映画の感想:ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー

0

     文豪映画を立て続けに見た際に見逃した新作をようやく拝見した。公開当時に見ていたら、「この本の主人公は僕ですよね?」と、サリンジャーに声をかけてくるネジのはずれたようなファンのシーンにただ苦笑していただけだったと思う。京都の惨事があったので、心底ゾッとした。いやになるな。


     サリンジャーの半生を描いた内容だ。「ライ麦畑でつかまえて」はすぐ挫折して読んでいない。その後仙人のように隠遁生活をしていたという話は訃報のときに知ったのだっけか。今一つ興味を抱きにくい人物と思っていたが、なぜか映画には興味が湧いて見たわけだけれども、なかなか面白い作品だった。地味ながらもテンポがいいせいだろうか。


     特に序盤はものを書いてみたい人間にはよき参考書だろう。よい作品は作家の声が聞こえてこないといけないが、声が大きすぎると自己満足となって読者を邪魔する。というサリンジャーの師匠の教えは(ケビン・スペイシーが演じているから引っかかりを感じてしまうのだけど)結構響いた。出版元が指摘する「君の文章は説明過剰。もっと読者を信じろ」なんかも耳が痛い。書くことに覚悟を決めた人間だけが作家の資格がある、とか、とにかく「確かになあ」という台詞が多い。本作自身も、説明の削り方が上手いと思う。特に第二次世界大戦の従軍シーンは、それほど長くなく台詞も少ないが、彼の精神を蝕む説得力が充分に出せている。いかにも手練れの監督だなあという印象を受けたが、年が一緒だった。俺はまだ説明過剰から抜け出せん。

     

     序盤はイケてない青年が作家になるまでの成長物語で、中盤で戦争後遺症による困難期を挟み、そこからの復活⇒「ライ麦畑」出版、というよくできたサクセスストーリーを辿るものの、終盤からは邦題をなぞるように、どんどん一人の世界に籠もっていく。

     いかにも「周りを不幸にする芸術家あるある」だなあと思って見ていた。書くことに救われてきたはずの男が、書くことの囚われ人のようになり、これだから芸術は恐ろしいなどとも思ったのだけれども、この人が91歳まで生きていることを踏まえると、これが彼にとっての正しい生き方だったといえる。

     つまり、人気作家でいることが彼の人生だったわけではなく、一人で書き続けることが着地点だったということだ。作家になる覚悟を問うてきた師匠のウィット先生も、まさかこういうライフスタイルを想定はしていなかっただろうが、これがサリンジャーにとっての「作家」ということか。あまりにもスッキリし過ぎている。ただでさえ少々不細工な振舞いに陥ってしまった師匠のその後との対比が悲しい。


     しかし俺には、世に出さない前提で書き続ける行為が想像できない。このブログは基本は個人の趣味で、読んでいる人も数えるほどしかいないと推測されるが、それでも書いているときにはその若干名を思い浮かべてはおり、結局のところは人に見せる前提で書いている。見せないのならブログにアップせずに手元に保存しとけばいいだけのことなので当たり前だ。そして、ただ手元に保存するだけだったらこんなに長々と書くはずもなく、せいぜい箇条書きのメモ書き程度にとどまるはず。

     選考に最終的に漏れたときも、最初は名前が選評が雑誌に載っているだけでうれしかったが、自作が人の目に触れる機会がないのだと冷静になって実感すると、にわかに「この世に存在しないことになっている」くらいの喪失感は抱いたものだった。本が一冊出ただけで金持ちになったり有名になったりするわけではないし、そのアテがはずれてガッカリしたわけでもない。もっと手前の「他人の目に触れる機会がない」ということが、こんなにも割に合わん気分にさせてくるのだなあと思ったものだった。

     

     では人に見せなくても満足するような行為が他に何かあるか。俺の場合は料理が該当しそうだ。自分で作って自分で食べて美味しくできればそれで満足している。作る過程もまあちょっとしたストレス解消になっている。しかしこれとて、プロ並みに綺麗な盛り付けが出来る腕があったらこれ見よがしにSNSにアップしているような気がする。

     

     つまり人に見せられるレベルではない「趣味レベル」の自覚があるときは自己満足で済ませられても、一定程度の腕が出てくるものは披露して誇示したくなるということで、全くそうではないサリンジャーはまるで解脱者だ。そういえば映画の中では仏教に傾倒して座禅を組むシーンが何度もあるのだった。つまり彼はもはや小説家ではなく、仏教を極めた阿羅漢だったのかも。そりゃあ必然、一人で隠遁するわなあ。……、こんな結論でいいのか?


    「REBEL IN THE RYE」2017年アメリカ
    監督:ダニー・ストロング
    出演:ニコラス・ホルト、ケヴィン・スペイシー、ゾーイ・ドゥイッチ


    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック

    calendar

    S M T W T F S
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << October 2019 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 「続く」の続き
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM