【巻ギュー充棟】フランツ・ヨーゼフ ハプスブルク「最後」の皇帝

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     ウィーンの展覧会を見て、にわかに気になり読んだ。激動のヨーロッパ近代史ど真ん中の人物の評伝ながら、ほとんど「別居状態なのに仲がいい不思議な夫婦の物語」だったような気がする。この辺りが、不釣り合いに低い知名度の原因だろうか。


     オーストリア帝国の実質的に最後の皇帝、だけにとどまらず、ヨーロッパの君主制の最後を飾ったような人でもある(本書によると自称「古いしきたりに則った最後の君主」)。

     そうなった理由の一つはムガベ大統領ばりの長い長い在位期間のせいでもある。68年。それも幼児ながら即位する安徳天皇や宣統帝溥儀パターンではなく、18歳で即位しているから現代基準でも大人になってからの在位。千原ジュニアより社会に出るのが遅い。

     それで70年近く皇帝の位にあったわけだから、長過ぎである。それだけ長生きかつ身体頑健だったわけだが、それと裏腹に家族の多くは不幸な死に方をしている。自分だけぴんぴんしていて周りはしかし…、という「グリーンマイル」を地で行く人生だ(これまた本書によると自称「われは見捨てられしものなり」)。

     

     この人が気になったのは、展覧会で見た一枚の絵画だ。タイトルも作者名も覚えていないが、ドイツ語翻訳も動員して検索しまくってようやく見つけた。何のことはない展覧会のTwitter上に上がっていた。

     「宮殿の書斎」のイメージからすると割と質素な部屋で、孤独に仕事をしている姿にも哀愁が漂うが、目を引くのは壁の肖像画。そういやこの人、嫁さんが…、あれ?なんだっけ?と、前に読んだ歴史の本のうろ覚えならぬうろ忘れ。で、評伝を手にした。

     

     ざっとおさらいすると、フランツ・ヨーゼフは長らく神聖ローマ帝国皇帝を務めたハプスブルク家の人である。帝国解体後、ハプスブルク家はオーストリア帝国の皇帝を名乗るようになる。ウィーンのイメージと相まって絢爛豪華な華麗なる一族といった趣も強いが、マリー・アントワネットのように非業の死を遂げた人もいる。それが王家の常といえばそうだが、ことフランツ・ヨーゼフの近辺は不幸な死が多い。


     まず弟マクシミリアン。ナポレオン3世の口車に乗せられ太陽の国の皇帝になれるぞひゃっほーいと大西洋を渡りメキシコ皇帝に就任。ところが現地政局は混乱の極みで、聞いてたのと違う!と困惑する。まるで南米に移民したかつての日本人のような辛酸であるが、マクシミリアンの場合は政治闘争に巻き込まれて銃殺刑になっておるから、貧乏くじの引かされ方がえぐい。損失補填を知らされないまま異例の大抜擢で社長になり涙の記者会見をやる羽目になった山一證券の最後の社長を思い出してしまった。
     もう一人の弟ルートヴィヒ。エルサレムに巡礼に行った際、何を思ったのかヨルダン川の水を飲んで感染症にかかってそのまま病没。何をしとるんだ。

     

     嫡子ルドルフ。匿名で政府批判の論説を寄稿する父子の相克の王道を行く青臭い熱血漢だったが、やがて精神が不安定となり、最後は身分の低い女性と心中。氏素性のよくわからん愛人とともに、というだけでなく、ローマ教皇との関係が密なごりごりカトリックの家なので自殺自体が御法度なので二重にスキャンダラスな死になる。仕事人間のフランツ・ヨーゼフは息子の不調を聞かされても「考えすぎだ」と一顧だにしなかったほど無関心だったといい、死の原因それだろ!とつい「元次官」の事件を思い出してしまった。

     

     妻エリーザベト。通常「エリザベート」と表記されるが、本書では「エリーザベト」。ドイツ語発音だとこの方が正確。若きフランツ・ヨーゼフが見合いに赴くと、相手の妹の方にぞっこん惚れてしまいそのまま結婚した。スピリチュアル風味漂うあやしげな健康法に凝ったり、ヨーロッパ中のあちこちに勝手気ままに飛び回ったり、それでも夫婦仲は円満という辺り、アキエの影がちらつく女性である。ただし皇后なのできっちり公人を自認。旅先で「高貴な人なら誰でもよかった」というテロリスト青年に刺殺される。現代日本で「誰でもよかった」と自供する殺人犯は決まって弱い相手を狙っているので供述は全く論理的ではないのだが、このテロ犯は少なくともその点は論理的。

     

     そしてシメが、水飲み男ルートヴィヒの息子にして、教科書に出てきた瞬間死んでいるでおなじみのフランツ・フェルディナンド。嫡男ルドルフの死により次期皇帝となるも、サラエボで暗殺される。警備が薄いと警告されていたのにそのまま視察を行って死に、第一次世界大戦のきっかけとなったから、まったくもって迷惑な御仁なのだが、最初のテロで大けがをした軍人の見舞いに行く途中でやられたという経緯だから、部下思いのいい上司とはいえる。

     

     確かに「俺、見捨てられてる」と思っても仕方のない悲惨な一族である。当人の死後即位した文字通り最後の皇帝カール1世(フランツ・フェルディナンドの甥)は、敗戦後、モロッコ沖のマディラ島に島流しになり、困窮生活の中30代で死去するからこちらも不幸な死に様である。元をたどるとサラエボ事件の後、セルビアに宣戦布告を決めたフランツ・ヨーゼフの判断が帝国の瓦解につながっているわけだから、最後の引金を引いたのも当人といえなくもない。ちなみにカール1世の妻は1989年まで生き、長男も2011年まで生きた。この長男オットーは欧州統合の提唱者として有名。

     

     

     

     同時代のライバルたちはいずれもキャラが濃い(=高校世界史の試験の頻出度合が高い)。フランスのナポレオン3世、イタリアのヴィットリオ・エマヌエーレ2世、プロイセンのビスマルクと、ヴィルヘルム1&2世、ロシアのアレクサンドル2世&ニコライ2世、といった具合。彼らはいずれも積極的に戦争をしかけて帝国主義を突き進むのだが、同じくヨーロッパ列強の一角たるオーストリア帝国は案外とおとなしい。その最大の理由は、国内情勢の複雑さから、内政が忙しかったからだ(それを収めて列強と渡り合える辣腕政治家もいなかった)。その象徴が、フランツ・ヨーゼフの治世の途中にあった「オーストリア=ハンガリー二重帝国」への体制変更だ。


     高校生のころ、二重に帝国だからよりものものしい、くらいの印象を抱いていた。スターウォーズのあの帝国軍の曲が倍音で聞こえてくるみたいな。実際には「二重に帝国」どころか「帝国が1/2」だから誤解も甚だしい。山川の教科書には、欄外の注に一応説明が載っているものの「アウグスライヒによって同君連合になった」くらいの解説しかないから読んでもよくわからない。

     

     当時の帝国版図は、現在のオーストリア以外に、チェコ、スロバキア、ハンガリー、クロアチア、ルーマニアの一部、イタリアの一部、などなどを含んでいた。つまりゲルマン族を支配層とする多民族国家だ。被支配層の中で最も力を持ち何かと政府に反発していたのがハンガリーのマジャール人で、当初は弾圧していたフランツ・ヨーゼフも最終的には妥協して一定の自治を認めることになる。この体制変更(アウグスライヒ)の結果生まれたのが二重帝国である。

     

     こうなると他の民族の間でも自治寄越せの機運が高まる。これに反発するのが準特権階級たるマジャール人というのも、よく見る構図でやりきれない。そうしてもう一つの動きは、アウグスライヒそのものの否定からくるゲルマン民族主義だ。

     民族意識が高揚する中、融和策としてドイツ語以外の言語の地位が引き上げられるのだが、そうなると被支配者層は母語とドイツ語のバイリンガルが元から多いのに対し、支配者層はドイツ語しか使えず、仕事が奪われる!と怯えることになる(そのくせ支配者層意識から他言語を学ぼうとしない、というのが実に教訓めいている)。

     こうなるとオーストリアはゲルマンの国だ!という排外主義的考え方が生まれる。若きヒトラーはこういう空気の中で育っているとの指摘もあり、その辺の空気というか連続というかがなるほどなあであった。
     さらにはその後のユーゴスラビアにもつながっている。ちょうどブックオフで赤本買ったときに、ついでに隣の棚にあった「マスターキートンReマスター」も買って読んだのでシンクロした。ユーゴ関連の話が何話かある。

     

     このような民族対立におけるフランツ・ヨーゼフの基本方針は「一致協力して」で、よく言えば平和的、融和的な方向性に努めている。領民保護を基本とする古風な君主の美点といえようか。

     ただし、彼の視点はあくまでハプスブルク家の存続にあり、近代国家の元首としてオーストリアという国家のデザインを模索したとはいいにくい。本書では、彼自身がオーストリア帝国だったので死とともに瓦解した旨分析している。これが古風な君主の限界なのかしら。とはいえこの後登場するのがヒトラー&ユーゴの「民族浄化」であるということは、国民国家を戴く世界の住人としては何度も確認せねばならん歴史だと思う。

     

    蛇足:この斜陽帝国の中にあって、展覧会で見たクリムト、シーレのみならず、カフカ、フロイト、フッサール、ウィトゲンシュタインといった世界的な知性を多く輩出したという事実が妙に不思議に思えてしまった。


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