映画の感想:華氏119

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     本作の監督は、「アポなし突撃取材」が枕詞につくことが多く、実際、監督自身が映画の主人公となってどう立ち回るのかが展開を生んでいる作品もある。ただ、本作の前作に相当する「華氏911」は、必ずしもそうではなく、そして本作も突撃していくシーンはそれほどない。どちらかというと編集のうまさで見せる映画になっているように思う。

     政治なり政府なりが相手だと、さすがの監督も体当たりできる相手や場がそんなにないということだろうか。州知事の家に水を撒くシーンが象徴的で、笑えるシーンながら、同時に無力感も押し寄せてくる。突撃取材が炙り出せることが少ない。だからこそ余計にか、見ていて絶望的な気分が支配的になってしまい、どうしてわざわざお金を払ってこんな辛気臭いものを見に来ているのだろうと八つ当たりのようなことまで考えてしまった。


     編集の妙の点で1つメモしておくと、ヒトラーとの類似性を指摘するくだりは巧いと思った。
     前にも書いたと思うが、独裁的なスタンスの元首に対してヒトラーを持ち出して批判するのは、説得力を持ちにくい(「戦前回帰だ!」の批判に似ている)。安直に見えるからで、なぜ安直に見えるかといえば、「独裁」⇒「ヒトラー」と、類似のさせ方が大雑把に映るからだ。ついでに当人の特徴的な外見や喋り方、あるいは狂気の突出ぶりのせいで、極めて稀なケースの為政者にも思えてしまうことも影響しているように思う。あんな悪魔みたいなのはそうそう出ないだろ、と例外のように見えてしまっている人も多いのではなかろうか。


     しかし、民主制下の選挙で地位を獲得していった点や、当時の社会が今とそう変わらず、汽車や自動車、マスメディアや通信網がとっくにあった点を考えると、似たようなのが出てくる可能性は織田信長やナポレオンよりは遥かに高い。

     そして実際に登場した場合、当人はおそらくちょび髭でもタラちゃん頭髪でもなく、なんなら女性かもしれないから、わかりやすく似ていることなどありはしない。「支持を集める手法や世論の受け止め方が似ている」というような、共通点はしっかり比較考察しないと見えにくいに違いない(そしてヒトラーとの類似性を言う人は、ちゃんと細かい点を比べた上で指摘していることが多い)。

     こういった個々の類似点の考察を、学者のインタビューのつなぎ合わせのような文字レベルにとどめず、映像編集で見せている点は映画屋の面目躍如だと思った。

     

     余談のつもりが長くなってしまった。さて本作の本題は、トランプ批判というよりは「民主主義のあり方とは何ぞや」といった点にある。トランプかヒラリーかという2択に意味を見出せなかったいわゆる無党派が一番の多数派を占める中で誕生したトランプ大統領は、投票しなかった人々のうちの少なくない層に不利益やら不愉快やらを提供している。嫌な言い方をすれば、投票をサボった結果である。


     だったら次は自ら立候補しよう、次はちゃんと投票しよう、と中間選挙に向けて有権者が慌ただしく動き出すのが映画の終盤で、辛気臭い気分も少しは晴れてくる展開だ。結果はついこの前出て、映画に登場している新人候補の中には日本の報道でも当選が報じられた人もいる。つまりは「不断の努力」というやつだろうが、日本の場合は立候補するにも課題山積で、そちらの話は「黙殺」に譲る。


     「どうせ誰がやったところで変わりやしない」という投票に行かない理由の最たるものは、本当に「変わりない」ときだけギリギリ正当性を持つ。「変わりがある」ときに無投票を選んでも、その変化をとどめる効果はまったくない。そして「変化」はよい方向だけとは限らない。ある層にとって「よい」ことは、別の層には「悪い」ことになることがしばしばだから、「どうせ」と知らぬ顔をしているうちにひどい状況になっている可能性はいくらでもある。無論、同時に高笑いしている人もいる勘定になるが、候補者は投票しない人を配慮する必要がないので、無関心を決め込んでいるうちにとても過ごしやすい社会になっている可能性は極めて低い。


     その一つの例として本作でかなりの尺を割いて取り上げているのがミシガン州の水道の問題で、この話題だけで作った方がいいんじゃないのか?と思うくらい酷い話である。汚染水で病気になった住民が抗議しても柳に風なのが、汚染水で製造ラインに支障が出たGMの抗議はすぐ対応するのがとてもわかりやすく象徴的なシーンとなっている。

     

     話は逸れるが、水ビジネスは水が命に直結するものだからか、この件以外でも節度のない強欲ぶりが顕著に可視化されている。こんなものは10年前から指摘されていたはずだが、要するに南米で焼き畑が終わってしまったから自国を食い物にしたということだろうか。そうしてまた随分な時間差で日本に上陸してきている。外来種の流入には極めて神経質なくせに、こういうときには発揮されない。

     

     というわけで、サボったり諦めたりしても仕方ないですよ、というのが本作のメッセージなのだが、そこに「政党」を絡めて問いを発しているからもうちょっとだけ複雑な話にはなる。ただ、アメリカの場合は政党と議員の関係が、日本に比べてはるかに緩いのでまだ柔軟さが期待できる分マシともいえそうなのだが。
     この監督は、いつもナレーションで観客に呼びかけてくるのだが、今作はいつもに増して悲痛にも聞こえる言葉の選び方をしていたのが、やけに印象に残った。

     

    「FAHRENHEIT 11/9」2018年アメリカ
    監督:マイケル・ムーア


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