映画の感想:ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた

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     父子家庭の娘が、大学進学で家を出るまでのわずかな期間を描いている。父子の接着剤は「音楽」で、この2人が曲を演奏するシーンが作品を彩る。音楽モノは曲の出来さえよければ一定の盛り上がりを生み出すことができるもので、本作の曲はかなりいい出来につき、それだけでもういいんじゃないと思えてしまう。

     

     「接着剤」と書いたが、主人公親子は別に仲が悪いわけではない。フランクは微妙にだらしないけど基本は立派な父親で、サムは若干口うるさく生意気だがこれまた父を愛する娘。特段何の摩擦もないむしろ幸せな親子関係といえる。無論、親子である以上、多少の衝突やすれ違いはあるものの、マトモな関係性がちゃんと基礎に横たわっているので、演奏がなくても父子が互いに通じ合うことはいくらでも可能ではないかと思う。だとすると本作における音楽の役割は何なのだろう。演奏がないとさすがに劇映画にならないというのもあろうが、それだけではあるまい。

     

     ニューヨークの郊外で暮らすこの親子は、それぞれ転機を迎えている。フランクは、17年間営んできたレコード屋を閉じようとしている。サムは医学部に合格し、大学の授業に向けてすでに猛勉強している。
     本作の舞台はアメリカなので、もしこれが日本だったら女であるサムは医学部に受かったかどうかわからない。ついでに学力ではなく差別で不合格にされたことで、音楽の方向性も、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのような攻撃的な爆音と歌詞になっていたかもしれない。それはそれで聞きたい気もする。ところでサムは同性愛者で、編み込みヘアのすっ飛んだ雰囲気の女子と恋に落ちるのだが、特にそれを悩んでいる風はない。このためフレディ・マーキュリーやエルトン・ジョンのような苦悩とも無縁だが、それでも哀切の曲が作れるのは結局は境遇より実力が曲を生むということか。
     ついでに「娘に彼女ができた」と知ったフランクも、「あそう、よかったじゃん」くらいの反応で動揺の欠片すらない。これがニューヨークスタイルか! 日本にはニューヨークと名乗る漫才コンビがいるが、この手の女はムカつくというような内容の漫才をしているので、そんなにニューヨークスタイルではないのだろう。

     

     本作は、事情説明を断片的に小出しに、ささやかに話の中に忍ばせるのがなかなか巧いのであるが、それらをざっくり総合すると、どうやらフランクは元ギタリストで、死別した妻は元ボーカルのようだ。サムはその母親の才能を受け継ぎ、なかなかの歌唱力と作曲センスを持っている。というわけでフランクは娘とセッションすることが楽しくて仕方がないのだが、サムにとっては父親の子離れできない態度が煩わしい。ついでに勉強と恋に忙しい。

     

     それでも父とセッションするのは、なんだかんだで父が好きというのもあろうし、ネットにアップロードしたらバズったので多少はその気になったというのもあろう。あるいは恋が創作の源泉というのもあろう。だが一番は、母、つまり死者との対話なのではないか。亡き母の才を受け継いだ娘、亡き母とかつてセッションしていた父、彼ら親子にとっての音楽なり演奏なりは、母の不在と向き合うのことなのだろうと思う。

     

     それにしても、市井の我々にとってもいくらでも覚えがありそうな、日常の些細な出来事をうまくドラマに仕立て上げている作品である。フランクと大家との関係など、なかなか絶妙だ。そこによく出来た音楽が乗っかれば間違いないわけだが、音楽だけは凡人にはどうにもならんのがミソである。この主題歌をコード解析サイトで見てみたら、序盤のバースっぽいところ、ずーっとCのワンコードで表示された。解析がショボいのかそれともこういうものなのか、詳しくないのでよくわからんが、どっちにせよ、こんな曲作れねー。当然歌えねー。なんだかんだ、映画は「常人が出来ない部分」に憧れて見る要素がでかいんだな。

     

    「HEARTS BEAT LOUD」2018年アメリカ
    監督:ブレット・ヘイリー
    出演:ニック・オファーマン、キーアージー・クレモンズ、トニ・コレット

     


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