【やっつけ映画評】モリエール 恋こそ喜劇

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     コルネイユ、ラシーヌ、モリエール。すでに述べたように、これもまた高校時代、世界史のテスト勉強でただ機械的に名前を覚えたものだった。絶対王政時代のフランス演劇界における三羽烏、程度の理解。何となく似たような音の響きと文字数のリズミカルな具合で覚えやすかったものだが、3人の区別はついていなかった。

     試験上はそれで何の問題もなかったのだが、大学に入ってフランス語を履修したとき、ちょっとした問題と出くわした。授業で読解したのが、彼らフランス演劇界の大家たちについて、200年くらい後のフランスの演劇批評家が書いた文章、についての批評を別の人が書いたという、二重、三重にややこしいテキストだった。元を知らないのに批評を読んでもちんぷんかんぷんである。


     この場合、とりあえずはコルネイユなりラシーヌなりの作品を手に取るか、あるいはそれを解説した入門書の類を読むのが真っ当な学生のありようなのだけど、そんなことすら思いつかないほど薄っぺらかった。

     一人ではとても手に負えないと考えた俺含む友人4,5人が、1人の下宿に集まって協力して訳していった。そこだけは学生ぽい。その作業中に、「こんなものを読んで何になるんだ」と1人がコボすと、別の男が「会社に入ったとき社長から君はモリエールを知ってるかね、って聞かれるかもしれへんやん」と冗談で返していた。あくまで冗談ではあるものの、あのころ我々が、世のエグゼクティブは難解な古典をそらんじて若輩者を威嚇するというイメージを持っていたのは確かだ。世に出てわかったのは、そんな教養人はめったにお目にかからないということだった。

     

     むしろ演劇のチンピラの方が戯曲限定ながら知っている人が多い印象。シェイクスピア、チェーホフ、ブレヒト、ベケットは付き合いのある芝居人が出演していた。特に最初の2人は人気が高い。ただし、かのフランス三人衆には俺個人の芝居ネットワーク上では今のところ縁がない。

     

     というわけで本作を見てお勉強である。
     DVDに収録されていた他作品の宣伝が、どれもこれもつまらなさそうなC級作品ぽいものばかりだったので、まったく期待せずに見た。しかしながら、結論から先にいえばこの映画は結構な傑作だった。

     

     作品解説によると、モリエールが若き日に借金が返せず投獄されるところと、旅芸人としてパリを離れてフランス各地に巡業に出たのは史実通りで、その間に起こった出来事を想像たくましく仕立てたフィクションとの由。モリエールがモリエールになるまでのエピソード0的な物語である。おそらく彼の作品に造詣が深いとニヤリとさせられる演出が散りばめてあると思うのだが、よく知らないので無論気づかない。せいぜい、モリエールが神父に化けたときにテキトーに名乗る偽名「タルチュフ」が、後年、実際に彼が遺した作品からきているという点が気づけた程度。それでも映画自体はかなり楽しめた。

     

     いわばヒーローものになっている。まだ無名ながら演技と脚本には一定の力量があるという設定のモリエールが、その狷端貲塾廊瓩任發辰匿А垢肇肇薀屮襪魏魴茲靴討い構成だ。タイトル通り、全体には喜劇のノリだから、演技力を用いたトラブル解決とは、要するに一種の「化かし合い」である。その手の作品がしばしば「笑いのためにわざわざトラブルになる」といった作為が鼻につくところ、本作の場合はそこまでのドタバタはなく、ほどよい塩梅でストレスなく楽しめた。

     

     一つには時代設定があろう。絶対王政の時代、権力と時間だけはある宮廷貴族たちがサロンに集って、芸術への造詣マウンティング大会を日々繰り広げている。そんないわば虚飾まみれの世界に、才覚以外何も持ち合わせていないモリエールが乗り込んでいく構造だ。パンクロック的な痛快さがここにはある。

     

     その中でも、悪役のドラント伯爵が、ちょうどモリエールの対抗軸となっている。ただの貧乏貴族だが、外見が偉丈夫なのと宮廷にうまく取り入ったコネとを利用して、地位や名誉の欲しい豪商を手八丁口八丁だまくらかし不労所得をかすめとろうとする。いわばちんけな詐欺師野郎なのだけど、「嘘」の使い手という点ではモリエールと同じだ。その「嘘」を、金のために使うか人間真理の追求に用いるかの違いである。この対比が「演劇とは何か」の問につながっている、というのは大袈裟にしても、黒魔術×白魔術の演劇バトルといった面白さがある。

     

     本作でモリエールは、悲劇をやる才能が皆無で、喜劇の才はあるものの、当人は悲劇こそが本当の演劇だというコンプレックスからなかなか抜け出せないでいる。そういう中で、ドラント伯爵その他、色々な人々の主に恋愛を巡るドタバタに巻き込まれていく過程を通じ、当人なりの喜劇(ないしは悲喜劇)を見出していく。ただし、たどり着いた境地がもたらす作品がどういうものだったのかはクライマックスの上演シーンを見てもあまりよくわからない。その点、最後の切れ味不足の印象もあるが、そこはまあ、現実のモリエール作品を見て確かめろということなのだろう。

     

    備忘録1:モリエールが新作を書き上げて劇団員に配るシーン。手渡された本を読み始めた団員が、三々五々クスクス笑い出す様子は激しく頷いた。脚本を書き上げた後、まず訪れる至福の瞬間だ。と経験者風をふかしておく。

     

    備忘録2:モリエールがマダムをまんまと篭絡するシーン。一見、相当に気難しそうな気高いマダムが、モリエールの滑稽な演技に腹を抱えて爆笑する様子が、もう完全にメロメロですやんというのが見え見えで、なんともエロチックだった。この女優、本作出演時で50過ぎてるそうだけど、全然みえんなあ。

     

    「Moliere」2007年フランス
    監督:ロラン・ティラール
    出演:ロマン・デュリス、ファブリス・ルキーニ、ラウラ・モランテ


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