【やっつけ映画評】アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル

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     邦題のサブタイトルが示している通り、ある意味世界で最も有名な女子フィギュア選手トーニャ・ハーディングが主人公の伝記映画だ。ライバルを襲撃して怪我を負わせるという昼メロもびっくりの事件によって歴史に名を残した。ついでにこの被害者のナンシーケリガンも、メダリストなのに「あの事件でやられた人」として名前が定着してしまい同情を禁じ得ない。

     

     スポーツ界でこれに匹敵するスキャンダルを探したが、なかなか思いつかない。ライバルの飲み物に禁止薬物をこっそり入れていたカヌーの選手は、知能犯な分、より陰湿な印象があるが、メダル候補とまではいかないので世間の反応もそこそこだった。
     サッカーW杯で試合中に相手選手の肩に噛み付いたウルグアイのスアレスは、実行犯な上(ハーディングは実行犯ではない)、何億人も見ている大舞台での不正行為ではあるのだが、こうた・ふくたの漫才とカブってしまったせいかケリガン殴打事件ほどの騒ぎにはならなかった。
     同じく試合中に相手の耳を噛みちぎったマイク・タイソンの例もあるが、ボクシングは(サッカーも)ならず者が多そうなイメージがある分、やはりトーニャの方が上を行く。悪役選手などいなさそうなフィギュアの世界だからこそ衝撃だったといえる。この辺りは本作のサブテーマともつながっている。後で触れよう。

     

     事件当時、俺は高校生だった。五輪の舞台で、靴紐がどうのと審判員に泣きながら訴えていた様子も見た覚えがある。苗字がかつての米大統領と同じなので(試験にはあまり出ないが世界史オタクだったので知っていた。周囲をヤクザな友人で固めていたという点では後述する通りトーニャと似ているが、この爐友達疣中が利権を貪っていた点はどこかの首相とも似ている)、ブロンドヘアーの外見も相まって、金持ちの非常識わがまま娘の暴走だと勝手に思い込んでいたものだった。完全に偏見であるが、社会への認識も幼かったといえる。彼女の狼藉の背景にあるのは金持ちの思い上がりではなく、まったく逆の貧困だからだ。

     

     彼女の生まれた環境は「ウィンターズ・ボーン」「スリー・ビルボード」を彷彿とさせる田舎町だ。貧しいだけでなく、ろくでなしだらけ。あの2つの作品にはものすごい迫力の刀自が登場するが、本作でも同じ。トーニャの母が実に恐ろしい。トーニャによれば「モンスター」で、まさにモンスターペアレンツなど可愛いものだと思ってしまうくらいの怪物ぶりだ。全く共感できない方向に強烈に筋が通った女性である。星一徹も霞むほどだ。モンスター母の虐待を受けて育ったトーニャが夫に選んだのが、これまたろくでもないDV男。暴力が次の暴力を呼び込むパターンである。この夫の友人がさらに輪をかけて救いようのないバカの虚言癖で、結局このろくでなしサークルを断ち切れなかったのがトーニャの破滅へと繋がっていく。

     

     健康優良な人だと、トーニャがずるずると関係を保ち続けたことが心底愚かに見えて理解不能ではないかと推察するが、「嫌ならそこを出ればいい」が実行不可能な正解であることはしばしば。トーニャの場合、ウインターズ・ボーンの主人公と違って類まれなる才能を持っていただけに余計につらいものがある。そしてこのライバルを殴打するというベタな犯罪も、実行した連中が途方もなく馬鹿で幼稚だからこそ出来たのだなと本作を見て理解した。

     

     このトーニャ・ハーディングは、伊藤みどりや浅田真央と共通点がある。公式戦でトリプルアクセルを成功させている点だ。伊藤みどりは世界初、トーニャ・ハーディングはアメリカ初の記録となっている。

     トーニャがトリプルアクセルに取り組んだのは、彼女の演技が審査員に受けなかったため一発逆転を狙ったためだ。米国選手は誰も成功していない荒技を決めれば有無を言わせないという思惑だ。彼女のスケートが受けないのは、そもそも素行不良で嫌われているというのもあろうが、劇中の審査員の台詞によれば、審査員が思う理想形とかけはなれているからだそう。フィギュアについてはまったく詳しくないのでその真意はよくわからないのだけど、少なくとも彼女の演技はたをやめぶりというよりはますらをぶりといった感じで、おそらく審査員が求めているのは前者だろう。女性差別の映画と小説に立て続けに接したせいで、これもまたステレオタイプの押しつけに思えてくるが、そこはさておき、何年も前にスケート通を自称する学生から聞いた話を思い出した。

     

     浅田真央が年齢制限で五輪に出れず、議論を呼んでいた時期だった。その学生の主張は「トリプルアクセルが跳べるからという理由で年齢資格を云々するのはフィギュアをジャンプを競う競技だと勘違いしている」で、代表選出を見送ることに賛成だった。それを聞いて当時、なるほどなあと思ったし、その五輪で優勝した荒川静香の演技はこの主張を裏付けるような内容だった。

     だけれども、実際のトーニャの演技を改めてYouTubeで確認すると実況が「グレートパワー&グレートスピード&なんちゃらかんちゃら」と言う通り、違う競技のような雰囲気も感じる。本作の競技シーンはかなり見事な出来栄えなのだけど、誇張ではないとわかった。
     先駆者伊藤みどりは、よりパワフルで、彼女の場合、ダンクシュートも決められそうなくらい縦にも横にも跳んでいる。そのパワーの源なのだろう、レスリング選手のような体つきをしていて、おかげで少なくと俺の周囲の人々は当時、優雅じゃないとか上品じゃないとかの理由であまり好感を持っていなかった。改めて映像を見ると、確かに優雅ではないかもしれないが、この跳躍力だけで圧倒される。あるべき形ではない、とうより、新しい可能性を開いた、というべきではとも思う。トーニャ・ハーディングが素行不良でなく、事件も起こさなかったら、女子フィギュアも今とは違うものになっていたのかしらとも想像した。少なくとも、彼女の後、中野友加里が決めるまで10年現れなかったのは、この事件の副作用のようなものではないのかね。

     

     余談。トーニャが肉体改造するシーンで、「ロッキーがロシア人に勝つためにやったトレーニングよ」と彼女が語るシーンがあり、「クリード供で書いたことと思わぬところでシンクロした。あれ?じゃああのトレーニングは意味があるってことか?と思ったが、トーニャ自身は火あぶりも木こりの真似事もしていなかった。

     

    「I, TONYA」2017年アメリカ
    監督:クレイグ・ギレスピー

    出演:マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ


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