【やっつけ映画評】イエスタデイ

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     このチラシで本作を知ったとき、安直な着想だと感じたのと、ビートルズにあまり思い入れがないのとで、見に行く気はあまり起きなかった。のだけど、当ブログで書きたい関連話と出くわしたので、見に行くことにした。倒錯している。

     

     先に感想。手練れ監督によるハズさない佳作といったところか。いくつかの部分でなるほどなあと思った。
     まったくぱっとしないギター弾きのジャックが、周りの誰もがビートルズを知らない異世界(?)に行ってしまい、そこで彼らの曲を演奏することでにわかに注目を浴びるという内容だ。

     芸術は互いに影響し合う上、なにせビートルズだから、彼らが消えれば他も消えるんじゃねえのという疑問はすぐ浮かぶ。この世界では、ローリング・ストーンズもデヴィッド・ボウイも存在しているが、オアシスは存在しない、というギャグでこの難問を切り抜けている。というように、必然つきまとう疑問の処理が本作はソツがなく安心して見ていられる。これ以外でいうと、21世紀の今、そもそもビートルズはウケるのかという疑問に対しては、本家にならってジャックが提案したアルバムタイトルやジャケットデザインをことごとく却下されるというギャグっぽいシーンで処理している。

     

     そうだよなあと共感したのは、どうやら周囲はマジでビートルズを知らんらしいと悟ったジャックの反応だ。ビートルズの傑作群を自分だけ知っていて、ある程度は弾ける。だとすればプロになる夢を実現する大いなるチャンスといえるわけだが、ジャックは算盤勘定よりもまず真っ先に、「マズいことになった!」と恐れおののく。

     

     そりゃそうだ。荷が重すぎる。まずジャックは歌詞やコードがうろ覚え。コピーバンドでもやってない限り、ファンでも正確に覚えているのは2、3曲くらいなもんだよね。そしてちゃんと演奏できるのかという問題もある。なので天才の力を借りても自分が売れる保証はなく、しくじれば彼らを冒涜することになる。足もすくむというものだ。実際、当初は誰も聞いてくれない。

     

     それでもチャンスが転がり込んでくるのは、ビートルズだから、というのは大きい。もしなりすましたのがローリング・ストーンズだったら無理な相談だろう。ビートルズはメロディがしっかりしているので、素人がやっても「よい曲」になる可能性はある。ストーンズは、譜面通りやってるつもりでも全くあんな風にならなくて、実に退屈になる。クイーンだとそもそも歌えない。

     

     そして、素晴らしいものを提示できたとしても大抵の人は素通りというのが実際のところである。この序盤の展開は面白い。また、ジャックをなりすましと見抜いているっぽい謎の爺さん婆さんの狙いや、彼らから知らされる最重要人物の登場シーンなどは上手い脚本だと思った。

     

     一方、全体を支えているジャックとエルとのラブストーリーは、女優の魅力と演技の上手さでどうにかなっているものの、ビートルズのモチーフがなければ、ただの使い古されたすれ違いの構造をなぞっているだけの凡庸さだったと思う。せめて曲の歌詞を踏まえた展開にするとか欲しいところ。この辺は「シング・ストリート」を見習ってほしいものだ。レコード会社を欺くラストが、同じ監督の「はじまりの歌」とまるかぶりなんだからさ。

     

     さて、先日とある大学での仕事で出くわした小噺である。

     

     文章の読解について教えながら、文中の「まるでカフカが描く不条理のように我々はなぜか非合理な行動をとってしまい」うんぬんかんぬんという部分に、ふと「もしや」と嫌な予感がした。


     「ところで、みなさん、カフカは知ってますか?」
     沈黙。
     「知ってる?」と、適当な学生に尋ねると「…、絵の人っすか?」と少々語彙力に欠ける返答。「『描く』から画家を想像したその発想は悪くない」などと褒めながら(←こういう芸当、一応できる)、「他に『描く』が仕事っぽい職業って?」「本の人っすか?」と、一応正解にはたどり着けたがしかし、である。


     作者名は知らなくても、作品は知っているのだろうか。「変身」が有名だけど、と水を向けるが教室にいる30人ほどが全員一様に「???」の表情。
     「えーっとね、グレゴール・ザムザという男がある朝目覚めると、自分が虫になっているということに気づいてね…」
     と物語の冒頭を紹介すると、女子学生を中心に「グロ。え?何?ホラー」といった具合にかすかにざわつく。
     「マズいことになった!」
     まさしくこれだよホント。意味が違ってしまうけど。

     

     このとき、本作「イエスタデイ」の概要はすでにチラシで知っていたし、本作と何かと重ねて語られるマンガ「僕はビートルズ」も、そういうマンガがある、という程度の認識はあったわけだが、別にパラレルワールドに行かなくてもタイムスリップしなくても、著名なはずの人物や作品を誰も知らないという状況はいくらでもある、と現実を知ったのである。


     無論、「〇〇、と言っても若い君らは知らんか」という年寄りの言は、過去にいくらでも聞いてきたし、おっさんになって逆の立場にもなったから、いくらでもあることといえばそう。だけどカフカだよ。ロバート・ジェームズ・ウォラーでもスペンサー・ジョンソンでも謝国権でもないんだよ。というのは文学部出バイアスなのだろうか。

     

     なんだっていいや。ジャックがビートルズの伝道師を買って出たように、我も知らぬという彼ら彼女らに伝えなければならない。映画の登場人物がビートルズを知らないのは彼らが不勉強だからではないのと同様、目の前の学生がカフカを知らないのも機会不平等みたいなものである。是正に努めるのがおっさんの責務。


     しかし、「マズいことになった」。ろくに内容を覚えていない。「要するに簡単にいうとですね」と誤魔化しながら、作品の特色と意義を知ったように説明し、若干名が「へ〜、読んでみようかしら」といった表情で頷いていた。こういう芸当、一応できる。だがやっていることは、「ヘーイ、ジュー、ボンベンビンバーン」と歌っているのと大差ない、ただの雰囲気説明である。

     こう考えると、刺客のように登場するあの初老の男女が見せる意外な態度は、何も意外でないことがわかる。ピラミッドはエジプト人のみのものではなく人類の宝であり、だから守り伝えなければならんし、それは凡人にはかなり難しい相談なのである。

     

    「ALL YOU NEED IS LOVE」2019年イギリス
    監督:ダニー・ボイル
    出演:ヒメーシュ・パテル、リリー・ジェームズ、エド・シーラン


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