【やっつけ映画評】ボヘミアン・ラプソディ

0

     冒頭の20世紀フォックスお馴染みのファンファーレからして「おお」とちょっと感動させられる。見終わった後に妙に元気が出てきたところと、50代以上のおっさんが総じて涙していた点、「ロッキー・ザ・ファイナル」を思い出した。第1作の焼き直しでしかない脚本ながら胸を熱くさせられる見事な作品だったが、本作も同様。おそらくこれ、脚本はそう大した出来ではないと思う。


     大河ドラマの総集編のような、要領よくかいつまんだようなまとまり具合で、要領がいいだけにテーマにとって大事な要素は概ね出ているようには思うが、あまねくなでただけに終わっているような印象を受ける(日本ツアーの成功によって本国イギリスでも逆輸入的に人気が出たという日本のファンが後生大事にしている物語は影も形もない)。監督が途中で変わったらしいので、その辺も影響しているのだろう。バンドの結成〜栄光〜失速〜再生と、15年間くらいを2時間にまとめているのでまあそうなるかあと思いつつ、指折り数えたら我らがバンドも似たような年月がたっているのだった。比べるのもどうかと思うが、「時の流れだけは平等だ」という巷間よく言われる言葉は本当だろうかとつい考え込んでしまった。

    「MUSIC LIFE」1976年3月号。リアルタイムで「日本から逆輸入」をアピールしている。誌面を見る限りでは、クイーンを推しているというよりはロジャー・テイラーを追いかけているだけのような印象も。リアルタイムのファンではないくせに、後付けでこういうのを入手する頭でっかち習性があるわけだが、ようやく陽の目を見たような。

     

     それでも本作は惹き込まれるし胸が熱くなる。いうまでもないが曲の力がそうさせる。冒頭のファンファーレが、いかにもクイーン風エレキギターなところしかりであるし、フレディの孤独と音楽性とのつながりが、脚本としては希薄な描かれ方しかしていないように映るが、それらは歌に全部乗っかっているので、曲が流れるとなんとなく納得させられる。本作はつまり、「ラッシュ」「ボルグ/マッケンロー」と同種の作品ということになろう。


     スポーツにおける試合同様、音楽におけるコンサートは広く人々に見てもらうものだけに(下積み時代はさて置き)映像資料がしっかり残っている。そして映画の物語の大枠はどちらもこのハレ舞台がクライマックスになる。このため、映画のクライマックス制作は、本物をいかになぞるかが重要になる。本作の場合、ライブエイドがそれになるが、元の映像はYouTubeでも確認できる。そしてかなり本物に寄せていることがわかる。

     

     サウンド自体は本物を使用しているが、それ以外は作り物だ。このためやっていることは、はるな愛が以前やっていた松浦亜弥のモノマネと本質的には大差ない。あれとの違いは再現性が超高度な点だ。ステージは、ピアノの上に載っている飲料のカップまで再現しているし、俳優陣は当人にかなりそっくりに仕上げている(個人的にはボブ・ゲルドフが変に似ていて笑った。本作で唯一登場する「クイーン以外の有名ミュージシャン」だけど、ただの電通の人のように登場している)。

     

     本物を再現して何が面白いのかといえば、見ている側が当時を演者側の視点から疑似体験できる点だ。「ラッシュ」あるいは、「ブラックホーク・ダウン」でも似たようなことを書いた。実際の現場とは違って好きにカメラを構えられるように、犖充足瓩鮃イに切り取れる。加えて舞台裏の物語によって人物の内面を知っているから、どういう心持で演奏しているのかが窺い知れる。はるな愛は笑いのために誇張していたが、本作の場合は、バンドの魅力なり歌の力なりを伝えるために一種の誇張をしていたといえる。

     

     俺の場合はリアルタイムでもコアなファンでもなく、19のころ、友人のちょびのアパートで無理やり聞かされたのが最初だった。「『ママ〜』だけ聞いてくれたらいいから」と懇願調に言われ、この世界遺産のような曲と初めて出会った。前奏的合唱が終わり、メインボーカルが「ママ〜」から歌い始めるから、もうちょっと聞かせろよとまんまとちょび君の術中にはまり、「ガリレオ、ガリレオ」って何だろうと考え込んでいた。そのころフレディはとうに死去していたから、当然ライブエイドの映像も、後になってたまたまYouTubeで「へー、やっぱうまいなあ」と見ただけだった。そういう立場からすると、映画によって当該ライブパフォーマンスの価値なり意義なりがようやく理解できるという感動がある。

     

     コアなファンの場合はどうなのだろう。探偵ナイトスクープでたまにある「死んだ父に会いたい」の類の依頼(死んだ家族のそっくりさんと対面する内容)と同じような心境なのだろうか。言ってしまえばただの他人だが、似ているというのは霊力とでもいうような力があるようで、どのケースでも依頼者は号泣して悩みやら言えなかった謝意やらをぶつけている。
    なので面白く感じるかどうかはクイーンのファンの度合いに思い切り比例しそうな作品で、よく知らない人が見た場合、おそらく俺が「ボルグ/マッケンロー」を見たときのような感覚になるのではと想像する。あの作品に比べると、より散漫な内容に映るかもしれないが。まあでも「歌はすごかったなあ」と思う人は多いだろうから、制作側、もっといえば生き残りメンバーにとってはそれで満たされるような気も、と想像するとちょっとつらい。

     

    蛇足:アルバムを売りまくり、チャリティで100万ポンドかき集め、死後には財団まで出来てしまうのだから、おそろしく「生産性」のあるゲイの人だ、と例の落書き言説のおかげで余計なことを考えた。無論それはフレディ一人の力でないことはこの映画で描かれているのだが、だから余計に排除してどうするんだということである。まあ、あれらの人は、自分の好きな人がゲイだったり出自が外国籍だったりしても、それとはパラレルにテンプレのアレな言説を垂れるものだが。要するに自分の頭では何一つ考えとらんのよね。
    つまらん話に逸れたので、蛇足2:フレディが他のメンバーと喧嘩になって「僕がいなければお前は歯医者になって週末にブルースを演奏していた程度だ」などとなじるも、ジョン・ディーコンには「君は・・・、思いつかない」で終わったところに吹き出した。

     

    「BOHEMIAN RHAPSODY」2018年アメリカ
    監督:ブライアン・シンガー
    出演:ラミ・マレック、ジョセフ・マッゼロ、ベン・ハーディ 

     

    可哀想なので、ミュージシャン・ボブ・ゲルドフの雄姿を。「バンド結成の日に遅刻したから誰もやりたがらないボーカルを割り当てられた」と、いかにも後付け臭いエピソードをちゃっかり用意してしまうあたり、電通屋としての才覚が現れてしまっていると思う。

     

    やはり本家も添えておこうか。比類なき歌唱力のおそろしさはは言うまでもなく、ピアノマンとパフォーマーを忙しく行ったり来たりする自由自在さも注目。この曲はハチロクのドラムと、あとなにげにベースのフレーズが心地よい。


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << May 2019 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 「続く」の続き
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM