【やっつけ映画評】1917 命をかけた伝令

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     疫病禍の中での数少ないいいことが確定申告の締切延長だった(もう一つは小学館の「まんが日本の歴史」が無料公開されていること)。作業を始めた当初は「どうして昨年はあんなにあっぷあっぷだったのだろう」と自身の余裕が不思議だったが、しまいに「どうして昨年は期日までに提出できたのだろう」と絶望的な気分になっていた。助かった。いい加減学習しないと……。


     ついでに休講措置に踏み切る大学も出てきて多少スケジュールに余裕が出てきて(しまい)、ようやく本作を見に行くことにした。映画館はがらがらでむしろ安全との話も聞くが、いざ当日券を買おうと券売機の画面を見ると、かなり埋まっていてあらびっくり。上映期間終了間際の駆け込みかしら?と思わぬ盛況に疑問を覚えつつ購入。ところが実際の客席はがらがらである。

     どうやら観客同士が席をあけて見るよう、あらかじめ購入できる座席に制限をかけていただけのことらしい。他の客も意味がわからなかったのかどうなのか、とにかく5、6人全員が、がらがらの会場で近い席を購入しているのが不条理喜劇。本編開始と同時に移動してゆったりと鑑賞した。予想通り、スクリーンで見るべき映像の作品であった。

     

     第二次に比べると映画化の少ない第一次世界大戦を扱った作品が立て続けに上映されているのはどういうわけなのか。とにかく「彼らは生きていた」に引き続き、西部戦線の話である。タイトル通り、「彼らは〜」でメインとして描かれるソンムの戦いのその後が舞台であるが、状況はちっとも変っていない。

     

     全編ワンカット、に見える長回しの連続が特徴(ないしは売り)なのだが、その狙いとするところは冒頭早速わかる。塹壕が、そこを歩く人物視点で延々と続く様子に第一次世界大戦を象徴するキーワード「塹壕」のリアルさを体感できる。「彼らは〜」を見た後なので、写真で見た観光地に来たような、お〜これが有名なあれか、という感慨があった。

     

     ここで、デジタル処理された実映像と、よく出来たセットを組んだ劇映画ではどちらがリアルかという問がやすやすと浮かぶ。大戦の実映像が20世紀初頭のモノクロ不鮮明映像だから成立する比較のようで、これは現代でも変わらない。本物も、撮りたいものを撮りたい場所から撮影できるわけでは必ずしもないから、作り物の方がその点では突き詰められるところがある。昔「ブラックホーク・ダウン」を見たとき、戦場カメラマンが撮りたい絵面のオンパレードだと感じたのを思い出した。

     

     戦争モノとはいえ、本作はちょっと変わった作品だ。ドンパチのシーンはあまりない。伝令としてある戦線から別の戦線に行くことを命じられた主人公が、ドイツ軍が撤退したエリアをずーっと歩いていくためだ。最初は2人だったのが途中から1人になるので、台詞も少なく、まるで「戦場のピアニスト」であるがあの作品より敵が出てこない。ただし本当に撤退していて不在なのかどうかわからない状況で移動していくので、いつどこから襲撃されるかわからず、ついでに意外な格好でピンチに見舞われたりするから、戦争映画というよりホラー映画のスリルがある。「ゆったり鑑賞」と書いたが、結構緊張させられっぱなしであった。ここでも、長回しを多用した主観的な映像が功を奏している。

     

     とはいうものの、伝令に行ってくるだけの話で、途中にドラマチックな起伏がそうあるでもない展開なのに、100分しっかり見せてくる作り手の技量が物凄い。何が凄いって、脚本だよなあ。文字段階だとこの作品、面白さの保証を全く実感できないと思う。
     一方で景色はどんどん変化する。砲弾で草木が消え去り、穴ボコだらけの死の谷みたいな場所から始まり、草原、石造りの街、渓谷、森、といかにもヨーロッパ大陸な景色が続いていちいち印象的である。最後の最後にはようやく大勢の兵隊が出てくるスペクタクルもあり、映画を見たなあという気分を堪能できる。

     

     それはそれとして、本作が描く戦争なり第一次世界大戦なりとは何なのだろう。

     

     

     戦闘シーンが少ないため、登場人物が死亡するシーンはそれほどない。ほったらかしになっていて腐敗している遺体はたくさん登場するので(スペイン風邪よりも強力そうな感染症を何度か想像させられた)戦争の怖ろしい現実は十分伝わってくるが、少なくともそれが作品の本題ではないだろう。

     

     重要な登場人物の1人の死によってある程度代表されているとはいえる。ピンチをいくつも抜けてきたかと思えば、ドラマとしては妙なタイミングで実にあっさりと命を落としてしまう。それも人としての良心があだになる格好だから、戦争のやりきれなさを十分現わしているともいえる。

     

     だが本作で描かれる最大の「戦争」は、主人公の命がけの大冒険が、結局はただの一事務行為に過ぎないという点だ。ドイツ軍が撤退したと見せかけ罠に誘い出そうとしている。その計略を前線に伝えて攻撃計画を止めさせる(三国志では飽きるほど出てくる手口で、子供のころは何で「逃げるか!待て〜⇒ジャーンジャーーン銅鑼&伏兵⇒げえっ!」というこんな見え見えに引っかかるのかと思っていたが、実際の戦争だとそりゃ引っかかるわな)。そのまま罠にかかっていれば千人以上が犠牲になっていただろうから、この「命をかけた伝令」は実に英雄的行為なのだが、前線の将官は「また明日になれば違うことを言ってくる」と苦々しく吐き捨てる。

     

     会社員なら誰でも経験がありそうな二転三転方針変更に翻弄される現場の図である。主人公の行為はその1つに過ぎない。戦争だから戦況がコロコロ変わるのは当たり前、だもんで方針が次々変わるのも当たり前。とはいえ、これは会社ではなくて戦争の話だもんで、なるほど「戦争は女の顔をしていない」ならぬ「戦争はサラリーマンの顔をしている」なんだなと、アイヒマン的なものを想像した。だからこそ、この戦線だけで何百万人も死者を出すことにつながるんだろう。そりゃあ飢えた赤ん坊に手持ちに食料全部差し出すくらいやらんと精神の平衡は保てんわ。
     

     それにしても、やっぱり部隊の空気は全体的にカラっとしている。パワハラが標準ラインで、たまにイイ将校が出てくる日本の戦争映画とは逆で、概ね全員普通で、たまに横柄なのが出てくるくらいだった。よく知らない若手俳優が主人公な一方、この辺のクセのある上官連中にいちいち見たことある俳優が出てくるところが可笑しかった。総じて「裏切りのサーカス」の面々なところがまた。無論、一番おいしいとこどりなのがカンバーバッチ。「ギターを持った渡り鳥」の宍戸錠並みの「出た!」感があった。

     

    蛇足:主人公は「パレードへようこそ」の隠れゲイ青年役で、最後に登場する「兄」は、「ロケットマン」の悪役ビジネスゲイを演じていた人だった。カンバーバッチは「裏切りのサーカス」でも「イミテーション・ゲーム」でゲイの役だし、途中で主人公をトラックに乗せていく将校は、「裏切りのサーカス」でほのめかしゲイの役だった。しれっと出ていた「シャーロック」のモリアーティは当人がゲイをカミングアウトしている。イギリス映画がしょっちゅうゲイを題材にしているのか、それとも日本等ほかが描かなさすぎなのか。

     

    「1917」2019年アメリカ、イギリス
    監督:サム・メンデス
    出演:ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、コリン・ファース


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