【La 美麗島粗誌】(31)台北その6_将軍のチキンを求めて

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     近所には、「インターネット投票で1位になった」パイナップルケーキ屋がある。どこのどのような投票かは知らないが、近くなので細かいことはどうでもよい。茶屋の店主からは「試食して美味しかったら買えばいいのでは」と至極真っ当な助言をいただいていたが、店を見つけて入ると、早速「試食どうぞ」と勧められた。

     

     これは美味い。迷わず購入。比較対象の母数はゼロに近いので実際のところどれくらい美味いのかわかっていないが、美味いと思ったのだから構わない。別の店員が「お茶をどうぞ」と日本語で椅子に座るよう促した。
     注がれた器は猪口よりは一回り大きいサイズで、二層式の本格派をやらないときはこのような器でいただくと、既に学習済みであった。いただきます。結構なお点前で。

     

     一旦ホテルに戻って土産類を部屋に置き、すっかり鞄に収まりきらなくなってきていることに閉口しながらまた送迎バスに乗って市内に戻った。MRTで南下し、大安駅で茶色の文山線に乗り換える。高架上を走る路線のようで、市内を見下ろす格好で走っていると、「台北教育大」と書かれた茶色いビルが見えた。へえ、ここか。

     

     単に「あの頃、君を追いかけた」のヒロインが通う設定の大学というだけのことだ。クラス一の秀才だが「受験に失敗した」と泣きじゃくるシーンの後、この大学に入っている。わざわざ見に行こうとは思わないが、思いがけず視界に入ったのはちょっと得した気分だ。

     

     六張犁駅という難しい漢字の駅で降りた。放射状に広がる交差点の上に駅があり、まんまと目的の方向とは反対に歩き出してしまった。方向音痴の人も、方向音痴ではないと思っている人間も、こちらが正しいと確信して間違える点では同じだが、方向音痴ではない方が間違いに気づくのが少しだけ早いと思う。

     

     取って返して元のややこしい交差点を越え、間もなく目的の店が見えた。

     「The Search for General Tso」(邦題:左将軍を探して将軍のチキンを探して)というドキュメンタリーを見たのがきっかけだった。アメリカの中華料理の定番に「ツォ将軍のチキン」というのがあるのだが、中国人は誰も知らない。天津飯のアメリカ版のような料理といえる。じゃあこのツォは何者で、由来は何かというのを取材した内容である。

     

     番組でそのルーツとされたのが、台湾の「左宗棠鶏」という料理だった。ツォ将軍とはこの左宗棠のことで、清朝末期に活躍した政治家・軍人である。ただし彼の故郷の湖南省にもこのような料理はないし、左の子孫も知らないという。

     

     グルメガイドにもよくある通り、台湾は上海料理や四川料理など、大陸各地の料理を楽しめるのだが、その理由は国共内戦で中国各地の料理人が移住したためだ。湖南料理人の彭長貴は蒋介石のお抱えとして台湾に渡り、そこで新しい料理を開発し、湖南省の英雄の名を冠した。彭の店は成功し、アメリカにも進出。そこでこの料理が広まった、というのが由来の一説らしい(他にも開発者を名乗る人がいる)。

     

     歴史上の人物や、台湾近代史のど真ん中も巻き込んだ物語に惹かれるものを感じ、これはぜひとも台湾で食べなければならないと考えていたのだった。揚げた鶏を甘辛いソースに絡めたような外見は、いくらでも中国にありそうなのに、食べた人たちが総じて「??」という反応だったのも興味深い。

     俺は「海外のウソ日本料理をただす」の類の傲慢で恥知らずなテレビ番組が大嫌いで、天津飯にしろ台湾まぜそばにしろ、食材や料理の伝播と変化は面白いと思っている。無論、元祖も尊重する。左宗棠鶏は伝播先なのか元祖なのか中途半端な位置付けといえるが、大陸にはない台湾オリジナル料理というのがいいじゃないか。

     当初は開発者を主張する彭の店に行こうと考えたが、地元の名店として邦人在住者のブログで紹介されていたこちらの店を選んだ。この庶民的な佇まいがいかにも期待させる。

     

     ガラス戸越しに中を覗くと、18時過ぎにしてすでに満員だった。さすが地元の人気店。半分諦めかけつつ「1人ですが」とおずおず入店すると、大蔵卿局風の強面母さんが、表情一つ変えずに折り畳み式のミニテーブルを出し、会計台の横に置いた。まるで給食の居残りのような懲罰感もうっすら漂う臨時増設だが、いただけるなら何だっていい。伝票にギッシリ並んだ漢字の文字列から「左宗棠鶏」を見つけてチェックを入れ、高雄で食い損ねた蛤の汁と、大陸で食べてすっかり気に入った干し豆腐の料理にもチェックを入れて大蔵母さんに手渡した。


     周りは仕事仲間といった風情の客が多く、大抵が鍋を囲んで楽しそうにしている。その中で完全に浮いている居残り懲罰風の不審な外国人を気に留める様子は一切なく、実に心地いい。ビールはセルフ式のようで、めいめいが勝手に冷蔵庫から瓶を取り出し、食器棚から栓抜きを取り出して開封している。ご飯も、この食器棚から茶碗を取って自分でよそうスタイルのようだ。
     俺も喉が渇いた。大蔵母さんに「啤酒を取りに行くよ」と唯一知っている中国語プラス手振りで断ると、わざわざ取って栓も抜いてくれた。あれ?もしかしてこの人、優しい?

     

     前菜的に干し豆腐炒めが現れ、「うまっ!」と驚き、いただきながらビールを飲んでいると本命が現れた。
     酢鶏のような味を想像しそうな外見だが、見かけと違って結構あっさりとした味付けだ。例によって形容しがたい香辛料の複雑な味も混ざりつつ、少なくとも食べたことのない味だと思った。無論、美味い。夢中でがっついた。問題はこれが猖棆鉢瓮▲瓮螢ではどうなったのかだが、似て非なるものになっていそうなのは想像に難くなく、料理というのはそういうもんですろ。とにかく、グルメに関してはあまり充実していないここまでの旅路が全部帳尻が合ったという感想。

     

     蛤汁はだいたい想像通りの味。「貝の中で最も普通で美味い」は新明解国語辞典でおなじみ。以上全部で600元。特段安くも高くもなく。汗だくになって食べていたら、大蔵母さんがティッシュを寄越してきた。やっぱりこの人優しい。


     外に出て気づいたのは、完全に食い過ぎていたという事実だった。若干気持ち悪くなっているのがもったいない。遠くに台北101がギラギラしているのが見える。歩けそうな距離だ。腹ごなしに歩くとしよう。

     


     台北で最も高いビルは、あべのハルカスよりも100m以上高い。市内のあちこちから見えるので、その点でもあべのハルカスと違ってランドマーク的存在感が高い。
     近づくと、歩道橋に重装備なニコンやキヤノンを三脚にセッティングしているカメラおやじが何人もいた。眼下のでっかい交差点は、さすが台北、スクーターの数が尋常でなく、ヨソモノにはそちらの方がよほど目を引く。


     「高いビルに登ってそれが何だというのだ」という気はするが、せっかく来たし行ってみよう。内部の商業施設は日本でもおなじみのブランドだらけで外国人には特に面白くはない。切符売り場に到着すると、かなり混雑していた。日本人、韓国人が大量にいる。入場料もあべのハルカスより高い、ちょっと馬鹿馬鹿しい値段である。

     

     その上、行列が凄かった。整理番号が振られているがあまり意味がない。世界最速を謳うエレベーターで展望台に上るのだが、何機もあるわけではないので結局はエレベーター待ちになる。
     並んだ後ろには、大学生くらいの日本人の男子6人組がいて、彼ら風の表現でいえば、クッソつまんねえ話でクソうるさくて仕方がない。ある意味フツーの若者といえるが、彼らはいったい何の目的で台湾まで来ているのかは多少気になった。まあ、この場では俺の方こそ一人で何をしてるんだという状況だが。


     結構待たされてようやくたどり着いた。確かにエレベーターは高速で、一見の価値はあると思ったが、景色はハルカスとそんなに変わらなかったのであまりありがたみを感じず、ちょっと損をしたような気分だった。あっちに登ってなかったら、高さに感動したかもしれない。

     

     帰りは帰りでまた混雑する。バカ高い宝飾品の販売コーナーを速足で抜けていったのは、帰りもくだんの若人グループと一緒になりそうだったからだが、ガラスケースに入った成金趣味全開のサンゴを見て「すげー」と騒いでいたので、素直でいいヤツらなのだろう。


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