本の感想:運命

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     一方で隣の国の元首の自伝を読んだ。日本で刊行されたのは大統領就任後だが、韓国ではそれ以前に発売されていたので、本書は当人が大統領になる前に終わっている。想像とは少し違う内容だった。冒頭の執筆経緯にも書いてある通り、自伝というよりは「私が見た廬武鉉」といった内容だ。ただし廬武鉉と出会う前の幼少期や学生時代、徴兵時代の話もある。


     個人的には、オバマやコービンと似たようなスマートなたくましさとでもいえばいいのか、なにがしかの迫力を感じ、気になる政治家だった。特に、光州事件等、過去との向き合い方には相当な勇気を感じる。加えて大統領就任以降、日本の報道における語られ方が、いったい何に怯えているのだろうと首をかしげたくなるくらい常軌を逸している。

     

     トランプが大統領に就任したときには、必死に正常化バイアスを口にしていた人々が、少なくとも人格的にはトランプよりはるかにマトモそうな文在寅に対しては、一転まるで狂人扱いがごとくの語り方である。本当にどうかしている。そういう事情も大いに後押しして手に取った。
     この人も、ある意味チェイニーと同じく成り上がりである。貧乏な家に生まれ育ち、それでも親が教育を諦めなかったおかげで大学まで進学し、弁護士を経てやがて青瓦台の人間となる。チェイニーと違うのは、チンピラが更生したわけではないところだが、学生運動をやっていたので、警察に捕まることだけは共通している(チェイニーの場合は飲酒運転)。

     

     本書において、文在寅の原点として位置付けられている存在が廬武鉉だ。彼と共同で弁護士事務所を構えて不当逮捕や労働問題に取り組むことが大きな出発点となっている。まさしく「弁護人」で描かれた通りだが、あの映画のラストで大勢の弁護団が1人ずつ「ネ!(はい!)」と起立するいかにも演出くさいシーンは実際にあったことなのだと知った。あとあの作品で悪名高く登場する国保法は、軍事政権崩壊とともに消え去ったと勝手に思い込んでいたのだが、そうではなかったと知った。敗戦ですべて消え去った国の人間の安易な生ぬるい発想だったようだ。


     本書で語られる廬武鉉は「原理原則の人」といった具合で「実現性を考慮して妥協する」というような選択をあまりしない。文在寅はもう少しリアリストの側面があり、しばしば廬武鉉の頑固さに閉口している。ただ廬武鉉にしろ文在寅にせよ、空っぽのチェイニーと比べると、政策の是非や評価はさて置いても、理想を語る分、政治家に備えておいてほしい資質の持ち主といえる。


     ただし、自由と公平さを追求すると、モノが言いやすくなる分、異論が百出して運営は難しくなるのが印象的だった。やたらと抑圧的だったスターリンを批判したのはいいが、おかげで東欧で民主化運動が盛んになって為政者としては厄介な事態になってしまったフルシチョフを思い出した。「共犯者たち」の冒頭では、大統領に就任したばかりの廬武鉉が、報道の自由への介入につながることを嫌って、今後は記者と距離を置くことを伝えた逸話が紹介されているが、お陰で廬武鉉は自由闊達な批判にさらされることになる。


     そこへいくと、チェイニーの狎権瓩覆鵑安定したもので、理想主義者より空っぽのパワーゲーム屋の方が勝るというのも皮肉である。政治なんてそんなもんじゃん。そう知ったかぶるのは簡単なのだが、それだと有権者の興味が湧かんから、この前の統一地方選も候補者のビラを目も合わせず無視する有権者だらけになる。そう高をくくっているうちに、特定の民族の殺戮を呼びかけるようないかれた連中が議席を獲得するなんていう目も当てられない事態に至るわけで、本気で理想を語る人間はやっぱり大事だと思うよ。

     

     廬武鉉政権が実現させようとしたことのひとつとして紹介されているのが検察改革だった。韓国の検察は政権との距離が非常に近く捜査がしばしば政治性を帯びるといい、政権からの独立性を高めたいと奔走する様子が描かれている。その中で文在寅が理想像として挙げていたのが東京地検特捜部だが(韓国罵倒に淫している人にとっては大変物足りないことに、日本について言及があるのはここくらい)、まあ、買い被り過ぎだよね。東京地検なんか褒めるようだから、日本に対する認識が歪んでいると批判されるのだ。なんてね。

     

    「運命 文在寅自伝」 2018岩波書店
    著:文在寅 訳:矢野 百合子


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