映画の感想:ある日どこかで

0

     ラジオでたまたま本作を知った。隠れた傑作との世評らしく、興味が湧いたのだ。映画データベース的なサイトに寄せられたコメントを見ても、公開当時見た人の熱い感想に溢れている。だが、見終わって俺個人の感想はそれらとはちっとも重ならなかった。何より、幸せ絶頂から一転悲劇的展開となったところで、当然ながら世にいう「からの?」を期待したのに、そのまま終わってしまってしまったから肩透かしを感じて仕方がない。このリアルタイム鑑賞組と後から鑑賞した俺との感想のギャップが、本作の内容と重なっているようにも思った。つまり初恋の輝きのようなものだ。

     

     タイムリープもの、というやつか。大学生で演劇をやっている主人公リチャードが、ある日客の老貴婦人から唐突に「戻ってきて」と話しかけられ懐中時計を渡される。それから8年後、脚本家として成功したリチャードは、新作が行き詰まって逃走した先のホテルで、展示してあった半世紀以上前の女優の写真を見初めてしまう。彼女について調べるうち、それがかの懐中時計の貴婦人と知る。リチャードは、タイムスリップしてその女優マッケナに会おうとする。

     

     序盤のサクサク進んでいく展開は見事だ。タイムスリップ先の20世紀初頭のセットや衣装も素晴らしいし、リチャードが着ていった「20世紀初頭の衣装」が、古臭いねと笑われてしまう辺りも、歴史に対する一定の見識がうかがえてよい。歴史的な過去にだって、当時の「今」があり、「過去」があるんだよね。ついでに、古い記録をたどっていく辺り、しつこく繰り返すが記録は捨てるな。

     

     まず本作のポイントのひとつは、タイムトラベルの方法の斬新さだろう。まさかのイメトレ。リチャードはホテルの部屋にこもって「今は1912年だ、信じろ〜〜」というメッセージを繰り返し録音したカセットテープを再生させながら、自分に強く言い聞かせ続ける。カセットテープという1912年には存在しない家電製品を使ってもダメなんじゃないかと思ってしまうが、「イメトレで時間旅行」のトンデモ展開に比べれば些細なことだ。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が公開されるのは本作の5年後だが、当時の最先端特撮を駆使してタイムトラベルの説得性を表したあの映画も「マシン」を使っている時点で発想が凡庸なのだと思わされる。なんてったってこっちはカセットテープ自己暗示だから。

     

     でも古い建物、それも史跡等ではなく現役で使われ続けている建物であれば、タイムスリップしそうな気は確かにしてくる。この辺の話は「ミッドナイト・イン・パリ」を見たときにも思った。あの映画の場合は何もしなくてもタイムスリップしているから、親鸞聖人の境地に達している。

     

     こうしてリチャードは、「駄目だ!うまくいかない!」(そりゃそうだ)を何度か繰り返したのち、見事タイムワープに成功してマッケナと出会っていくのだが、ここから先の展開は、やがてもとの世界に戻ることを含め、夢とほぼ同じようなものだと思った。
    恥ずかしながら、好いた女性と実に都合のよいことになる夢を何度か見たことがある。なんでかいつの間にか向こうもこちらに惚れていて、「なーんだ、早く言ってくれればいいのに」などと調子づきながらいちゃついていると、YouTubeの広告のようにまるで前後の配慮なしにハッと目覚める。

     

     リチャードとマッケナの恋もほとんど脈絡がない。マッケナはなぜか最初からリチャードを憎からず思っている様子で、まるで俺の見た夢と同じだ。そもそもリチャードも、いつの間にお前そんな惚れたんや、と困惑させられる。写真を見てすっかり虜、というのは10代のころは俺も覚えがあるが、リチャードは推定30前後のいい大人である。

     

     まあ好意的にとれば「唐突に現れ懐中時計を繰れた謎の貴婦人」「たまたま逃亡した先のホテルで写真と再会」という偶然の重なりが恋心を生んだのだろう。昔入り浸っていた喫茶店の主の長女が「男女で一番大事なんはタイミングやで」と言っていた。そう考えると、マッケナにとってもリチャードは「タイミング」がよかったのだろう。


     そうして、恋が燃え上がったところで夢が覚めるがごとくリチャードは元の時代に引き戻される。「あんまりだー!」とジタバタジタバタ悶絶するのだが、その気持ちはわかる。俺も自己都合の夢から目覚めたとき、「夢か……」というドラマでしか言わなさそうな台詞を口にしてしまったものだ(そして布団の中で悶絶)。

     

     しかし、その後タイムパラドックスを逆手にとって大逆転!などという期待する展開も特になく、フランダースの犬のごとく悲劇的なまま終幕となる。序盤では若干タイムパラドックスを使ってるのに。例えば記録保管に優れたこのホテルに何か史料が残っていて、タイムトラベル後に読み直すと全部意味がわかるようになるとか、あってもよかったのではないかしら。貴婦人が時計をくれるくだりの回収も含め。

     

     と、この原稿も肩透かしのまま終わりそうだったところ、たまたま読み始めた本に色々考えさせられ、その話を続ける。

     

     

     

     

     タイトルがそのものズバリ「タイムトラベル「時間」の歴史を物語る」。今となってはとっくにフィクションの一ジャンルにまで確立されたタイムトラベルの概念の歴史についてまとめた内容だ。
     これによると、1895年にH・G・ウエルズが書いた「タイムマシン」が乗り物に乗って時間旅行をする嚆矢である。この人はタコ型火星人の嚆矢でもある天才的な作家であるが、俺調べによると最近の若人は、タコ型宇宙人の絵を見せてもタコかクラゲとしか思わない。火星人=タコ型という類型はどうやら失われているらしい。

     

     話が逸れた。タイムマシンの発想は人類が高速の乗り物=汽車を発明した賜物であり、それ以前の時間移動話は、大抵は寝て起きたらそうなっていたという形をとる。亀に乗って行って帰ってきたら時間がたっぷり進んでいた浦島太郎は、ある意味タイムマシンの先駆けかもしれないが、これは鳥獣戯画にマンガの源流を見る無理筋だろう。なにしろ浦島はそうしたくてしたわけではない。

     

     そもそも、未来や過去に行くという発想自体が、せいぜいさかのぼっても18世紀以降にしか見られない感覚で、宗教にもシェイクスピアにも時間を行き来する話がないという指摘はなるほどだった。新世紀が来ることを祝ったり不安に思ったりしたのも1900年、つまり二十世紀が最初のことらしく、これは技術革新によって世の中がどんどん変わっていくのを目の当たりにしたことや、鉄道の登場で定時法が浸透していったことなどがもたらした感覚だという。

     

     というわけで、イメトレタイムトラベルは、ウエルズ以前のより伝統的な手法に沿っているということになる。そして飛んだ先が20世紀初頭というのも意味深い。人類がタイムトラベルを夢想できるようになった黎明期に本作の主人公はジャンプしているわけだ。そうすると、老人になったマッケナが、大学生のリチャードを見て「あのリチャードだ」と認識できた理由も納得がいく。タイムトラベルの黎明期であれば、将来それが実現する可能性を現代よりも信じやすいと考えられるからだ。20世紀初頭の未来予想図はしばしば現代よりも進んでいる(天気を自在に操れるようになっている、とか)。あれと同じような感覚だ。

     

     一方リチャードは、別離の後、もう一度タイムトラベルをしようとはしない。1980年代の人間だから、タイムトラベルができることを完全には信じられていなかったんだろうな。ついでに本書には、飛行機でも時差ボケするのだから、タイムトラベルだともっとエラいことになるのではという話もちらっと登場している。おそらくリチャードは、極度の時差ボケ状態にあったのだろう。そこにハートブレイクが加われば、死ぬほど憔悴するのもやむをえまい。

     

     そうして黄泉の国で再会するのは「今のリチャード」と「若いマッケナ」である。これが老貴婦人のマッケナとジジイのリチャードでないところが、はなから刹那的な恋愛でしかなかったことを象徴しているんじゃないか。

     

    「Somewhere in Time」1980年アメリカ
    監督:ヤノット・シュワルツ
    出演:クリストファー・リーヴ、ジェーン・シーモア、クリストファー・プラマー


    Time Travel a history 2018年柏書房
    ジェイムズ・グリック:著 夏目大:訳


    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << July 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    • お国自慢
      森下
    • お国自慢
      N.Matsuura
    • 【巻ギュー充棟】反知性主義
      KJ
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      森下
    • 【映画評】キューブ、キューブ2
      名無し
    • W杯与太話4.精神力ということについて
      森下
    • W杯与太話4.精神力ということについて
    • 俺ら河内スタジオ入り
      森下
    • 俺ら河内スタジオ入り
      田中新垣悟
    • 本の宣伝

    recent trackback

    recommend

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM