【やっつけ映画評】ジョーカー

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     それでようやく見た。
     娯楽作の悪役が、悪役になるまでを描いたという点、「スターウォーズ」のエピソード3と同じだが、あれと違って「そうなる」必然性になかなか説得力があって引き込まれた(でもこの物語はジョーカー白人だから成立するのであって、黒人だったら捨て置かれたままだ、という指摘をネット上で目にし、なるほどなあと思ったから感想が続けにくい。さしあたり脇に置く)。

     

     どん底の不幸から稀代の愉快犯が生まれる、という大枠は伝え聞いていたので、重い内容を想像して気後れするところも正直あった。スケジュール的にはぎりぎり鑑賞可能だった日もあったのだが、その気後れのせいで「そこまで無理せんでもええか」と帰宅したくらいだった。実際、ジョーカーことアーサーが、病気のせいでおかしくもないのに爆笑してしまうシーンは息苦しさを覚えたものだったが、全体的にはあまり重苦しさは感じずに見た。なぜなんだろう。

     

     ひとつには、「主人公が黒人だったらこの物語は成立しない」の指摘と同じく、アーサーに特に共感できる部分がない分「ただの他人事でしかない不幸」としてしか見えていなかったからだろうか。とも思ったがこれはうがち過ぎかもしれない。

     

     やはり「そのうちこいつはジョーカーになる」と思って見ているからだろう。どういう風にジョーカーに変貌していくのかの興味が先に立つというのもあるし、それはイコール、彼を取り巻く不幸に復讐することを意味する。復讐が待っているなら、その前段は苦しいほど弾みがつくというものだ。我慢して我慢して最後に爆発、という昭和の任侠映画と同じカタルシスの構造といえようか。あんま見たことないけど。

     

     だとすると、観客自身もジョーカーの思うつぼになっているといえる。
     俺の場合(多くの人の場合そうだと思うが)ジョーカーといえば「ダークナイト」のイメージで、本作の制作陣とていやでもあれを意識せずにはいられないだろう。あの映画で語られる当人の来歴と重なる部分(父からの虐待、妻を「笑わせる」話など)は、本作のジョーカー(アーサー)にはほとんどないが、人々を混乱させる存在であるという根本の部分では一致している。「ダークナイト」では、2隻の船を使った巨大トロッコ問題を仕掛けたり、「光の騎士」たるデントを憎悪にかられる悪人に貶めたりするし、本作では自分自身が社会をカオスに陥れていることにやがて自覚的になっていく様子が描かれている。

     

     アーサーが起こした事件に触発され、道化のメイクや面をかぶった人々は、何かしら社会に対する恨みつらみがあり、その恨みを晴らしてくれた痛快な存在として事件の犯人を位置づける。であるからして、不幸の連続に見舞われるアーサーに、やがてジョーカーとしての復讐を期待する観客も同じ穴のむじなになる勘定になる。で、俺もまんまとそのむじな一匹というわけだ。

     

     

     しかしそうなると、テレビに呼ばれた彼が取る行動はこれでよかったのだろうかという疑問が湧いてくる。
     テレビの人気司会者のマレーは、スタンダップコメディをやるアーサーの映像を自分のテレビ番組で紹介し、それに反響があったというので彼をスタジオに招く。すでにジョーカーとして覚醒しているアーサーは、腹に一物抱えてスタジオに乗り込み、世間を騒がせている殺人事件の犯人が自分だと打ち明け、会場をざわつかせる。

     地位のある人間が、猫の子だと思ってかわいがろうとしたら実は虎の子だったというわけで、舌鋒鋭く全力でアーサーをねじ伏せようとするマレーの責任ある態度はなかなか立派である。しかしアーサーは問答無用とばかりにマレーを射殺してしまう。まるで五・一五事件だ。

     理由としては、かつて自分のビデオを番組で紹介したときに、さんざんこき下ろしたことへの復讐ということなのだが、すでにジョーカーとなっているだけに、個人の恨みに基づいて自ら手を下すというのは悪のスケールとしては小さくはないか。

     

     アーサー自身指摘しているように、彼のビデオを番組で紹介してさんざんクサしたマレーの態度は褒められるべきものではない。無論、金を取ってステージに立っている時点でどんな批判も受けるべきという理屈は成立するが、欠席裁判的にクサすのはフェアではない。それも自身の冠番組だから、視聴者は基本的にマレーの味方であり、衆をたのんでいる格好でもある。

     

     となればアーサーも、ここは衆をたのんで自らは手を下さないのがジョーカー的な復讐というものではなかろうか。まあ、この復讐が呼び水になって街のカオスが激しさを増し、最大の敵たるウェインは通りすがりの狼藉者に殺されるから成立はしているから、言いがかりかもしれない。
     こう大真面目に感想を並べても、妄想癖のあるアーサーによって虚実入り乱れる構成になっている本作は、全体が夢オチ的な雰囲気をぷんぷんさせている分、全部相対化されてしまいそうなのだが。

     

    「JOKER」2019年アメリカ
    監督:トッド・フィリップス
    出演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、フランセス・コンロイ


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