【やっつけ映画評】テルアビブ・オン・ファイア

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     出張先での仕事が終わるのが夕方、せっかくなので夜に何かしたい=通常なら現地の知人と酒、のところ、地元の渋い映画館で、ちょうどいい時刻に、関西では上映していない映画をやっている。それもこのイカしたタイトル。これはもう「見ろ」と天から命じられているに違いない。ついでにこの名演小劇場は、帰りの電車を途中下車するだけでよかったから好都合が山盛りである。


     演劇小屋みたいな名前だが、実際元はそうだったらしい。wikiの説明にはなかなか複雑な歴史が書いてあった。俺も一応演劇界の周辺者だが、へえかつてはこんな興行の仕組みだったのか。カラバッジョといいメキシコ・ルネサンスといい、この日は朝から知ることが多いな。味噌の国だからシルと縁が深い。

     

     映写室を出入りしているおっさんが、デニムシャツに長髪白髪にハチマキ姿で、何というかこれ以上ない完璧ないでたちである。受付には若干尖った雰囲気の若い女性、待合コーナーには、お前ナナゲイから来たやろという雰囲気のおっさん一人。知らん映画のポスターだらけの壁。喫煙所には巨大なドーナツの型抜きみたいな形をした、これはもう生産してないんじゃないかという形状の昭和のスタンド型灰皿。最高の空間ではないかね。館内は、コンクリ壁を黒塗りした小劇場スタイルで、いかにも劇団ころがる石が出演しそうな芝居小屋風だった。

     


     こうして素晴らしい道草の条件が整いまくっている中見た本作は、まったくもって「惜しい」と言わざるを得ない内容だった。
     イスラエル・パレスチナの対立をテーマにした映画は、いくらでもあってよさそうなところ、少なくとも日本で見れるものはあまり多くはない。このためテーマだけでかなり興味が湧く上、着想も極めて面白い。


     第三次中東戦争をパレスチナ視点で描いたテレビドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の制作現場が舞台である。スパイものでありつつメインはラブロマンスで、日本でいう昼メロの類と考えてよさそうだ。

     主人公のサラームは、親戚のコネでこの現場にスタッフの末端として参加しているいかにも要領の悪そうな男だ。このサラームが、事情あって急遽脚本チームの一員に抜擢され、苦労しながらドラマの続きを描いていくサマが、本作の物語の根幹となっている。

     その過程で大きな役割を果たすことになるのが、検問所の責任者にして軍人のアッシだ。イスラエルとパレスチナ自治区の境界は厳重に管理されていて、検問所を通らなければならない。ドキュメンタリーやノンフィクションによると、この検問所のイスラエル軍はかなり高圧的で陰湿な印象を受けるのであるが(軍人or検問なんてそんなものだが)、アッシも概ね似た具合のいわば悪役である。検問に引っかかったサラームを尋問するうち、彼が「妻のドハマリしているドラマの脚本家」と知り、妻にいい顔をしたい&反ユダヤの内容が許せないという個人的・政治的思惑から脚本に口を出そうとする。
     つまり、パレスチナ側に立つ制作陣の一員でありつつ、イスラエル側の人間に干渉される中で、両者が納得する展開をひねり出していく難題をサラームは背負うことになるわけだ。すげえ面白い。はずなんだけど、この着想を上手く活かせているとは言い難く、何よりサラームのキャラ造形が全く好きになれない相当にイラつくやつだったので、特に前半は多少なりともウンザリしながら見た。チラシの煽り文句通り、ラストはなかなか見事だったから帳尻は合ったように思うが。

     

     あげつらっても仕方がないので以下、考えたことをダラダラと。
     イスラエルの軍人が「反ユダヤのドラマだ!」と嫌うような、パレスチナ側に寄ったドラマがイスラエルで堂々と放映されているのはなかなか驚きである。ラブロマンスなので視聴者の中心は女性なのだが、それらイスラエル側の視聴者がどう感じているかというと、政治の部分は「どうでもいい」ということらしい。沸騰するアッシをよそに、彼の妻はサスペンスの部分で手に汗握り、ロマンスの部分で「キャー」と喜悦し、この辺は日本の昼メロファンと変わりない。彼女によると「だってドラマじゃない」ということで、もしかすると俺の感覚の方がおかしいのかも。

     「いだてん」で関東大震災の朝鮮人虐殺とか、戦後間もないころのフィリピンの強烈な反日感情とかを描くだけで「よくぞ踏み込んだ!」と評価されるのが今の日本社会だから、ナイーブ過ぎる。その感覚に俺も染まってるから、アッシの妻たちが不思議に見えるのかしら。

     

     一方でパレスチナ側では事情が違うから、この分析は的外れかもしれない。アッシの親イスラエル的要求を脚本に盛り込んだ展開に反発が起きる。新聞に批判的な記事が載り、スポンサーが難色を示し出す。この辺から察するのは、両者のパワーバランスがこの反応の違いを生み出しているのではなかろうかという仮説だ。つまり優位にあるイスラエル側では、対立が日常風景として固定化しすぎているから「そういうもの」としていちいち知覚しない、一方何かと劣勢のパレスチナ側では、ドラマの持つ政治側面に俄然こだわる。

     

     そしてパレスチナの側も反イスラエルの一枚板ではないことが描かれる。アッシのゴリ押しを受け、融和的なラスト、つまりパレスチナ側にすれば親イスラエル的なラストを提案するサラームに、制作陣のチーフたる爺様(サラームをコネ入社させた親戚)は当然反発するのであるが、サラームはサラームで、そういう二択の発想はウンザリだ!を吐き捨てる。下の世代にはまた別の捉え方があるということだ(ただし、中盤まではノンポリ風のぼさっとしたキャラとして描かれている上、すぐその場しのぎの出まかせを言う男なので、どこまで真意かわからない。サラームのキャラ造形は単にイラつくだけでなく本作の最大の難点だ)。

     そういうサラーム自身にも、アラブのアイデンティティだったり、かつての歴史への彼なりの怒りなり忌避なりがあったりするから、アッシが求める通りの展開をそのまま書くわけにはいかない。

     

     「音楽に政治を持ち込む是非」の議論に代表される、娯楽(ないしは表現行為)と政治の関係について、政治が絡むとき、それはやむにやまれぬものからの発露である、という真実がここにはある。日本におけるその手の議論がしばしば稚拙なのは、この視点が抜けているからで、「政治を持ち込むな」を主張する連中が持ち込む「政治」が実にしょうもないのも、やむにやまれていないからだ。

     ついでに改めてこのチラシを見ると、「民族の対立⁉」のキャッチが典型的だが、思慮分別の欠如が著しい。社会的な重いテーマを扱った海外の映画を日本の会社が配給する際、映画ちゃんと見たのか?という無理解としばしば遭遇するものであるが、このチラシの場合、コメディ部分に過剰にすがっている点がナイーブすぎて辛い。そりゃあんな稚拙な議論も「一理ある」扱いされるわなあ。

     

     それはともかく、サラームがひねり出した結末は、ドラマの中においては現実の残酷さを示しているものの、本作自体の結末としてはあっけらかんとしたハッピーエンドになっている。救いのないラストと救いのあるラストが同居している。

     

     劇中劇を扱うフィクションは、劇を見ている人々を、我々鑑賞者が見ているという合わせ鏡のような構造を取るわけだが、この構造だからこそ悲劇と喜劇が同居するラストを提示できるわけで、この点は実に見事である。それだけに、もっとうまくできただろうにと恨めしくもあり、まあ現実自体が常に「もっとうまくやれたはず」の繰り返しだと自分を納得させた。

     

     そうして帰りの新幹線の電光ニュースで中村哲の死亡を知り、あんな映画を見た後に!と驚いてしまった。パレスチナとアフガニスタンを同じ括りでとらえている時点で世界地図の認識が相当にあやしいのであるが、対立を乗り越えようと模索する姿勢には共通点はないこともない(自己弁護)。立派過ぎる人につき、真似ること到底能わずであるが、他者を思いやる、くらいのことなら少しくらい誰だって出来るし、今の日本社会、せめてちょっとくらいそうならんといかんよなあ。

     

    蛇足:作中、重要な狆道具瓩箸靴董▲侫爛垢箸いΩ獣呂猟衄嵶鼠が幾度も登場する。やけに印象的で当然食いたくもなるのだが、「韓国映画を見たあとの韓国料理」と異なり、提供している店はおいそれと見つかりそうにない。しょうがないのでこの日はおとなしく味噌カツ・エビフライセット(メニューとしては全然おとなしくない)にしたが、大阪にはあるのだろうかと検索すると「セレブが美容にお薦めする料理、フムス」みたいな記事が出てきて、台無しだ!と腹が立ってしまった。


     それで帰宅してから、ふと、以前に行ったことがある中津のエジプト料理屋を思い出した。もしやと思って店のホームページ見たら、やっぱりあるじゃん! 行こう。
     劇中では、缶詰のフムスを老舗の店の逸品とだまされて食べたアッシが「完璧だ!」と驚嘆するシーンがある。ギャグのつもりだろうが、俺にとっては元料理人のココロックの名言「所詮、工場で作られたものには勝てませんよ」が中東でも真実なのだと知るシーンになった。

     

    「Tel Aviv on Fire」2018年ルクセンブルク=フランス=イスラエル=ベルギー
    監督:サメホ・ゾアビー
    出演;カイス・ネシフ、ヤニブ・ビトン、マイサ・アブ・エルハーディ


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