際にいい物を優先的に、と考えるのが人情だけどそれがわかる人間がいないとダメなわけで、敵が迫って殺されそうだというときだけに、異常な執念すら感じる。

     

     感覚的には三種の神器とか皇帝の玉璽みたいなもんだろう。これを持っている者が正統であるという証としての機能だが、三種の神器なら3つで済むし、玉璽ならアイロンサイズのハンコ1つなところ、何千箱も輸送するのは「他にやることあるだろう」と反発する人間も少なからずいそう。展示されているのはその中のごく一部だろうが、それでも結構な数で、眺めていると余計に輸送の疑問が膨らんできて仕方がない。まあ結果的には文革の破壊を逃れたという点、国民党は人類の宝を守ったという評価になる。

     訪問の一月後にブラジルの国立博物館が全焼するが、あれはまさに人類の宝の焼失ということになる。博物館行政が軽んじられている日本でも対岸の火事ではないとのもっぱらの評価だ。財政難どころか戦争で死にかかっているときに美術品のことを考えていた国民党には余計狂気じみたものを感じるが、日本の場合、ただの維新風財政カイカクで軽んじているだけだから、ちょっとは見習うべきよね。当然こちらは国家の正統としての維新ならぬ威信がかかっているから、もの凄いちゃんとした博物館だ。

     

     ぐるっと巡って外に出ると、紫禁城風の概観が見える。喫煙所もある。もとはこの山に穴を掘って戦火を避けるための保存庫にしていたとか。日本だと水辺に作って豪雨で水没した博物館もあったっけかと思い出したり。


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