【やっつけ映画評】運び屋

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     悪事が淡々と進行していく様子が、なぜか滑稽に見えてしまうのと、アンディ・ガルシアのようなビッグネームが結構しょーもない役で出ている辺り、北野武映画に似たものを感じた。


     「90歳の運び屋」の物語を、90近い人が監督・主演している。二重にすげー爺さんの作品だ。「人の皮をかぶった殺人ロボット」の説得力を出すにはシュワルツェネッガーが肉体が必要だったのと同様、この役を演じられる外貌を持つ役者はなかなかいないだろう。妻を演じていた人が、この爺さんの妻にしては若いように見えてしまったのがそれを示しているように思う。


     「グラン・トリノ」と共通点の多い作品だ。主人公が家族に嫌われた偏屈で、無邪気に差別用語を口にし、従軍経験があり、車がよく出てくる。ラストも似ているようにも見えるが、これは後で述べるとしよう。「グラン・トリノ」を見たとき、人間には年を取ってからでないと作れないものがあると感じたものだが、よくよく振り返るとあの作品から10年も経過しているのだった。関ヶ原合戦から大坂の陣まで実は15年も間が空いている事実を思い出した。どっちの徳川家康も同じ風体の爺が演じるが実はそんだけ年を取っているという。

     

     主人公アールは仕事第一で一切家庭を顧みず、娘の結婚式すら出なかった偏屈男である。大手商社かメーカーの人を想像するが花農家というのが勉強になった。農家は一見腰を落ち着けきった仕事に思えるが、アールの場合は品評会等々でとにかく出張が多い。それで優勝するほどの凄腕なのだけど、時代の波にのまれて廃業。困窮する中で、薬物の運び屋をやって大儲けすることになる。前科なし、違反歴ゼロの90歳なのが功を奏し、こちらも凄腕の運び屋になるという展開である。

     一方、薬物捜査で実績を上げてきたベイツの捜査も進められていくのだが、彼が主役の場面を見ると、人がいかに予断を持って他人を見ているのかがよく実感できる。ベイツの視野に入る人間は、だれもかれもがアールの100倍怪しく見える。

     

     

     90の元農家にそれほど物欲はなさそうなのだが、周囲が金銭的に困っていることもあり、アールは運び屋を続行し、周りもハッピーになる。幸せな共犯関係がブラックジョークのようである。この間、これといったトラブルもなく淡々と進んでいき、捜査の手はまだアールには及んでいない。それでも転機が訪れるのだが、それがワルの世界の体制変更というのが面白い。
     ギャングの世界も今時の巨大企業同様、非人間的な管理が流行りらしい。当初面白がってアールを使っていたボスやその手下は古典的な経営手法だといわんばかりに消し去られ、ガチガチの高圧的ガバナンスを強いてくる体制に切り替わる。当然アールの処遇もこれまでの「契約関係にある個人事業主」的ポジションから、奴隷的末端周辺者の扱いに牾焚爾沖瓩箸覆蝓途端に辛気臭くなる。
    そういう自由が許されない運搬業務の途中で妻が危篤との連絡が入り、アールは決断を迫られるわけだが、ここで彼は彼自身言うところの「AWOL(無断離隊)」、つまり妻のもとに駆け付けることを選ぶ。

     

     なぜそうしたのか。そりゃまあ妻が危篤だし、なんだかんだで愛していたから、ということなのだろうが、仮にこれが運び屋ではなく、花農家の重大な仕事中だったら果たしてアールは同じ選択をしたかどうか。
     家族を一切顧みず、妻も娘からも蔑まれてきたアールは、世の男性が決まって言う「家族のために必死で働いてきたんだ!」のお約束をなぞって反論する。しかし実のところ少なくとも何割かは家族を思うよりも仕事の方が楽しいからだ。実際、娘の結婚式をすっぽかしたアールは同時刻に表彰式後の打ち上げパーティーで己の名誉欲に浸っていただけだ。一方、運び屋を途中で放り出すのは命の危険がある。しかし楽しい仕事ではない(ついでに家族のために稼いでいるのでもないというのもあろうが)。こうしてアールは「妻」を選んだということだ。

     

     妻を看取り、再び運び屋稼業に復帰したアールは、しかしとうとうベイツの網に引っかかりお縄となる。裁判で彼は、情状を訴える弁護士を制して自ら有罪を認め、刑に服することになる。最低な夫・父親だったと自認した末、自らにギルティを突き付ける辺り、死に場所を見つけにギャングに丸腰で挑む「グラン・トリノ」とラストがかぶっているようにも見えるが、果たしてどうだろう。
     少なくともアールは刑務所の中で再び花の栽培にいそしむことになる。娘も父の変化を認め同情的である。一体何年の刑をくらったのかは明らかではないが、劇中のベイツの台詞やアールの年齢から考えて、今後生きて出所することはなさそうだ。しかし少なくとも彼は己を殺すことなく生きることを選んだ。娘は父の変化を「遅咲きなだけだ」と慰めた。人間何歳になっても変われるという希望のラストなのか、それとも変わるには遅すぎたという皮肉と悲哀がそこにあるだけなのか。何にせよ、死に場所を見つける物語を撮った爺さんが10年後、さらに爺さんになって生きなおす男を描いたことは突き刺さるものがある。

     

    蛇足:メキシコ人の麻薬組織から仕事を受けるので必然そうなるのではあるが、登場するメキシコ人が総じて悪人というのは、トランプ政権下の中では危ういものを感じてしまう。

     

    「The Mule」2019年アメリカ
    監督:クリント・イーストウッド
    出演:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ダイアン・ウィースト


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