うすら寒い台詞の考察

0

     ベストセラー放言作家が日本史の本を出して、これが結構な事故本だとして話題になっている。歴史って、あんまりそう思われていないような気もするが、高度な数学と同じで素人では結構手に負えないもんすよ。


     その話がしたいわけではない。この男の品性を知らないころ、一冊だけ買ったことがある。話題になっている小説をたまには読まないといかんのじゃないかという義務感に、発作的に襲われたせいだ。それで例の戦闘機乗りの作品を読み始めたのだが、すぐにやめた。巷間言われているようなテーマ性等に引っかかったわけではない。台詞が妙に気色悪くて耐えられなかったからだ。

     

     試しに自分で書いてみるとすぐに確認できると思うのだが、「現代人の会話」を我々は普段常に耳にしていて自分も話しているはずなのに、いざ作り事の会話として書こうとすると、途端に作り物臭い不自然な調子になる。例えば「んもう、しょうがないんだから」とか「ば、ばっかやろう」とか、「さあね、どこかの誰かさんのせいなんじゃないか」とか(あくまで今思いついた例)、こんな喋り方するやつ実際おらんやろ、というような言葉遣いが目白押す。

     

     これはおそらく、「型」をなぞっているのが原因だ。小学生が図工の写生で、山を絵具チューブから搾りたての緑で、そして地面を同じく既存の茶色でそのまま塗りたくってしまうのと同じだ。極端な言い方をすれば、そう見えているから塗っているわけではなくて、「樹木=緑」「土=茶色」という色使いの約束事をなぞっているだけだ。まさにカントがいうごとく、見て認識するのではなく、見たものに自分のイメージを与えている。


     そして子供ならいざ知らず、絵描きと名乗る大人が描いた作品が約束事だけで塗りたくられていた場合、マジかと驚愕してしまうのと同様、型をなぞった台詞も読んでいてゾッとしてしまう。そういうわけで、まったく本題に入る前に本を閉じてしまったのだった。

     

     そのような類型的台詞の代表格として、女性の「だわ」、博士の「じゃよ」と並ぶ中国人の「アルヨ」について、その成立過程を追ったのが本書だ。俺が学生時代に所属していた学科の人が好きそうなテーマだと思ったら、俺が学生時代に所属していた学科の先生の著だった。

     

     別にゼンジー北京の発明というわけではなく、幕末〜明治の開国期にルーツはさかのぼる。そして相手が中国人だけに、明治以降の帝国の歴史がそのまま重なる。
     「アルヨ」は、まったくの創作というわけではなく、実際にあった言葉遣いの一部がことさら抽出されて類型化したようで、さらにそこに好ましくない歴史の歩みも混ざるから余計に諸々問題を孕んでいる表現だとわかる。「アルヨ」に限らず、人間を単純なカテゴリーに分類してそれを象徴する言葉遣いなり外見なりを記号として使い回すのは慎むべきとされるのがなぜなのか、顔の黒塗りよりは日本社会にとっては身近でわかりやすい素材かもしれない。


     まあ作り事の表現行為に記号は付き物なので、「やめましょう」「はーい」で済むことでもなく、時にこじれてしまうこともあるのだけど、手垢のついた表現をいつまでも使い回してもつまらんやん、という姿勢くらいは持ち続けておきたいものだ。
    例えば芸人がよくやる「日常風景のモノマネ」が面白いのは、いわれて初めて「あるある」と気づかされて共感するからで、言われる前からわかるようなことを披露されても古臭くてつまらないものにしか映らない。とはいえ、いわれて初めてわかるからこそ、自分が記号に縛られているのも気づきにくいのだろうが。

     

     そういうわけなので、台詞が類型的で寒いというのは、単に通ぶって細かいことにいちゃもんをつけているわけではなくて、ときにとても危ういことを含む無頓着な行為だといえるのである。


    関連する記事
    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    3031     
    << December 2018 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 「続く」の続き
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM