映画の感想:舟を編む

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     テレビでやっていたのを見たので感想を。
     出版社の辞書制作の話だ。最初に思ったのは、学園モノみたいだなという違和感である。高校が舞台だと、秀才とドヤンキーがクラスメイト同士といった設定がしばしばあるが、高校の場合は偏差値で輪切りされるので、一時期の兵庫県のような制度でもやっていない限りは現実にはなかなかお目にかかれない。

     本作の主人公・馬締は、口下手なせいで営業部のお荷物状態だったのが、大学院で言語学を修めたという経歴を買われて辞書編集部にスカウトされる。だけど、こんな人、最初からそこに配属されるんでは? 一方で辞書部門の先輩社員・西岡は、こんなやつ出版社の入社試験に受からんやろというくらいものを知らない。人当たりと要領はよさそうなので、彼こそ営業向けだろう。

     

     適材適所をハズすというのは会社ではよくあることだから、秀才とヤンキーの同居よりはあり得る。ついでに、専門的な題材を扱うときにバカを一人登場させておくと、このキャラクターに「どういうこと?」と質問させることによって説明台詞を自然に挿入できる利便性がある。フィクションの定石ではある(のだが、個人的にはウンザリな手法)。まあ辞書作りの途方もない作業のため、時間がどんどん流れてこの違和感自体もすぐに消し飛んでしまうところは、作業の膨大さを間接的に示しているとはいえる。


     松田龍平に小林薫にと魅力的な役者がそろっていて、中でも晩年の加藤剛が「死期が近づいている」という設定で泣かせる。古臭い編集部の佇まいがインスタ映えなのもあり、それなり楽しめる仕上がりにはなっていると思う。ただ、肝心の題材が全く活かせていない点、かなり拍子抜けした。

     

     以前に、辞書作りを志望する学生のインターンシップを題材にしたドキュメンタリーを見たことがある。彼女も院卒だったっけか。かなり優秀な学生で、言葉や文章に対する思い入れも溢れ返っているような人だった。なので試しに語釈を書いてごらんとやらせてみると、素人目にはそれっぽい形で仕上げることができる。だけど担当社員からすると脇がガバ甘な記述で、この説明だとこれが駄目、これが抜けているなどと的確過ぎる指摘が飛んでくる。記憶も朧気だが、確かそんな内容だった。小銭稼ぎの原稿書きとは次元の違う厳密性と、インターネットの普及で存在意義がぐらぐらにぐらついている中での葛藤と模索がひしひしと伝わってきて刺激的な内容だった。

     

     というのを見ているので、余計に残念な内容に感じた。辞書作りは、ただただ背景としてしか登場しない。せいぜい既に述べたように、作業の性質上、主人公たちの半生のような長い時間をまたぐ物語になっている点が「辞書ならでは」としてあるだけか。

     

     たとえば、馬締が恋をすることで、監修者の「松本先生」が恋の語釈を書けと命じてくるくだり。恋の行く末に応じて語釈が仕上がる流れなのだが、この記述が馬締の恋物語とあまり関係があるとも思えず、肩透かしをくらう。ついでに「読めないラブレター」を書くくだりも、辞書の話なんだから「達筆過ぎて読めない」じゃなくて「言葉が難しくて読めない」であるべきなんでないのかな。それをヒロインかぐやが必死に辞書を引いて理解するでもいいし、オタクの馬締が「言葉を知ってるって、そういうことじゃないよね」と気づくでもいいし、人と思いを寄せあうっていうことと言葉の関係を何やかし示す必要があるでしょう、この設定なら。


     終始この調子なので、馬締がチャラ男の西岡に「言葉のなんたるかを教わりました」などと頭を下げるシーンも、え?そんなやりとりあったっけ?となってしまうし、「新語や誤用もどんどん載せるぞ」という新辞書の編集方針も忘れたころに台詞にチラっと出てくるだけだし、話運び全体も雑だった。

     見終わった後で、久々に辞書を引いてみようかしらと思わせられると映画としては成功なんだろうけど、違う意味で引きたくなってしまった。辞書ってもうちょっと面白いものだよね、という確認で。


     ま、面白い話の運び方なんてのは、辞書引いても載ってないけどね、と書いておけばとりあえずのまとまりがつきそうなものだが、案外そうでもない。例えば「文学」なんてのを引いてみると、結構勉強になる。「新明解国語辞典」限定かもしらんけど。手元にある人は是非。

     

    2013年日本
    監督:石井裕也
    出演:松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョー


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