【やっつけ映画評】新感染 ファイナル・エクスプレス

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    劇中何度も登場するデッキ部分の写真をかつて撮っていたのだった。

     

     未見だった数年前の話題作について、こういうご時世につきにわかに関心が湧いた。カミュ「ペスト」がバカ売れしているのと同じだ。ペストについてはNHKの「100分de名著」のテキストを読んで読了した気になっている。


     しかしながらパンデミック下の今、本作を見ると「いや感染症の怖さっててそういうことじゃないんだよ」と思えてしまって、ちょっと損した気分になった。コロナ禍以前に見ておくべきだったな。


     「ゾンビもの」といえるだろう。噛まれると感染し、間もなく人格を失いケダモノのように非感染者に襲い掛かってくる。そういう感染症が韓国内で流行する。主な舞台は韓国版新幹線のKTX車内で、ホラーというよりハイジャックやマシントラブルのパニック映画に近い。

     「新しい感染」という邦題(韓国に「新幹線」という特急列車はない上、感染と幹線は発音が異なる)と違ってこれといって新味はなく、よくあるモチーフを組み合わせただけといえばそうなのだが、そこは安定の韓国印、手垢のついた設定でおもしろく見せるのがすこぶる旨い。夜中に見始めて、眠くなったところで一旦停止しようと思っていたら、最後まで一気に見てしまった。

     

     ひとつは、この手の映画によくある「スリルを盛り上げるための予定調和的どん臭さ」がない点だ。電車内というスペースの限られた舞台設定とゾンビ風なくせに感染者の動きが俊敏なので、わざわざ転ぶ必要がないからだろうか。主人公の娘がやけに賢いのと、マ・ドンソクの安定の怪力ぶりが見ていて楽しい。

     

     リアルだなあと思ったのは、感染者がバイバイン式に一気に膨れ上がることがまずある。これは現在各国で見られることとも一致している。いうても3桁でしょ、と高をくくっているうちに5桁になる。ゾンビ風感染者があまりに一気に増えるので、ホラー性より不条理コメディのような滑稽さすら漂っている印象だ。

     政府が「感染者」ではなく「暴徒」と呼んでいるところの方が薄気味悪さがあって、こういう定義づけは政治の狡知というか権力そのものの現れの1つだと思わされる。感染者なら治療の必要があるが、暴徒だったら鎮圧するだけでよい。

     

     

     そしてこの手の映画にしては異質だったのが、「自分のことしか考えない高圧的な嫌なヤツ」がかなり最後まで生き残る点である。「私だけでもどうにかしろ!」などと言う手合いは、ゾンビ映画ならいわゆる死亡フラグ、割とさっさとくたばるものだが、こいつはしぶとく生き残る。感染症の基本は、ひたすら他人を回避することという真実を実に露悪的に体現しているといえよう。逆にヒューマニズムを見せた登場人物がことごとく感染していく展開はなかなかやり切れないものがある。


     主人公も、仕事と自分の利益しか頭にない嫌なヤツである。この主人公がパニックの過程で次第に立派な父になっていくのが本作の屋台骨であるが、どうしてそうなっていくかといえば、自分の生き写しみたいな連中の醜悪さを目の当たりにさせられていくからだろう。ヒューマニズム溢れる人物は敗れ去っていくから余計に目立つ。

     

     しかし利己主義を捨てることは、主人公にとってはアイデンティティの崩壊でもある。イイ人がいくら感染しても泣かなかった彼が唯一泣くのが、株屋としての自身の仕事における過ちを知ったときなのが象徴的だ。なので彼を巡る悲しいラストは必然にも見えてくる。希望がない。作品のラストはギリギリ希望を描いて終わるから後味の悪さは回避しているが、感染症は結局世代で乗り越えるしかないのかという絶望的なラストにも見えてくるのは穿ち過ぎかしら。


     さて本作と現実との違いは、感染者は暴徒でなく患者であるから治安出動で鎮圧できるわけではない点だ。相当の濃厚接触(血が出るほど噛み付く)で感染し、その後は明らかに様子がおかしくなるので混同しやすいが、相手は人ではなくウイルスである。

     これを間違えてはならないはずだが、ウイルスは目に見えない一方、人は見えるから間違えやすい。その結果、コロナ禍ではアジア系が差別されるといったことが起こる一方、本当の相手が見えない分、対処を間違えて蔓延しもする。

     まことに厄介なのだが、本作を見ると思い切りそのあたりをミスリードするような内容だよなあという印象を受けてしまい、「そういうことじゃないんだよ」とつい思ってしまうのである。これもまた、時代の価値観の変容の最前線ということか。

     だけど、スペイン風邪のとき、与謝野晶子が「何で政府はさっさと劇場みたいな人の集まるところを閉じないのだ」と書いていたそうだから、単に忘れていたことを思い出しただけかも。


    「부산행(釜山へ)」2016年韓国
    監督:ヨン・サンホ
    出演:コン・ユ、キム・スアン、チョン・ユミ


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