【やっつけ映画評】工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男

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     南北対立のスパイもの。工作活動のスリルという表通りをしっかり押さえつつ、それだけに終わらせていない傑作だった。こういう重厚なドラマを作れるのは世界中でも韓国だけではないのかという気がしてくる。まあそれだけ民族分断の不幸な歴史を負っているということでもあろうから、手放しで称賛するのはさすがに後ろめたいのだけど。
     あちらさんはこういうのが作れる社会である、というのはもっとはっきり認識した方がいい。日韓関係がかまびすしいから余計にそう思う。政権に批判的な論客も、こと韓国になるとアレ界隈と大差ない認識具合でもって沸騰している。事態は結構深刻だ。

     韓国を批判するなというのではない。批判などいくらでもしたらいいし(今回の件でそれがどれくらいできるかというのは無論ある)、外交には時に喧嘩も必要(同)だろうよ。問題は「あっちが通常の政治経済摩擦から大いに逸脱している」という設定になっている当方の逸脱ぶりだ。本当にどうかしている。なので、むこうさんはこんな映画が作れてしまう社会でっせというのを強調したいわけである。こんなもん、「設定」通りの幼稚な社会で生まれるかよ。

     

     90年代末を舞台に、実在した工作員をモデルにしている。ベルリンの壁はとっくに崩壊しているが、38度線は冷戦絶賛継続中の様相だ。なので主人公も北への工作を命じられる。はずなのだけど、実態としては冷戦が継続しているわけではなく、冷戦を継続させたい存在が南にも北にもいるという時代の変化が段々明るみに出てくるところがポイントだ。
     90年代末は「1987」のおよそ10年後になる。あの時代では容共の超危険人物扱いされていた金大中が、いよいよ大統領に上り詰めるかという時期である。それはつまり、反共を唱えれば愛国者になれた時代の終焉でもある。「弁護人」で登場するような「アカ」の撲滅に異常な執念をみせるあの手の刑事の存在意義は消えてしまう。だもんで、どうにかこの冷戦構造を維持できないものかと旧来の勢力圏にいる人々は戦々恐々としている。

     

     一方、北は北で変化を余儀なくされている。東側諸国の宿命(?)たる経済危機を乗り切るため、外貨獲得の手段を求めてビジネスマンに扮した主人公パクに接近してくる。

     ちょうどこの時期は、餓死者が大量に出て、脱北者も膨れ上がった時期だ。自作で扱うために、関連書籍をたくさん読んだものだが、あれらで描かれている様子がそのまんま映像に出ていると圧倒された。もちろん、隠しカメラ撮影に成功した一部報道以外、実際の様子など見たことないのだが、文字で読んだものがそのまんま映像になっていると思わされるくらいのリアリティがあって、まるで昔見た景色と再会したような錯覚に陥った。

     

     冷戦期、工作活動ではほとんどの場合、東側が西側をリードしていた。入国を厳しく制限している閉鎖国家とそうでない国では最初から東側に分がある。本作でも、北の高官たちは極めて慎重なだけでなく、どこまで見破っているのかと疑心暗鬼がインフレするほどの不気味さがある。そういう狡猾な相手に、男前でも何でもないパクがしたたかに食い込んでいく狡知が、まずは本作の見どころだ。ピンチの回避の仕方がいちいち見事でかつ、泥臭い。


     もう一つは、パクと交渉する高官のリとの友情である。友情というか、あくまで立場を超えない範囲での信頼関係といった控え目なもので、べったりべたべたするわけではない。この控え目さによって余計真に迫るところがあってぐっとくる。特にラストはとなりのマダム(朔日なので混んでいた)がハンカチを取り出していたが、俺も結構きた。巧い。おっさん同士版「猟奇的な彼女」といった巧さ。全然感動の伝わらなそうな表現だが、パクは現在の痩せ貴乃花風味で、リは「シリアスな東京03」といった見バだから、本当にただのおっさん同士で絵的には何も美しくないはず。なのに、という見事さだ。

     

     特にリがパクを怪しみつつ信頼を置こうとするのは、イデオロギーを超えて「国のため」とは何ぞやを模索しているからだ。必要があれば共産主義だ資本主義だと拘っている場合ではない。「資本主義の犬」の典型のような道化を演じるパクに、それでも「先生」と敬意をもって接してくるのは、学ぶところがあるとみれば頭を下げる賢明さがあるからだろう。

     一方リの傍らに待機している保衛部(憲兵みたいな怖い組織)のチョン課長は一貫してパクと敵対的である。「私はそれが仕事だから」という理屈には頷けるものの、終始見下した態度を取るのは、パクが「資本主義の犬」だからで、この点チョン課長はイデオロギーを脱することは出来ていない。まあそれも含めて「それが仕事」なのだろう。南側でも同様であることが、やがて明かされていく。


     ではその一味であるはずのパクはというと、やがて彼自身の職業観も冷戦を継続させたい南北の政治に揺さぶられることになる。彼が上司に逆らっていくのも、イデオロギーを超えたところを模索していくからだ。その延長線上に、当初は「うまく騙せていただけ」だったはずのリとの、とても控え目な友情がある。

     相手を名前だけで判断する教条主義はおろかだということは大人なら誰でも知っているはずのことだけど、そういうのが働かなくなるのがイデオロギーなり政治なりの怖いところ。こんなわかりきっているはずのことを見事に示してくれる本作は、内容的にも日本社会に必要な警鐘だと思う。

     

     ところで本作は、この手の映画では珍しく金正日が堂々と登場する。南北をテーマにしたほとんどの作品は、分断の末端であくせくする人々が主人公のため、独裁体制はいくらでも登場しても独裁者当人は登場しないのが相場だ。しかし本作はチラ映りとか後ろ姿だけとかではなく、しっかり台詞を話す格好で登場する。これがかなり似ている。外見だけではない。息子と違って公の場での発言が非常に少ないため、どんな話し方をするのか正確なところは知らないのだけど、いかにもいいそうな台詞とその言い方も見事だ。こうやって娯楽映画に登場するということは、金正日も歴史上の人物になってきているということを示しているのだろう。


    蛇足:「90年代のまだ発展途上の北京」のシーンは、エンドロールを見ると台湾で撮影された模様。結構印象的な街並みだったから、また行きたくなってしまった。


    「공작」(工作)2018年韓国

    監督:ユン・ジョンビン
    出演:ファン・ジョンミン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン


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