映画の感想:三度目の殺人

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     テレビでやっていたのを録画しながら見始めたら、結局最後まで見てしまった。


     法廷モノの類になろうが、監督名からしていわゆる法廷ミステリではないことは概ね想像がつく。もつれた糸が綺麗にほどけて「な、なるほど!」だの「お前が犯人だったか!」だの膝を打つような展開は最初から期待していない。そしてやはりそういう具合の内容だった。予想がつくことではあったが、もやもやとした。といっても狄秦雖瓩わからないからもやもやとしたというわけではない。

     

     殺人事件を扱っているのに、真相が今一つハッキリしない。こういう作品には結構ヒステリックな拒否反応があるもので、本作についてネットのレビューを見たら、高評価とゼロ査定に割とはっきりと分かれていた。正解を示さずに終わることは、〆酲,鉾燭靴討い襦↓謎解きが思いつかなかったくせに「別にそこで勝負してへんし」と居直りながら格好つけている、といった反発を覚えるのだろう。その気持ちはわからんでもない。俺も過去に解決のはっきりしない殺人モノを見てフラストレーションがたまったことはある。この´△鵬辰┐董△錣らなかった俺がアホなのか?と不安に苛まれ「あれ?わっかんなかったかなー」と残念がって見せる制作側(←大抵幻聴だが、一度だけ直に耳にしたことがある)が一番わかってないんじゃないかと不安が怒りに変化しもする。どうも殺人を扱う作品は、自ずと定まっている枠組みのようなものがあって、そこから逸脱すると激しく拒絶されるようだ。

     

     だけど、実際の裁判では作法違反のミステリみたいなことはある。ちょっとだけ刑事裁判を傍聴した経験があるが、それでも狄深足瓩良坡里さに直面したことがあるから、世の中全体で見るとどれほど多いことになるのか。

     

     例えば、殺人の被告人2人が別々に審理されていて、互いに全く矛盾する判決が出ていたケースだ。詳しく覚えていないのだが、確か「どちらが主犯か」について、双方の判決で認定された役回りが、パラレルワールドのように異なっていたと記憶している。それぞれの法廷で出された証拠・証言が異なるからということらしいのだが、単に裁判官がこんがらがって勘違いしただけなんでは?と穿ちたくもなる2つの判決だった。

     

     もう一つは、控訴審で違うことを主張し出したケースだ。本作同様、強盗殺人の強盗部分を否認したんだっけか。これもまた記憶が不確かなのだが、とにかく被告人の主張としては自身の性的志向に関わる話なので一審では恥ずかしくて伏せていたが、二審では真実を告白しますと、そんな事情だった。一審の判決によるとこの被告人は、犯行時に若干不可解な行動をとっているのだけど、新たに持ち出してきた性的な部分をあてはめると、推理小説みたいにキレーに各々のピースが結びついて、一審判決とは別のストーリーが見事に成立する。結局、判決では「証拠がないので信用できない」と一蹴されてしまったのだが。

     

     どちらのケースも、背筋が幾分か寒々としたのを覚えている。恐怖を覚えること自体が意外だったのだが、事実がよくわからないものに出くわすのは、結果が殺人という重大事ということもあって、結構怖いものなんだなと理解したものだった。黒澤明「羅生門」(芥川龍之介「藪の中」)と同種の恐怖だろうか。映画、小説と異なり、作り話ではないせいだろうか、余計にゾゾーっとしたものだ。

     

     

     本作もおそらく、こういう裁判で認定される事実の不確かさを描こうとしたのだと思う。強盗殺人罪に問われている被告人三隅は「証言がコロコロ変わる」と弁護士がコボすように、唐突に狄兄実瓩鮃霰鬚靴燭蝓∋躾佑里茲Δ憤嫐をつかみにくいことを言い出したり、弁護士も閉口する人物だ。それでも弁護士の重盛が関係者を当たるうち、徐々に隠された背景等々が明るみに出てきて、動機すらもはっきりしない強殺事件の輪郭が見えてくる。といっても、当の三隅がその調子なので、あくまで朧気にしか見えてこない。この不確かさが、やがて重盛のそれまでの職業観すら変えていくことになるのだが、一方で裁判自体は事務手続きのように淡々と進んでいく。

     

     「裁く」という本来とても重たい行為が、こんな手続き論的な事務作業でいいのか、というような問題提起が作り手側の根底にはあるのだろう。そういう制作意図なので、2時間サスペンスのように、確定的事実が「正解」として提示されると主旨がひっくり返る。結局のところは、加害者と被害者しか知りえない「事実」を(当事者とて事実を認識しているのかという疑問も当然あるのだが)、他人が認定して裁くのだから、どうやっても不確かさは残る。本作はその過程を問うているのだから、三隅は実は・・・・・・、と「解答編」を設けても仕方がない。


     別に裁判や殺人じゃなくても、解答のページに正解が書いてあることは実生活ではむしろ少ない、というのは生きてりゃ嫌でも実感することだと思うが、こと殺人事件が出てくる物語だと、つい解答解説を欲してしまうのかしら。これはこれで面白い話ではある。

     

     それでももやもやしてしまったのは、一つは配役だ。三隅を演じる役所広司の演技が本作を牽引しているのは間違いないのだが、どうも役柄には合っていないような。「3時10分、決断のとき」で、息子にタフガイぶりを見せられなくて劣等感を抱く父を演じるのが体格のいい男前俳優というのを思い出した。つい身構えてしまうような信用できない感じが、役所氏にはないんだよなあ。

     

     もう一つは、問題提起があまりに初心なのではないかと思ってしまったことで、これは俺に問題がある。時事性病だろうな。司法の問題があれやこれや色々と指摘されている中で、「人は人を裁けるの?」なんて、あまりにピュアではないかとつい思ってしまったのであるが、根源を問うことはむしろフィクションの役割なところはあるから、これは「真相解決がない!」と色めくのと同種のお門違いだと思う。

     

     ただ、自己弁護のようなことを続けるが、そう思ってしまったのは、重盛の造形にあると思う。ビジネスライクな態度で、「甘っちょろいことを言う部下」(正確には部下ではなくただの同業者なのだが事実上部下)の川島をしばしばたしなめる。でもデビューしたての青二才や、耄碌したロートル手抜き弁護士や、ネット産業の役員ならともかく、一定のキャリアがある弁護士でこんな「ドライなことを言う俺、リアリスト」といったようなチリ紙ばりに薄っぺらい人はいるのかなあ。それも割に合わないとも言われる刑事裁判を手掛けている人で。まあ中にはいるんだろうけど、それだったらそういう描き方にしてほしいところ。曲りなりにも腕が立つという設定で出ているから、さすがにそれは・・・・・・、と引っかかった。むしろ、善良な弁護士の価値観が揺さぶられる方が、「裁くとは何ぞや」という問いが、初心な疑問ではなく、とても根源的で普遍的な問題提起になったのでは、と思う。

     

    2017年日本
    監督:是枝裕和
    出演:福山雅治、役所広司、広瀬すず


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