【やっつけ映画評】バイス

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     トランプが大統領に就任したとき、実は道化を演じているだけで本当はかなりマトモな人間なのではないかという虚しく悲しい希望的観測を口にするコメンテーターが少なからず存在したものだった。そう信じないと怖くて仕方ないからいわゆる正常化バイアスが働いたのだろう。友人の一人が「ビジネスマンやからもっとマトモかと思っていた」と言っていたが、こういうビジネス信仰もあろう。暴言放言を正当化したい己の醜い欲望が共鳴した輩もいよう。「民間の経営感覚」族や「本気本音」族(この2つは大抵重なる)がろくでもないのは、少なくとも大阪にいるとケーススタディに事欠かないから、誰も彼もが呑気に見えて仕方がなかったものだが、当のトランプは前任者のオバマのみならず、同じ共和党のブッシュからも非難されている。


     このブッシュという人は、「呆れた政治家」の旧式モデルといった感がある。「血筋だけで上り詰めたただのバカ」。政治家をこういう紋切り型で捉えて腐すというのが一種の作法だった時代はすっかり遠のいた。本作のブッシュは、本当にただのバカとして登場していて少々懐かしさを覚える。つい牧歌的な印象さえ持ちそうになるが、戦争を2つ起こした大統領でもある。トランプも側近の一部がブッシュ政権時と重なってもおり、今後どうなるかわからないが、現時点では対外戦争よりは内戦を持ち込んだ男といえよう。一方ブッシュは派手によそと戦争をした。このブッシュの隣にいたビッグ・ボス的影の男が本作の主人公だ。


     「副大統領」の「悪徳」といった掛詞がタイトルの意図だろう。ブッシュ政権時に副大統領を務めたディック・チェイニーの伝記映画である。
     ろくでなしが性根を入れ替え、政治家に成り上がっていく物語ながら、でっち上げで戦争を起こしたかなりひどい政権の話でもある。成り上がり物語の爽快さはとくになく、見ていて愉快ではない。このチェイニーが、いったん政界から身を引くところでエンドロールが流れるギャグが劇中にあるが、ここで彼のキャリアが終わっていたら、死ななくてよかった命がたくさんあったという点、ギャグというよりは歴史のイフへの願望だろうな。

     

     チェイニーに対して唯一親近感が湧くのが、娘の「悩み」に対する真摯な姿勢だが、それもラストあたりではひっくり返る。それもこれも含めとにかく後味が悪い。後味が悪いだけならともかく、これが現実だからうんざりもする。なんでこんな辛気臭い現実に金を出して付き合わなければならないのかと、マイケル・ムーアのドキュメンタリーを見たときと同じ倒錯した感想になった(まあ内容的にはまさに「華氏911」と重なる)
     結局彼の原動力はどこにあったのかよくわからない点が不気味ですらある。妻の存在が大きいのは間違いないとして、よき夫、よき父であらんとしたことが、自身を大物政治家に押し上げ、かつ彼の暮らす土地柄・支持者が受け入れるはずもなさそうな「娘の苦しみ」に理解を示すという一見矛盾した行動をとらせたのだろう。

     ただし副大統領就任は、自身の意志でやっている部分が大きいように描かれている。そこにパワーゲームの魅力や、金脈があったのも確かだろうが、結局のところはよくわからない。

     

     9・11同時テロのときに自分が浮足立ったことはよく覚えている。今ではお目にかかる機会もなくなり、本作でも出てこないが、旅客機がビルに突っ込む映像は事件直後は何度もリプレイされた。その衝撃がまず影響し、そしてアメリカ属国民として米国視点の国際情勢把握が標準だと無邪気に思い込んでいたこともあり、素朴に怒りや敵愾心を抱いたものだった。このためアメリカがアフガニスタンを攻撃しても何の疑問も持たなかった。NHKニュースも連日、米軍の軍事作戦をスタジオにでっかい地図を持ち込んで詳細にレポートしていた。

     

     それを横で見ていた同業他社の男が何ふざけたニュースやっとんねんしばくぞこらとか何とか画面に向かって毒づいている。何でよと尋ねると、一般人が割食って死ぬのに米軍の広報気取って何か意味あるかと、呆れ顔で諭してきて、それでようやく俺も冷静になったのだった。ああこうして世論は戦争を支持するのかと腑に落ちもした。

     

     当事国でもないし、現地に知人がいたわけでも取引先があって勤め先が損害くらったわけでもなんでもない何の利害関係もないただの一般会社員が、アゲインストテロリズム的熱狂にずっぽし駆られているとき、当事国の政府中枢を牛耳っていた本作の主人公は、いったい何を考えていたのだろう。
     映画の中では、周囲が激しく動揺する中、一人冷静に己の権限拡大と対外戦争の画策をしているように描かれている。あの状況で恐怖や怒りに駆られることなく打算だけで行動できたとすれば、陰謀論を抜きにすれば恐ろしく「それしかない」男ということになる。まあ、化け物だよね。

     

     アホが大統領をやるとろくなことにならんといわんばかりに、この後政権はひっくり返るが、さらにその後種類の違う困った人がトップになった。本邦でも大まか似たような過程をたどる。アホだ世襲だ漢字読めないだとか言われている傍らで、それをひっくり返す方法を虎視眈々考えていたのがチェイニーよろしく影にいたのだろうかと、本作を見るとそんな想像をしてしまう。

     

    「VICE」2018年アメリカ
    監督:アダム・マッケイ
    出演:クリスチャン・ベール、エイミー・アダムス、スティーヴ・カレル


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