【やっつけ映画評】新聞記者

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     「日本映画でもこんなのが作れるのか」と話題の作品。確かに「前川」に「伊藤」に「国家戦略特区&大学」にと、現政権を巡るあれやこれやを全部ぶっこんでやがる。最もきわどいのは、「都銀の疑惑を巡る自死」で、実際「都銀」を巡る疑惑を追いかけた記者が複数人「自殺」している。

     だけど実際のところは、これで「全部」ではないよね。というか、現政権の場合は疑惑云々もさりながら、先般のG20の体たらくも案の定なように、本業の政治における異次元の節度緩和が酷過ぎて、疑惑の類も霞むほど。というわけで「全部ぶっこんだ」ではなく、論点を絞った内容といえてしまい、困ったものだ。


     韓国映画のような暗く重い映像と、日本映画得意の淡々ぶつ切り展開が合わさっている。ついでに主演の2人も韓国と日本。女性記者の方は、ヒロイン風味がひとつもなく、ただ性別が女性なだけといった風に描かれている点がホントっぽくて好感が持てる。一方の内閣情報調査室職員は、松坂桃李の善良で甘い雰囲気があまりホントっぽくないのであるが、まあ「フィクションですよ」を担保しているとはいえそう。超余談だが、この内閣情報調査室は、「いだてん」でリリー・フランキーが演じている緒方竹虎が原型を作ったのだそう。田中哲司の役は、リリー・フランキーだと余計怖かったかもね。

     

     個人的には、「日本の黒い夏 冤罪」で軽薄な下っ端記者を演じていた北村有起哉が、本作では主人公・吉岡記者の上司を重々しく演じていて、出世したのうというか老けたのうというか。かつての俺の同期だった人々も、現在似たようなポジションに就いているのが多いので感慨深いものがある。同世代の俳優だろうから余計に真に迫るものが、と思って検索したら、生年月日がほとんど同じだった。ペネロペ・クルス以来の親近感が急に湧く。ペネロペ同様、直に会う機会があっても一個だけは話題に困らずに済むな。


     序盤は割と退屈だ。内調松坂こと杉原の汚れ仕事の方は面白いが、吉岡記者はテレビ見てTwitterしているだけ。あと付箋に英単語を書きつけ貼り付けを繰り返しているが、TOEICの勉強でもしてるのか?という意味不明な作業である。既に述べた淡々ぶつ切り演出が相まって、疲れていると眠りに落ちてしまいそう。だが後半は見事に疾走していき楽しめた。そうして賛否の分かれそうなラストになるが、これは後で書く。


     まず吉岡記者や杉原が見ているテレビ番組に前川喜平や望月記者が出ている点についてだ。
     序盤に前川をモデルにしていると思しきショボい狃絞広瓩描かれているのだが、その横で本物が登場している(実際にあった討論番組の映像が劇中のテレビに流れている)。前川2人いるじゃんというのが少々可笑しいのであるが、このテレビを見ている主人公の吉岡記者も、必然画面の中の望月記者と重なる。「原案」に思い切りクレジットしてあるので嫌でも同一視する(ただし彼女を有名にした官房長官記者会見のシーンはない)。この演出には、現実のトレースの生臭さを和らげる効果があると思う。どういうことか。

     本作では「東都新聞」「毎朝新聞」といった新聞社が登場する。フィクションではお約束の陳腐さが漂う名前であるが、脇役のライバル社を読売だ朝日だと実在名にすると、嘘臭さがいくばくか回避できる。これと似たような手法、といっても余計わかりにくいか。とにかく現実をモデルにした嘘モノと、モデルにしたそのものを併存させると嘘臭さが少し和らぐという理屈である。

     

     だけどそれだけが目的ならあんなに何度も登場させる必然性はない。結果、生臭さの中和というより生臭い党派性を感じ取る人の方が出てきそうとはいえる。そもそも「本人登場」の瑣末なことより、実際の出来事を思い切りなぞることに疑問を持つ人は(現政権に批判的な人にも)一定数いると思う。本作が絶賛されたとして、その評価は実際の出来事を扱った政権批判によって何割か嵩上げされているのであって、純粋に映画としてどうなんよという批判である。トランプが報道を「フェイク」と安易に否定することに危機感を覚えたスピルバーグが、ニクソンといういわば歴史上の政権を題材にしたのは、おそらくその方がすんなり受け入れられると判断したからだ。


     だがアメリカと異なり、本作でモデルになっている数々の疑惑は、大手メディアではちっとも報道されないか報道されてもちょびっとであることがしばしば(本作でもちらっとそういうシーンがある)。その危機的状況を踏まえると、問題は本作にあるのではないよね。だからこれくらいやっても丁度だと思う。本作が矛先を向けているのは現政権それ自体よりは、むしろ「いや〜どうなんだろうねえあの映画は」と事情通のしたり顔で苦笑しているあんたがただ、ということである。


     さて音楽映画のクライマックスが演奏シーンなら、新聞記者モノのクライマックスは稼働する輪転機である。本作もそのお約束は踏襲している。改めて見ると、もの凄い装置だ。印刷屋で働いた経験がある身からすると、より一層、信じられない高性能なんである。そこから吐き出される記事は、別にスクープじゃなくても常に上質の者であってほしいと願うばかりであるが、本作ではこの輪転機が稼働して大団円とはならない。問題のラストについてである。

     

     スクープ記事が出たことで、内調の悪役上司が反撃に出て、圧力、脅し、記事を無効化するリークといった狡知を駆使する。そういう中で、情報漏洩源である杉原も呼び出され、取引を持ちかけられる。正義とともに心中するか、保身のために膝を屈するかの二択。さあて杉原はどちらを選択するのか、で終わるのかと思ったら、どうもそうではない。ラストのアップで杉原は、追い詰められた表情で吉岡記者に何事かをつぶやく。その唇は「ごめん」と読み取れるから、後者を選ぶことにしたのだろうと推測できる。すでにその前のシーンで、いざとなれば自分が実名告発すると腹をくくっているので、どんでん返しの転向である(もしくは元上司と同じ道を選ぶのかもしれない)。


     これはいったいどう受け取ればいいのだろう。官僚組織とはそれくらい恐ろしいのだという告発か、それとも官僚とは所詮そんなものだという諦観か。だとすれば序盤でさんざん出てきた前川喜平は何なんだということになる。組織のおそろしさについては、すでに杉原の元上司の自死によって描かれてもいる。
     だとするとこれは、官僚の自浄力だけでは解決は無理だということか。だが、既に吉岡記者が杉原の心意気に応えて記事を書いているので当てはまらない。第一、ここまでの杉原の流れを見せて、一転懐柔されるのは破綻してないか。

     

     本作が、ただの記者と官僚のサスペンスだったらこういうラストにはなっていないはずだ。現実に対する危機感ないしは絶望感が救いのないラストを選択させている。だがその感覚を生んでいるのは官僚機構ではない。記事が出ないことはもちろん、記事が出てもあんまり世論に影響しない事実の方だろう。ここまで現実をモデルにしているのだから、もっていくべきはそっち方面ではないのかなあ。


    2019年日本
    監督:藤井道人
    出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼


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