オチのあるフランス文学話

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     以前に、海外の古典に関する個人的な事情について書いた。その後、何となく心惹かれたものからチャレンジしてみようと、図書館で何冊かを借りた。うち一冊がバルザック。近代以降の歴史を題材に扱った壮大な作品は、しばしばバルザックになぞらえられる。このため興味は湧くのだけど、壮大なだけに手を出しにくいのもまた事実。それで短めの作品から読んでみようと、ちくま文庫のバルザックコレクションなる傑作選的なものを借りた。

     

     うーん、しかし、読めん。頑張って辛抱しながらページを繰ってはみたものの、どうにもこうにも入り込めない。
     そんな己に多少落胆しながら、この日の仕事場である某大学へ赴き、何コマか授業をした。春休みのこの時期、正規の授業がお休みなので、俺が担当する課外授業は朝から夕方までぶっ通しになる。無論、かなり疲れる。グッタリして帰ろうとしたときである。本学主催のイベントのリーフレットが並んでいる棚の中に、バルザックの文字を見つけた。どうやらバルザックについての市民講座の類のようだった。何という偶然。さらに驚いたことに、語り部の先生は学生時代にフランス文学の授業で習った教授だった。

     

     正確には、記載の名前にもしやと思い検索したら、本学HPの教員紹介に行き着き、そこに見覚えのある顔がニコニコしている写真がドーンと掲載されていた次第なのであるが、メッセージ欄には「バルザックの研究をしています」とある。
     先生、そうでしたか。俺、授業受けてたんすか。
     いかにテキトーに受講していたか。被告人、つまりかつての俺のGuiltyが証明された瞬間であった。

     

     ささやかな驚きを胸に秘めて数日後、全然別の要件で大学時代の友人と電話で話すことになった。そして要件について話し終えた後「実は」と事の次第を説明し、昔話を多少楽しんだついでに、ところでお前さんはバルザックは読んだことあるのかと尋ねた。

     

    「鹿島茂が、とにかく40ページほど我慢して読んでくれ、みたいなことを言ってたので、我慢して40ページほど読んだが無理だった」

     

     著名な仏文研究者の名前がさらりと登場することからもわかるように、この友人は文学作品についてはかなりの読書家で、この友人が無理だったというのなら断念してよかろうという気分になってくる。

     

     中編の1つの序盤をかじった程度で知ったかぶりをすれば、これはつまり山田風太郎なのだろうと思った。山田風太郎には明治小説集なるシリーズがあり、長いの短いのから連作短編まで様々な形態で明治を描いている。食い詰めた旧幕臣が主役になったかと思えば、新時代に財を成した商人が主人公になったり、夜鷹の話になったり、バルザックの「人間喜劇」がごとく、あらゆる層の人物の生きざま死にざまが綴られる。実在の人物も数多く登場し、ある作品の主要キャラが別の作品ではただの脇役になるのもバルザックに同じ。

     

     そしてこのシリーズ、かなりの傑作もありつつ、結構退屈なのもありつつで、出来栄えは色々である。日本が舞台で戦後の文体で書かれているから多少退屈でも読めるのだけど、海外文学だったら結構難しい。さらにこのシリーズでは、わざとらしく登場する子供が実は後年の誰それ、といった具合に作者の歴史造詣の深さの誇示も随所に見られる。トリビア的に楽しめるのだけど、これは日本史をある程度知っているから「おお」となれるのであって、知らなかったらただの意味不明の脱線でしかない。

     

     なのでバルザックも、研究対象としては面白いだろうし、フランス史オタクならかなり楽しく読めるのだろうが、素人が手を出すのはなかなかレベルが高そうである。などと別の知識を持ち出してきて、さも知ったかのように分析する賢しらなことをこの読書家友人に語りながら、ふと手元のちくま文庫に目をやると、この本の訳者もまた、例の先生なのだった。


     先生、そうでしたか。俺、先生の翻訳読んでたんすか。
     この年になってまたもやGuilty確定。


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