教材その2

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     たまたま図書館で韓国の小説を2冊借りてきて読み始めたのだが、今一つ趣味に合わず断念していたところ、話題の本書を書店で見かけて買った。ページ数は少なめだが、背負った罪を自覚させられるような内容だったので、幾度か中断して息を吸ったり吐いたり、うむむと唸っているうちに寝たりして、ようやく読み終えた。読み終えて改めて思ったのは、これは自分の過去を振り替えさせられるからキツいだけでなく、日常の中で目にする嫌なことといちいち重なってくるから陰鬱になるのだということだ。


     「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」を見終わった後だけに、たまたま内容がちょっとカブった。あと「ニュルンベルク合流」から受けた印象とも少々カブった。

     

     タイトルにある女性ジヨン氏の半生を人物事典か冒頭陳述の身上経歴のように(で言い過ぎなら吉村昭のように)無機質な筆致で書き綴っていく内容だ。冒頭、ジヨン氏の体に他人が憑依する不思議な現象が起こり、夫が慌てふためくコミカルな様子が描かれる。このとぼけた雰囲気は、韓国のコメディ映画をほうふつとさせるが、笑えるのはここまで。いったい彼女に何があったのか、を探るため、ジヨン氏の生い立ちが時系列に沿って語られる。ここで明らかにされるのが、男尊女卑社会における矛盾だったり悔しさだったり怒りだったりである。

     

     儒教色が濃い社会のせいか、日本よりも男尊女卑が強い印象を受けたが、せいぜい誤差の範囲で本質的には日本も変わらない。最近でも松本人志しかり(放送に載せられないからカットする、という普段山ほどやっている作業の範疇内にあれが入っていないという感覚が凄い)「SPA!」しかり。もっと日常生活レベルでも、SNSの発達で本書に描かれているのと同種の疑問や憤りを目にすることはいくらでもあるし、それにぶら下がっている男性側の反応も、本書に出てくる景色と似たようなものだ。

     

     大まかには「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」で出てくることとも重なるが、映画と違って文章は、より細かなところまで表せるから本書の方が問題提起としては余計に突き刺さる。あちらは割と男性側があからさまに敵意を持っているケースばかりなのに対し、こちらは悪意のない無邪気な女性差別が多い。そして無邪気で悪意のないケースは、わが身にいくらでも覚えがある。

     

     ビリー・ジーンと違ってジヨン氏は、ほとんど言い返すことができないでいるので、読んでるこちらも鬱屈がたまるという困難さもある。だからこそ、ビリー・ジーンのような女性が声を大にすることがいかに意義があり、尊敬すべきことなのだ。そう改めて確認させられるわけだが、あれは彼女がことさらに強かったり、立場があったりするから出来ることで、真似をするのはなかなか難しい。それだけに、言い返せない人が主人公の本書の方が、スカっとはしない代わりに、より共感を得そうには思う(だから売れているのだろう)。

     

     ジヨン氏の不可思議な症状を診断した医師の報告、という形態を取っており、記述の仕方は既に述べたように観察記録のような無機質な調子だ。ちょいちょい出典表記付きで統計データも登場するから余計にレポートか報告書のようで、ドキュメンタリーと小説が同居している格好。「ニュルンベルク合流」とカブっているというのはこういった点である。無機質な文章(案外そうでもないのだが)は、好き嫌いが分かれるところだろうが、個人的には最近、こういったジャンルの枠組みを越えるような読み物に興味があるので楽しんだ。


     

     最後が阿刀田高のショートショートのオチのように終わっているところはどうなんだろうと思ったが(少なくともこのケッタイな症状についてもう少し回収する必要があるのではとは思った)、その好き好きはさて置き、オチがこうなので、本作では男性が総じて敵方となっている。ジヨン氏の夫や学生時代の彼氏は結構イイやつだとは思うが、社会を覆う構造を乗り越えるほどの感覚は持ち合わせていない。この救いのない感じが、男性読者が反発しているポイントの1つだろう。「そんな男ばっかじゃないだろ」から始まって「被害者ヅラし過ぎだろ」に行き着く。


     だけど女だ男だと躍起になっても仕方のないところはある。別に性差の問題に限らず、差別や侮蔑を伴う対立構図はどれも概ね似たようなものだからだ。前提そのものにバイアスがかかっていて、そこに気づかないまま無邪気に振舞う。前提を均等にしてくれと訴えると、返ってくる反論はビリー・ジーン風にいうと「論点が逸れている」。加えてその反論はしばしば正義感を伴うので、反論が度を過ぎた罵倒か醜悪な嘲りか、使えない&偉そうなアドバイスかに変質する。とまあ大体こんな感じ。なのでこの本にアホかと言えたとしても、今度はアホかと言っている人が言われる側に回る可能性はいくらでもあるし、無論逆もあろう。女性の権利を訴えている人が相似形の理屈で同性愛を差別している、なんてのも実際ある話だ。

     

     現実社会が今のところこうなんだから、救いのあるイイ話にしても仕方がない、という判断だろうか。統計データを添えている構成から窺える著者の意図からすると、妥当な判断だと思う。

     まあフィクションなんだから、これ以上実際に誰かを怒らせたり泣かせたりすることなしに学べる点、貴重な機会をくれたみたいなものだ。もっと早く出会いたかったが。

     

    「82年生まれ、キム・ジヨン(82년생 김지영)」筑摩書房2018
    著:チョ・ナムジュ


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