本の感想:好きになれない人々

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     歴史を好きになる入口は、多くの場合は英雄的な人物への憧れだ。織田信長とか関羽とか坂本龍馬とかがその代表格。でも君主だの軍人だのを「好き」といえるのは、自分が何者でもなく誇大妄想を抱ける十代くらいまでのことで、大人になるにつれ、そういった支配者層に共感を抱くのは難しくなる。一方で、年の功といおうか、かつては単に勧善懲悪風味の物語としてだけ楽しんでいた史実のあれこれに対し、いいとか悪いとかではない別の尺度でもって把握することができるようにもなる。


     そうすると、「好きな人物」はいなくなる一方で、好きではない人物は残り続け、かつ、興味の対象は後者になってくる。このちっとも好きになれないこいつはいったい何者なんだ?というような疑問に駆られるような興味の抱き方である。

     

     そういう中で手に取った1つが、「袁世凱」。特に好きも嫌いもないが、良い印象はない。清朝末期の軍人にして中華民国大総統、そして後に皇帝になろうとした時代錯誤な人。といった理解。著者の岡本教授自身も、好きじゃない旨述べており、専門家でもそうなんだなというのはひとつの発見。


     「治世の能臣、乱世の奸雄」とは三国志の曹操を評した有名なフレーズだが、この袁世凱もまあまあそんな具合の人だ。科挙に受からなかったので「治世の能臣」にはなれなかった男だが、時代の激動がこいつを押し上げたのは間違いない。科挙に落ちたのに引き上げられるところしかり、一旦政争に敗れて実家に引っ込んだのにまた呼び出される辺りもしかり。とはいえ結局、その「時代」にも置いていかれてしまったんだな。

     皇帝就任の顛末は、野心が肥大化したとか易姓革命を引きずっていたとかいうよりは、「議会制って物事決まらんやん」という反発がベースにあったように説明されている。今風にいうならポピュリストだろうが、当時の西欧型近代国家建設への希求、という時流には置いていかれてしまっていたといえる。
     曹操の時代と違って、袁世凱の死後、彼の子孫が後を継ぐことにもならず、さりとて曹操にとっての司馬一族のような抜きんでた存在もいないので、群雄割拠にも陥ってしまうし、やはり曹操と大して共通点はない。まあこの20世紀は三国時代と違って中国もよりも強力な外国がわんさといるから、国内だけの争いでは済まない非常にややこしい状況だからやむなしでもあるのだろうが。

     

     こちらは余計に時代に置いていかれた高貴な家柄のお方について。奇しくも袁世凱と年が一緒。いやヴィルヘルムは早生まれなので学年は1個上。と、時代も国も違う人間に意味ない当てはめ。


     帯にある通り、第一次世界大戦の張本人のような存在につき、袁世凱とは比べものにならないくらい世界的に評判が悪い。カイゼル髭にその名を残す特長的な外貌も、悪役感の増大に一役買っている。その上、自分が超有能だと思い込みトップダウンで政治をする、くせに部下からの報告はろくに読まず、思いつきでコロコロ方針を変え、失言も多く、メディア露出で人気を稼ごうとする。こういった辺り、彼こそ元祖ポピュリストといえる。ポピュリストと異なる点は、君主の血筋を誇っている点だと思ったが、世襲議員だらけの日本の場合は割と当てはまるか。


     意外だったのは、大戦に関してはそれほど主導的存在ではなかった点。結構蚊帳の外に置かれて気づいたら亡命を余儀なくされていたというのが実態だったらしい。開戦自体にも積極的ではなかったようだ。それでも戦争になってしまう辺り、君主制の限界だったと本書は解説している。
     ただし袁世凱と違い、失脚後もこの髭男は生きながらえた。亡命先のオランダで、それなり悠々自適の生活を送った点、敗戦後に塗炭の苦しみに見舞われた庶民からすれば割り切れない事実だが、ユダヤ陰謀論に淫していたというから余計に残念な男である。

     まるで余命某ブログにドハマリする年寄りのようであるが、彼らと違ってヴィルヘルムは元皇帝であるから、ナチスも接近してくる。ヴィルヘルムにしても己の再起につながる存在だと期待して同床異夢の付き合いをするわけだが、ナチスが党勢を拡大するとあっさり捨てられる。民族共同体を掲げるナチスにとって、高貴な家柄は邪魔だからだ。世界史の試験の「間違いの選択肢」で、「ヒトラーはヴィルヘルム2世を亡命先から呼び戻し、第三帝国の皇帝に据えた」というのを見たことがあるが、だとすればどうなっていたか。想像力を書きたてられる仮定だ。

     

     そうして血筋を排除した民主主義が選んだのが、ヴィルヘルムよりもはるかに強固で危うい専制だったという後味の悪さでもって本書は終わる。混乱の時代を招く袁世凱と結果は正反対だが、こっちの方が後味は悪い。「大日本帝国憲法はドイツ帝国憲法を手本にした」と試験にもよく出るが、実際はかなり似ていないという話と、なぜ三国干渉のロシア以外がドイツとフランスの2か国なのかという話が勉強になった。

     

     もう一人、世界史で人気のない君主といえばこの男がいる。「怪帝」とは言い得て妙。世代的には上の2人より半世紀ほど前の人。ヴィルヘルムの祖父・ヴィルヘルム1世に敗れる人である。敗れて捕虜になるという末路の一点でもって暗愚確定にされているところはあるのだが、本書を読むと、馬鹿なのか有能なのかよくわからないつかみどころのなさでは上の2人をはるかに上回るという印象。その点魅力的な人物ともいえる。無論好きにはなれないが。

     

    岡本隆司『袁世凱――現代中国の出発』岩波新書2015
    竹中亨『ヴィルヘルム2世 ドイツ帝国と命運を共にした「国民皇帝」』中公新書2018
    鹿島茂『怪帝ナポレオン三世 第二帝政全史』 講談社学術文庫2010

     


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