【La 美麗島粗誌】(30)台北その5_喫茶ROCK ON

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     タクシーで最寄りの士林駅まで行き、そこからMRTで南下して雙連駅で降りた。デカいホテルがあったりスナック通りみたいな盛り場があったり、長堀橋のようなエリアだ。目的の店が見つからず、行ったり来たりを繰り返しているうちに昼飯を食い損ねてしまった。

     

     土産物に焼物でも買おうかと思うのだが、焼き物の里として有名な鶯歌は、知った人間にいわせると「商業化されていて結構つまらなかった」という。だったら台北でいい店はないのかと検索したら一軒紹介されていた。台湾産の陶磁器を扱い、安い物も置いているとある。ようやく見つけた店構えは、「安い物もある」のネット情報がなければ敬遠していただろう。いかにも高そうな上品な雰囲気だ。遠慮がちにドアを開けると、外の喧騒から隔絶されたかのように静かで整然としていた。

     

     中国茶の専門店で、茶器も販売している。びびる値段の商品もあれば、気軽なのもある。ただしちょうど真ん中くらいがない。安物の猪口のような器でも買おうと眺めていると、「そちらはプリント、こっちはちゃんと絵付けしています」と店主が説明してきた。まあまあの高齢女性で日本語が達者である。筆で職人が描いた方は確かに風合いが全く違うのだが、価格は推して知るべし。旅行ですか、いつからですか、などと尋ねられ、これまでの旅程をごく簡単に説明すると、「それはあちこちと」と嬉しそうに歓迎してくれる。

     

     「お茶、召し上がりますか?」
     暑い中を歩き回って空腹を忘れるほど喉が渇いていた俺は、御厚意に甘えることにした。カウンターに招かれる。店主は巨大な蓋つき灰皿のような陶器(こんなやつ)を出し、その上に小さな急須を置いた。そして手にした片口の器に「量はこの程度」とレクチャーを交えながら茶葉を入れる。1つ1つが仁丹のように丸まった深緑の粒が白い器にころころと転がり込んでいく。それを小ぶりな黒い急須に移し替えると、湯沸かしポットの湯が勢いよく注がれた。溢れた湯は蓋つき器の中に収まっていく。「95度のお湯で50秒から1分待ってください」。そうして茶が出れば、急須の中身は一旦全部別の容器に移してしまう。急須に入れっぱなしだと風味が落ちるからだ。
     「烏龍茶は、お飲みになったことは?」
     「あります」
     「どちらで?台南?高雄?」
     「いえ、日本で」
     答えると同時にしくじったと思った。笑いながら「日本で!」と呆れている店主の頭には、サントリー烏龍茶の焦げ茶のラベルがデカデカと浮かんでいるのだろう。「日本のとは全然違います」とピシャリ制されながら、どうして「初めてっす!うす!」とカマトトぶらなかったのかと己の未熟さを恥じた。

     

     店主は俺の目の前に筒型と猪口型の2つがセットになった小さな湯飲みを置き、筒形の方にまず注いだ。これを猪口型に移すことは知っているのだが、さて戸惑う風を装うべきか、知った風な手つきをするか、少々迷ったが、どちらにせよ店主は気にも留めないことはすぐにわかった。レクチャーする人間はしばしば、相手に心得がある可能性を忘れがちで、つい知識10:0の想定で語り始めてしまうものだが、そこに加えて彼女の頭はとっくにサントリーのラベルで占められている。

     

     店主に命じられるまま、俺は茶を移して空になった筒形器に鼻を近づけ香った。さすがプライドに比例する芳香がふんだんに鼻腔を埋め尽くす。そうして猪口型の器に口をつけ、茶を味わった。美味いのはいうまでもないことだが、昔々さんざん通ったあの店は、いい線いってたんだなと思い返していた。サカグチという大阪人の王道を行くような喫茶店好きの男がやたらと気に入り、何かにつけて「行こや行こや」と誘われた中国茶の店だった。
     「どうですか」
     「素晴らしいです」。俺は脳裏からサカグチもあの店も追い出し、まるで目から鱗のような顔をして日和見を決め込んだ。確かに茶は美味いから嘘ではない。
     「最近は台湾でも、こういう飲み方をする人は少なくなりました。今はみんな忙しいでしょ。でもこうやってゆっくりお茶を楽しむ時間は大切ですよ」

     

     そう言いつつ、器も小さければ急須も小さいので茶はすぐ空になる。そのたび店主はポットの湯を注ぎ、あふれたお湯が台座の器に収まり、急須からでかいミルクポットのような器に移し替えられ、筒形器が満たされると俺は猪口に移してくんくん香る。そうして飲みきるとまた注がれて・・・、と椀子そばのように忙しい。
     「なくなったらまたお湯を注いで50秒。日本茶と違って二番茶三番茶、何度も美味しくいただけます」
     この解説もすでに3周目だった。店主のきらきらした上品な目つきは有無を言わせぬ凄みも併せ持ち、お茶のおかわりを切り上げるのは椀子そばを止めるより難しそうだった。ついでにこの方、「大阪から?その割には言葉が大阪弁じゃないですね」と耳までいい。

     

     しまいに「お茶ばかりだと口が寂しくなりますから」と高度な日本語とともに、自家製の梅漬けや乾燥マンゴーまで登場してくる。「ごちそうさまでした」の発議がますます遠のき、まるで親戚宅を訪れている気分になった。アットホームに心和ませたいならかさ高さは甘受すべし。同時に俺は散財の覚悟を固めていた。


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