掌中の読書

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     台湾から帰国して、結局来なかった学芸員の友人と会って飲酒したのだが、必然話は故宮博物院の展示になる。写真を見せて気になったことを質問すると、「ああ、それはね」と即答してくるところはさすが専門家といったところだが、最も気になるのはやはり、どうやって持ち出したかだ。


     戦争をやってる最中に、それも負けが濃厚で撤退戦をやっているときに美術工芸品を渡海させたのだから、狂気の沙汰にも思える。それもいい物を選りすぐっているのだから、戦争中に何をやってるんだという話にも思えるし、他方で、それを実行できる専門家がいないと素人にはどだい無理な作業でもある。ついでに故宮の文物は、台湾に行く前は、攻め入った日本から守るために、北京から南京をへて、蜀の山奥へ、まるで劉備玄徳のような疎開の旅をしている。日本通運が舗装道路をトレーラーで運んだわけでもないから、それだけとっても想像のつきにくい話である。

     

     それで早速検索してみたら、格好の本があって、著者がやっぱり野嶋剛だった。ついでに別の日に、某大学の図書館でぼけーっと蔵書の棚を見ていて、おや、おもしろそうなマンガがあるぞ手に取った。文革時代を舞台にしたマンガだが、訳者が野嶋剛だった。
    俺が「知りたい」と好奇心を持った先にいちいち現れるこの人、もしかして「超優秀な俺」なんじゃないかと思ったが、要するにあれだよね。西遊記の悟空と釈迦の掌の話だよね。そんなに年の変わらん俗人同士のはずなんだけどなあ・・・。

     

     まあこういう歴史の裏話を手堅くまとめるのは学者よりは記者の得意な仕事だろう。知りたいことは概要ながら知れたし、ずいぶん面白くも読んだ。一度も外に出したことがなかったので、故宮の係員は誰も梱包の方法を知らず、骨董屋のおっさんに習いに行ったとか、日本からの疎開の際に何度も奇蹟的に破損を逃れたので「文物有霊」という言葉が生まれたとか、ホントは7回台湾にピストン輸送するはずが内戦で3回で終わったとか、10代で故宮になんとなく就職したあんちゃんが最後までこの逃避行に関わったとか、なかなかのドラマにやはり溢れていた模様。

     

     それだけでなく、俺が呑気に見物した故宮南院は、政治に翻弄された受難の果ての産物だとも知った。本書執筆時点ではまだ先行き不透明で、できないんじゃないかくらいの筆致である。にわかに、見れたことが妙に感慨深くなる。本書では、テーマパークにしたらええんとちゃうの案が出ているという当時の最新情報で終わっていたから、なってなくてよかったと胸をなでおろした。なってたら、哈爾浜のソフィア聖堂のように、荘厳な建物の隣に最新型の乗り物で遊ぶ子供がいるというわけのわからないアレと同じ様相を呈していた気がする。

     

     すでに述べたように、南部院區は、台湾原住民の文化を強く推し出した装飾を施している。本書によると元々は「もっとアジア全体に目を向けるべきだ」という発想から始まった。だが故宮においては中原純血主義とでもいうような排他的な価値観が強かったようで、そんな雑多なんいらんやろと反対も多かった。

     ついでにここには党派性も絡んでいて、「中華民国」がアイデンティティの国民党と、もう台湾共和国でええやん独立派の民進党のどっちが政権を取るかで、中原主義になるかアジア主義になるかにわかれる。出口を出たら入口かよと腐した東洋陶磁器の展示も、このアジア主義的な文脈上での特別展を解釈できる。出発点が思い切り政治だっただけに、どうしても色々つきまとうのである。本書によれば、先人の努力で昔に比べれば政治色は相当に排除されたようだが。

     

     ところで当の蒋介石が何を思って文物大移送をやったのかは今もって不明らしい。どんな意図があったのか、ほとんど何の言葉も遺していないのだとか。統治の正統を担保する皇帝の玉璽か、「RON」の黄龍玉璧みたいなものだという俺でも想像つくくらいのことしかわかってないようだ。黄龍玉璧は放射性物質で出来ていて、各国が核兵器に転用できるからと触手を伸ばすという筋書きだったが、実際に為政者が意地でも死守しようとしたのはただのよく出来た壺、というのが美術の魔性をよく現わしているね。


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